アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第24話 虜囚(7)

 

(静かになった。戦いが終わったんだ)

 

 列車の走行音だけが規則正しく響く客車の中で、結梨は前方の車両で続いていた戦闘が終了したことを認識した。

 

(誰と誰が何のために戦ってたんだろう。

この列車は私を運ぶためのものだから、私を取り戻すために百合ヶ丘か御台場のリリィが来たのかな)

 

 しかし、その場合は今夜この列車で結梨が移送されるという情報を、百合ヶ丘や御台場がどのように入手したのかという問題がある。

 

 親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの総本山であるシエルリント女学薗が、反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの重要人物を手中に収めたのだ。

 

 結梨の身柄を確保しておきたいのなら、然るべき時機が訪れるまで情報は伏せておくだろう。

 

 結梨の行方を問い合わせる連絡が百合ヶ丘や御台場からシエルリントに来ても、知らぬ存ぜぬを貫き通す可能性が高い。

 

(私をG.E.H.E.N.A.のラボに運ぶつもりなら、シエルリントは百合ヶ丘や御台場に前もって連絡しないよね。

私を運ぶのを邪魔して下さいって言ってるみたいなものだから)

 

 だとすれば、戦闘を仕掛けてきたのは、反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの関係者ではなく、それ以外の勢力によるものだと考えられる。

 

(えっと、他に私を知ってる人や組織で、私がこの列車で運ばれる情報を手に入れられるのは……)

 

 結梨が首をひねって考え込んでいると、突然頭の上から女性の声が聞こえてきた。

 

「この客車の天井を今から破壊するわ。

危ないから、車両の端に移動して」

 

 その声には聞き覚えがあった。

 結梨はすぐに元気よく返事を返す。

 

「わかった。ちょっと待ってて」

 

 言うが早いか、結梨はただちに客車の最後部まで走って行って、天井に向かって呼びかけた。

 

「もういいよ。一番後ろの隅っこまで移動したから」

 

 結梨が言い終えると、一瞬の間を置いて天井に甲高い音が響き、何本もの亀裂が走った。

 

 紙のように切り裂かれた客車の天井は上方に吹き飛び、客車の中からは正方形の形にくり抜かれた夜空が見えた。

 

 天井に開けられた2メートル四方ほどの穴から、一人の女性が客車内に飛び降りてきた。

 

 それが先程まで前方の車両で戦いを繰り広げていた張本人であることは明らかだった。

 

「ごきげんよう、結梨。

おおよその事情は聞いているわ。

どこも怪我してはいないわね?」

 

 親しげに結梨に微笑みかける女性は、仮面を外していた。

 

 もっとも、仮面を着けていたとしても、結梨にはその女性が誰なのかはすぐに分かっただろうが。

 

「咲朱……」

 

 結梨はなぜ白井咲朱がこの場にいるのかが分からなかった。

 

 咲朱と戸田琴陽は現在どのガーデンにも所属しておらず、G.E.H.E.N.A.とも協力関係には無いはずだった。

 

 その彼女が、どうして結梨の移送計画を察知し、事態に介入することができたのか。

 

 反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの特務レギオンであっても入手できないレベルの機密情報――それを、いわばフリーランスのゲリラに等しい咲朱が、どのように入手したのか。

 

 咲朱の顔を見て不思議そうに黙り込んでいる結梨に、咲朱は先回りをして答えた。

 

「あなたの考えていることは分かっているわ。

あなたがここにいることを、なぜ私が知っているのか……でしょう?」

 

「うん……」

 

「あなたに勿体ぶっても仕方ないから教えてあげる。

心配性の魔女が私に電話をかけてきたのよ。

あなたにもしもの事があっては困るって」

 

「魔女って……もしかして蓬莱玉のこと?」

 

「そうよ、彼女の個人的な考えとしては、あなたをラボに行かせたくなかったようね」

 

「私はG.E.H.E.N.A.ラボの中を、自分の目で見てみたかったんだけど……」

 

 社会見学あるいは校外学習が中止になった子供のように、結梨はどこかしら残念そうな様子を隠しきれなかった。

 

 それを見た咲朱は、軽く首を横に振った後、結梨の肩に優しく手を置いた。

 

「ラボの中を見ても、今のあなたの教育に悪い影響しか無いわ。

それに、ラボの中は伏魔殿も同然。

私でも知らないような侵入者排除のシステムがあるかもしれない。

だから、ラボの社会見学は保護者同伴で、またの機会にしましょう」

 

「……うん、分かった」

 

「それに、あなたのリリィとしての目的は、G.E.H.E.N.A.を滅ぼすことではないわ。

あなたにはG.E.H.E.N.A.への憎しみや復讐に囚われることなく、もっと先を見据えていてほしいの」

 

「それは、前に咲朱が言ってた『高み』のこと?」

 

「ええ。この世界が目指すべき『高み』。

人類は『ヒュージの姫』を頂点として、来るべき次の新しい時代を生きるべく、社会の在り方を変化させていかなければならない」

 

「私には、その『高み』がよく分からないけど……」

 

「今はまだ分からなくてもいいわ。

一朝一夕に為しえることではないし、幾つもの段階と計画を踏まなければ、実現は覚束ないのだから。

ただ、G.E.H.E.N.A.がその理想に立ちふさがるのなら、障害物として排除することも辞さない、というだけよ」

 

 咲朱の言葉に危険な響きを感じつつも、結梨はこの話題について話し込むことを避け、別の話題を持ち出した。

 

「前の方の車両で咲朱と戦ってたのは……?」

 

「列車の屋根に陣取っていたのは護衛の強化リリィ。

大方G.E.H.E.N.A.がエレンスゲ女学園に連絡して派遣させたのでしょう。

意外と悪くない腕前だったけど、この私が相手ではね……」

 

「エレンスゲのリリィが護衛をしてたの?」

 

「ええ、彼女たちは全員がエレンスゲ女学園の制服を着ていたわ。

五人組だったから、東京の一部のガーデンでの基準人数とされている、一個レギオンの部隊だったようね」

 

「そのレギオンって……」

 

 まさかLGヘルヴォルが護衛任務に当たっていたのかと結梨はぎくりとしたが、それは杞憂だった。

 

「彼女たちはLGクエレブレと名乗っていたわ。

それが本当なら、エレンスゲ女学園の序列2位レギオンであり、過激派の校長の隷下にあるレギオンの筆頭ね」

 

「クエレブレのリリィをやっつけたの?」

 

「丁重に途中下車していただいたわ。

走行中の列車から落ちたくらいで、リリィが怪我をすることは無いでしょう。

しばらくは脇腹が痛むかもしれないけど、骨や内臓にダメージは無いはずよ」

 

「そうなの、よかった……」

 

 ほっとした様子で結梨は胸を撫で下ろしたが、すぐに別の心配事に思い当たった。

 

「私のCHARMと通信端末はシエルリントで没収されちゃったんだけど、もう戻って来ないのかな……」

 

「いえ、その心配はしなくていいわ。

明日以降、百合ヶ丘女学院に『北河原ゆり』宛ての荷物が届くわ。

その中に没収されたエインヘリャルと通信端末が入っているそうよ。

ただし、差出人の名前と住所は架空のもの。

おそらく指紋も念入りに拭き取られているでしょう。

今回の一件は、これでひとまず手打ちになるんじゃないかしら」

 

「それも蓬莱玉が教えてくれたの?」

 

「そうよ。でも、このことは他の人には内緒にしておいてね。

私に情報を流したことが露見すると、シエルリントでの彼女の立場が危うくなるから」

 

「わかった、誰にも話さないから」

 

 今回の件に関しては、ガーデンとしてのシエルリントは事を表沙汰にする気は無く、結梨を一時的に拘束した事実も認めないつもりのようだ。

 

 その代わりに『御前』の襲撃や結梨の逃走についても騒ぎ立てることはせず、全ては舞台の裏側で進行する権謀術数の世界、ということになるのだろう。

 

「ある意味、自然発生したヒュージとの戦いは既に茶番劇と化しているのかもしれないわね……

この世界の真実は、G.E.H.E.N.A.と『ヒュージの姫』と『特異点のリリィ』に集約されている、と言っても過言ではないでしょう」

 

 当然、その中には白井咲朱と一柳結梨も含まれる。

 

 自分が望むと望まざるにかかわらず、世界の行く末を左右する事態に関与せざるを得ない。

 

 それならば、いっそ自分から積極的に解決策を模索するのも一つの手かもしれない。

 

 結梨の考えが方向性を持ち始めた時、咲朱の言葉がその思考を中断した。

 

「この先の海岸近くで、琴陽が車で待機しているわ。

エレンスゲが追っ手を差し向けてくる前に、列車を降りてこの場から離脱するわよ。

――さあ、行きましょう、結梨」

 

 咲朱の意図を理解した結梨は、咲朱の後に続いて、破壊された屋根の穴から車両の外に脱出し、二人は夜の闇へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、約10キロメートル後方の線路上では、咲朱に列車から蹴り落とされたLGクエレブレの隊長である松村優珂が、エレンスゲのガーデンに連絡を取っていた。

 

「――はい、相手は一人だけでしたが、異常な戦闘能力の持ち主で、私たちの力では排除できませんでした。

襲撃者の特徴ですか?

その襲撃者は仮面を着けていて、素顔は確認できませんでしたが、確か『御前』と名乗りました」

 

 松村優珂の報告を受けたエレンスゲ女学園の校長、高島八雲は『御前』の名を聞かされると、途端に緊張感を孕んだ声に変わった。

 

『その襲撃者のリリィは確かに『御前』と言ったのね。

――分かりました。LGクエレブレは直ちに現地から撤収。

速やかにエレンスゲのガーデンに帰投しなさい』

 

「しかし、現場の検証や車両の状態確認など、各種の事後処理が残っていますが」

 

『それらには別の人員を配置して対応します。

LGクエレブレの護衛任務は現時刻をもって終了。

以後、本件に関する情報について、一切の口外を禁じます』

 

「……」

 

 事実上の箝口令を告げる八雲の言葉に、優珂は黙らざるを得なかった。

 

 幾つかの簡単な返事を返した後、優珂は通信を終えた。

 

「私たちの任務は終わり。さっさとガーデンに戻りなさい、だって」

 

 どこかしら投げやりな態度の優珂に、隣りに立っていた副隊長の牧野美岳が、やや感情的に問い詰める。

 

「あの『御前』というリリィを追わなくていいのか?

今頃は積み荷を奪取して逃走中のはずだ。

エレンスゲやシエルリントから増援を出して、非常線を張れば捕まえられるかも」

 

 美岳の提案に、優珂はすげなく首を横に振った。

 

「多分、その程度でどうにかできるようなレベルじゃないんでしょ。

あの仮面のリリィ、私たちが思っている以上にヤバい相手に違いないわ」

 

「それは、たとえばどんな?」

 

「他にも手練れの仲間がいるとか、隠している能力があるとか……異常な戦闘能力だけが、あのリリィの全てという保証なんて、どこにも無いわ」

 

「逆に言えば、校長はその情報を持っているから、私たちに撤退命令を下したのか」

 

 あの仮面のリリィもまたジャガーノートと同じく、表の世界には出せないG.E.H.E.N.A.の産物なのか。

 

 自らの技術によって生み出した存在が、自らのコントロールから逃れて制御不能になる――そう考えればG.E.H.E.N.A.という組織も意外と脇が甘い――優珂と美岳は顔を見合わせて思わず苦笑した。

 

 いずれにせよ、今ここで校長の命令に背いても何一つ益は無い。

 

 LGクエレブレの五人のリリィは、西に傾き始めた月の下で、黙々と撤収の準備に取り掛かり始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結梨が鎌倉府の百合ヶ丘女学院に戻ったのは、移送列車から脱出した翌朝のことだった。

 

 通常であれば、東京の御台場女学校へ戻るのが妥当だった。

 

 だが、状況の特殊性を鑑みて、本来の所属ガーデンである百合ヶ丘女学院へ戻ることを、咲朱が提案したのだった。

 

 結梨は琴陽が運転する車で、百合ヶ丘女学院の北側に広がる山地の林道からガーデンに接近した。

 

 ガーデンの敷地手前で同乗していた咲朱とともに車を降り、隠し通路から敷地内へ入る。

 

 生徒手帳兼身分証明書のIDカードはシエルリントで没収されなかったので、通路のロックは正規の手順で開錠できた。

 

 これによって「北河原ゆり」がこの通路からガーデンに入ったという情報は、理事会を始め生徒会や特務レギオンのリリィに伝達されるはずだ。

 

 結梨は念のために通路内の監視カメラに顔を向けて手を振ってみた。

 

 幅の狭い地下の通路を通り抜け、特別寮地下の駐車場に出る。

 

 そこからさらに階段を上がり、特別寮の廊下に出る。

 

 結梨と咲朱は人目に付かないよう、特務レギオン専用の廊下を通ってLGロスヴァイセの控室前まで来た。

 

 結梨が軽くドアをノックをすると、返事が返ってくる前にゆっくりと控室のドアが開かれた。

 

 ドアの隙間から見えた顔は、LGロスヴァイセ隊長の北河原伊紀のものだった。

 

「ただいま」

 

 結梨は少し申し訳なさそうな声で、伊紀に帰宅の挨拶をした。

 

 伊紀は結梨の顔を見ると、そのままドアを大きく開き、結梨に抱きついた。

 

「結梨ちゃん、無事だったんですね。よかった……」

 

 目に涙を浮かべて結梨の背中を撫でていた伊紀の手が止まったのは、結梨の後ろに控えていた人物の姿を確認したからだった。

 

「どうして、あなたがここにいるんですか?」

 

 急に剣呑な表情に変わった伊紀の顔を見て、咲朱は皮肉げに唇を歪めてみせた。

 

「随分と嫌われているのね。

無力なあなたたちに代わって、私が自ら結梨を保護してあげたというのに」

 

「私たちに貸しを作るための、あなたの自作自演という可能性も否定できません」

 

 伊紀は特務レギオンの隊長として、あくまでも咲朱に対して警戒を解くつもりは無かった。

 

 二人のやり取りを控室の中から見ていたロザリンデと碧乙が、頃合いを見計らってソファーから立ち上がり、二人のいるドアの方へと歩み寄った。

 

「伊紀、今はそこまでにしておきなさい。

――白井咲朱さん、経緯は分かりませんが、結梨さんを百合ヶ丘女学院へ無事に帰していただいたことにお礼を申し上げます」

 

 伊紀の前に出たロザリンデは、黒いドレスを着て目の前に立つ咲朱に深々と頭を下げた。

 

「さすがに上級生は立場をわきまえているようね。

いいでしょう。あなたに免じて隊長の非礼は不問に付してあげるわ」

 

(何を偉そうに。年増のおばさんが)

 

 ロザリンデの後ろで、碧乙が苦々しげに咲朱を非難する目で見る。

 

 そのような各人の思惑を知ってか知らずか、結梨はいつもと変わらない屈託の無さで、その場にいる全員に言葉をかけた。

 

「私、みんなと話したいことがあるの。相談に乗ってくれる?」

 

 

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