その光景が眼前に現れた時、北河原伊紀は強烈な既視感に襲われた。
日没が迫り、薄暗くなってきたガーデンの廊下の先に、一目でそれと分かる人影が見える。
自分が学級委員長を務める一年李組の同級生であり、外征旗艦レギオンたるアールヴヘイム所属にしてフェイズトランセンデンスS級保持者、高慢と紙一重の自信に満ちあふれた美貌、猫の耳にも似た特徴的な形の髪飾り。
「ごきげんよう、二人きりで会うのはあの時以来ね。伊紀さん」
「……ごきげんよう、亜羅椰さん。今日は何のご用?」
「そんなに構えなくても、取って食ったりはしないわ。
あの時はあなたを怖がらせてしまったみたいで、申し訳なく思っているの。
あの後、あなたのシュッツエンゲルにもお叱りを受けたし、今思えば少々強引すぎたかもしれないと反省することしきりよ」
「自信満々の表情でそんなことを言われても困ります」
伊紀は呆れ顔で亜羅椰の弁明を話半分に聞いていた。
が、当然その程度でめげるはずもなく、亜羅椰は話を続けた。
「ところで、あなたのレギオンは私が考えていたような事はしていないみたいだけど、それは本当なのかしら?
次の日の朝、天葉様に特務レギオンのことについて尋ねてみたら、一笑に付されたわ。
『ふふ、亜羅椰、あなた小説か何かの読みすぎ。
全国で一二を争うようなエリートガーデンのリリィにそんな汚れ仕事をさせるとは、とても思えないけどね』と天葉様はおっしゃっていたわ。
天葉様のお言葉通りで間違いなくて?伊紀さん」
「はい、私が知る限り、誰かを殺めるような直命がガーデンからロスヴァイセに出されたことは今までにありません。
天葉様のおっしゃっていたことに相違ないと思います。
それに、万が一そんな直命がガーデンから出されることがあれば、その時は百合ヶ丘を去るつもりです。
そのことで罰を受けても構いません。
私は絶対に誰かを殺したくないし、殺されたくもありませんから」
伊紀は自分に言い聞かせるように、きっぱりと言い切った。
それを聞いた亜羅椰はしばらく黙ったままだったが、やがて小さく一つ息をついた。
「そうね、私たちの持つ力はヒュージと戦うための戦力であって、同じ人間同士で殺し合うためのものじゃない。
たとえそれが綺麗事と言われても、ということね。
ましてあなたのレアスキルを考えると、なおのことでしょうね」
そこで亜羅椰はいったん言葉を切って、二人の間にしばしの沈黙が流れた。
「それなら、あらためて先日の続きをさせてもらっても問題ないということね」
そう言うと、亜羅椰は不敵な笑みを浮かべ、前に一歩踏み出して伊紀に近づいた。
しかし伊紀はそれに動じることなく、逆に自分も一歩亜羅椰に近づき、二人は至近距離で顔を見合わせる形になった。
「亜羅椰さん、私は友人としてはあなたとお付き合いできますが、恋人としてはできません。
亜羅椰さんがそれでもよければ、今まで通りの関係を続けていきたいと思っています。
いかがですか」
伊紀は亜羅椰の目を真正面から見つめて彼女の意思を問いただした。
意表を突かれた亜羅椰は伊紀から視線を反らさず黙っていたが、ややあって口を開いた。
「ふうん、この前とは違って、心の準備ができているということね。
そこまではっきり言い切られると、意外とすっきりするわ。
そういうことなら、ひとまずあなたとは良きお友達でいることにしましょう。
私も無理強いは本意ではないから」
そう言って亜羅椰は伊紀の横を通り過ぎて去って行ったが、その際に、
「いつか必ず、あなたの心を私に振り向かせてみせる。
その時が来るのを楽しみにしているわ」
と、うそぶくことを忘れなかった。
伊紀が後ろを振り返った時、すでに亜羅椰の姿は廊下の角を曲がって見えなくなっていた。
「はーっ……緊張した」
大きく息をつくと、伊紀は何度か頭を振って気を取り直し、校舎を抜けて特別寮のミーティングルームへと向かった。
短い内容ですが、今回の話はわりとあっさりできました。
やはり亜羅椰さんか、亜羅椰さんの力なのか。