「……それで、あなたたちがイルマに来た用件は何かしら?
まだそれを聞かせてもらっていないわ」
ようやく羽来のおしゃべりを止めることに成功した御巴留と恋町は、御台場女学校の制服を着た結梨と燈を見て、あらためて問い直した。
「あの……なんて言ったらいいのかな……」
結梨は言葉を詰まらせて口ごもった。
そもそも、結梨がイルマ女子に来たのは、突然に百合ヶ丘女学院を訪れた道川深顯の要請に基づいたものだ。
しかも、深顯の要請は、彼女が在籍するシエルリント女学薗生徒会長の蓬莱玉から指示されたものだった。
結梨はどう説明するべきか迷った末に、いきさつをありのまま話すことにした。
「蓬莱玉が、ここに『求めるものの手がかりがある』って……」
「……何とも曖昧な表現ね。
それに蓬莱玉って何?人の名前なの?」
結梨の言葉を聞いて首をかしげる御巴留だったが、その御巴留に、恋町が何かに思い当たったかのように声をかける。
「――御巴留、待って。
私の記憶違いじゃなければ、蓬莱玉はシエルリント女学薗の生徒会長よ」
「それ、本名じゃないわよね?」
「ええ。シエルリントではリリィは本名を名乗らず、仮の名前で呼びあうと聞いているわ。
それに、自分たちのことをリリィではなく魔女と呼んでいると」
「それ、真面目に言ってるの?」
「本当のことみたいよ。
重度の中二病育成ガーデンって言われてるのは、伊達じゃないってわけね」
「……いくらふざけた習慣でも、あのシエルリントの生徒会長の指示となると、無碍にはできないわ。
しかも、シエルリントの生徒会長が御台場のリリィに指示なんて、普通は絶対にありえないもの」
「シエルリントって、そんなにすごいガーデンなの?」
羽来が御巴留と恋町の会話に割り込んで、良く言えば無邪気な、悪く言うと緊張感に欠ける調子で尋ねた。
「と言うか、シエルリントは親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの総本山だから。
色々ときな臭い噂もあるガーデンだけど、今のところ大きな事件は起こしていないわ」
「ふーん、そのシエルリントの生徒会長が、ゆりちゃんたちにイルマへ行くように言ったんだ……」
「私はゆりさんの付き添いみたいなものなので、お気になさらないでくださいませ」
涼しい顔で御巴留たち三人に断りを入れる燈。
その燈を御巴留はちらりと見て、勘ぐらずにはいられなかった。
(このリリィ、司馬燈と名乗ったわ。
「鞍馬の女天狗」と呼ばれた強化リリィまで同行しているなんて、きっと何か裏があるに違いない)
「……どうやら私たちでは手に余る用件みたいだから、教導官に連絡すべきね。
羽来、誰か先生を呼んできてちょうだい」
「分かった。ちょっと待っててね」
御巴留から言われて、羽来は校舎の方へ小走りに去っていった。
それから程無くして、羽来は一人の年若い女性の教導官を伴って戻ってきた。
紅い瞳と透けるような白い肌の教導官は、結梨の顔を見て、えも言われぬ艶のある微笑みを浮かべた。
「はじめまして。あなたが北河原ゆりさんね。
百合ヶ丘女学院の高松理事長から連絡は受けています。
私はイルマ女子美術高校の教導官で、篠田澪瑚といいます。
ここで立ち話を続けるわけにもいかないので、校舎の中へどうぞ」
結梨と燈はイルミンシャイネスの三人と別れ、篠田教導官の後についてイルマ女子のガーデンへと足を踏み入れた。
キリスト教の大聖堂や教会を想起させるシエルリントのガーデンとは対照的に、イルマ女子のガーデンは近代的な幾何学デザインで設計されており、さながら芸大や美大のそれをイメージさせるものだった。
白亜の校舎に入り、幅の広い廊下を進んだ先に、応接室の扉が見えてきた。
篠田教導官が自身のIDカードでロックを解除し、横開きの一枚扉をスライドさせると、室内へと二人を招き入れた。
結梨と燈はローテーブルを挟んで篠田教導官と向かい合う形で、ソファーに腰を下ろした。
先に口を開いたのは篠田教導官の方だった。
「ここなら落ち着いて話ができるわね。
そちらのリリィは司馬燈さんね。
北河原さんが戦闘時の影響を経過観察中のため、付き添いとして同行……と聞いているわ」
「その通りですわ。
メディカルチェックでは異常なしとのことですが、念のためゆりさんを一人にしないように、と百合ヶ丘から申し送りされていますの」
「分かりました。
では、さっきの話の続きになるけれど、高松理事長からあなたの訪問について連絡があったのは事実です。
ただし、訪問の具体的な目的については北河原さんから直接聞くように、と言われたのよ」
「そうなんだ……やっぱり私が説明しないといけないんだね。
何から話せばいいのかな……」
深顯は蓬莱玉の言葉として「求めているものの手がかり」と言った。
しかし、結梨は自分が何を求めているかを蓬莱玉に語った覚えは無い。
(私、蓬莱玉に何か言ったかな……あ、そうだ)
結梨が蓬莱玉に案内されたシエルリントの大図書館「ビブリオテカ」、そこで結梨は数時間に渡って貪るように文献を渉猟した。
そして蓬莱玉が戻ってきた時、結梨はそれら数十冊の文献を机の上に残したまま「ビブリオテカ」を退室した。
(蓬莱玉は私が机の上に置きっぱなしにした本を棚に戻す時に、誰が書いた本なのかを見たんだ。
それで私が何を知ろうとしてたのか分かったんだ)
黙り込んでいる結梨の顔を覗き込むように、燈は努めて軽い調子で話しかけた。
「結梨さんが言いたいことを言ってみればよろしいのでは?」
「私が言いたいこと……やっぱり岸本教授のことかな」
結梨の言葉を聞いた篠田教導官の顔に緊張が走った。
「北河原さん、あなた今、何て言ったの?」
「岸本教授。ルドビコ女学院の来夢のお父さん」
「……あなたはなぜ、その人を知っているの?」
「私は岸本教授を探してるの。
教授に会って、聞きたいことがあるから」
篠田教導官は溜息を一つつくと、小さく首を横に振った。
「――岸本教授については何も答えることはできないわ。
聞きたい事というのが彼についてであるのなら、このままお引き取り願います」
取り付く島も無いという表現がぴったりな篠田教導官の態度だったが、結梨はなおも言葉を続けた。
「岸本教授は私にとって特別な人だから、どうしても会わないといけないの」
結梨の言葉を聞いた篠田教導官の眉がぴくりと動き、胡乱な目で結梨に質問を投げかける。
「……北河原さん、あなたは岸本教授とどういう関係なの?」
(特別な人って……まさか、この子が岸本教授のかつての教え子で、相思相愛の関係になった挙げ句、痴情のもつれでここまで押しかけてきた……いえ、岸本教授に限って、そんな事ないわよね)
篠田教導官の推測は見当違いも甚だしいものだったが、彼女の正面に座っている結梨は篠田教導官の心中など露知らず、自分の考えを素直に口にした。
「うーん……岸本教授は、たぶん私を作った人……かな」
篠田教導官は一瞬ぽかんとした表情になった後、目に見えて狼狽し始めた。
「そ、そういう話なの?
認知をしてほしいとか、養育費を出してほしいとか、相続の権利を認めてほしいとか、それから……
――ああ、何てこと。教授がそんな人だったなんて!」
落ち着きと妖艶さを兼ね備えた容姿に似つかわしくなく、篠田教導官は結梨と燈の目の前で、頭を抱えて嘆きと失望の声を上げた。
結梨の隣りに座っている燈火は、妙ににやにやとした表情で、肩を震わせて笑いをこらえている。
その燈の耳元で、結梨は小声で尋ねた。
「どうして教導官の先生は慌ててるの?燈」
燈は結梨が人造リリィであることを知っている。
そのため、篠田教導官の勘違い――北河原ゆりが岸本教授の隠し子、私生児だという考えが、燈には手に取るように分かっていた。
「どうやら先生は明後日の方向に思い違いをなさっているようですわね。
面白いので、もう少しこのままにしておきましょう。うふふ」
人が悪い笑みをその美しい顔に浮かべて、燈は楽しげに篠田教導官の様子を観察するばかりだった。
一分ほど時間が経過して、篠田教導官は何度か頭を振った後、ようやく落ち着きを取り戻して結梨の顔を見た。
「……分かりました。あなたの事情を特別に考慮して、ガーデンの理事会に問い合わせてみましょう。
ただし、必ず岸本教授に会えるとは約束できません。
しばらくここで待っていてちょうだい」
篠田教導官は二人を応接室に残して、足早に部屋を出て行った。
「岸本教授、イルマにいたんだ」
驚いた様子の結梨の肩に、燈は軽く手を置いてにやりと笑った。
「期せずして鎌をかけた形になりましたわね。
結果オーライとはこのことですわ。
上出来ですわ、結梨さん。意外と策士ですのね」
「そうなの?私は言いたいことをそのまま言っただけだけど……
それに、『にんち』とか『よういくひ』って何のこと?」
「その辺りのことは私ではなくて、百合ヶ丘に戻ってからガーデンの方々と話し合われるのがよろしいかと思いますわ」
(この場で結梨さんに婚姻関係や親権の意味を一から説明するのは、私には荷が勝ちすぎていますから)
燈は法律上のデリケートな説明を放棄して、結梨とともに篠田教導官が戻るのを待つことにした。
待つこと約10分、応接室の扉の向こうから靴音がかすかに聞こえてきた。
「お戻りになったようですわね。
さて、返答の内容やいかに――」
扉がノックされ、結梨と燈が返事をすると、開かれた扉から篠田教導官が姿を見せた。
篠田教導官は平素の彼女がそうであろう、冷静な口調で結梨と燈に結果を告げた。
「ガーデンとしての見解が出ました。
北河原さん単独でという条件で、岸本教授との面会を認めます。
司馬さんについては、面会が終了するまで、この応接室で待機してもらいます」
「ゆりさんは経過観察中で、付き添いが必要な状態ですわ」
「司馬さんの代わりに、私が教授との面会場所まで北河原さんに同行します。
面会中は私が隣りの別室で待機しています。
それで構わないかしら?」
「構いませんわ。でも、もし何かありましたら必ず私にも連絡をお願いいたしますわ」
「ええ、そのように対応させてもらうわ。
では、北河原さん、今から岸本教授のところへ行きましょうか」
篠田教導官は結梨を促し、二人は連れ立って応接室を出た。
速い歩調で廊下を進む篠田教導官の背中に、結梨は質問を投げかける。
「岸本教授はこのガーデンで先生をしてるの?」
「いえ、教授はイルマ女子のガーデンではなく、イルミンリリアンラボに研究者として勤務しているわ。
だから、イルマの生徒は岸本教授の存在を知らないのよ」
「イルミンリリアンラボって、G.E.H.E.N.A.のラボなの?」
「そうよ。でもイルマ女子は穏健派のガーデンだから、人体実験のような非人道的な研究はしていないわ。
それに、岸本教授がイルミンリリアンラボに勤めていることも、外部には秘密にしているわ」
(もっとも、シエルリントの生徒会長がイルマを名指しして、教授の関係者を訪問させたということは……勘づかれたと考える方がよさそうね)
篠田教導官は険しい顔つきで前方を見つめながら、ラボへとつながる連絡通路を進んでいく。
そのすぐ後ろに結梨が続き、二人が間もなく教授の待つラボの入り口にたどり着こうとした時――けたたましい警報音が通路内に、正確にはイルマ女子のガーデン全体に響き渡った。
『ケイブ発生、ケイブ発生。
場所は清澄白河から北東に約1500メートルの地点、ギガント級を含むヒュージの一群が毎時20キロメートルで進攻中。
LGイルミンシャイネス及び出撃可能なリリィは直ちにこれを迎撃、討滅せよ』
ヒュージの出現を告げる緊急放送を聞いて、篠田教導官が言葉を発するより早く、結梨は彼女にこう言った。
「先生、ヒュージが来たの?
だったら、私も戦う。
予備のCHARMを私に使わせて」