「ラストパスはギガント級の直上へ、って……誰がフィニッシュショットを撃つの?」
御巴留の前方、AZのセンターで特型ギガント級と対峙していた恋町が、戸惑ったように振り返った。
これまでのノインヴェルト戦術において、イルミンシャイネスはそのような戦術を取ったことが無い。
余程の地の利に恵まれた戦場でない限り、高さ数十メートルのギガント級の頭上からフィニッシュショットを叩き込むことなど、神業に近い芸当だ。
その恋町へ向けて、御巴留は再び大きな声で呼びかける。
「御台場のリリィがフィニッシュショットを担当するわ。
私たちイルミンシャイネスの9人は、訓練通りパスをつないで、ここにいる北河原さんにラストパスを回す。
彼女ならそのギガント級の真上からフィニッシュショットを撃てるそうよ」
「でも、あのギガント級はおそらく特型。
それならマギリフレクターを使ってくるはず。
仮に無防備な頭上からフィニッシュショットを撃てたとしても、マギリフレクターを展開されたら本体に命中させることはできないわ」
「それについても、北河原さんはマギリフレクターを突破できる『技』を持っているそうよ。
ノインヴェルト戦術は一度しかできない以上、私たちはそれに賭けるしかない。
やってみましょう」
一度しか使えないノインヴェルト戦術を失敗すれば後がない、だから少しでも成功の可能性が高い選択肢を取るべきだ――御巴留の説明に、恋町はそれ以上反論する術を持ち合わせていなかった。
「……分かったわ。今はそのやり方しかないみたいね。
でも、もし失敗したら――」
「ただちにヒュージの侵攻速度をできる限り低下させるための遅滞戦術に移行。
他ガーデンの増援が到着するまでの時間稼ぎに徹することになるわ」
「それは願い下げにしてほしいものね。
ノインヴェルト戦術を終えた後に、まだ時間稼ぎの戦闘を続けないといけないなんて」
「まったくだわ。
――さあ、いつまでもここで話し込んでいるわけにもいかない。
ノインヴェルト戦術を開始しましょう。
北河原さんと司馬さんは……」
近くに控えていた二人の方へ御巴留が視線を移すと、燈は自信に満ちた声で自分たちの行動を説明する。
「私とゆりさんは二手に分かれて、ラージ級以下をデュエル戦闘で排除しつつ、ギガント級の左右から牽制攻撃を実行しますわ。
イルミンシャイネスのパス回しが少しでもスムーズに進められるように」
燈の言葉に続けて、結梨がいつものおっとりとした口調で御巴留に要望する。
「ラストパスは、ギガント級の真上の100メートルくらいのところに上げてほしいな」
「恋町、お願いするわね」
御巴留が改めて前方の恋町に呼びかけると、恋町はCHARMを構えていない方の手で、OKのハンドサインで答えた。
それを確認して、御巴留はBZの日下部叢雨にノインヴェルト戦術を開始するよう指示を出す。
日下部蓮月の妹である叢雨は、姉と全く似つかない弱弱しい声で御巴留に答えた。
「は、はい。ただ今からノインヴェルト戦術を開始します……お姉ちゃん、お願い」
叢雨からパスされたマギスフィアを受け止めた蓮月は、次のパスを出すための最善のポジションへと移動を開始する。
それに合わせて一糸乱れぬ連携で、イルミンシャイネスのリリィたちはフォーメーションを変化させていく。
ノインヴェルト戦術のパス回しが始まったことを確認して、結梨は燈と別れて走り出そうとした。
「お待ちなさい、結梨さん。少し景気づけをして差し上げますわ」
燈がそう言った次の瞬間、彼女の体から急激にマギの波動が拡散し、結梨の全身を通り抜けて戦場全体へと広がっていく。
結梨は通常とは全く異なるレベルで、力がみなぎってくる感覚を明瞭に自覚した。
「すごい、体が軽くなってマギの量がすごく増えたみたいに感じる。
これって……」
「私のレアスキル、ラプラスですわ。
皆さんが少しでも戦いやすくなるようにと、私からささやかなお手伝いをさせていただきましたの」
「ありがとう。これでずっと戦いやすくなったよ。
燈、行ってくるね」
今度こそ結梨は走り出し、縮地を使いながらあっという間にギガント級の左側面へ移動した。
ラージ級以下のヒュージを次々に屠りながら、アステリオンをシューティングモードに変形させてギガント級に弾丸を撃ち込んでいく。
無論、通常の攻撃でギガント級に致命的なダメージを与えることはできない。
が、これはあくまでもイルミンシャイネスのパス回しを支援するための陽動であるから、ギガント級の注意を引き付けることができれば、それで目的は達成されるのだ。
結梨と呼応して、燈も逆サイドからギガント級に同様の射撃を加えており、ギガント級がそれらの攻撃に気を取られている間に、イルミンシャイネスは着実にパス回しを進めていった。
本来のフィニッシュショット担当である恋町の手元にマギスフィアが渡った時、結梨はギガント級の左側面100メートルほどの位置に立っていた。
「恋町、ギガント級の真上にラストパスを送って」
結梨の求めに応じて、恋町はティルフィングを再設計したユニーク機のリヒトブリンガーを構えた。
(北河原さん、あの距離からギガント級の直上に移動するの?
縮地を使っても、一度にあそこまでは無理じゃない?)
恋町の胸中を一抹の不安がよぎったが、一度のノインヴェルト戦術でマギリフレクターを突破できる可能性のある方法は他に無い。
(やるしかない。上手くキャッチしてよ)
恋町は全身に力を込めてリヒトブリンガーを振り抜き、マギスフィアをギガント級の上空へと投げ上げた。
(すごくいい勢いで飛んで行った……マギスフィアもいつもよりずっと大きい。
これって明らかに誰かが私の力を底上げしてる)
先程から妙に身体の動きが軽快で、全身に力が満ちている感じがする。
(BZで叢雨がカリスマを使ったの?
カリスマよりももっと強い効果が出てるみたいだけど)
それが燈のラプラスによるものだと恋町は気づいていなかったが、同様の感覚はイルミンシャイネスをはじめ、戦場に展開している全てのリリィが感じ取っていた。
マギスフィアのラストパスが、恋町の手でギガント級の直上へと投げ上げられたのを結梨は見た。
青白い光を放つ空中のマギスフィアを、離れた場所から見ていた結梨は、ふとある思いに囚われた。
(私がイルマ女子に来てる時にケイブが発生した……
これって偶然かな、それともG.E.H.E.N.A.が私を戦わせるために、わざとヒュージを出現させたのかな)
だが、すぐに結梨はその疑問を振り払い、距離を取って対峙しているギガント級へと意識を戻した。
(どっちにしても、あのギガント級をやっつけないと、先には進めないんだ。
岸本教授にも会えなくなっちゃう)
どちらの原因であっても、自分が為すべき事にはいささかの変りも無い。
ヒュージとの戦いを真に終わらせるために、岸本教授に会って話を聞かなければならない。
そのためには、ここで敗けるわけにはいかないのだ。
(あのマギスフィアのところまで行く。レアスキルを使って)
そう結梨が思った瞬間、結梨の身体は立っていた場所から消失し、間髪入れずにギガント級の上空100メートルほどの空間に出現した。
結梨の眼前には放物線の頂点に達する寸前のマギスフィアがあった。
シューティングモードのアステリオンでそのマギスフィアを捉え、あっという間に装填を完了させる。
遥かに見下ろす地上から、イルマ女子のリリィたちのどよめきが聞こえた気がした。
それに気を取られることなく、結梨は直下に見えるギガント級の頭部に照準を合わせ、トリガーに指をかける。
だが、同時にギガント級は自らの頭上に魔法陣のような円形の障壁を展開した――紛れもなく、それはマギリフレクターと呼ばれる、特型ヒュージ特有の能力に他ならなかった。
(だめだ。やはりマギリフレクターがある限り、特型ギガント級にノインヴェルト戦術は通用しない)
地上から結梨を見上げていた御巴留が絶望に囚われかけたその時、再び結梨の身体は消え、マギリフレクターと特型ギガント級の間に現れた。
(マギリフレクターを抜けた……これでフィニッシュショットを撃てる)
結梨はためらうことなくアステリオンのトリガーを引き絞り、ノインヴェルト戦術のフィニッシュショットを発射した。
至近距離からマギスフィアを撃たれたギガント級に、回避する手段は存在しなかった。
マギスフィアはそのままギガント級の頭頂部に命中し、炸裂した。
膨大なマギのエネルギーが光と熱となって解放され、ギガント級の全身を破壊する。
そのエネルギーが大爆発を起こす直前、三たび結梨の身体は消え失せた。
「全員、地面に伏せて爆風と衝撃波から身を守れ!
決して顔を上げるな」
御巴留たちが戦場に展開していた全てのリリィに聞こえるよう、大声で指示を出す。
ギガント級の爆発は轟音とともに、周囲に大量の爆煙と灰燼を巻き上げ、しばらくの間、戦場の視界はほとんど失われた状態だった。
それが時間の経過とともに次第に収まり、周りの状況が明らかになっていく。
既にギガント級の姿は跡形も無く消え失せ、残っているのはラージ級以下のヒュージの死骸と瓦礫の山だけだった。
「みんな、自分の周りのリリィが無事か確認して。
負傷者がいれば、すぐに後方へ運ぶように」
イルミンシャイネス隊長の御巴留は素早く指示を出し、状況の把握を開始していた。
その中で、御巴留の視線は誰かを探すように、戦場のあちこちを見回している。
(彼女は……北河原さんはどうなったの?
あの爆発からどうやって離脱したの?
まさか爆発に巻き込まれたのでは――)
焦りを感じ始めた御巴留は、動揺を抑え込もうと何度も深呼吸を繰り返した。
すると、その後ろから、小さな足音が聞こえてきた。
反射的に振り返った御巴留の目に映ったのは、制服についた埃を手で払いながら歩いてくる結梨の姿だった。
「北河原さん、無事だったのね。
でも、どうして私の後ろからやって来たの?
あなたはここから数百メートル前方でギガント級と戦っていたのに」
「私、瞬間移動のレアスキルが使えるの。
縮地っていうんだって」
「あれが縮地?普通の縮地とはまるで別物のように見えたけど」
首をひねる御巴留の隣に、同じイルミンシャイネスの日比野羽来が近寄ってきて無邪気に言う。
「私には、篠田先生が使う縮地と同じに見えたよ。
ワープとかテレポーテーションみたいな感じだったもん。
ゆりちゃんの縮地って、もしかしてS級なんじゃない?」
「うん、私のはS級の縮地だって、前に言われたことがあったと思う」
あっさりと認めた結梨を、御巴留は目を丸くして見つめていた。
「あなたがそんな傑物だったとはね……鞍馬の女天狗が太鼓判を押すのも当然だわ。
北河原さんは百合ヶ丘女学院から御台場へ一時編入中だと聞いたけど、御台場エリア防衛の戦力支援としては申し分ないわね」
そこへ戻って来た燈が、御巴留と羽来に説明を補足する。
「ただし、ロネスネスやヘオロットセインツがガーデンにいる時は、基本的にゆりさんの出番はありませんわ。
あくまでも、それら2レギオンが外征中で不在の場合に、LGコーストガード預かりのリリィとして戦闘に参加することになっていますの」
「確かに、本来の戦力が揃っている時に、他ガーデンの助っ人を最前線に出すのはありえないわね」
「もうヒュージはやっつけたから、みんなで早くイルマのガーデンに戻ろう」
燈の制服の袖を引っ張りながら結梨が言った。
燈は苦笑いしながら結梨の肩を抱いて、御巴留と羽来に自分たちの予定を告げる。
「そういうわけですので、私たちは一足先にガーデンに戻らせていただきますわ。
元々ゆりさんが面会する予定だった人を待たせて出撃した状態ですので」
「私たちだけ先に戻っていいの?」
「イルマ女子のリリィは状況の確認やガーデンへの報告などで、しばらくはここから動けないはずですわ。
ゆりさんは会わなくてはならない人がいるのですから、そちらを優先すべきだと思いますわ」
「分かった。じゃあまたね、御巴留、羽来」
手を振りながら燈と一緒に遠ざかっていく結梨の姿を見て、御巴留は半ばあきれたように羽来に呟く。
「自分のレアスキルでギガント級を仕留めたというのに、まるで普段通りって感じね」
「百合ヶ丘には世界トップクラスのレギオンとリリィがいっぱいいるから、ゆりちゃんレベルのリリィは珍しくないんじゃない?」
「それにしても縮地S級とは恐れ入ったわ。
レアスキルに関しては、今の時点で篠田先生に並んでるってことだもの」
「ゆりちゃんだけじゃなくて、もう一人の燈ちゃんはラプラスを使ったって言ってたよ。
イルマではまだラプラスに覚醒したリリィはいないから、やっぱり御台場もレベル高いなあ……」
「あの感じ、あれがラプラスだったの?
パス回しを始めた時に、これまでに感じたことのないレベルで身体が軽く動くようになった……あの感覚が」
(北河原さんと司馬さん、あの二人が明らかに突出した能力を持ったリリィなのは間違いない。
あの二人ほどのリリィが「求めるものの手がかり」って、一体何なの……それほどの何かが、このイルマにあるっていうの?)
いくつもの考えが取りとめもなく、ぐるぐると御巴留の頭の中を巡った――が、御巴留は詮無き事と思案を停止し、目の前の戦場の後処理に専念することにした。
程なくしてイルマ女子のガーデンに戻った結梨と燈は、当初の目的通り岸本教授との面会に赴くことにした。
CHARMケースを背負った二人を正門の前で迎えたのは、篠田教導官だった。
「おかえりなさい。イルミンシャイネスから連絡が入っているわ。
見事にギガント級の討伐に成功したそうね」
「うん、考えてた作戦通りにやっつけられたから、ちょっと自信がついたかも」
少し照れくさそうな、嬉しそうな結梨の顔を見て、篠田教導官も相好を崩しかけたが、すぐに気を取り直して表情を引き締めた。
「では北河原さん、仕切り直して岸本教授の所に行きましょう。
司馬さんは面会が終わるまで、さっきの応接室で待機していてもらいます」
「承知しましたわ。ゆりさんが岸本教授と良いお話ができることを願っていますわ」
結梨と篠田教導官は燈と別れて再びイルミンリリアンラボへの連絡通路を進み、今度こそ岸本教授の研究室にたどり着いた。
「岸本先生、ヒュージの出現で中断していた面会の件ですが、北河原さんをお連れしました」
篠田教導官が結梨の前に進み出て、ドアのすぐ前で部屋の中に向かって呼びかけた。
「どうぞ、中へ入りなさい」
ドアの向こうから、まだ若さを幾分か残した、落ち着きのある男性の声が聞こえてきた。
「北河原さん。私は書庫になっている隣の部屋で待機しているから、あなたは一人でこの部屋に入って。
面会が終わったら、私の所に連絡しに来てね」
「うん」
結梨は静かにドアのノブを右手で回し、内開きのドアをゆっくりと開いていった。
部屋の中は30平方メートルほどの広さで、両側の壁には天井に近い高さまで本棚が立ち並び、壁面をほぼ埋めていた。
部屋の中央にはやや大きめの、来客対応のためのローテーブルが置かれていたが、その上には数十冊の文献が積み上げられている状態だった。
ローテーブルの向こう側、部屋の奥には木製の執務机があり、一人の壮年の男性が椅子に座って、静かにこちらを見ていた。
性別こそ違うものの、その顔には彼の娘である来夢の面影がどことなく感じられた。
「岸本教授、私は……」
結梨の言葉を途中で制して、岸本教授は覚悟を決めたような表情で、まるで教会で告解でもするかのように重苦しく言葉を吐き出した。
「いつかこの日が来ると思っていた。
お世辞にも片付いているとは言えない所だが、ここで話し合おう。
――私からも君に話しておかなければならないことが沢山ある」