文体は葵ちゃん視点の一人称で描写しています。
(叙述トリックのつもりではありません)
また、葵ちゃんの性格について解釈違いがあると思いますが、その点についてはご容赦ください。
穏やかに晴れた日の放課後、私はいつものように街の食料品店で買い出しを終え、両手にずっしりと食材の入ったマイバッグを持って家路につく。
夕暮れが近くなり、私と同じように学校や勤務先から帰宅する途中、または買い物のための外出で、人通りはやや多い状態ではあるけれど、混雑しているというほどでもない。
私が中等部から通っているガーデン、横須賀市の聖メルクリウスインターナショナルスクールは、鎌倉府5大ガーデンの一角だ。
その聖メルクリウスからの帰り道で、私は自分と同居人の食事を賄うための買い物を済ませたところだ。
聖メルクリウスとその周囲の市街地は、堅牢な城壁に囲まれた城塞都市の様相を呈していて、人々はその城壁によってヒュージの襲来から守られた生活をしている。
もちろん私もその一員であり、これから私の同居人が借りている大きな洋館のような屋敷に帰るところだ。
もう何年もの間、私はその同居人と寝食を共にして、家族同然の関係にある。
いや、より正確には家族というよりも恋人同士のような間柄だ。
つまり、私たちはお互いに愛し合っていると言える状態にあるのだけど、その辺りの話は、また後の機会にでもしよう。
こういう感じで、私生活ではわりと安定した日々を送っていた私だったけど、最近その生活に一つの変化があった。
私が両手に持っている食材の量は、1週間ほど前から約1.5倍に増えている。
その理由はまあ、家に帰れば明らかになることだ。
買い物を終えて十数分後に、私は明治時代に建築されたらしい大きな洋館の入り口に立っていた。
これが私と同居人が住んでいる家なのだが、二人で住むには余りにも大仰に過ぎると思う。
部屋の数は正確に数えたことは無いけど、たぶん三十くらいはあるんじゃないかな。
当然、全部の部屋を使っているわけではなく、一階の適当な広さの一室をLDKの内装にリフォームして、そこを生活の場として主に使っている。
寝室は隣りの部屋に設けていて、広い室内にキングサイズよりさらに大きい特注仕様のベッドが置かれている。
寝室の中でベッドはその一つだけで、私と同居人はそのベッドで毎日眠りについている。
しかもそのベッドはレースのカーテンで囲まれた天蓋付きで、どこの王侯貴族かと言いたくなるほどのものだ。
でも私の同居人によれば、このくらいは全然普通で大したことはないと言う。
実際、慣れてしまえば確かに違和感を感じることもなくなり、特段どうというものではなくなってしまった。
つくづく慣れとは恐ろしいものだ。
そんなことをつらつらと考えながら、私は自宅である古めかしい洋館の中に入り、リビング兼ダイニングキッチンへと至る廊下を進む。
数十歩後に足を止め、これまた大げさなウォールナット材でできた重厚な木の扉を開けると、いつもと変わらない同居人の姿がそこにあった。
リビングのソファーに座っていた私と同い年の同居人は、私がドアを開けたのに気づいて、にこやかに、優雅に微笑んだ。
「おかえりなさいませ、葵さん。
いま結梨さんの宿題を二人で解いていたところですわ。
もうすぐ区切りがつきますので、あと少しお待ちくださいな」
同居人の隣りには、結梨と呼ばれた、まだあどけなく幼い雰囲気の少女が座っていた。
「楓、私も一緒に料理のお手伝いする。
だから早く宿題終わらせよう」
この少女、一柳結梨が1週間ほど前からこの洋館に住み始めて、私の同居人は二人になった。
元々の同居人である楓・J・ヌーベル――この洋館自体はヌーベル家のものではないらしいけど、ヌーベル家の伝手で楓が借りているという。
楓はとびきり才媛のリリィで、両親ともに貴族の家系で、しかも父親は世界的CHARMメーカーのトップという正真正銘のサラブレッドだ。
その出自にふさわしく、聖メルクリウスの中等部レギオン予備隊では、楓は世界最高格付けを獲得した時の司令塔を務めていた。
今は訳あって聖メルクリウスにおける楓の立場は微妙なものになっているけど、その実力が折り紙付きなのは当時も今も変わりはない。
その楓が、同じく訳ありの様子で連れてきた少女が結梨だった。
結梨は元々は同じ鎌倉府の百合ヶ丘女学院のリリィだったけど、百合ヶ丘にいられない事情ができて、この聖メルクリウスに転校したと楓からは聞いている。
その事情というのは、まだ楓からは詳しく聞かされていないけど、どうやらG.E.H.E.N.A.が関係しているらしい。
私が察するに、結梨はたぶん強化リリィで、ラボから脱走したところを百合ヶ丘が保護していたんじゃないかと思う。
私や楓と同い年にしては妙に幼い印象を受けるのも、ラボでの生活が影響しているのかもしれない。
そして、百合ヶ丘の力ではG.E.H.E.N.A.から結梨を守り切れなくなったので、百合ヶ丘と同じく反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンであり、城塞都市のような聖メルクリウスに結梨を預けることになった……ってとこかな。
それだけではなく、結梨がそんな事情を持つに至った背景には、楓のお父さんが少なからず関係していて、そのために楓が結梨の保護者代わりに一緒に生活することになったそうだ。
ただし、そういう事情はものすごく個人のプライバシーに関わることだから、こちらから尋ねたりすることは控えて、結梨が自分から話してくれるまで待つとしよう。
楓の隣りで結梨は一所懸命に宿題に取り組んでいる。
その姿を見ていると、私も楓と一緒に彼女のことを守ってあげなくてはという気持ちになってくる。
私の視線に気づいたのか、結梨が顔を上げてこちらを見る。
「葵、今日の晩ごはんは何?」
「えっと、鶏むね肉のガトー仕立てパセリソース、トマトのソルベサラダ、フレンチオニオンスープ、フランボワーズとブルーベリーのクレープ……」
「すごい……」
指を折って数える私を、結梨は羨望のまなざしで見つめている。
と言っても、これらの料理は、私が楓から作り方を教えてもらったもので、食費も大半はヌーベル家からの仕送りで賄われている。
私の実家もどちらかといえば裕福な方に入るのだろうけど、ヌーベル家はちょっと格が違いすぎる感じだ。
「もう少しで宿題が終わるから、すぐに私も手伝う」
「ありがとう。キッチンで待ってるわ。
楓、結梨のことよろしくね」
「お任せください、葵さん」
楓と結梨のいるリビングからキッチンへと、私は食材を持って移動し、調理する順番に下ごしらえの段取りを考え始めた。
腹が減っては戦はできぬ、の言葉通りに遠慮なく夕食を口に運んだ私たち三人は、食後のコーヒーをゆっくりと時間をかけて飲み、食器を洗って片づけた後、各自入浴と翌日の訓練の準備を済ませた。
明日も朝早くから訓練が始まるので、夜更かしするわけにはいかない。
結梨は私や楓と同じく、レギオンには属さないバックアップのリリィとして聖メルクリウスで活動する予定だ。
でも転校生の結梨はともかく、中等部からのトップクラスの生え抜きである私と楓が、どのレギオンにも所属していないのは明らかに不自然だ。
これにもやや深刻な事情があるのだけど、それについては折を見て結梨に話すことにしよう。
さっさと就寝の準備を済ませた私たち三人は、寝室のキングサイズより大きいベッドで川の字になって寝る。
楓がネグリジェで私と結梨がパジャマなのは、まあ見ての通りということで、特に深い意味はない……ないんだから。
ベッドの真ん中に結梨を挟んで、私たちは何やら親子のような雰囲気さえ漂っている。
結梨は楓の腕に抱かれて、規則正しく静かに寝息を立てている。
以前は私が楓の抱き枕役をしていた……いや、私が自発的にそんなことをしてたわけじゃなくて、いつの間にかそれが習慣になっていたのだ。
結梨が私たちの家に来て一緒に暮らすようになるまで、私と楓は同じベッドで眠るのが当たり前になっていた。
今はそれに結梨が加わって、三人が一つのベッドで睡眠をとっている。
私と楓の関係は、周りから見れば恋人同士のように見えるに違いないけど、私の実感はそれとは少し違っている。
私の楓への気持ちは、恋愛というよりも友情に近いものだと思っている。
一方、身も心も愛し合うのが自然な愛の表現だと、楓は言う。
その辺りの考え方が楓と私で少し違っているかもしれないけど、私にとって楓がかけがえのない大切な存在だということに変わりはない。
私は楓といつも一緒にいたいし、楓も私といつも一緒にいたいと思ってる。
それだけで充分だ。
だから今はお互いの価値観を何から何まで一致させようなんて考えてないし、そんなことは相手の気持ちを尊重することにはならないだろう。
「葵、難しい顔してる。
何か考えごとしてるの?」
小さくささやくような声が聞こえて、そちらを見ると、結梨が目を覚まして私の顔を見つめていた。
私はまだ幼い子供のような物言いをする結梨に、ふと尋ねてみた。
「結梨は百合ヶ丘に大切な人がいる?」
「うん。今は会えないけど、いつか一緒にいられる時が来るように頑張る」
「そう、その日が早く来るといいね」
どちらからともなく、私と結梨は手を差し出しあい、お互いの手を緩く握ったまま眠りに落ちていった。
「結梨さん、朝ですわよ。
お目覚めにならないと、早朝の訓練に遅れてしまいますわ」
楓の声で私は目を覚ました。
私に呼びかけた声じゃなかったけど、私もつられて目を覚ました。
寝返りを打って声の聞こえた方を見ると、結梨が眠そうに目をこすりながら上半身を起こそうとしていた。
「もうそんな時間?
あとちょっと寝ていたい……」
「それはできませんわ。
さあ、パジャマを脱いで、この制服にお着替えなさい」
楓はもう自分の着替えを済ませて、結梨の着る制服を手元に準備している。
その様子は、まるで幼い我が子の面倒を見る母親のようだ。
「お母さん、私の着替えも用意して」
私はふと気まぐれに、冗談のつもりで楓に言ってみた。
すると楓は急に真顔になって、私の顔をまじまじと見つめた。
「葵さん……」
叱られるのかと一瞬思ったが、それはまったくの的外れだった。
楓は何か新しい発見をした子供みたいに、興奮を隠しきれない上ずった声で私に話しかけた。
「葵さんにそんな趣味があったなんて初耳ですわ。
そういう趣向がお好みなら、もっと早く言ってくだされば色々とご用意しましたものを。
そうですわね……まず、年齢の設定は何歳にいたしましょうか?」
「いや、その……」
どうやら、さっきの一言が変なスイッチを入れてしまったみたいだ。
「葵さんのご希望はいかがかしら?
遠慮なさらず、正直に本音をおっしゃってくださいな。
恥ずかしがる必要なんてどこにもありませんわよ。
私は葵さんのすべてを受け入れてみせますわ」
「本気にされても困る」
目を輝かせて想像、いや妄想を巡らせ始めた楓に、私はすかさず水を差した。
このまま楓を放っておくと、今日の午後には私が楓の娘としてロールプレイするための舞台装置が完成しているに違いないからだ。
私の言葉に楓は我に返り、いかにも残念そうに想像もとい妄想を中断した。
「あら、私はいつだって葵さんの言葉を一言一句まで真摯に受け止めていますわ。
葵さんの望みとあらば、この楓・J・ヌーベル、骨身を惜しまず尽力いたしますわよ」
「それはありがたいけど、自分のことは自分でするから」
私は起き上がって自分の着替えを取り出しに、クローゼットへ足を向けた。
白を基調とした制服に袖を通しながら、ちらりとベッドの方を振り向くと、結梨が楓から制服を受け取って、私と同じように着替えを進めている。
着替えを済ませて、結梨は一足先に寝室を出ていった。
結梨がいなくなった後の寝室で、私は楓に尋ねる。
「結梨は――あの子はこれからどうなるの?」
「今は事情があって会えませんが、結梨さんには百合ヶ丘女学院に同じ1年生のご家族がいらっしゃいますの。
いつか問題が解決すれば、その方と一緒に暮らせる日が来る――私はそう聞いていますわ」
楓の話した内容は、私が結梨から聞いたものと同じだった。
「なら、それまでは楓が保護者として結梨の面倒を見るってことね」
「そうなりますわね。でも、保護者役は私一人ではありませんわよ」
「……ひょっとして、私も?」
思わず私は自分を指さす。
「もちろんですわ。
私だけでは何かと行き届かないことも出てくるはずですもの。
結梨さんが百合ヶ丘に戻れる時が来るまで、私たち二人が結梨さんを守らなくてはなりませんわ」
楓は私よりも精神的に大人だけど、私は高校1年生という年齢相応の考え方しかできない。
そんな私に親代わりなんてできるのだろうかと、少し途方に暮れかけていた――その時に、寝室のドアが開いて、隙間から結梨が顔をのぞかせた。
「楓、葵、早く朝ごはん食べて登校しないと、訓練に間に合わないよ。
私が朝ごはんの準備しておくから、早く来てね」
そう言い残して、結梨はドアの向こう側に姿を消した。
私と楓は急いで登校の支度を済ませ、朝食を用意している結梨のいるリビングへと向かった。
こうして同じ屋根の下で暮らすリリィの仲間が一人増え、その分だけ家の中がにぎやかになった。
でも、それは平穏無事な生活が保障されることを意味しているわけじゃない。
私たちの前には内容や程度の差こそあれ、それぞれに立ち向かわなければいけない問題が立ちはだかっている。
ただ待っているだけで問題が解決することはない。
自らの意志で行動し、私自身のレアスキルのように、不確実な未来から最善の選択をして、望む未来を実現する。
その先にヒュージとの終わりなき戦いの終焉もあるに違いないと、そう信じて私たちリリィは生きている。
その日が来るまで、私たちは戦い抜いて生き延びなければならない。
改めてそう思って、私は隣りを歩いている楓の手を握った。
「楓、これからもよろしくね」
楓は私への愛に満ちた表情で、私に答えを返す。
「こちらこそ、葵さんが私と一緒にいてくだされば、どんな未来でも実現できますわ」
楓の望みが叶うかどうか、私には予知できない。
でも、楓と一緒なら、望む未来へ進めると信じられる。
その想いこそが、人が生きる力そのものなのだから――
試みにプロローグ的なストーリーを描いてみました。
次回投稿の予定は全く未定です……気長にお待ちください。