アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第26話 共同作戦(1)

 

 爽やかに晴れた日の朝、百合ヶ丘女学院1年生の北河原伊紀は、結梨とともに東京の市ヶ谷に位置する防衛軍本部に向かっていた。

 

 今は午前9時を10分ほど過ぎた頃で、二人は横浜駅で一人のリリィと落ち合う予定になっていた。

 

 先日、結梨と司馬燈が清澄白河のイルマ女子美術高校を訪問した際に、岸本・ルチア・来夢の父である岸本教授から、ある重要な事実を聞かされた。

 

 それはヒュージとの戦いを終わらせるための決定的な計画を、防衛軍の対ヒュージ戦略最高責任者である石川精衛に託したという内容だった。

 

 その計画が具体的にどのようなものなのかについては、石川精衛から直接聞くようにと、岸本教授は結梨に言ったのだった。

 

 イルマ女子から百合ヶ丘女学院に戻った結梨は、そのことをガーデンに報告し、百合ヶ丘の理事会はただちに防衛軍の石川精衛に連絡を取った。

 

 その結果、岸本教授の計画について直接口頭で説明したい、ついては指定した日時に防衛軍本部を訪れるように、との回答が得られた。

 

 ただし、訪問者は岸本教授と面会した『北河原ゆり』と同行者一名、そして石川精衛が指名したリリィ一人の計三名、との条件が付帯していた。

 

 百合ヶ丘のガーデンはその条件を承諾し、こうして結梨とLGロスヴァイセ隊長である伊紀が防衛軍本部を訪れることになった。

 

 そして今、二人は石川精衛が指名したリリィを、横浜駅のコンコースで待っているところだった。

 

 大っぴらにはできないものの、今日の防衛軍本部訪問はガーデンの公式な任務という建前がある。

 

 結梨は一応の変装として、髪形をポニーテールにして御台場女学校の制服を着ているが、伊紀は普段通り百合ヶ丘女学院の標準制服を着用している。

 

 作戦行動での外出ではないため、二人ともCHARMは携行していない。

 

「私たちと一緒に行くリリィが誰なのか、ガーデンからは教えてくれなかったね」

 

 結梨が隣りに立っている伊紀に話しかけると、さりげなく周囲に注意を払っていた伊紀が、目線を結梨から逸らしたまま答える。

 

「岸本教授の計画というのは、おそらく非常に機密性の高い内容でしょう。

だから、情報が漏洩しないように、私たちを監視するための要員なのかもしれません」

 

 この動作は特務レギオンであるLGロスヴァイセのリリィとして、ほとんど本能のように伊紀の身についていた。

 

 結梨は意外そうな表情を見せて伊紀に尋ねる。

 

「そのリリィが私たちを見張るの?」

 

「その可能性は想定しておくべきです。

万が一であっても、これが何かの罠かもしれないと」

 

 石川精衛がG.E.H.E.N.A.――特に過激派に対して相当に批判的な姿勢を取っていることは、伊紀も特務レギオンの情報として知っていた。

 

 しかも、彼は百合ヶ丘女学院の教導官である吉坂凪沙とシェリス・ヤコブセンの元上官だ。

 

 それを考えれば、彼が百合ヶ丘女学院に対して敵対的な行動を取る可能性は、限りなくゼロに近い。

 

 だが、特務レギオンの一員である伊紀には、それでもなお気を抜けない理由があった。

 

 反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンである御台場女学校に、複数のG.E.H.E.N.A.関係者が職員として入り込んでいた可能性がある――その情報を百合ヶ丘女学院が秘密裏に入手していたからだ。

 

 現在、それに該当する者はいずれも既に御台場女学校から去っており、一名はエレンスゲ女学園のラボに転籍、他は消息不明となっている。

 

 エレンスゲのラボに所属を移したのは、元校医の中原・メアリィ・倫夜であり、消息不明の一名は、倫夜の後任となったスクールカウンセラーの稲葉檀だった。

 

 立て続けに二人のG.E.H.E.N.A.関係者が、易々と反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンに入り込んでいた事実を、伊紀は極めて重く受け止めていた。

 

 御台場とて職員や教導官を採用する際には、全員に対して厳格な身元確認を実施している。

 

 そのチェックを搔い潜って、ガーデンに間者を入り込ませるための手練手管をG.E.H.E.N.A.は備えている、としか考えられなかった。

 

 もし石川精衛がG.E.H.E.N.A.過激派に取り込まれていれば、事態は非常に深刻な状況に陥ってしまう。

 

 かつてルドビコ女学院において、岸本教授の同僚だった天宮教授は、教導官の意識を乗っ取って自我を同化することに成功したという。

 

 百合ヶ丘のガーデンは、それを外科的な手術によって脳組織の一部を移植したものと当初は想定していた――移植に伴う拒絶反応の問題が課題として残されてはいたが。

 

 だが、調査を進めるうちに、自我の同化は医学的な方法ではなく、G.E.H.E.N.A.内部においても禁忌とされている研究――それは「同化と統制」と呼ばれている――によるものであることが判明した。

 

 肉体と精神を分離し、精神のみを他者の肉体へと移動させ、その自我を乗っ取る。

 

 しかも、精神の移動先は人間に限定されず、ヒュージの肉体に自らの精神を移動させ、その行動を支配することすら可能である――

 

(そのような研究が何者かの手で進められているのなら、私たちは誰も信用できなくなってしまいます……そんな人間が目の前に現れたら、一体どうすれば……)

 

 この情報はガーデンの理事会とごく一部の生徒――それは生徒会長と特務レギオンのリリィだった――にしか開示されておらず、また完全に確定したものでもない。

 

 自分たちの周りに不審な行動を取っている者はいないか、これまでにも増して絶えず注意を払わなければならないと、伊紀は考えていた。

 

 その伊紀の視界の端に、一人の青い制服の少女が映り込んだ。

 

 結梨も同時にその少女を見つけたとみえて、伊紀の耳元で囁く。

 

「来たみたいだね」

 

「はい。でも、まさか彼女が私たちと一緒に行くことになるとは……」

 

 その青い制服の少女を、結梨も伊紀も知っていた。

 

 結梨は以前に彼女と直接会ったことがあり、一方の伊紀は面識はなかったが、彼女が余りにも有名なリリィであるがゆえに。

 

「葵が私たちと一緒に行くんだ……」

 

 結梨が葵と呼んだそのリリィ――相模女子高等学館の1年生、石川精衛の娘である石川葵は、結梨と伊紀の姿を認めると、二人に歩み寄って軽く右手を挙げて微笑んだ。

 

「ゆりじゃない、久しぶりね。

ええと、そっちのリリィは……」

 

 葵の視線が結梨から伊紀に転じると、伊紀は礼儀正しく葵に一礼した。

 

「はじめまして。百合ヶ丘女学院1年生の北河原伊紀です。

本日は石川さんが防衛軍本部への訪問にご同行されるということでしょうか」

 

「うん。百合ヶ丘のリリィと一緒に防衛軍の本部まで来てほしいって、お父さんから連絡があったから、相模原から横浜まで出て来たのよ。

ところで、あなたの名字が北河原ってことは……」

 

「ゆりさんは私の従姉妹です。

家庭の事情で、少し前までは離れて生活していましたが、今は私と一緒に百合ヶ丘のガーデンで生活しています」

 

「ゆりは御台場の制服を着てるけど――」

 

「御台場女学校の戦力支援を目的として、今は一時編入の形式で御台場に籍を置いているんです」

 

「ああ、そういうことだったのね。腑に落ちたわ」

 

 石川精衛は結梨が一柳結梨であることを知っていたが、それを娘の葵には伝えていないようだった。

 

 伊紀はそれに合わせる形で、結梨を自分の従姉妹という設定の「北河原ゆり」として葵に紹介した。

 

 結梨は以前にルドビコ女学院の指令室を捜索する任務の際に、葵と行動を共にしていた。

 

 そのため、結梨と葵は久しぶりに顔を合わせた友達同士のような雰囲気で、あれこれと雑談を始めている。

 

「ルド女の指令室に行こうとした時は、あの物騒なCHARMを持った女医に、変な妖術だか魔法だか分からない何かを仕掛けられて、不覚を取ったわ」

 

「先生は、きっと私たちを傷つけるつもりはなかったんじゃないかな……」

 

 少し自信なさげに言う結梨の言葉に、葵は腕組みをして遠慮なく疑問を呈する。

 

「あんな凶悪そうなCHARMを持って?

あのCHARM、とんでもなくヤバい改造をしてるのが見ただけで分かったわ。

あんなのとまともに戦ってたら、こっちまでまともに負のマギの影響を受けて、おかしくなってしまってたわよ。

それに、あの女医のしてたゴツいベルト。

あれはおそらくヴァルキュリアスカート・マギ・リンカネーションシステム。

あのCHARMを使っても、自分は負のマギを浄化できるように装備していたに違いないわ」

 

 当時の様子を思い出して興奮気味に話す葵。

 

 その様子を傍で見ていた伊紀は、葵の言葉とガーデンから開示されている機密情報を照合し、葵の言う「女医」が中原・メアリィ・倫夜であることを確認した。

 

(葵さんの言っているCHARMは、ガラテイアと呼ばれるブーステッドCHARM。

御台場からの情報では、「原初の開闢」を再現するために、中原・メアリィ・倫夜が特異点のリリィにあのCHARMを使わせたそうですが……

彼女は「原初の開闢」を再現して、その先に何をしようとしていたのでしょうか)

 

「伊紀、早く電車に乗って防衛軍の本部に行こう。

約束の時間に遅れちゃうよ」

 

 自分の考えに耽り始めた伊紀の手を結梨が引いて、改札口の方へと導こうとする。

 

 伊紀は結論の出ない自問自答を中断して、結梨と葵に挟まれる形で横浜駅のコンコースを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 市ヶ谷の防衛軍本部に三人が到着したのは、それから約1時間後のことだった。

 

 石川精衛から事前に連絡が届いていると見えて、営門の両側に直立不動で控えている衛兵は、三人の姿を認めるとすぐに敬礼で応じた。

 

 結梨たち三人のリリィは、軽く会釈をして営門を通過し、防衛軍本部の敷地内に足を踏み入れた。

 

「相変わらず堅苦しいわね、軍隊は。

話をするなら、どこか別の場所でしてくれればいいのに。

まあ、お父さんが直々に私やゆりを呼び出して話をするってことは、この間みたいな秘密作戦に違いないわ」

 

 そう言って葵は意味ありげに、ちらりと横目で伊紀の顔を見た。

 

 葵の目は、(そんな秘密の作戦の話に呼ばれるってことは、あなたも普通のリリィじゃないんでしょ?)と言っているように伊紀には感じられた。

 

 それは確かに事実だったので、伊紀は否定も肯定もせず、無言で結梨と葵に並んで建物の中を歩き続けた。

 

 何人もの将校とすれ違うたびに敬礼をされ、結梨と葵がいささか辟易していた時、ようやく石川精衛の待つ司令官室が見えてきた。

 

「石川司令官殿、入るわよ」

 

 葵が軽く扉をノックして、返事を待たずにそのまま開いた。

 

 無造作に開かれた扉の向こうに見えた姿を、結梨は既に知っていた。

 

 高松咬月理事長代行を何十歳か若返らせたような風貌の男性――司令官室の主である石川精衛は、努めて砕けた調子で結梨たちに声をかけた。

 

「三人とも、今日はこんな所まで呼び出してご足労だった。

そこのソファーに座って、少し待っていてくれ。

飲み物はコーヒーと紅茶のどちらが――」

 

「お父さん、さっさと本題に入りましょう。

何かただ事でない用件で私たちをここに呼んだんでしょう?」

 

 葵は話の前振りをすべてスキップして、秘書に電話をかけようとしていた精衛を呼び止めた。

 

 精衛は気分を害した様子もなく、やれやれという感じで肩をすくめながら、三人に向き合う形で別のソファーに腰を下ろした。

 

 そして、一つ間を置いた後、三人の顔を見渡してゆっくりと口を開いた。

 

「では、私が岸本教授から託された、ヒュージとの戦いを終わらせるための計画について話を始めるとしよう」

 

 

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