アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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前回に引き続き読みにくい内容ですみません。
説明会は今回で終わり、次回は実戦というか戦闘回になる予定です。



第26話 共同作戦(2)

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。

岸本教授って誰?計画って何?

私は何も聞かされてないんだけど」

 

 慌てて精衛の話に割って入った葵は、防衛軍司令官である自分の父親にぶっきらぼうな口調で尋ねた。

 

「そうだったか。では改めて説明するとしよう。

岸本教授という人物は――」

 

「岸本教授は来夢のお父さん。

元々はヒュージが現れる前の、生き物の世界を取り戻そうとしていたの」

 

 精衛の言葉を引き継いで説明したのは結梨だった。

 

「来夢って、ルド女の岸本・ルチア・来夢のことなの?」

 

「うん、教授は生態学……っていうのかな、いろんな生き物の生活のことを研究してたんだけど、どうして生き物がヒュージに変わるのかってことが気になったみたい」

 

 結梨は以前にシエルリントの大図書館で、時間の許す限り岸本教授の著作物に目を通していた。

 

 専門的な内容はほとんど理解できなかったが、彼が何を考え、その思考がどのような過程をたどって現在の研究へとつながっていったか、おおよその筋道を結梨は把握することができた。

 

「生き物はマギの影響でヒュージに変わるから、マギのことを調べれば、生き物がヒュージに変わらないようにする方法が分かるはずだって、教授は考えたの」

 

「ふうん、ヒュージ出現以前の環境を回復するためには、まずヒュージが出現しないようにする必要があるってことね。

 

一理ある考えだけど、もしそれが可能になったとして、既に世界中に出現したヒュージはどうするの?

 

これまで通りリリィがネストを一つずつ討滅していかないといけないのなら、ヒュージとの戦いを終わらせる計画とは言えないわ」

 

「それについては、私から話そう」

 

 精衛は手元の資料に視線を落としながら、同席している三人のリリィ――結梨、伊紀、葵に説明を始めた。

 

「北河原ゆり君が話してくれたように、岸本教授は、元々ヒュージが世界に出現する以前の生態系、自然環境を回復するための研究に取り組んでいた。

 

その中で、なぜ生物がヒュージに変化するのか、という疑問に突き当たり、マギが生物の体組織に及ぼす影響について関心を持つことになった。

 

そして彼は長年にわたる研究の末に、生物がマギによってヒュージ化するメカニズムを解明した。

 

彼の理論によれば、ATPとミトコンドリアによる通常のエネルギー代謝とは別に、マギが細胞を変異させることによって、特殊なエネルギー代謝の回路が生物の体内に形成される。

 

人間以外の生物では、マギが引き起こす細胞の変異は全面的なもので、表皮や内臓、骨格に至るまで、全身の組織がいわゆるヒュージ細胞へと変異する。

 

これによって、生物が食物を消化してエネルギーとして利用するように、ヒュージはマギをエネルギー源とする驚異的な肉体の強靭性と運動能力を獲得する。

 

一方、人間の場合は細胞へのマギの影響は限定的で、それは主としてエネルギー代謝構造の変化と筋肉や骨格の強度上昇などに限られている」

 

「そのエネルギー代謝構造の変化って、もしかしてリリィの力のこと?」

 

「そうだ。人間は他の生物とは異なり、組織や細胞の形そのものが変化することはなく、マギの影響はレアスキルの発現や超越的な身体能力の上昇という形で現れる。

 

その原因については、他の生物との脳の発達程度の差が、マギの影響に関連しているのではないかと岸本教授は考えているようだ。

 

と言っても、これはまだ理論的な仮説の段階に留まっていて、完全に証明されたものではないのだが。

 

ともあれ、マギによる極めて特殊な細胞の変異とエネルギー代謝のシステムこそが、生物がヒュージへと変化し、人がリリィになる原因だと彼は結論づけた」

 

 精衛はひとまずの説明を終えて、三人の反応を待った。

 

 少しの沈黙の後に、最初に発言したのは葵だった。

 

 葵は結梨の隣りで腕組みをしながら、難しい顔をして精衛に話しかける。

 

「一応の理屈は分かったわ。

でも、それって研究者の論文レベルの話よね。

私たちは現実の戦場でヒュージと戦い続けてる。

岸本教授の理論だけじゃ……」

 

 言葉を途切れさせた葵に代わって、伊紀がその続きを補うように話し始める。

 

「葵さんの言いたいことは、岸本教授の理論が正しいとしても、それだけでヒュージの発生を食い止めたり、既に発生したヒュージを倒すことはできないんじゃないか、ってことだと思います。

 

ケイブの発生を抑えるエリアディフェンス装置のように、何かしらの道具や設備がないと、現実にヒュージの脅威を取り除くことはできない……葵さんはそう言いたいんですよね?」

 

 黙って頷く葵と、その指摘を予期していたかのように微笑する精衛。

 

「君たちの言いたいことは私にもよく理解できる。

岸本教授個人では、理論の先にある実践、いや実戦の段階にまで歩を進めることは困難だ。

 

だから彼は防衛軍の対ヒュージ戦略責任者である私に協力を仰いだ。

現在、岸本教授の理論を基にした対ヒュージ用兵器の開発を、防衛軍の研究所で進めているところだ」

 

「なんだ、もう実戦を想定した段階に入ってたのね。

それを早く言ってくれればいいのに」

 

 口をとがらせて葵は文句を言ったが、その口調にはどこか安堵したものがあった。

 

「マギが世界中に遍在する限り、人を含む全ての生物は、その影響から逃れることができません」

 

 伊紀の言葉に続けて、ぽつりと結梨がつぶやく。

 

「世界からマギをなくすことは――できない」

 

 議論の前提となる発言を受けて、清衛はその先を語り始める。

 

「そうだ。しかし彼はそこで考えを止めることをしなかった。

 

原因物質であるマギを無くすことができないのなら、マギが生物の体内で作用しないような方法を考えようとした。

 

生物の体内に入ったマギは、ミトコンドリアをはじめとする特定の細胞を変異させ、マギをエネルギー源として利用できる代謝構造を作り出す。

 

この代謝構造の割合が閾値を超えると、人間以外の生物はヒュージとなり、人間、特に未成年の女性の一部はリリィとなる。

 

マギのどのような性質が生物の細胞を変異させるのか、具体的な原因やプロセスは未だに不明だ。

 

これについては、大きく分けて二種類の仮説がある。

 

その一つは、物質としてのマギが細胞に物理的に接触することによって、ウィルス感染のように細胞の遺伝子情報を変化させるというものだ。

 

もう一つには、マギから放射される固有波形の電磁波が、放射線のように細胞の遺伝子に突然変異を引き起こすという仮説もある。

 

今のところ、マギが生物の細胞に影響を与えるプロセスの仮説は、大きくこの二つに分類されている。

 

いずれにしても、マギとは何なのか、その性質がより詳細に解明されない限り、どちらの仮説が正しいのかを確定することは困難だろう。

 

そして、岸本教授は仮説の二者択一に固執することなく、いずれの場合であってもマギの影響を無効化できる方法を考えた。

 

それがこの報告書――事実上は岸本教授の研究論文に示されている」

 

 精衛は手元に置いていた一冊の報告書を、結梨たち三人に見せた。

 

 三人のリリィは早速その数十ページに渡る書類に目を通し始めたが、幾らもしないうちに葵が音を上げた。

 

「これはちょっと私には無理。

お父さん、私にも分かるように、かいつまんで簡単に説明してくれる?」

 

「これは一種のナノマシンの設計書だ。

理論部分は岸本教授が考案し、設計と試作は防衛軍の兵器研究所で行っている。

 

このナノマシンは物質としてのマギにのみ反応し、スピン相互作用の自己発電によって自立的な運動が可能になっている。

 

実戦段階の運用としては、このナノマシンを何らかの手段でヒュージの体内に侵入させる。

方法としては、特殊な方法での空中散布による、体表面や呼吸器からの浸透を想定している。

 

ヒュージの体内に入ったナノマシンは、マギの粒子を多数のナノマシンで取り囲み、マギ粒子の表面をナノマシンでコーティングして、細胞への物理的接触を防ぐ。

 

さらにこのナノマシンは、マギから放射される固有波形の波動を打ち消す周波数の電磁波を放射する。

 

原理的にはノイズキャンセリングやジャミングのようなものと考えてくれればいい。

 

これらの働きによって、マギは生物の体内で体組織に変異を起こさせることはなくなる。

また、マギをエネルギーに変換することもできず、特有の代謝システムは機能しなくなる」

 

「それって、ヒュージがマギを使えなくなるの?」

 

 精衛の説明に黙って聞き入っていた結梨が、結論となる質問を短く発した。

 

 精衛は大きく頷いて結梨の言葉を肯定する。

 

「その通りだ。ヒュージがマギをエネルギー源として利用できなくなるということは、生命活動そのものができなくなることを意味する。

 

つまり、このナノマシンを体内に入れられたヒュージは死ぬということだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、百由様。

最近見慣れぬ技術書や論文が部屋のあちこちに散乱しておるんじゃが、何か新しい研究でも始めたのか?」

 

 鎌倉府、百合ヶ丘女学院の工廠科研究棟。

 

 その一室では、実験が一段落して椅子の背もたれに身を預けている、2年生の真島百由の姿があった。

 

 その百由に向かって、同じ工廠科の1年生であるミリアム・ヒルデガルド・v・グロピウスが尋ねた。

 

「ああ、それは防衛軍からの依頼で手伝ってるものよ。

新兵器の開発で、防衛軍の兵器研究所だけでは人的・技術的に開発リソースが不足してるからって」

 

「防衛軍の新兵器じゃと……防衛軍で使う兵器の開発を、どうしてガーデンが手伝うのじゃ?」

 

「それが、普通の兵器じゃなくてマギに関連するものなのよ」

 

「防衛軍がマギを使う兵器を開発しておるのか?

そんなもの、リリィでなくては使えるはずがあるまい」

 

「ん-とね、ちょっとややこしい話なのよ。

マギ関連の兵器と言っても、CHARMみたいに物理的な攻撃兵器じゃなくて、一種のBC兵器みたいなものを作ろうとしてるんだって」

 

 百由の返答に、ミリアムはぎょっとした表情になる。

 

「それはまた穏やかではない、というか物騒極まりない話じゃな。

BC兵器の開発など、国際法違反ではないのか?」

 

「最初から話すと、防衛軍が開発しようとしてるのは、ヒュージの体内でマギを作用しなくさせるナノマシン。

 

このナノマシンの本質は、ヒュージの体内でマギのエネルギー代謝を阻害し、マギをエネルギー源として利用できなくすること。

 

そして、その結果としてヒュージを死に至らしめること。

つまり対ヒュージ用の一種のBC兵器みたいなものよ」

 

「改めて聞いても、やはり物騒な話じゃな。

そのナノマシンは人間には害は無いのか?」

 

「普通の人間には全くの無害よ。

普通の人間はマギをエネルギーの源として利用することはできないから」

 

「妙に引っかかる言い方じゃな。

普通ではない人間には害があるということか?」

 

 ミリアムの質問に、百由は我が意を得たりと言わんばかりに頷いた。

 

「その通り。マギをエネルギー源として活動する人間がいたら、ヒュージと同じようにマギを利用した力は使えなくなる。

つまり、ここから導かれることは――」

 

「百由様、それはもしや……」

 

 ミリアムの額に脂汗がにじみ出ているのが百由には見えた。

 だが、それを気にすることもなく、百由はごくあっさりと答えを口にする。

 

「お察しの通りよ、ぐろっぴ。

私たちのようなリリィは、このナノマシンによってリリィとしての力を喪失する。

 

ヒュージみたいに生命活動までは停止しないけど、レアスキルやCHARMの使用をはじめとして、リリィ特有の能力はすべて使えなくなると考えるべきね」

 

「うむむ……それは諸刃の剣じゃな。

リリィが力を失って普通の人になってしまったら、ヒュージとは戦えなくなる。

痛し痒しというところか」

 

 ミリアムは腕組みをしてしばらく考え込んでいたが、はっと気がついたように百由の方を振り向いた。

 

「ところでそのナノマシン、どうやってヒュージの体内に入れるのじゃ?

まさか一匹一匹に注射していくわけにいかんじゃろ?

 

かと言って大気中に広範囲にナノマシンを散布すれば、その戦場で戦っているリリィにも被害が及ぶ。

実戦で使うのは、かなり難題だと思うぞ?」

 

「それについては、私たちリリィより防衛軍の方がエキスパートね。

彼らは化学戦に対応できる訓練も一通り積んでいるはずだから」

 

「そう言われるとそうじゃな……ヒュージとの戦闘では、負のマギによる汚染に曝されることはあっても、こちらが毒ガスを使ったりすることはないからのう」

 

「さて、このナノマシンを実戦でどう運用するのか、防衛軍のお手並み拝見というところね」

 

 百由の目が知的好奇心を抑えきれない光を帯びている――そのことにミリアムは気づいていたが、いつものことと嘆息して、いつものように二人分の紅茶を淹れることにした。

 

 





 説明しきれていない部分が多々残っていますが、それらについては次回以降、折に触れて少しずつ補足してていきます……
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