アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第26話 共同作戦(4)

 

 関東地方北部の遊水地に存在する比較的小規模なヒュージネストの一つ、そこでは防衛軍の機甲師団1個連隊がネストに向けて砲撃を開始していた。

 

 戦車のみで構成された部隊は、ネストとの距離約2000メートルの地点で停止し、巨大な竜巻のようなネストの構造体に主砲を斉射する。

 

 次々とネストに砲弾が命中し、その度に白煙が上がるが、砲撃そのものはネストにダメージを与えることは全くできない。

 

 それは当の防衛軍が過去におけるヒュージとの戦いで、嫌と言うほど思い知らされてきた事実であり、従ってこの攻撃もネストを破壊することが目的ではなかった。

 

 戦車部隊の両翼外側にはそれぞれ4人のLGロスヴァイセのリリィが展開しており、彼女たちの任務もまたヒュージネストの討滅ではなかった。

 

 攻撃を受けたネストからは、続々とヒュージが出現してきた。

 

 ギガント級の姿こそ無かったものの、その数はラージ級を含めて100体を超えていた。

 

「予想通り、巣を突かれて兵隊蟻が巣穴から出てきましたね。

ミドル級とスモール級は戦車の主砲と重機関銃で倒せますが……」

 

 二手に分かれたLGロスヴァイセの一方では、碧乙が前方を見つめながらロザリンデに話しかけた。

 

「――最後尾にラージ級が二体出てきたわね。

後続がネストから出現する前に、私たちで倒してしまいましょう」

 

 ロザリンデの言葉に碧乙はこくりと頷いた。

 

「ネストの反対側から攻撃を仕掛ける結梨ちゃんたちのために、一体でも多くこちらにヒュージをおびき出す――防衛軍はよく囮役を引き受けてくれましたね。

 

もっとも、この作戦自体は防衛軍の石川司令官が考えたものですが」

 

「兵士も戦車の攻撃でネストを破壊できないことは理解しているはず。

 

戦車部隊に対する命令は、ネストから距離を取って射程ぎりぎりからの主砲斉射、そしてネストから出てきたヒュージを各個に撃破――ただしラージ級以上は直掩のリリィが対応する。

 

そうやってヒュージを最大限にネストの南側に引きつけておいて、その隙に北側から結梨ちゃんたち三人のリリィがネスト本体に攻撃を仕掛ける。

 

そのフィニッシュショットは――確かに私たちの中では結梨ちゃんにしか出来ないわね」

 

 そう説明したロザリンデの表情には、わずかな曇りがあった。

 

 そして、それを彼女のシルトである碧乙が見逃すことは無かった。

 

「お姉様、何か気がかりでも?」

 

「ナノマシンの実戦検証を目的とした、この作戦自体はおそらく成功するでしょう。

 

でも、この先も同じ戦術を用いるなら、これまでのノインヴェルト戦術を軸にしたネスト討滅のドクトリンと本質的には変わらないのではないか――そう私は考えているのよ」

 

「それはどのような意味でですか?」

 

「ネスト討滅の手段がノインヴェルト戦術からマギの代謝を阻害するナノマシンに代わっただけで、一つずつネストを討滅していくことに違いはないからよ」

 

「それは確かにそうですが……」

 

「しかもネストへのフィニッシュショットを撃てるリリィは、ノインヴェルト戦術よりも更に限られた、ごく一部のリリィのみ。

 

これで本当に全世界のネストを討滅して、その上、全ての生物をヒュージ化することから守れるのかしら」

 

 2000メートル先のネストから出現した2体のラージ級を睨みながら、ロザリンデは浮かない表情を隠せなかった。

 

 そのロザリンデに碧乙は顔を近づけ、対照的に努めて楽観的な口調で囁いた。

 

「今回の作戦はあくまでも第1回目の実戦テストです。

計画が進んでいけば、別の新しい戦術が採用される可能性もあります」

 

「石川司令官には何かしらの考えがあるに違いないと?」

 

「防衛軍の対ヒュージ戦略最高責任者が、無策な人物であるわけがありません。

フィニッシャーがリリィであるとはいえ、防衛軍が対ヒュージ戦闘の表舞台に立てる好機が巡ってきたんです。

きっと能力の限りを尽くして、あれこれと戦術を考えていると思いますよ」

 

「ありがとう、碧乙。そう期待しましょう」

 

 ようやく表情を緩めたロザリンデから一歩離れ、碧乙は戦車部隊の向こう側を遠望した。

 

 そこには二手に分かれたLGロスヴァイセの、半個レギオンがいるはずだった。

 

「水蓮さんたち四人が動き始めたようです」

 

「私たちも後れを取らないように展開を開始しましょう。

戦車部隊の射線を避けて側面からラージ級に接近、中距離射撃で動きを牽制して足止めするわ。

磋都さんと諒さんは私から離れないように」

 

 ロザリンデはすぐ後ろに控えていた1年生の小野木磋都と安井諒に声をかけると、彼女たちの返事を待たずに、こちらへ接近しつつあるラージ級の左側へ回り込むべく走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 防衛軍とLGロスヴァイセのリリィ八人が展開するネスト南方面の反対側では、南側で戦端が開かれたのを確認した葵たち三人が、ネストに向けて前進を開始していた。

 

 三人の先頭には葵が立ち、ファンタズムで直近の未来を予知しながら注意深く、かつ迅速に走り続けている。

 

 その後ろを結梨と伊紀の二人が、葵から20メートルほどの距離を保って追いかけていた。

 

 装備しているCHARMがアステリオンの伊紀はともかく、エインヘリャルと大口径CHARM――それはとりあえずバスターキャノンと呼ぶことにした実体弾砲撃専用の大型CHARMだったが――を両方とも装備した結梨も追随していた。

 

 並のリリィであれば、そもそも二種類のCHARMを装備すること自体が不可能だが、結梨はそれを難なくこなし、ほぼ全速力で疾走する葵について来ている。

 

(この子、縮地も使えるんだ。

そうじゃなければ、あの装備で私と同じ速さで走り続けられるはずがないもの。

逸材……って言葉で片づけるには桁外れの能力ね)

 

 葵は複数のレアスキルを平然と使いこなす結梨に舌を巻いていた。

 

 一方、葵の後ろで結梨と並走している伊紀は、結梨を気遣うように声をかける。

 

「結梨ちゃん、重くないですか?

葵さんについていくのが苦しいようなら、少しスピードを落としてもらいますよ」

 

 結梨は断続的に縮地を発動して、葵と伊紀の走る速度に合わせて高速移動を繰り返していた。

 

 CHARMを起動してマギを通せば、その重量は大幅に軽くなる。

 

 その事は伊紀もよく承知してはいたが、それにしても満艦飾のようなフル装備の結梨を見ると、思わず気を遣わずにはいられなかった。

 

 結梨は普段と変わらない気負いの無い様子で、事も無げに伊紀に微笑みを返した。

 

「CHARMはぜんぜん重くないからだいじょうぶ。

それより、今はエインヘリャルが使えないから、伊紀は葵を手伝ってあげて」

 

 エインヘリャルの飛行ユニットを使えば、その下にリリィがいるとヒュージに気づかれる恐れがある。

 

 そのため、エインヘリャルは緊急時以外はこの作戦では使用しない方針だった。

 

 ネストの北側にも、少数ながらヒュージは存在していた。

 

 フィニッシュショットを撃てる状況を作るために、それらのヒュージを掃討するのは葵と伊紀の役割だった。

 

「分かりました。

もし危なくなったら、必ず呼んでくださいね」

 

 伊紀は結梨から離れて前方の葵と並び、葵からのテレパスを受けて的確にヒュージを撃ち抜いていく。

 

 三人がネストに向かって前進を開始してから数分後、彼女たちはネストから数百メートルの地点まで接近していた。

 

 ネストの南側からは、絶え間なく砲撃音が鳴り響き続けている。

 

 三人の周囲に最早ヒュージの姿は無く、行く手にはただ巨大なネストの姿のみが視界に映っている。

 

 足を止めた葵は、油断なく周りを警戒しながら通信端末で司令部に連絡を取った。

 

「別動隊、所定の位置に到達しました。

以後の指示をお願いします」

 

 葵は司令部からの指示に何度か応答した後、回線を閉じた。

 

 そして、自分のすぐ近くで司令部との通信が終わるのを待っていた結梨と伊紀の方を見た。

 

「ネストへの攻撃命令が出たわ。

ゆり、どこまでネストに接近すればフィニッシュショットを撃てる?

必要な距離までは私と伊紀が援護しながら進むわ」

 

 結梨は砲身を下に向けていたバスターキャノンを持ち上げ、迷いのない表情で穏やかに葵に答える。

 

「ありがとう、葵。

ここからは私が一人で行くから、ここで待ってて」

 

 伊紀が一歩結梨に近づき、結梨の瞳を正面から見つめる。

 

「ゆりちゃん、お願いします。

あなたでなければ出来ないことを」

 

「うん、行ってくるね」

 

 結梨はごく簡単に答え、ネストの方を向いてバスターキャノンを構え直した。

 

「あのネストをやっつける」

 

 一瞬の間を置いて、結梨の姿はその場から消えた。

 

「えっ?」

 

 意表を突かれて、思わず葵は周りを見回したが、結梨の姿はどこにも見えなかった。

 

 「あの子、ゆりはどこへ行ったの?」

 

 「あそこですよ、葵さん」

 

 伊紀が斜め上の空間を指さす。

 

 その先に葵が見たのは、高さ数百メートルはあろうかというネストの上空に、ぽつんと浮かぶ人影だった。

 

 そのシルエットから、その人影が結梨であることは明らかだった。

 

「縮地を使って、あそこまで一瞬で移動したの?

あんな距離を一度に移動できるなんて」

 

 目を丸くしている葵とは対照的に、伊紀は冷静にネストの周辺に目を配っていた。

 

「驚いている暇はありませんよ。

万が一、地上からゆりちゃんを攻撃するヒュージがいたら、私たちが即座に阻止しなければいけません。

周囲の警戒を厳にしてください」

 

 一方、ネストの上空200メートルほどの位置に転移した結梨は、眼下に広がる巨大な台風の目のようなネストの中心を視界に収めていた。

 

 結梨の身体は重力に引かれて、既に自由落下を始めている。

 

 結梨はネストの中心に向かって落下しながら、倒立姿勢でバスターキャノンの照準を定める。

 

 この位置からは、アルトラ級の姿は全く視認できない。

 

 だが、ネストの最深部にいるアルトラ級に砲弾を直撃させる必要は無い。

 

 弾頭に超高圧でナノマシンを充填した砲弾をネストの中心に撃ち込むことが、この作戦の最終的な目的だったからだ。

 

(あの中にアルトラ級がいるんだ)

 

 巨大な生物が奥底に潜んでいる気配を感じながら、結梨はバスターキャノンのトリガーを引き絞った。 

 

 オレンジ色の発砲炎が砲口から瞬間的に噴き出し、戦車の主砲に匹敵する大口径の砲弾が、ヒュージネストの中心に吸い込まれていく。

 

 暗黒のネストの深奥に小さな赤い点が灯り、それはすぐに闇に溶けるように消滅した。

 

 それが砲弾が炸裂した証であることを認識した結梨は、またしても一瞬にしてその姿をかき消した。

 

 ほとんど間を置かずに、結梨の姿は葵と伊紀のいる場所に再び現れた。

 

「ただいま。

ナノマシンをネストに撃ってきたから、これで作戦はおしまい。

みんなで早く帰ろう」

 

 事も無げに言う結梨に葵は言葉を失ったが、伊紀は安心した様子でにっこりと結梨に微笑んだ。

 

「やりましたね、ゆりちゃんにかかれば、このくらいお手の物ですね。

お姉様たちにも後でほめてもらいましょう。

葵さん、司令部に連絡をお願いします」

 

 余りにもあっけなくフィニッシュショットが成功したことに、葵はまだ半ば呆然としていたが、伊紀の呼びかけに気を取り直した。

 

「え、ええ、そうね。

すぐに作戦成功の連絡を入れるわ。

――こちら別動隊、ネスト中心部へのナノマシン発射に成功。

作戦の目的は完遂、以後の指示を乞う」

 

 一分間ほどの司令部との通信を終えた葵は、結梨と伊紀にこの場からの撤退を伝える。

 

「ゆりが言った通り、この作戦は終了。

私たちは全力でネストから離れるように、だって」

 

「ネストの中心でばら撒かれたナノマシンが周囲に拡散を始めるからですね。

退避が遅れてナノマシンが体内に入ってしまったら、私たちはリリィとしての能力を喪失します。

ゆりちゃん、葵さん、すぐにこの場を離れてガーデンへ戻りましょう。

ネストの南側に展開しているロスヴァイセのリリィにも、同じ指示が出ているはずです」

 

 伊紀は二人を促して、風下を注意深く避けて戦場となった遊水地を後にした。

 

 同刻、ネスト南側のLGロスヴァイセと防衛軍の戦車部隊にも同様の撤退命令が出されていた。

 

 予定通りアタッカーのリリィがネスト上空でのナノマシン発射に成功、作戦行動中の防衛軍機甲師団1個連隊とLGロスヴァイセは、速やかに撤退を開始。

 

 追いすがってくるヒュージがあれば、戦車部隊はスモークとフレアを全て放出してそれらのヒュージを振り切り、戦場から離脱。

 

 直掩のリリィも全速でナノマシンの有効拡散範囲の外側へ離脱せよ、と。

 

 ネスト周辺に展開していた防衛軍とリリィが全て撤退すると、生き残っていたラージ級以下のヒュージは、次第にネストへの帰巣を開始した。

 

 無人となった広大な遊水地で、大小百体余りのヒュージがネストの構造体の中へ次々に戻っていく。

 

 その様子を、数キロメートル離れた山中から窺っていた一隊の集団がいた。

 

 全員がリリィと同じくらいの年頃の少女で、漆黒の制服を身に纏い、CHARMに似て非なる武器を携行している。

 

 その中の一人が、隊長らしき明るい栗色の髪の少女に報告する。

 

「防衛軍の部隊が撤退していきます。

少人数に分かれて展開していたレギオンも、防衛軍に合わせて後退を始めました」

 

 報告を受けた少女は意外そうに応じる。

 

「どういうこと?

さっきネストの真上にいきなりリリィが現れて、大口径の対物ライフルみたいなCHARMで砲撃をしていたけど……」

 

「ヒュージネストの様子に変化は見られません。

生き残ったヒュージはネストに戻りつつあります。

一体あの攻撃は何だったのでしょうか?

作戦は失敗したのでしょうか?」

 

(防衛軍が主戦力となってヒュージネストを攻める作戦が進められている、との情報が入った。

これを監視して、結果をつぶさに報告せよ――ガーデンからは、そう命令されたけど、果たしてこれをそのまま報告してもいいものか?)

 

 隊長らしき少女は、返事をせず心の中で迷っていた。

 

 二人の周りにいる十人ほどの少女たちも、同様に困惑した様子で顔を見合わせている。

 

 しばらくして、隊長らしき少女が思い切るように発言した。

 

「いつまでもここにいても埒が明かない。

事実をありのままに報告することが私たちに課せられた任務。

全員、撤収の準備を始めなさい。

ただちにこの場を離れ、ガーデンへ帰投する」

 

 少女の指示に従って、隊員たちが出発の準備に取り掛かろうとした、その時。

 

「そうはいかないわ。

全員その武器を足元に置いて、両手を上げなさい」

 

 突然に彼女たちの背後から女の声が聞こえてきた。

 

 

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