アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第26話 共同作戦(5)

 

「聞こえなかったの?

こちらを振り向かずに、さっさと武器を足元に置いて両手を上げなさい。

後ろを取られていることは分かっているでしょう?

おかしな動きをしたら、痛い目を見てもらうわよ」

 

 再度、背後から聞こえた女の声は武装を解除するよう求めた。

 

 黒い制服を着た少女たちの一隊は、その声が自分たちと変わらない年齢のものだと認識した。

 

 自分たちと同じく、このような場所に潜んでいて、完璧に気配を消して背後を取ることができる存在――思い当たるのは一つしかない。

 

(この付近を哨戒していたリリィか……)

 

 隊長の少女はそう推測し、抵抗を断念した。

 

 自分たちの戦闘能力では、リリィに太刀打ちできないことは明らかだ。

 

 背後にいるリリィが本気になれば、たとえそれがただ一人であっても、自分たち全員を戦闘不能にすることは造作も無いだろう。

 

 以前にガーデン近傍の森の中で、御台場女学校の制服を着たリリィを包囲したことがあったが、今はその時とは逆の状況になっていた。

 

「……逆らっても意味は無い。

皆、アンチヒュージウェポンを置きなさい。両手を上に」

 

 十数名の隊員の少女たちは、大人しく隊長の指示に従い、ぎこちない動作でCHARMに似た武器を各自の足元に置いた。

 

 そして空になった彼女たちの両手が上げられたのを見て、背後から聞こえた声の持ち主は次の命令を出した。

 

「物分かりが良くて助かるわ。

そのままゆっくりこちらを向きなさい」

 

 その命令に続いて、別の女の声があきれたような口調で聞こえてくる。

 

「こんな所で出歯亀なんて感心しないわね。

まずは所属と目的を……って、聞くまでもないか」

 

 極度に緊張した面持ちで振り向いた少女たちの目に入ったのは、一見してリリィと分かる二人の女性だった。

 

 一人は前髪を分けて額を出した髪形をしており、もう一人は前髪をすだれのように整えている。

 

 二人ともカスタマイズされたアステリオンを携え、油断なくこちらに機体の切っ先を向けている。

 

 身に纏っている濃紺の制服は、あるガーデンの標準制服をカスタマイズしたものだろうと隊長の少女は判断した。

 

 二人が歴戦のリリィであることは明白だったが、その雰囲気はどこかしら普通のリリィとは異なっているものを感じさせた。

 

 最初に何をこの二人に言うべきか、思案していた隊長の少女に、隣りにいた隊員の少女が小声で尋ねた。

 

「隊長、『でばがめ』って何ですか?

我々のことを言っているようですが」

 

「私にもよく分からない。

何らかの特殊な暗号なのかもしれない」

 

 それよりも、今の自分たちが考えなければならないことは――

 

「この場から逃げおおせようなんて思わないことね。

私たち二人以外にも、この周辺に他のレギオンメンバーが配置されているから。

 

誰かが盾になって私たちを足止めして、その隙に一人か二人が逃げ出しても、この戦域から出ることは叶わない」

 

 このリリィの言っていることはブラフではないだろうと、隊員の誰もが考えざるを得なかった。

 

 思考を先回りされた隊長の少女は、自分たちが俎上の鯉であることを自覚した。

 

「抵抗や逃亡を試みることが無駄なのは分かりました。

ですが、易々と自分たちの身元や目的を喋るわけにはいきません」

 

 こちらが口を割らない場合、相手はどう対処するだろうか。

 

 このリリィが所属するガーデンあるいは付属のラボへ自分たちを連行して、隔離された状態で行われることは……隊長の少女は想像し、顔色は蒼白になった。

 

 その様子を目に留めたリリィは、またしてもあきれた様子で溜息をついた。

 

「まさか私たちがG.E.H.E.N.A.よろしく、あなたたちを拷問したり無茶な強化実験の被験者にするなんて考えてるの?」

 

 隊長の少女はびくりと身を震わせた。

 

 この状況下で、目の前のリリィはごく自然にG.E.H.E.N.A.の名を出した。

 

 ということは、彼女たちが所属しているレギオンは、G.E.H.E.N.A.についての裏情報に精通しているのだ。

 

 隊長の少女の正面に立つリリィは、諭すように話しかけた。

 

「私たちは人間同士の戦争をしてるわけじゃない。

秘密警察や憲兵じゃあるまいし、ここから覗き見をしていただけで身柄を拘束する権利なんて、私たちには無い」

 

 その隣に立っていたもう一人のリリィが、興味深げな視線を隊長の少女に送った。

 

「もっとも、あなたたちの元締めは、私たちと同じ考えの持ち主とは思えないけどね。

――シエルリント女学薗のマディック部隊、黒十字マディック隊の皆さん」

 

 いとも簡単に二人のリリィは少女たちの素性を見抜いていた。

 

 だが、それは当然のことで、自分たちの来ている制服は黒十字マディック隊のもので、この制服を着て偵察任務に赴くように命じたのは、他の誰でもないシエルリントのガーデンそのものだった。

 

(そもそも、なぜ私たちマディックの部隊がこの任務を命じられたのか、その理由すらガーデンからは聞かされていない)

 

 ガーデンの思惑を読み取れずにいる隊長の少女、道川深顯の前で、二人のリリィも同じことを考えていたようだった。

 

「何の意図でシエルリントがリリィではなくマディックをここへ差し向けたのか、その辺りは判然としないわね」

 

「下手に力のあるリリィを偵察に出して、リリィ同士の本格的な戦闘が発生するリスクを避けたかったのかも」

 

「防衛軍主導の新戦術を覗き見していたことが表沙汰になるよりは、未熟なマディックを捨て石覚悟で偵察任務に出撃させる……か。

 

ケイブやヒュージを使ったテロ同然の実験が当たり前のG.E.H.E.N.A.にしては、ちょっとセコい感じもするけど」

 

「今回の作戦は防衛軍が本格的に絡んでるからね、慎重になってるんじゃない?」

 

「ガーデンやリリィ相手には横暴の限りを尽くす癖に、その辺がG.E.H.E.N.A.って小悪党っぽいのよね」

 

 自分たちの目の前で、あれこれ議論を始めた二人のリリィに、深顯は会話が途切れた瞬間にすかさず尋ねた。

 

「あの、お二人が所属しているガーデンは……」

 

 答えるはずもないと思われたが、深顯の質問を受けたリリィは、あっけらかんと自分たちの正体を口にした。

 

「よくぞ聞いてくれたわね。

私は鎌倉府にある百合ヶ丘女学院の特務レギオン、LGシグルドリーヴァ隊長で2年生の遠野捺輝。

私の隣りにいるのは、同じく百合ヶ丘の2年生でLGシグルドリーヴァの副隊長、大角梓氣よ」

 

「えっ……」

 

 特務レギオンのリリィが簡単に素性を明かしたことに、深顯はその理由を理解できなかった。

 

 LGシグルドリーヴァといえば、危険地域の強行偵察任務を主とする特務レギオンであり、そのメンバーも百戦錬磨の実力と経験を持つリリィで構成されている。

 

 それであれば、偵察に最適な場所を割り出すことはお手の物であり、素人同然の黒十字マディック隊を発見することなど、赤子の手を捻るに等しかっただろう。

 

 だが、黒十字マディック隊を拘束しないにせよ、わざわざ自分から名乗りを上げる必然性がどこにあるのか、その意図を深顯は図りかねていた。

 

 頭の上に疑問符を浮かべているかのような深顯の顔を見た捺輝は、まるでクラブ活動の先輩が後輩に指導するような調子で話しかけた。

 

「酔狂にも私たちが身元を明かした訳が知りたいんでしょ?

それなら教えてあげる。

 

私たちがここにいた事実を含めて、あなたたち黒十字マディック隊が目にした全ての情報をシエルリントへ持って帰れって、私は言ってるのよ」

 

「……あなたたちは、何を企んでいるんですか?

私たちを泳がせて、逆にシエルリントのガーデンやG.E.H.E.N.A.を罠にかけるつもりですか?」

 

 深顯は一筋縄ではいかない特務レギオンのリリィと相対しながら、息苦しそうに胸に手を当てた。

 

「さあ、それは想像にお任せするわ。

この世界には色々と裏側で蠢いている大人の事情があるからね。

私たちだって、今起きていること全部のからくりを知ってるわけじゃないし」

 

 煙に巻くように言ってから、捺輝はちらりと横目で副隊長の梓氣を見た。

 

「ねえ、梓氣。早くこの子たちを帰して、私たちも百合ヶ丘のガーデンに戻ろう。

注文してたニルギリの紅茶が届いてるから、早く飲みたいの」

 

 仕方ないわね、と梓氣は苦笑した後で深顯たちに向き直った。

 

「もうあなたたちはシエルリントのガーデンに戻りなさい。

これ以上先に進むことは私たちが認めません。

そのアンチヒュージウェポンを持って、すぐにここから立ち去りなさい」

 

 LGシグルドリーヴァ副隊長の大角梓氣は深顯たちにきっぱりと告げ、ガーデンへの帰投を促した。

 

 それに続けて、すかさず捺輝が追加で念押しをする。

 

「ここから鎌倉府との境までは尾行させてもらうから、悪く思わないでね。

くれぐれもガーデンに戻るふりをして、あそこの戦場に近づいたりしないように」

 

(今日はここまでか。これ以上は何もさせてもらえないことは明らか。

全員が五体満足でガーデンに戻れるだけでも良しとしなければ)

 

 観念した深顯たち黒十字マディック隊の一行は、足元のアンチヒュージウェポンを持ち直し、整然と隊列を組んで山を下り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナノマシンを使用したヒュージネスト討滅の作戦終了から1週間後。

 

 百合ヶ丘女学院の1年椿組の教室では、二川二水が一柳梨璃に少し上ずった口調で一柳梨璃に話しかけていた。

 

「梨璃さん。先日、北関東にある小規模なヒュージネストが討滅されたんですが、どうやら防衛軍が主体となって、新しい戦術を試した結果だそうです」

 

「外征レギオンのリリィが戦って討滅したんじゃなくて、防衛軍が?」

 

「はい、公開されている情報によると、フィニッシュショットはリリィが撃ったそうですが、それ以外の攻撃は大半が防衛軍の戦車部隊によるものだったと」

 

「フィニッシュショットってことは、ノインヴェルト戦術でアルトラ級を倒したの?」

 

「いえ、どうもそれが違うみたいです。

ノインヴェルト戦術のマギスフィアとは全く異なる弾丸と言うか砲弾を、直接ネストの中心部に打ち込んで、アルトラ級以下のヒュージを倒す戦術とのことです」

 

「そんなことができるんだ……」

 

「しかも、物理的なエネルギーで破壊するのではなく、何らかの遅効性の物質によってヒュージの生命活動を停止させると、公開された資料には記載されていました。

 

事実、作戦終了の数日後には、ネストを構成する雲のような構造体は消失し、アルトラ級以下の全ヒュージは死滅、体組織の分解が進んでいたとのことです。

 

ただ、その物質が何なのかは、軍機により開示されていません」

 

「それって、ノインヴェルト戦術を使わなくても、ネストを討滅できるようになったてことだよね。

すごいね、これで今までよりも早く、ヒュージに奪われた地域を解放できるんだ」

 

「はい。防衛軍の戦力をネスト討滅に投入できれば、それはネスト討滅の戦力増大に直結します。

鎌倉府の未開放エリアや甲州の奪還も、前倒しで進められる可能性が出てくるかもしれません」

 

 梨璃と二水の会話を少し離れた席で聞いていた伊東閑は、それまで読んでいた戦術理論の分厚い書籍をぱたんと閉じた。

 

 二水の話している内容は公開されている情報である以上、いずれは閑の耳目にも触れるものだ。

 

 だが、その内容は読書を中断させるほどに、閑の関心を引いて余りあるものだった。

 

(防衛軍がそんな戦術を開発していたのね……

梨璃さんと二水さんは無邪気に喜んでいるみたいだけど。

 

でも、それって純粋にヒュージとの戦いを優位に進めるためだけに開発されたものなのかしら。

ガーデンと防衛軍は今はヒュージとの戦いで協力関係にあるけれど、これからも常に同じ方向を向いているとは限らない。

 

これまでの状況や力関係が変化すれば、お互いの目指すべき目標や最終的な社会の在り方も変わるかもしれない。

 

仮に防衛軍がリリィに匹敵するレベルの戦闘能力を持つに至るとしたら……

これは気になる動きとして、心に留めておいてもいいかもね)

 

 閑はいつもの彼女らしくなく、気をはやらせて席を立ち、自らも情報を集めるために教室を出てLGシュバルツグレイルの控室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜の森の中、満月に近い月の光が、青白い木漏れ日となって林間に降り注いでいる。

 

 この森は金沢文庫のシエルリント女学薗からほど近くにあり、普段はほとんど人が立ち入ることのない場所だった。

 

 その落葉広葉樹の森の中に、一人の女が佇んでいた。

 

 女は黒いゆったりとした衣服を身に纏い、天空に浮かぶ月を見上げていた。

 

 女の周囲はやや開けた平坦な地形となっていて、地面にはクヌギやブナの落ち葉が一面に積もっている。

 

 じっと月を見ながら物思いに耽っているかのような女の耳に、かすかに落ち葉を踏む足音が聞こえた。

 

 その方向に目をやると、薄明るい月光の下でこちらに歩み寄ってくる一つの人影が見えた。

 

 その人影が誰であるか、近づいてくる前から女には既に分かっていた。

 

「来てくれると思っていたぞ。

そうでなくては興が乗らぬからな」

 

 人影はその貌を月光の下で露わにし、女の妖しい笑みを正面から受け止めた。

 

「この白井咲朱をこんな所に呼び出して、詰まらない話をきかせたらどうなるか、分かってるでしょうね」

 

 白井咲朱と名乗った女性は、魔女のような黒い服を着た女に、挑戦的な微笑を返した。

 

 黒い服の女は微塵も動じる様子無く、悠然と白井咲朱に答える。

 

「話すのは、これからの人の世の在り方に関することだ。

無論、ヒュージとその姫の在り方もな」

 

 

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