次回は結梨ちゃんの正論ティー攻撃が炸裂する……かもしれません。
「言ってくれるわね、蓬莱玉。
その口ぶりなら、さぞかし面白い情報を仕入れたのでしょうね」
黒いドレスを纏って現れた『御前』こと白井咲朱の面前に立つ女性――彼女もまた、ゆったりとした黒衣でその身を包んでいた。
咲朱を呼び出した黒衣の女性、すなわちシエルリント女学薗の生徒会長である蓬莱玉は、口元に微笑を浮かべながら咲朱を見返している。
「現時点では不確定要素が多いが、今後の展開次第では状況は大きく動くと、私は見ている。
それを左右する決定的な要素の一つが、貴公の存在なのだ」
蓬莱玉の言葉を聞いた咲朱の眉がぴくりと動いた。
自分の行動如何で今後の状況が大きく変化すると聞かされれば、無視して立ち去るという選択肢は排除せざるを得ない。
「聞かせてもらおうかしら。
その『状況』と、私との関係を」
咲朱の反応を見た蓬莱玉は、我が意を得たりとばかりに、その表情を微笑から会心の笑みへと変えた。
「感謝するぞ、白井咲朱。
この件については、貴公くらいしか話せる相手がおらぬのでな。
――では、まず発端から話すとしよう」
蓬莱玉が咲朱に語った内容は、大筋で以下のようなものだった。
一週間ほど前に、関東平野北部の小規模なヒュージネストを目標にした討滅作戦が実行された。
この作戦については、事前にごく大まかな情報が一般に公開され、誰でもアクセスすることができた。
無論、戦術の細部や部隊配置などの詳細な内容については、機密事項のため公開されていない。
それが通常のネスト討滅作戦と異なっていたのは、戦力の大部分を防衛軍の戦車部隊が占めていたことだった。
防衛軍がヒュージとの戦闘に参加することは珍しくないが、それは市街地などの拠点防衛を主な任務とし、ミドル級以下のヒュージを通常兵器で排除することが殆どだ。
ネスト討滅の戦力として防衛軍を攻撃の中心に据えるというのは、それが戦車部隊であっても常識的には狂気の沙汰だと言える。
ミドル級以下のヒュージは戦車砲と重機関銃で倒せるが、ラージ級以上が出現すれば対抗手段が存在しないからだ。
結果として、やはり戦力の大半を占める防衛軍の戦車部隊は陽動であり、決定的な攻撃はリリィの手によって行われた。
それだけであれば、ノインヴェルト戦術担当のレギオンを支援する戦力が、リリィから防衛軍の戦車部隊へ置き換えただけとも言える。
だが、その作戦においてはノインヴェルト戦術ではなく、全く別の新しい戦術が実行された可能性が高い。
シエルリントのガーデンが派遣した偵察部隊によれば、ノインヴェルト戦術特有のマギスフィアのパス回しは確認されなかった。
一人のリリィが突然ヒュージネストの上空に現れ、大口径の砲撃型CHARMで直下のヒュージネスト中心部に向けて射撃したと、報告にはある。
しかもノインヴェルト戦術による攻撃とは異なり、砲弾が命中したにもかかわらず、爆発は起きなかった。
砲弾が不発だった可能性も考えられるが、第二射は実行されず、戦場に展開していた全てのリリィと防衛軍の戦車部隊は、速やかに撤退した。
戦闘が終了したことを確認した偵察部隊は、その場から撤収し、シエルリントのガーデンへ帰投しようとした。
しかし、付近を哨戒していた百合ヶ丘女学院の特務レギオン、LGシグルドリーヴァのリリィに発見され、一時的に武装を解除された。
「ちょっと待ちなさい。
その状況に陥ったシエルリントの偵察部隊が、なぜ情報を持ち帰ることができたの?」
至って客観的に一連の流れを説明していた蓬莱玉に、思わず咲朱が口を挟んだ。
当の蓬莱玉はそれを平然と受け流し、涼しい顔で咲朱をあしらう。
「まあ、そう先走るでない。順を追って話しているところだ。
シグルドリーヴァのリリィは偵察部隊の身元を確認した後、彼女たちを解放した。
アンチヒュージウェポンも没収せず、シエルリントのガーデンに戻ることを認めたのだ」
「どうしてシグルドリーヴァのリリィは偵察部隊を拘束しなかったのかしら?
何らかの意図があってのことでしょう?」
「その通りだ。
この件に関しては、お互いの陣営が腹の探り合いをしていると思われる節がある。
まず、防衛軍は意図的かつ限定的に情報を公開した。
それに食いついてくる組織を炙り出すことが、一つの目的だったのだろう。
そしてネスト討滅作戦の情報を入手したシエルリントのガーデン、すなわちG.E.H.E.N.A.は、それがこれまでの戦術とは大きく異なるものであることを知り、諜報活動に乗り出した。
ただし、偵察の任務を命じられたのは、リリィではなくマディックだった」
「なぜリリィではなくマディックを斥候に出したのかしら?」
「諜報活動はあくまでも隠密偵察であって、威力偵察や妨害工作ではないからだろう。
マディックであれば、相手方のリリィと遭遇して本格的な戦闘に発展する可能性も無い」
「力の差がありすぎて、あっという間に勝負がついてしまうものね」
「そうだ。下手に力のあるリリィを派遣すれば、リリィ同士の本格的な戦闘に発展する可能性もあった。
リリィではなくマディックの部隊を出したのは、その事態を回避する目的もあったのだろう。
加えて、もしマディックが抵抗してリリィの攻撃で死傷すれば、それを材料にして逆に百合ヶ丘を非難することもできるわけだ」
「何というか、騙し合いというか、化かし合いね。
防衛軍と百合ヶ丘は、マディックに一定の情報を持ち帰らせて、G.E.H.E.N.A.がどう動くか見定めようとしている。
双方の陣営に結構な古狸がいるようね」
「私見だが、G.E.H.E.N.A.は動かぬよ。
いや、動けぬという方が正確か。
ただ傍観することしかできないだろう」
言い切った蓬莱玉に対して、咲朱はいぶかしむような視線を送った。
「なぜ、そう言えるの?
今回のネスト討滅作戦が失敗したから、何もする必要は無いと?」
「いや、作戦は成功した。
軍の発表では、討滅目標となったネストのヒュージは、作戦の数日後に全滅が確認された。
ネスト自体も主を失って消滅したと報告されている。
どうやら、何らかの遅効性の毒物のようなものをネストに投入したらしい」
「それなら、なおのことG.E.H.E.N.A.は看過できないはず。
ノインヴェルト戦術によらないネスト討滅が可能になれば、『実験』を始めとする様々な活動が展開しづらくなる。
今の動きを放置することは、G.E.H.E.N.A.にとって決して得策とは思えないけれど」
「G.E.H.E.N.A.が動けないのは、この新戦術に基づく作戦は、防衛軍が主導しているからだ。
それを外部の組織であるG.E.H.E.N.A.が妨害したとなると、軍は憲兵隊や情報将校を動かすだろう。
未だに防衛軍の内部では、G.E.H.E.N.A.に対して懐疑的な見方をする者が多数を占めている。
曰く、G.E.H.E.N.A.はヒュージとマギの研究にかこつけて貪欲に勢力を拡大し、政財界の各所に食い込み、自らの権益を際限なく拡大しようとしている。
曰く、G.E.H.E.N.A.は腹の底では何を企んでいるか分からぬ、秘密結社のごとく怪しげな組織ではないか。
将官の中には、G.E.H.E.N.A.は最終的に社会そのものを牛耳り、世界の支配者となることを目指しているのではないかと主張する者もいるそうだ」
「事実、G.E.H.E.N.A.はそれを否定しきれないでしょうに。
軍の認識もまんざら捨てたものではないわね」
「確かに過激派の一部には、そのような身の程知らずの野心を抱く者もいるだろう。
G.E.H.E.N.A.の全てが過激派ではないのだが、過激派を内包した組織と見なされても否定はできぬ。
そして、G.E.H.E.N.A.が軍に牙を剥いたとなれば、憲兵隊はこれを潰す絶好の機会と捉えてもおかしくはない」
「反G.E.H.E.N.A.主義のガーデンに対してはテロ同然の破壊工作をしても、軍を相手に強化リリィや実験体のヒュージを使って同じことはできない……か」
「そうだ。対ヒュージ戦闘が主戦場となった現代において、防衛軍の通常戦力は脇役の存在となって久しい。
長年の間、リリィの引き立て役に甘んじてきた軍人が、共同作戦の囮役とはいえ、対ヒュージ戦闘それもネスト討滅の表舞台に立てるのだ。
それを邪魔立てしようとする輩など、令状無しで片っ端から憲兵が拘束しても不思議ではないだろう。
内乱罪の容疑で極刑の適用も充分にありうると、私は踏んでいる」
「反G.E.H.E.N.A.主義者の中に、それを見越して軍に主導権を委ねた者がいるのなら、なかなかの知恵者ね。
百合ヶ丘か御台場か、それとも別の何者か……」
「……さて、それが誰であろうと、我々には思い及ばぬものであろう」
蓬莱玉の脳裏に、大図書館で大量の文献を読み込んでいた結梨の姿が浮かんでいることを、咲朱は知らない。
その文献の著者である岸本教授こそが、ナノマシンによるヒュージ絶滅の計画を、防衛軍の石川精衛に託したことも。
蓬莱玉は素知らぬ顔で咲朱に語りかけた。
「そこで話は振出しに戻るわけだ。
今後の展開を左右する決定的な要素が貴公である、と言った意味はそこにある」
「あなたは、G.E.H.E.N.A.とは縁が切れている私に情報を与えた……ということね」
蓬莱玉の意図に気づいた咲朱の目が、急激に剣呑な光を帯び始めるが、蓬莱玉は気にする様子も無い。
「いかにも。貴公がそれを知った上で、どう動くかを確かめたい。
これはガーデンの指示ではなく、私個人の独断専行だ」
「またあなたの観察に付きあわせようとするつもり?」
「私はこの世界がこれからどう動くのか、自分の目で確かめたい。
そのために必要な情報を必要な人物に提供する。
私はその結果を目にすることができれば、それで満足だ」
「正直、あなたの掌で踊らされている気がしないでもないけど」
「そう思うのなら、私から情報を得なければいい。
貴公が私との関係を絶たないのは、貴公にもメリットがあると判断しているからではないのか?」
蓬莱玉の指摘が図星だったのか、咲朱は暫く黙り込んでいたが、ようやく決心したように口を開いた。
「いいわ、乗ってあげる。
でも、私の判断があなたの望む方向と同じかどうかまでは知らないわ」
「それで構わぬよ。貴公は貴公の望むままに生きればいい。
ヒュージの姫の頂点に君臨する貴公に、私がどうこう指図するなど、烏滸がましいにも程がある」
「私の判断が、これからの世界の在り方、ヒュージとその姫の在り方を決める……そして軍の新戦術がそれに大きく影響する……あなたの言いたいことは分かったわ。
でも、礼は言わないわ。
あなたはあなたの利益のために、私に情報を提供したのだから」
「分かっている。私も貴公のすることに手出しはせぬ。
今日伝えたかったことはこれで全てだ。
私と貴公はお互い何も知らぬし、会ったこともない。
その取り決めを守るなら、この先も今の関係を維持できるであろう」
「お互いのためにも、それに異論は無いわ」
にやりと咲朱は妖しく微笑んで、蓬莱玉に背を向けた。
「――私はもう行くわ。
また話したいことができたら知らせなさい。
気が向いたら話を聞いてあげるから」
言い終わった瞬間に、咲朱の姿は忽然と消え失せていた。
「……さて、観察のための種蒔きはこれで終わった。
後はどのような芽が出て花が咲き、実をつけるか。
それとも上手く育たずに途中で枯れてしまうか……
最後はお前次第かもしれぬな、一柳結梨」
蓬莱玉はこの場にいないリリィの名を呼んで、ガーデンへ続く森の中の道をゆっくりと戻り始めた。
咲朱の腹心である戸田琴陽が結梨の前に現れたのは、それから三日後のことだった。
軍の呼称について、ラスバレのグラン・エプレ最新メインストーリーでは、国防軍と記述されていました。
しかし、これまでの各メディア展開において防衛軍という表記が多くみられるため、この小説でも防衛軍としています。