ナノマシンによるヒュージネスト討滅作戦の終了から一週間ほど後――それは白井咲朱が真夜中の森の中で蓬莱玉と密談する数日前でもあったが――鎌倉府の百合ヶ丘女学院では、六名のリリィが特別寮のLGロスヴァイセ控室に参集していた。
参加者は以下の通り。
生徒会長ブリュンヒルデの出江史房。
同オルトリンデ代行の秦祀。
同ジーグルーネの内田眞悠理。
LGロスヴァイセのロザリンデ・フリーデグンデ・フォン・オットー。
LGシグルドリーヴァ隊長の遠野捺輝。
そして現在は御台場女学校に籍を置く一柳結梨。
百合ヶ丘のガーデンは東京エリアを中心とする首都圏での活動を考慮して、結梨の学籍を御台場女学校に置き続けていた。
だが、今日のような会議やメディカルチェックのために、結梨が一時的に百合ヶ丘へ戻る場合は、百合ヶ丘女学院の制服を着用していた。
他の五名のリリィも同様に、所属レギオンの専用制服ではなく、百合ヶ丘女学院の標準制服を着て、会議のため控室に集まっていた。
時刻は既に会議の開始予定を数分過ぎており、ソファーに腰を下ろしたリリィたちに、ようやく祀が資料を配り終えたところだった。
会議の開始が遅れたのは、極めて珍しく眞悠理が遅刻して来たためだった――それは一分にも満たない時間ではあったが。
「すみません、閑さんとの話が長引いてしまって、遅くなりました」
数分前、息を切らせて控室に入ってきて頭を下げた眞悠理に、3年生の史房は上級生らしく鷹揚に構えて微笑んだ。
「私も結構ギリギリでここに来たから、気にしなくてもいいわ。
でも、眞悠理さんが予定の時間より遅く来るなんて初めてじゃない?」
「言われてみると、確かにそうかもしれません」
「閑との話って?」
興味を引かれた結梨が眞悠理に尋ねると、眞悠理は肩をすくめて苦笑いした。
「昨日あたりから、新戦術でのヒュージネスト討滅作戦について根掘り葉掘り聞かれてて、それに答えるのに苦労してるの」
「それって、防衛軍と一緒に私たちがやっつけたネストのこと?」
結梨が言う「私たち」とは、ナノマシンによるネスト討滅作戦に参加したLGロスヴァイセと石川葵のことだ。
「ええ、作戦の概要と戦果は一般にも公表されてるから、百合ヶ丘のリリィも当然その情報を得ているわ。
もちろん、大部分の詳細な情報は機密扱いで非公開になっているけれど。
ただし、ノインヴェルト戦術によらないネスト討滅の新戦術が成功した点は、はっきりと言及されているのよ。
閑さんはその新戦術が対ヒュージ戦略に与える影響について、とても関心を持ったみたいで……同じレギオンの私が話相手に選ばれたというわけ」
「戦闘、戦術ではなく戦略レベルでの議論をするなら、ここにいるリリィか、各レギオンの司令塔クラスじゃないと、歯ごたえのある内容にはならないでしょうからね。
閑さんの人選はもっともだと思うわ」
しれっと結梨の隣りに座っている祀が、至極当然とばかりにコメントした。
それに対して、眞悠理は難しい顔で腕組みをした。
「とはいえ、私たちにしても、今後の作戦展開については何も知らされていないわ。
新戦術の決定的要素が、マギの代謝を阻害するナノマシンだということ以外は、他のリリィと持っている情報に差は無いと思う」
「公表された情報には、ナノマシンについての記述は無かったわ。
防衛軍はまだナノマシンの情報を伏せておきたいのでしょうね」
そう言ったロザリンデに反応したのは、またも眞悠理だった。
「閑さんは全てのヒュージを討滅した後の世界に興味があるようで、その未来では人間同士の戦争にリリィが戦力として投入されるのではないか、と懸念を持っています。
ですが、この新戦術はネストの討滅スピードを画期的に加速するものではありません。
縮地S級のレアスキルを使って、直接ネストの中心部にナノマシン入りの弾頭を撃ち込む――それほどの戦闘技術を持つリリィはごく限られています。
ノインヴェルト戦術とは比較にならないほど特殊な技術を要求される戦術が、果たして世界全体でのネスト討滅にどれほどの有効性を持つのか……」
言葉を途切れさせて考え込む眞悠理とは対照的に、あっけらかんとした表情と口調で声をかけたのは、LGシグルドリーヴァ隊長の遠野捺輝だった。
「眞悠理さん、そう決めつけるもんじゃないわ。
先日の作戦はあくまでもナノマシンの実戦検証が第一の目的なのよ。
戦術そのものは、その時点で最適な選択肢が採用されただけだと考える方がいいんじゃないかしら」
だから先の事はあまり気にするなと言わんばかりの捺輝だった。
「さて、そうなると、防衛軍が今後どんな戦略と戦術を考えて、その作戦に私たちリリィが戦力として参加するのか。
史房様、それについて何かしらの情報はあるんですか?」
捺輝から話を振られた史房は、簡単に首を横に振って否定した。
「今後の作戦については、まだ何も防衛軍からの情報は来ていないわ。
ただ、司令官をはじめとして何人かの将官が、国内や海外の各地を忙しなく飛び回っているそうよ。
ナノマシンも実戦検証が成功したことで、既に量産化に入っているとガーデンから伝えられているわ」
「大量生産したナノマシンをどうやってヒュージやネストに使うつもりなのか、司令官の心中や如何に……というところね」
石川司令官には何らかの成算があってのことだろうと、ロザリンデは思わずにいられなかった。
「防衛軍の対ヒュージ戦略最高司令官は、相模女子高等学館1年生の石川葵さんの父親であり、吉阪先生やシェリス先生の元上官でもあるわ。
そんな人が先を読まずに目先の戦果だけに囚われるはずもない。
必ず何らかの策を練っているに違いないわ」
ロザリンデの言葉を聞いた結梨の記憶には、市ヶ谷の防衛軍本部で会った時の石川精衛の姿が浮かんでいた。
(葵のお父さんは私よりずっと大人だけど、どこか子どもみたいな表情をすることがあった。
ヒュージから人を守るだけじゃなくて、ヒュージとの戦いを終わらせることを、葵のお父さんは本気で考えてた。
だから、きっとすごい作戦を考えてると私も思う)
いつの間にか、知らず知らずのうちに前のめりの姿勢になっている結梨を見て、隣りに座っていた祀が心配そうに結梨の顔をのぞき込む。
「結梨ちゃん、大丈夫?
体調が悪いのなら、すぐに医務室へ行きましょう」
「ううん、そうじゃなくて考え事してたの」
結梨は慌てて手を振って祀に答え、気になっていた事をロザリンデに尋ねた。
「ロザリンデ、私たちの次の作戦は……」
「さっき史房さんが言った通り、まだ何も聞いていないわ。
もう一度同じ戦術でどこかのネストを討滅するのか、それとも何か別の戦術が考えられているのか……特に情報が無い状態よ」
「今は待つしかないんだね」
区切りを入れるように、史房がタイミングを見計らって全員に対して発言する。
「今日はこれまでの状況を整理して、お互いの認識を一致させておくために集まってもらったけど、他に議題に挙げたいことがあれば発言を」
それに対して、すかさず捺輝が挙手した。
「シエルリント女学薗のマディックが戦場を偵察していた事実については?」
捺輝の質問に答えたのは史房ではなく、捺輝とは別の特務レギオンに所属するロザリンデだった。
「防衛軍が新戦術でヒュージネスト討滅の作戦を開始する、という情報は事前に公表されていたわ。
今思えば、許容できる範囲で意図的に情報を流して、探りを入れてくる組織を特定しようとしたのでしょうね。
そして案の定、G.E.H.E.N.A.は総本山であるシエルリントのガーデンを使って、新戦術の情報を収集しようとした。
ただし、偵察である以上、大部隊は展開できない。
かと言って、少人数の強化リリィを派遣して本格的な戦闘になれば、防衛軍を敵に回す可能性があった。
なぜなら、軍主導の作戦を妨害したと見なされかねないから。
その事態を避けるために、充分な戦力たり得ないマディックを派遣した……というわけね」
ロザリンデの説明を聞いた捺輝は、いかにもうんざりした表情で顔をしかめた。
「G.E.H.E.N.A.って、相変わらずセコいことばっかり考えてるんですね。
私たちがマディックと戦って、うっかり死なせでもしてしまったら、体よく殺人事件として騒ぎ立てる算段だったかもしれない、ってことか」
「そうよ。あなたと梓氣さんがマディックを拘束せずに解放したのは正解だった」
「事情を知らされていないマディックを拘束したところで、面倒が増えるだけですからね。
ですが、結果としてシエルリントに新戦術の情報を持ち帰らせてしまいましたが」
「戦場の外縁部からの偵察では、ナノマシンのことは分からないわ。
防衛軍も、G.E.H.E.N.A.が関心を持っていることが確認できれば、充分だったのでしょう」
「この先どう手出しをしてくるか……例によって実験体の特型ヒュージを差し向けるかもしれませんね」
「現状ではG.E.H.E.N.A.も防衛軍の戦略は見通せていないはず。
それが判明するまでは、安易な妨害工作はしてこないと私は思っているけれど」
「なるほど。そう願いたいものです」
それぞれ異なる特務レギオンに所属するロザリンデと捺輝は、互いの認識が一致したことを確認して会話を終えた。
「では、今日の話し合いはここまでにしましょう。
防衛軍の次の作戦が決定すれば、ガーデンの理事会から生徒会長と特務レギオンに通達が入ります。
それまでは各自で情報の収集に努め、報告すべき点があれば私か理事長代行へ連絡するように」
史房は会議の終了を告げ、六人のリリィはそれぞれに控室を退出していく。
「結梨ちゃん、久しぶりに百合ヶ丘に戻って来たんだから、もっとお話ししましょう。
校舎へは行けないから、ロザリンデ様のお部屋に行きましょうか。
ロザリンデ様、お邪魔させていただいても構いませんでしょうか?」
「ええ、いいわよ。
私は伊紀と少し話をしておきたいから、祀さんと結梨ちゃんは先に部屋に戻っていて」
「ありがとうございます。では結梨ちゃん、一緒に行きましょうか」
仲の良い姉妹か母子よろしく、手をつないで去っていく祀と結梨。
自分と同室の碧乙が祀と一悶着起こさなければいいが、とロザリンデは少々不安に思いながらも、黙って二人の後ろ姿を見送った。
一週間後、鎌倉府から東京へと移動した結梨の前に現れたのは、戸田琴陽だった。
結梨はLGロネスネスのリリィである司馬燈とともに、ハーブティーを買いに休日の都心へ出かけていた。
正面から二人に向かって歩いてきた琴陽は、その距離が2メートルほどにまで近づいた時、ようやく足を止めた。
燈は結梨をかばうように、一歩前に出て結梨の身体を琴陽の視線から遮ろうとする。
「何の御用ですの?
あなたはスパイ行為が発覚して、ルド女のリリィではなくなった。
それなのに、こんな白昼堂々と姿を晒して、何を考えているのやら。
まさか、ここで手合わせでも申し込むつもりなんですの?」
琴陽は燈の挑発的な質問を無視して、結梨の顔をじっと見つめた。
「琴陽……」
戸惑いを隠せない結梨に向かって、琴陽ははっきりと自らの意思を表明した。
「咲朱様が、結梨さんにお尋ねしたいことがあると。
つきましては、私と一緒に咲朱様の所まで来ていただけますでしょうか」
琴陽の目は、一歩たりとも退かない決意に満ちていた。
会議のシーンが思った以上に長くなってしまい、咲朱様の再登場まで進められませんでした……orz