アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第27話 大人と子供(3)

 

 琴陽の言葉を聞いた二人のうち、先に反応したのは燈だった。

 

 腕組みをして琴陽の正面に立つ燈は、いかにも斜に構えた皮肉げな目つきで、琴陽の顔を睨みつけている。

 

「何を言い出すかと思えば、『御前』の所へ呼び出しとは……

そんなに大事な話があるのなら、直接ここに『御前』が来ればよろしいのですわ」

 

 琴陽は燈を相手にする気は無いらしく、至って素っ気ない返事を返す。

 

「この件に関して燈さんは部外者です。

咲朱様がお呼びになっているのは、結梨さんお一人ですので」

 

 そして燈の背後に半ば隠れている結梨を見て、思いつめたような表情で再び尋ねた。

 

「いかがですか、結梨さん。

私としては手荒な真似はしたくありません。

大人しく私と一緒に咲朱様のもとへおいで下さい」

 

「もし私が断ったら……」

 

 突然現れた琴陽に戸惑いながら、結梨は囁くような小声で呟いた。

 

「力ずくでも従っていただきます」

 

 琴陽の背中にはCHARMケースが背負われているのが見える。

 

 それに対して、休日の外出中である結梨と燈はCHARMを携行していない。

 

 ここで琴陽がCHARMを抜けば、いかに結梨と燈と言えど、防戦一方になるのは明らかだった。

 

「ヒュージが出現した訳でもないのに、こんな街中でリリィ同士が戦うなんて、改めてあなたの正気を疑いますわ」

 

 白昼の路上でリリィ同士の私闘など、言語道断も甚だしい話で、停学はもとより除籍や退学の処分も充分にあり得る。

 

「私としても、お二人にご迷惑はかけたくありません。

ですが、私とて子供の使いではありません。

何としても咲朱様のご指示を遂行しなければいけないんです」

 

 琴陽は少しの余裕も無い真剣な表情で、結梨と燈を見つめている。

 

(目的を達成するためには手段を選ばない……

この分からず屋は見境がつかなくなっていますわね。

この調子だと二手に分かれて逃げたとしても、結梨さんだけを狙って追いかけてくるでしょうし、どうしたものでしょうか……)

 

 この場を切り抜ける良い方法は無いものかと燈は思案していた――すると、その後ろから結梨の声が聞こえてきた。

 

「私が咲朱の所に行けばいいんだね。

……分かった、行く」

 

 結梨はすたすたと燈の横を通り過ぎて、琴陽のすぐ前まで近づいた。

 

「その選択には同意しかねますわ。

休暇中の行動であっても、とびきり曰くつきのリリィに会いに行って、何か問題が起きたらどうしますの」

 

 驚いた燈は結梨の背中に向かって声をかけたが、結梨の決意は変わらなかった。

 

「咲朱が私に聞きたいことがあるんだったら、それをはっきりさせたい。

咲朱が何を考えてるのか、私も知りたいから」

 

 ごめんね、と結梨は振り返って燈に言い、ほっとした表情の琴陽と並んで、雑踏の中へ姿を消した。

 

 燈はほんの僅かの間、呆然としていたが、すぐに気を取り直して思考を巡らせ始めた。 

 

(せっかくの休日でしたのに、とんだ問題児の登場で卓袱台をひっくり返されてしまいましたわ。

こちらがCHARMを持っていない以上、力ずくで阻止することもできませんし。

とはいえ、あの二人がどこへ向かうのかだけでも、確かめておかなくてはなりませんわね)

 

 結梨と琴陽が消えていった人ごみの中へ、燈は注意深く視線を走らせながら追跡を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結梨が燈と別れてから三十分ほど歩いた時、細い路地の向こうに広大な邸宅が出現した。

 

 それは以前に結梨が伊紀と一緒に訪れた、咲朱と琴陽の住まいだった――正確には隠れ家と表現する方が適切だろう。

 

 結梨は琴陽とともに武家屋敷さながらの敷地の中へ入り、数百坪はありそうな日本庭園を物珍しげに見回している。

 

「このお屋敷は咲朱のものなの?」

 

 前回訪れた時に気になっていたことを、結梨は琴陽に質問してみた。

 

「詳しくはお話しできませんが、この土地と建物は白井建設の所有物として登記されています。

咲朱様は公式には戦死されていますので、公に名前を出すわけにはいかないんです」

 

 白井家が咲朱の生存――咲朱自身の発言によれば、死亡とその後の復活だが――を知って住処を案配しているのか、それについては琴陽は語らなかった。

 

「ここはれっきとした私有地ですから、先程の街中とは違って、思う存分手合わせできますよ。

ですが、今日は先に咲朱様にお会いしていただかなくてはいけないんですよね……」

 

 残念そうに琴陽は言って、結梨を建物の中へと案内した。

 

 前回と同じように二人は板張りの長い廊下を進み、その奥の和室へと至った。

 

「咲朱様、結梨さんをお連れしました」

 

 閉じられた山水画の襖越しに部屋の中へと琴陽が声をかけると、一瞬の間を置いて、

 

「入りなさい」

 

 と、何度も聞き覚えのある声が返ってきた。

 

 琴陽が襖を静かに開くと、いつものように黒い服に身を包んだ咲朱の姿が目に入った。

 

 咲朱は広い座卓の前に座り、落ち着いた様子で結梨の姿を見ている。

 

「結梨、久しぶりね。

シエルリントの輸送列車以来かしら。

そんな所にいつまでも立っていないで、私の前にお座りなさい」

 

 咲朱の言葉に従って、結梨は座卓を挟んで咲朱の正面に行儀よく正座した。

 

 琴陽が咲朱の隣りに並んで座ると、咲朱は早速結梨に話を切り出した。

 

「今日はあなたに確かめておきたいことがあって、ここまで来てもらったのよ」

 

「うん、ここに来るまでに琴陽からそう聞いたよ」

 

「それなら話は早いわね。

まず、少し前から防衛軍がこれまでとは違う動きを見せている。

ヒュージネスト討滅の作戦は、通常は有力ガーデンの外征レギオンが担うものよ。

 

それなのに、先日行われた作戦では防衛軍が戦力の大半を占め、しかもネストへの決定的な攻撃はノインヴェルト戦術によるものではなかった」

 

「……」

 

 結梨は真剣な面持ちで、黙って咲朱の話に耳を傾けている。

 

 咲朱は結梨の表情を窺いつつ、さらに説明を続けた。

 

「戦場の外縁部では、百合ヶ丘女学院の特務レギオンが哨戒任務に当たっていた。

それとは別の特務レギオンも、陣形の両翼で防衛軍の直掩として戦闘に参加していたそうよ。

 

そして、フィニッシュショットを撃ったリリィは、超大型の砲撃用CHARMを持って突然ヒュージネストの直上に現れ、ネスト中心部にマギスフィアではない砲弾を発射した。

 

砲弾は目標に命中したものと思われたが、直後には何らの変化も起こらず、展開していた部隊はリリィも含めて全て撤退した。

 

この作戦は失敗と思われたが、数日後にはネストのヒュージは全滅、ネスト自体も消滅していたわ。

 

……さて、一体全体、何が起こったのかしらね」

 

 話を終えた咲朱は、じっと結梨の顔を見つめている。

 

「咲朱が私に聞きたいことって、そのことなの?」

 

「そうよ、少なくとも数百メートル離れた場所から、瞬時にヒュージネストの上空に移動できる――そんなレアスキルを持つリリィは縮地持ち、しかもS級に限られる。

 

その上、作戦には百合ヶ丘女学院の複数の特務レギオンが参加していた。

百合ヶ丘のリリィで該当するレアスキルの持ち主は、吉村・Thi・梅と有馬充音。

でも、彼女たちはS級の認定は受けていないし、特殊な作戦に参加するリリィでもない。

 

――そうなると、可能性のあるリリィは唯一人」

 

 その先は言うまでもないと、言葉を切って咲朱は結梨の目から視線を外さない。

 

 咲朱の隣に座っている琴陽も、結梨の反応を待って落ち着かない様子を隠せない。

 

(もし、結梨が簡単に口を割らないようなら……)

 

 咲朱は結梨が否定の返事をした場合を想定して、その後の問答を考えていたが、その必要は無かった。

 

「うん、私がネストにフィニッシュショットを撃った」

 

 ごくあっさりと結梨は事実を認め、咲朱に回答した。

 

「凄いです。結梨さんはそんなことができるようになったんですね。

私もこれまで以上に精進して、結梨さんに後れを取らないようにしないと」

 

 しきりに感心している琴陽には目もくれず、咲朱は思いの外スムーズに話が進んでいることに手応えを感じていた。

 

 だが、咲朱にとって最大の難関は、この後に控えていた。

 

「その答えを聞かせてもらった上で、あなたにお願いしたいことがあるの」

 

「私が聞けることなら……」

 

 自信無さげに言う結梨に、咲朱は少し身を乗り出して自らの希望を告げた。

 

「今あなたが関わっている計画から身を引いて欲しいのよ」

 

「えっ……」

 

 予想していなかった内容に、結梨は思わず言葉を途切れさせた。

 

「どうして?」

 

「私が『高み』を目指すに当たって、障害となる可能性を排除しておきたいからよ」

 

「分からない。咲朱の言ってることは、私には分からない」

 

 困ったように言葉を返す結梨に、咲朱は順序立てて彼女なりの説明を始める。

 

「ノインヴェルト戦術によるヒュージネストの討滅は漸進的なもので、世界中のネストを討滅するには、これから長い時間が必要よ。

 

だから当面は放置しておいても、全体的な状況が短期間に一変する可能性は非常に低い。

 

でも、防衛軍が主導して進めようとしている新戦術は未知の部分が多く、今後の展開次第では、ノインヴェルト戦術を凌ぐ速度でネストの討滅が可能になるかもしれない。

革新的な戦術となる可能性があると、私は考えているわ」

 

「それは、私にも分からない。

これから先のことは、何も聞かされてないから」

 

「防衛軍はガーデンとは違う組織だから、ガーデンとは違う論理で動いている。

作戦や計画の立案者が何を考えているのか、私にも計りかねるところがあるわ」

 

「早くヒュージがいなくなるのは、いいことじゃないの?」

 

 結梨の極めて単純な質問に対して、咲朱は極めて明瞭に回答する。

 

「私はヒュージの姫だから、私の目指す『高み』には、ヒュージの存在が必要なの」

 

「ヒュージがいても、いいことなんて何もない」

 

「ヒュージの姫はヒュージから敵と見なされず、能力次第ではヒュージを従えることさえできる。

この私や、ルド女崩壊時の戦闘で一時的に覚醒した岸本・ルチア・来夢のように。

ヒュージの姫にとって、ヒュージは使役可能な武器であり、戦略的な兵器たりうる存在なのよ」

 

「ヒュージを使って、自分のしたいことを叶えるなんて間違ってる」

 

「この世界はあなたが思っているほど単純ではないわ」

 

 頑なに咲朱の考えに反対する結梨と同じく、咲朱もまた自らの信条を曲げるつもりは無かった。

 

「力無き者は、より強い力を持つ者に従属し、時には生殺与奪の権すらも握られることになる。

リリィ以外の人間がヒュージに命を奪われるのも、その人たちにリリィの力が無いがため。

 

全ての人にリリィの力があれば、ヒュージと戦って自らの命を自らの手で守れる。

人は決して力を手放して生きることはできない」

 

「ヒュージが全部いなくなったら、リリィだって命がけで戦わなくてもよくなる。

私はその世界で梨璃や夢結や楓たちと一緒に、仲よく暮らせたらそれだけでいい。

他には何もいらない」

 

「そういうのが意外と一番難しい望みだと、もう少し大人になったら分かるわ」

 

 結梨に反論する隙を与えず、咲朱は畳みかけるように言葉を続ける。

 

「私は実験体のヒュージを、来夢は通常のヒュージを従える力がある。

私や来夢のようなヒュージの姫が世界の頂点に立てば、ヒュージに人を襲わせないようにすることだってできる。

だから、世界から全てのヒュージを討滅する必要は無いのよ」

 

 だが、それは同時に、ヒュージの姫の意志に従わない人間を排除することを意味している。

 

 それを見抜いていたわけではなかったが、結梨は尚も頑強に自分の意見を曲げなかった。

 

「それでも、私はヒュージのいない世界の方がいい」

 

「……今日はこれ以上の説得は無理のようね」

 

 咲朱は根負けしたように表情を緩めたが、それは彼女が自分の野望を諦めたことを意味してはいなかった。

 

「でも、私も防衛軍の計画を座視する訳にはいかない。

彼らがこれ以上計画を前進させれば、私の目指す『高み』が遠のく恐れがあるから」

 

「私たちの邪魔をするの?」

 

 嫌な予感がして結梨が咲朱に問うと、咲朱はそれを否定しなかった。

 

「あなたが協力的な態度を取ってくれない以上、仕方ないでしょう?

それが嫌なら、力ずくで私を止めてみることね」

 

「……分かった。そうする」

 

「えっ?」

 

 驚きの余り、琴陽が思わず結梨に聞き返した。

 

 結梨の目はまっすぐに咲朱の目を見つめている。

 

「私と勝負して。

私が咲朱に勝ったら、私たちの邪魔をしないって約束して」

 

(それって、手合わせと言うか、私闘と言うか、決闘と言うか……何だかすごい展開になってきました。

不謹慎ですが、私は今日この場に居合わせて最高に幸せです)

 

 気分の高揚を隠しきれず、もじもじと身体を身じろぎさせる琴陽。

 

 その琴陽を一度横目でちらりと見た咲朱が、結梨に向き直って答えようとした時。

 

「僕は結梨の判断に賛成しかねる。

未知の不確定要素が多すぎて、何が起こるか分からないからだ」

 

 突然、部屋の壁際から女性の声が聞こえてきた。

 

 咲朱と結梨が思わずそちらの方へ視線を向けると、百合ヶ丘女学院の制服を着た一人のリリィが立っていた。

 

 肩まで届かない長さの灰色の髪、奸智と紙一重の際立った知性を宿らせた瞳、しなやかな体躯で軽く腕を組んでいる、そのリリィは――

 

「あなたが夢結のお姉さんか。

写真で夢結に見せてもらったことはあったけど、随分と雰囲気が変わりましたね」

 

「お前は……まさか……」

 

 信じられないものを見る目で、咲朱は呻くように言葉を絞り出した。

 

 一方のリリィは余裕に満ちた表情で、飄々と咲朱を見下ろしている。

 

「実際に会うのはこれが初めてかな。

はじめまして、と言っておきましょう。夢結の姉君」

 

 そのリリィは咲朱に軽く会釈した後、簡潔に、そして正確に自らの正体を名乗った。

 

「僕は白井夢結のシュッツエンゲル、川添美鈴。

そして、夢結の記憶からあなたの存在を消したリリィでもあります」

 

 

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