アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第27話 大人と子供(4)

 

「なぜお前がここにいる?

川添美鈴は甲州撤退戦で戦死したはず」

 

 目の前の現実を認められず、白井咲朱は目を見開いて美鈴の姿を凝視している。

 

「まさか、お前も蘇ったの?

私と同じようにG.E.H.E.N.A.の技術で。

――いや、そんな情報は私の知る限り存在していない」

 

 半ば自分自身に問いかけるかのように、咲朱は自らの記憶を辿り、美鈴が現れた原因を探そうとしていた。

 

 咲朱の様子を隣りで見ていた琴陽は、きょとんとした表情で咲朱の顔をのぞき込んでいる。

 

「いかがなさいました?咲朱様。

川添美鈴がどうかしたのですか?

この部屋には、咲朱様と私と結梨さん以外には誰もいませんよ」

 

「何を言っているの?どうかしているのはあなたの方よ。

今そこに川添美鈴が立っているのが見えないの?」

 

 咲朱は震える声で数メートル離れた壁際を指さしたが、それに答えたのは琴陽ではなく結梨だった。

 

「琴陽には見えてないかもしれない。

咲朱が見ている美鈴の姿は、本物の美鈴じゃないと思う」

 

 結梨の声に反応して、咲朱はぎょっとしたように視線を結梨へと移す。

 

「……随分と落ち着いているのね。

死んだはずの川添美鈴が現れたのは、これが初めてじゃないみたいに」

 

「うん、前にも同じことがあったから」

 

「どういうこと?その時の状況を詳しく話して――」

 

 咲朱が結梨に説明を求めようとした時、結梨よりも先に美鈴が言葉を発した。

 

「極めて特殊な特異点のリリィが二人集まったことによって、互いのマギが共感現象を引き起こし、その結果、僕の幻が立ち現れた――そう理解してもらえればいい」

 

「お前の姿は幻で、実体としては存在していないと?」

 

「そうだ。あなたに僕の姿が見えているのは、こういうことだ。

 

――甲州撤退戦の折にダインスレイフへ保存された僕の記憶や人格の情報は、由比ヶ浜ネストのマギを経由して結梨の身体に流れ込んだ。

 

それがハレボレボッツと命名された特型ヒュージとの戦闘時なのか、その後の身体の修復時なのかは分からないが。

 

その後の由比ヶ浜ネストの討滅と同時に、ネスト内に保存されていた僕の情報は霧消しただろう。

 

だが、結梨の体内に保存された僕の情報は今も健在で、マギが特殊なパターンの活性化を起こす時、それは共感現象によってエミュレートされ、実体と見分けがつかない幻として知覚される。

 

事実、僕が前回現れたのは、結梨が百合ヶ丘女学院の理事長と面会している時だった」

 

 百合ヶ丘女学院の理事長である高松祇恵良もまた、齢を重ねても現役時の姿を保つ強化リリィであり、おそらくは紛れもない特異点のリリィなのだろう。

 

 美鈴の姿は共感現象を起こしている特異点のリリィ――この場合は咲朱と結梨だが――にのみ知覚され、他の者には何も感じ取ることはできない。

 

「それで琴陽にはお前の姿は見えていないということね……特異点のリリィではないから」

 

「おそらくは特異点のリリィであっても、僕と何らかの関わりがある者でなければ共感現象による幻は現れないのかもしれない。

 

結梨が来夢や船田姉妹と一緒にいても、僕の幻が現れることは無かったのだから」

 

「……一応の理屈は分かったわ。

幻であったとしても、お前が現れたのは千載一遇の好機。

お前には問いただしておきたい事がある。

答えてもらうわよ、川添美鈴の亡霊」

 

 ここで会ったが百年目と言わんばかりに、咲朱は結梨をそっちのけにして美鈴の幻に食ってかかった。

 

 一方、気色ばむ咲朱とは反対に、美鈴は平静さを崩す様子は無かった。

 

 軽く息を一つつくと、美鈴は皮肉っぽく苦笑して咲朱に応じる。

 

「好きにすればいい。せっかくの機会なので、僕もあなたに自分の考えを伝えておくべきでしょうね。

――夢結の今後のためにも」

 

 剣呑な雰囲気が両者の間に漂い始め、咲朱を心配する琴陽は結梨に尋ねた。

 

「結梨さん、あなたには川添美鈴の姿が見えているんですか?」

 

「うん、そこの壁の近くに美鈴が立ってる。

今は私と咲朱だけにしか見えてない、美鈴の幻」

 

 白井夢結の実の姉とシュッツエンゲルが相対する――一人は死後蘇ったヒュージの姫、もう一人は死者の幻。

 

 先に口を開いたのは、座っていた姿勢から立ち上がった咲朱の方だった。

 

「お前は死の直前にレアスキルを使って、私の存在を夢結の記憶から消した。

夢結の愛情を自分の死後も独占するがために。

百合ヶ丘女学院のシュッツエンゲルとして品位を欠く、などという表現では到底収まらない行為よ。

死を目前にしていたとはいえ、見苦しいにも程がある。

恥を知れ、川添美鈴」

 

 咲朱は一気に言葉を吐き出し、柳眉を逆立てて美鈴の顔を正面から睨みつけた。

 

 それに対して、美鈴は告解するかのように重苦しく独白を始めた。

 

「僕の愛が歪なものであったように、夢結の愛もまたどこか健全さを欠くところがあった。

シュッツエンゲルの誓いを交わし、僕のシルトになった夢結は、僕を理想の姉として尊敬し、僕の全てを肯定して愛そうとした。

 

僕は夢結の期待に応えるために、自らの邪な部分を押し殺して夢結に接し続けた。

だが、僕も一人の人間である以上、完璧な存在であろうはずもない。

 

抑圧された僕の欲望は、折に触れて夢結の前で顔をのぞかせた。

僕はそれを隠すために、夢結の記憶からその事実を忘れさせた」

 

 夢結の愛情の対象であり続けるために、美鈴は夢結の記憶のみならず、百合ヶ丘女学院における自分の情報すらもレアスキルで改竄した。

 

 夢結の愛への執着が、夢結の愛を失うことへの怖れが、美鈴を情報の隠蔽と改竄へと駆り立てていった。

 

「何度も繰り返し改変された夢結の記憶は、次第に彼女の精神を潜在的に蝕み始めていた。

僕はその事に気づいていたが、夢結の前で自分の邪な欲望を曝け出すことは最後までできなかった。

そして、それは僕の死によって顕在化し、遂に夢結は精神の均衡を失うに至った」

 

 司祭に告解するカトリック教徒のごとく、美鈴は沈痛な面持ちで咲朱に語った。

 

 だが、咲朱は美鈴の言葉に心を動かされた様子も無く、嫌悪感を露わにして美鈴を非難する。

 

「自分の死後も夢結の愛を繋ぎ止めるために、お前は結果として夢結の心を壊した。

お前が本当の自分を夢結に見せられなかったがために、私の妹は心を病み、何年も苦しみ続けることになった。

お前は本当に罪深い存在よ、川添美鈴」

 

 半ば嘲るような、罵るような咲朱の言葉を浴びても、美鈴の態度は変わらなかった。

 

 それまでと変わらない口調で、美鈴は淡々と説明を続ける。

 

「――夢結が心を病んだ直接の原因は僕にある。

しかし、夢結が常に依存する対象を求めるリリィであったことも事実です。

 

人は一人で生きられない以上、多かれ少なかれ他者に依存することは避けられません。

 

ですが、夢結の依存は少なからず度を過ぎた部分があった。

その原因の一端はあなたにあったのではないかと、僕は思っている」

 

「……言ってみなさい、聞いてあげるわ」

 

 眉をぴくりと動かした咲朱は、美鈴に続きを促し、美鈴はそれに応じた。

 

「かつてのあなたは一人のリリィとしてあまりにも優秀だった。

百合ヶ丘女学院に在籍時はオルトリンデとジーグルーネを歴任し、卒業後は教導官として百合ヶ丘に赴任する予定だった。

 

あなたが百合ヶ丘女学院のリリィとして、歴代でも屈指の逸材だったことは疑いがありません。

ゆえに、その妹である夢結はあなたを完璧な理想の存在として崇拝し、強く依存するようになったのではないですか」

 

「そうだとして、それに何か問題が?」

 

「あなたは夢結の依存体質を知っていながら、それを改善することをせず、戦死するまで夢結を自分に依存させ続けた。

 

あなたの死によって依存の対象を失った夢結は、僕とシュッツエンゲルの契約を結び、夢結の愛はあなたから僕に向けられることになった。

 

その後の経緯は、先程僕がお話しした通りです。

そして僕が死んだ後、あなたは夢結の前に現れ、夢結の依存対象を再び自分に振り向けようとした。

 

それは自らの理想である『高み』に上るために、夢結の力が必要だったからだ。

夢結を自分と同じく一度死んで蘇ったリリィとし、自分と同じ力を得たリリィとして。

 

つまり、あなたが夢結を必要としているのは、姉妹の愛情ではなく理想を実現するための道具としてだった。

 

結局、あなたとの戦いの末に、夢結は一柳隊に留まることになった。

それは彼女自身の人格形成のためにも、最善の結果だったと僕は思っています」

 

 きっぱりと言い切った美鈴の表情は、背負っていた重荷を下ろしたかのように憂いが消えていた。

 

 だが、咲朱は憤然とした表情で怒りが収まらないようだった。

 

「よくもぬけぬけと。

お前が幻でなければ、私の手で引導を渡してやるところよ。

でも今日はいつまでもお前の相手をしていられない。

結梨と大事な話をしていたところだから」

 

 ようやく実の姉とシュッツエンゲルの確執について一段落したところで、結梨は美鈴に質問した。

 

「美鈴が現れた時に、私と咲朱の勝負に賛成できないって言ったのはどうして?」

 

「それは第一に、君と咲朱が極めて特殊なリリィだからだ。

特異点のリリィであるというだけではなく、二人ともが極端に人工的に能力を付与された存在。

 

スキラー数値やマギ保有量といった、既存の物差しでは計りきれない未知の要素が、どれだけあるか分からない。

 

能力的に計測不能なレベルのリリィ同士が、全ての力を解放して戦った時、どんな現象が発生するか、誰にも予想できないからだ」

 

 中原・メアリィ・倫夜は船田姉妹を互いに戦わせ、原初の開闢を疑似的に再現する実験を試みた。

 

 それと同等、あるいはそれ以上の超常的な現象が発生する可能性がある――美鈴が指摘したのは、そのような意味合いだった。

 

「だから、仮に手合わせのような形であっても、僕は二人が戦うことに反対する。

この意見を聞いた上で、二人はどう思う?」

 

 美鈴は先に結梨を見た。

 

 結梨は美鈴の視線を正面から受け止め、いつもの彼女らしい口調で返事をした。

 

「何が起こるか分からなくても、私はヒュージのいない世界を創りたい。

それに、咲朱と直接会って勝負できる機会なんて、次はいつになるか分からない。

だから、私はやっぱり咲朱と今勝負して、咲朱に勝ちたい」

 

「……と、この無鉄砲な女の子は言っていますが、あなたはどうお考えですか?」

 

 美鈴は諦めたように苦笑して咲朱の方を見た。

 

 咲朱はいかにも彼女らしい不敵な笑みを浮かべて、考え込むこともなく即答する。

 

「受けて立つに決まっているでしょう。

ヒュージの姫の頂点に立つこの私が、他のリリィに後れを取るなんて、あってはならないこと。

私が目指す『高み』に到達するためにも、ここではっきり力の差を見せつけて、結梨には身を引いてもらうわ」

 

 咲朱の返答を隣りで聞いた琴陽は、美鈴の姿が見えずとも咲朱の意志に完全に同意した。

 

「そうですよね!

戦って自分の進む道を切り開くのがリリィの本分。

もしケイブやネストが出現しても、私たちで戦って討滅すればいいだけのことですから」

 

 性格は違えどいずれも武闘派の三人を前にして、美鈴は頭を抱えたくなったが、最早是非も無しと覚悟を決めた。

 

「……分かった。当事者が決めたことなら仕方ない。

これから起こることは全てあなたたちの責任になる。

ただし、無関係の一般市民に被害が及ぶことだけは絶対に避けてほしい」

 

「それなら、射撃を禁止して斬撃だけの勝負としましょう。

それでいいわね?結梨」

 

「うん、それでいい」

 

「でも、結梨さんはCHARMをお持ちでないようですが……」

 

 琴陽が心配そうに結梨を見ると、結梨は全然気にしていないように琴陽に答えた。

 

「ここにある予備のCHARMを使わせてくれればいいよ」

 

「標準仕様のトリグラフならありますが、それで構いませんか」

 

「いいよ。見せてもらってもいい?」

 

「では、こちらへどうぞ。

離れの建物を武器庫として使っていますので」

 

 琴陽の後に続いて部屋を出ようとする結梨に、美鈴が声をかける。

 

「君と咲朱が一定の距離以上に離れれば、共感現象は収束し、僕の姿は消えるだろう。

その前に僕に言っておきたいことはある?」

 

「次に会える時までに、世界からヒュージがいなくなってるといいな……」

 

「同感だ。もっとも、あちらのお姉様はそう考えていないようだが」

 

「いつか咲朱にも分かってもらいたい」

 

 結梨はそう言い残して、琴陽と一緒に廊下の向こうへ姿を消した。

 

 咲朱は美鈴の姿をじっと見つめていたが、結梨が部屋を出てしばらくすると、その姿は不意に消えた。

 

「私はヒュージの姫として、来るべき世界に君臨する存在。

何者であっても私の進む道を遮ることはできない。

それを今からこの手で証明してみせるわ」

 

 自分以外誰もいなくなった部屋で、咲朱は決意を改めて言葉にした。

 

 そして自らも得物のティルフィングを装備するために、先に結梨と琴陽が向かった離れへと歩み始めた。

 

 

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