「……で、お二人はどこに消えてしまったんですの?」
「それが私にも……CHARMの刃がぶつかり合った瞬間に蒼白い光が溢れ出て、何も見えなくなってしまいました。
しばらくして光が収まった時には、もうお二人の姿は……」
「何か手掛かりはありませんの?
まさか、お二人とも光になって消滅してしまったわけではありませんでしょうに」
結梨と咲朱が決闘した広い屋敷の庭――それは登記簿上は白井建設の所有地だったが――そこで今、琴陽に詰め寄っているのは、憤然と腕組みをした司馬燈だった。
燈は琴陽と結梨を尾行して、この屋敷に辿り着き、張り込みの刑事よろしく敷地の外側から中の様子を窺っていた。
やがて待つ内に、敷地の中から激しい剣戟の音が聞こえてきた。
音は次第に激しさを増し、それが頂点に達した時、周囲一帯を蒼白く染め上げる程の光が燈の視界を灼いた。
おそらくはマギによるであろうその発光が消えた後、燈火は思い切って塀を跳び越えて敷地の中に侵入したのだった。
二人の足元には、過大なマギの負荷に耐えられず大破したティルフィングR型とトリグラフが転がっている。
どちらのCHARMも、マギクリスタルコアは粉々に砕け散って跡形も無い。
その有様からも、CHARMの持ち主が限界まで力を解放して戦ったことが窺われた。
「ど、どうすればいいでしょう?
こんなことは初めてで……」
普段の強気な態度とは異なり、おろおろという形容がぴったりな琴陽を見て、燈はふんと鼻を鳴らして腕組みを解いた。
「姿が消えたということは、ここではない別のどこかに移動、転移したと考えるのが妥当ですわ。
まずはこの屋敷をくまなく捜し、見つからない場合は捜索の範囲を段階的に広げていくのが適切ですわ」
「……わ、分かりました。
私は建物の中を捜しますので、燈さんは庭を捜していただけますか?」
「承知しましたわ。
では二手に分かれて捜索を始めましょう」
燈の言葉に琴陽は無言で頷き、足早に建物の中へと入っていった。
(先程の異常な眩しさの光は、おそらくマギによるもの。
お二人の姿が消えたことからも、単なる発光現象でないことは明らか。
もしそれがケイブのワープ作用に類するものなら、何かしらのサーチャーに引っかかっているかもしれませんわね)
そう考えた燈は胸元のポケットから通信端末を取り出し、御台場女学校へ連絡を取るべく細い指先で端末のキーを打ち始めた。
結梨と咲朱が姿を消してから一時間後、太陽は高層ビルの陰に隠れ、街には夕闇が次第に忍び寄りつつあった。
依然、二人の行方は杳として知れなかったが、事の性質上、多人数での大規模な捜索を行うわけにはいかなかった。
また、当該エリアでのケイブ発生に類似した反応は、咲朱の屋敷では観測されておらず、ワープアウトに相当する情報も得られなかった。
御台場女学校は警察にも「北河原ゆり」名義で捜索願を出したが、現時点では手がかりは何も得られていなかった。
結梨が行方不明となった知らせは鎌倉府の百合ヶ丘女学院にも届き、捜索のために東京エリアにLGロスヴァイセを派遣するかどうかの議論が交わされていた。
理事長室に参集した三人の生徒会長とロザリンデは、理事長代行の高松咬月を前に、それぞれの考えを口にしていた。
「前回はジャガーノートにケイブへ投げ込まれて行方不明。
今回は『御前』と決闘中に謎の発光現象が起こって行方不明。
どちらも不可抗力とはいえ、よくよくMIAに縁があるリリィね、結梨ちゃんって」
手のかかる子供を持った母親のように秦祀がぼやくと、同じ2年生の内田眞悠理が顎に手を当てて、祀の言葉を反芻する。
「missing in action……作戦行動中行方不明、または戦闘中行方不明。
思えば最初のハレボレボッツとの戦いでも、爆発に巻き込まれて行方不明になっていたわね」
当時、海岸で結梨を発見したLGロスヴァイセのロザリンデは、その時の状況を思い出しながら祀に話しかける。
「これまでのいずれも結果的に見つかっているわけだから、今回もそうだといいけど」
「でも、いくら休暇中の行動であっても、まさか『御前』と決闘するなんて……向う見ずにも程があります」
「声をかけて来たのは向こうからだったそうよ」
「一体、何の目的で?
また結梨ちゃんを自分の陣営にスカウトしようとしたんですか?」
「いいえ、違うわ。
防衛軍が進めている新戦術の計画にこれ以上関わるな、と要求してきたそうよ。
もし首尾よく防衛軍の計画がトントン拍子に進んで、世界からヒュージが全て駆逐されてしまったら困るんですって」
「従えるべきヒュージのいない『ヒュージの姫』なんて、様にならないですものね」
咲朱の顔を思い浮かべたのか、祀はこれ見よがしに遠慮の無い皮肉を口にした。
一方のロザリンデは、苦々しい表情を隠さずにいられなかった。
「それは向こうの身勝手な都合に過ぎないわ。
私たちの最終目標はヒュージとケイブを全て討滅し、ヒュージとの戦いを終わらせること。
それを阻もうとする者は私たちの敵であり、同じリリィであっても許すわけにはいかないわ」
「まあ、手に入れた絶大な力を手放したくない、そのエゴは満更分からないでもありませんけど」
「あなたが言うと冗談に聞こえないから止めていただけないかしら、祀さん」
ブリュンヒルデの出江史房が形の良い眉をしかめて祀を見たが、当の祀はわざとらしく肩をすくめて苦笑いするだけだった。
「あら、私は夢結さんのお姉さんみたいに世界を支配したいなんて野望は、これっぽっちも持ってません。
私はただ、ヒュージに奪われた土地を取り戻して、亡くなった人々の魂が安らかに眠れるように望んでいるだけです。
力はその目的を達成するための手段でしかありません。
ですから、目的を誤らない限りは躊躇なく行使すべきだと思います」
「その矛先には充分に注意してね、と申し添えておくわ」
オルトリンデ代行、級長連絡会議議長、LGエイル隊長を兼務する祀は、百合ヶ丘女学院における権力を自らの身に着々と集中させつつある。
だが、百合ヶ丘のリリィの中には、祀とLGエイルへの権力集中を快く思っていない者も決して少なくない。
特にLGサングリーズルやLGアールヴヘイムは、彼女が率いるLGエイルと折り合いが良くないことは周知の事実だった。
自分やロザリンデを含む3年生が卒業した後、レギオン間での勢力争いが表面化しなければいいが、と史房は気を揉まずにはいられなかった。
しかし、今は将来の懸念に気を取られている場合ではなかった。
「百合ヶ丘女学院としては、結梨さんの捜索にLGロスヴァイセを派遣するかどうか、この場で決める必要があるわ」
史房はロザリンデの意思を確認するように彼女の顔を見た。
その視線を受けて、ロザリンデは史房の意を汲んだかのように小さく頷いた。
「白井建設の所有地での異常な発光現象は、他のガーデンも感知している可能性があるわ。
ケイブ発生に類する反応は観測されなかったけれど、何からのイレギュラーなマギの反応が起きたことは間違いない。
現在、結梨ちゃんの捜索に当たっている御台場女学校以外にも、この事象を調査しているガーデンがあってもおかしくないわ」
「だとすると、結梨さんが第三者のガーデンに発見されることは避けないと」
「もし敵対的なガーデンが結梨ちゃんを発見した場合は、武力で奪還せざるを得ない可能性があるわ。
そしてそれとは別に、『御前』が一緒にいた場合、結梨ちゃんを人質に取って、防衛軍の計画から手を引くように要求する可能性も考えられる」
事ここに至っては、LGロスヴァイセを捜索に派遣しない選択肢は存在せず、生徒会長の三人とロザリンデは、高松咬月にLGロスヴァイセ出動の直命を求めた。
「……」
四人のリリィの会話を黙って聞いていた咬月が口を開こうとしたその時、彼の机の上の電話が不意にコール音を鳴らし始めた。
咬月が電話に出ると、受話器の向こう側から女性の声が聞こえた。
聞き慣れたその声は、教導官の吉阪凪沙のものだった。
「吉阪です。緊急の用件につき失礼します。
理事長代行宛てにエレンスゲ女学園から連絡が入っています。
回線を繋ぎますので、ご対応をお願いします」
「エレンスゲだと?
向こうから直接連絡を取ってくるなど、聞いたことがないが……」
咬月の言葉を聞いた四人のリリィに緊張が走り、咬月の反応をじっと待つ。
数秒の後、回線が切り替わる音が受話器から聞こえ、咬月の耳に別の女性の声が伝わってくる。
「……聞こえていますでしょうか。エレンスゲ女学園の者ですが」
それは大人の女性の声だったが、年齢は吉阪教導官とそれほど変わらないように感じられた。
「百合ヶ丘女学院理事長代行の高松咬月です。
教導官の方でしょうか。ご用件は――」
「校長の高島八雲と申します。
急ぎお伝えしたいことがあって、不躾ながらご連絡させていただきました」
「な……」
咄嗟に返す言葉を失った咬月に、八雲はゆっくりと言い聞かせるように告げる。
「――貴校から御台場女学校へ一時編入中の『北河原ゆり』さんを、エレンスゲで保護しています」