ロザリンデに背負われてミーティングルームに入ってきた結梨の姿を一目見て、伊紀は思わず息を呑んだ。
結梨の着ている制服には至る所に土や泥の汚れが付着しており、布地が裂けていたり擦り切れていたりしている箇所もいくつかあった。
思わず伊紀はロザリンデと結梨のもとに駆け寄り、結梨の顔を覗き込んだ。
「だ、大丈夫ですか?どこか大きなケガとかしてないですか?
もしあれば私のレアスキルですぐ治療しますから」
「平気、どこもケガしてないよ。ちょっと疲れて動けないだけ」
結梨はあちこちに汚れのついた顔で、事も無げに答えた。
「本当に?気づいていないだけで骨や関節に異常は……」
「たぶん無いと思うわ。お二人は毎日そんな感じで部屋に戻ってきてるけど、翌日は何事もなく起床して訓練に出て行ってるから。
伊紀は今日初めて訓練帰りの姿を見たから心配でしょうけど」
動転した様子で結梨へ話しかける伊紀に、碧乙が冷静に説明した。
「ええ、毎日の訓練が終わった時点で結梨ちゃんの全身をチェックしているけど、今日まで擦り傷以上のケガをしたことは無いわ。
制服は予備を大量にガーデンに要求してるから、いくら着潰しても気にしなくていいようにしてあるし」
そう言ったロザリンデの制服にもそれなりの汚れや傷みはあり、それが訓練の激しさを物語っていた。
ロザリンデは結梨の体をソファーに寝かせると、その横に座って結梨を膝枕する形になった。
「では本日のミーティングを始めることにしましょうか」
「先に着替えとかお風呂とかしなくていいんですか?そのくらいお待ちしますよ」
「いえ、もうこの生活に慣れてしまったから、このままミーティングして、その後でゆっくり休ませてもらうわ」
ロザリンデは自分の膝に乗せた結梨の頭を優しく撫でながら碧乙に言った。
その様子を見た碧乙は、伊紀のそばに顔を寄せて耳打ちした。
「どう見ても親子よね、あの姿」
「どう見ても親子ですね、あの姿」
「どうかして?」
「いえ、お気になさらず。こちらの話です。
しかし、いつもながら壮絶な状態で戻って来られますね。
今日の訓練メニューはどんなものだったんですか」
「今ロザリンデと一緒に訓練してるのは、『ブービートラップ』と『アンブッシュ』だよ」
碧乙の問いかけに答えたのは、ロザリンデではなく結梨の方だった。
「……」
碧乙と伊紀はその返事に絶句して、とっさに返す言葉が見つからなかった。
仕掛け罠と待ち伏せ攻撃、確かにそれらはゲリラ戦ではごく普通の基本的な戦術だ。
しかしそういった単語が結梨の口から出てくると、碧乙と伊紀は何とも複雑な心境になって顔を見合わせてしまった。
「何というか、まるで動物園のパンダかコアラに自動小銃やバズーカを持たせてるみたいな感じね」
「異常なまでのギャップ感がありますね。シュールレアリズムってこういう時に使う言葉でしたっけ」
「ロザリンデ様は一体どんな状況を想定なさって、この訓練を続けられているんですか?」
伊紀に訓練の目的を尋ねられたロザリンデは、先日眞悠理に話した内容を碧乙と伊紀にあらためて説明した。
「そうですか、下手をすると数年間は山中や廃墟でサバイバル生活を続けなくてはならなくなる可能性があるということですね。
しかもその場合はヒュージやG.E.H.E.N.A.の強化リリィとの戦闘も視野に入れておかなければいけない、と」
「特にG.E.H.E.N.A.からは配下の強化リリィに対して『一柳結梨の生死を問わず連れ帰れ』という命令が出されるかもしれない。
そうなっても生き抜けるように、私が持っている戦闘技術はすべて身につけてもらうつもりよ」
「うわぁ……そりゃ結梨ちゃんが毎日ぼろぼろの姿になるのも道理ですね」
「でも結梨ちゃんの戦闘センスは素晴らしいわ。
大した経験もない段階で、百由さん入魂のメカヒュージからの攻撃を防ぎきって十字斬りにしたのは、まぐれではなかったということね。
このまま訓練が順調に進めば、そう遠くないうちに一人でラージ級を倒せるところまで行けると予想しているわ。もちろんレアスキルを一切使わずに」
飛び抜けた才能の特待生を発掘して惚れ込んだコーチのように、ロザリンデの言葉には熱がこもっていた。
「さて、訓練の話はこのくらいにして、そろそろ今日の本題に入りましょうか」
そう言うと、ロザリンデは制服の内ポケットから一枚のIDカードを取り出して、ソファーの前のローテーブルに置いた。