アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第27話 大人と子供(8)

 

 結梨は咲朱との決闘の末に、自分がエレンスゲの関連施設――十中八九ラボであろう建物の中で目覚めたことを知った。

 

 マギを使い果たしてベッドに横たわる自分の目の前にいるのは、そのエレンスゲ女学園の校長である高島八雲と名乗る女性。

 

 彼女は結梨のベッドの傍にある丸椅子に腰かけ、二人の距離は1メートルに満たなかった。

 

 ルドビコ女学院の体制が事実上崩壊した現在、エレンスゲ女学園は東京エリアにおける親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの筆頭となっている。

 

 この状況は以前、シエルリント女学薗で拘束された時以上に、結梨に身の危険を感じさせるものだった。

 

「どうして私の名前を知ってるの?」

 

「服の胸ポケットに、生徒手帳を兼ねたあなたのIDカードが入っていました。

着ていた服はひどく損傷していたので、私の判断で着替えさせてもらっています」

 

 そう言われて初めて、結梨は自分が入院患者が着るような病衣を身に纏っていることに気づいた。

 

「もちろん、『北河原ゆり』があなたの本名でないことは知っています」

 

「……どうやって私を見つけたの?」

 

「あの場所にLGクエレブレのリリィを派遣したのは、始めからあなたを捜索するためではありませんでした。

 

数時間前、ガーデンの南西方向に、これまでに見たことの無いマギの特異なエネルギー反応が観測されたためです。

 

この反応は通常のサーチャーで捉えることはできず、ラボの研究用観測機器でのみ感知可能なものでした。

 

情報は直ちにエレンスゲのラボから私へと報告され、私は状況確認のために現地へ麾下のレギオンを派遣したのです」

 

 その結果、LGクエレブレのリリィは『御前』と『北河原ゆり』を発見し、後者のみをエレンスゲに収容できたと、高島校長は語った。

 

「エレンスゲがあなたを保護していることは、百合ヶ丘女学院とお台場女学校の両校に連絡済みです。

マギが完全に回復するまでの数日間、あなたにはこの施設で休養を取ってもらいます」

 

 淡々と説明を続ける高島校長を見て、結梨は彼女の真意を測りかねていた。

 

 ここがエレンスゲ女学園の一部であり、エレンスゲが親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンである以上、高島校長が結梨を解放する理由は存在しないように思われた。

 

「私はここから出られないの?」

 

「マギが回復するまでは、あなたはここで休んでいなくてはいけません。

その後のことは、追ってお知らせします」

 

 やはり簡単にエレンスゲの外へ出ることは叶わないと、結梨は消沈しかけた。

 

 だが、続く高島校長の言葉は意外なものだった。

 

「百合ヶ丘や御台場の関係者をエレンスゲの中へ入れることはできません。

私が考えているのは、あなたの身柄を国定守備範囲の境界で、百合ヶ丘あるいは御台場の関係者に預けることです」

 

 それを聞いた結梨は驚きを隠せなかった。

 

「マギが回復したら、ここから出られる?」

 

「ええ、そうです。何か疑問が?」

 

「私はもう、ここに閉じ込められて出られないと思ってた……」

 

「そのような命令はどこからも受けていません。

G.E.H.E.N.A.からの指示は、マギが回復次第、一柳結梨の身柄を解放せよ。

そして、この件に関してはエレンスゲの関係者に一切の口外を禁止すると。

エレンスゲを出るまでの間、あなたの身の安全は私が――いえ、正確にはG.E.H.E.N.A.が保証します」

 

「どうして?」

 

「何がですか?」

 

「校長先生の言ってることが分からない。

もともと、G.E.H.E.N.A.は私をヒュージとして捕まえようとしたのに」

 

「それはあなたが単なる使い捨ての代替戦力として認識されていた当時のことです。

現実には、あなたはG.E.H.E.N.A.が想定していなかった規格外の能力を持っていました。

 

後の調査で、人造リリィ計画に携わっていたグランギニョル社の研究者だった人物――岸本教授が、あなたの遺伝子に独断で全面的な改変を加えたことが明らかになっています。

 

つまり、当時とは状況が全く異なっているのです」

 

「今のG.E.H.E.N.A.は私のことをどう考えてるの?

校長先生は私の味方なの?」

 

「残念ですが、私はあなたの味方ではありません。

それはG.E.H.E.N.A.も同じです」

 

「やっぱり、エレンスゲが親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンだから……」

 

「ですが、私もG.E.H.E.N.A.も、あなたを敵に回したいとは思っていません」

 

「敵でも味方でもない……?」

 

「こう言えば理解してもらえるでしょうか――今のところG.E.H.E.N.A.の上層部は、白井咲朱や一柳結梨との敵対を望んでいない、と」

 

 自分と咲朱が同じ括りにされていることに結梨は違和感を持ったが、さも当然のように高島校長は話を続ける。

 

「白井咲朱・一柳結梨の両名に関しては、G.E.H.E.N.A.に対する人的・物的な破壊行為を行わない限り、原則として不干渉とする方針が内々に決定されています。

 

白井咲朱については、百合ヶ丘のかつてのエースリリィが戦死後にG.E.H.E.N.A.の技術で蘇り、今やヒュージの姫の頂点として、世界の行く末を左右しかねない存在となっている――そのような事実、公にできようはずもありません」

 

 高島校長は結梨の右手中指に嵌っている指輪をちらりと見た。

 

「そして一柳結梨は当初の想定から外れ、リリィとして究極的な能力を先天的に備えた『超人』が生み出された――それもG.E.H.E.N.A.に対して叛意を示した研究者の手によって。

 

彼女は白井咲朱と同様に、望みさえすれば人類の頂点に君臨することも不可能ではない――そうG.E.H.E.N.A.は考えています」

 

「私はそんなこと望んでない……」

 

「白井咲朱や一柳結梨のようなリリィは、今やG.E.H.E.N.A.にとって鬼子に等しい存在。

迂闊に彼女たちを敵に回せば、G.E.H.E.N.A.が壊滅的な損害を被る可能性ありと判断されたのです」

 

「私は今、マギを使い切って動けないよ。

それでもG.E.H.E.N.A.は私を捕まえておこうとしないの?」

 

「あなたを拘束しない理由の一つは、今のあなたは防衛軍の新戦術計画に参加している、いわば軍の関係者だからです。

あなたを不当に拘束すれば防衛軍が事態に介入し、G.E.H.E.N.A.は軍を敵に回すことになります。

そしてもう一つは、あなたを生み出した研究者――岸本教授のことがあるからです」

 

 高島校長は岸本教授と面識があるのか否か、それを彼女の表情から窺い知ることは、結梨にはできなかった。

 

「今や人造リリィの研究と開発のノウハウは失われ、計画は無期限に凍結されています。

 

岸本教授はコアとなる研究資料を全て廃棄し、その知識と情報は、今や彼の頭の中にしか存在しません。

 

そして彼の身柄は、穏健派のガーデンであるイルマ女子が秘密裏に匿っていることが分かっています。

 

岸本教授は自分の娘である岸本・マリア・未来と岸本・ルチア・来夢が、強化リリィにされたことを深く悲しみ、悔やんでいます。

 

その事実を考慮すると、あなたを実験の被験者にした場合、彼が何らかの報復や復讐に目覚めないとも限りません。

 

白井咲朱や一柳結梨や岸本教授が、本気でG.E.H.E.N.A.を攻撃する意志を持てば、どのような事態に発展するか――G.E.H.E.N.A.はそれを危惧しているのです。

 

最早かつてのルド女のように、力づくで抵抗勢力を排除する方法は取れないのです。

これで分かってもらえましたか?一柳結梨さん」

 

「うん、分かった。

私はG.E.H.E.N.A.を壊したいとは思ってない。

でも、G.E.H.E.N.A.の実験に苦しんでる強化リリィを助けることはやめない」

 

 その点に関して、結梨は譲歩するつもりは微塵も無かった。

 

 ベッドに横たわったまま毅然と宣言した結梨に、高島校長は穏やかに微笑んだ。

 

「それは問題の構造全体に影響するものではないので、G.E.H.E.N.A.は関知しないでしょう。

 

事実このエレンスゲでも、常軌を逸した過度の強化実験にのめり込む者は後を絶ちません。

つい先日も生徒に対する過剰な実験の疑いで、一名の教職員を更迭したばかりです。

 

反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの特務レギオンが、そのような実験の被験者を救出するのなら……私個人としては、それを看過しても構わないとさえ考えています」

 

 高島校長は何事かに思いを巡らせているかのように目を伏せていたが、ふと気を取り直すように咳払いをした。

 

「……つい話し過ぎてしまいました。

私の方からも質問させてもらいます。

――あなたは発見された場所で気を失っていたそうですが、それまでの状況を覚えていますか?」

 

「別の所で咲朱と一対一の勝負をしてたら、CHARMがぶつかった瞬間にすごい光が出て、それっきり何も分からなくなったの」

 

「二人のマギが臨界に達して特異な反応を起こし、別の空間座標に転移したか……

どうしてあなたと白井咲朱はそんなことをしたの?」

 

「私はヒュージとの戦いを終わらせて、ヒュージのいない世界を創りたい。

でも、咲朱はヒュージの姫として、ヒュージのいる世界で自分の望みを叶えたい。

それで、負けた方は勝った方の邪魔をしないっていう条件で、咲朱と勝負したの」

 

「……おおよその事情は分かりました。

第三者から言わせてもらえば、あなたがその気になれば、白井咲朱と組んで世界の頂点に君臨することも、決して夢物語ではないと思いますが――」

 

 結梨は寝たままの姿勢で首を弱々しく振って、高島校長に否定の意志を表した。

 

「私はそんなことしたくない。

力で誰かを従わせるのは間違ってる」

 

「だから白井咲朱と勝負して、彼女を止めようとしたのですね。

その勝負自体が、力によって勝者の言い分を敗者に強いるものではありますが」

 

「私は誰とも戦いたくない。

咲朱が私の言うことを受け入れてくれたら、戦わなくてもいいのに……」

 

「ヒュージの姫である白井咲朱は普通の人間と違い、ヒュージと共存できるリリィです。

ヒュージの姫は人類から進化した新しい種として、この世界における来るべき時代の覇者となる存在なのかもしれません」

 

「でも、ヒュージの姫以外の人はヒュージと共存なんてできない」

 

 高島校長はあくまでも客観的な視点に立ち、自分の存在すらも捨象しているかのような言葉を吐く。

 

「この先も人類は永遠にヒュージと戦い続けるのか。

それともヒュージの姫が世界を支配する時代が訪れるのか。

あるいはまた、ヒュージを滅ぼし、戦いに終止符を打つことができるのか。

ヒュージは人類にとって天敵、ではヒュージの姫は人類にとって何なのでしょう」

 

「ヒュージがいなくなったら、ヒュージの姫はヒュージの姫じゃなくなる。

ヒュージがいなくなったら、ヒュージの姫も私たちと同じになるのに」

 

 ヒュージを使って世界を支配するという考えを、どうしても結梨は受け入れることはできなかった。

 

 だが、それは同時に、これからも咲朱と戦い続けなければならないという運命を、結梨に背負わせる結果となっていた。

 

 高島校長は安易に結梨の味方をすることなく、結梨が自分で考えることへと導く態度を保ち続けた。

 

「どの未来が正しいのか、私は語るべき言葉を持ちません。

ですが、あなたに伝えておきたいことはあります。

 

世界を変えるのは力を持つ者の意志と選択の結果であり、あなたもまた白井咲朱と同じく、その力を持つ者の一人なのだと。

 

それは望むと望まざるとにかかわらず、あなたという人間に課せられた運命なのです」

 

「私はヒュージのいない世界を創りたいけど、咲朱と戦って傷つけることもしたくない。

どうしたらいいのかな……」

 

「今ここで答えを出す必要はありません。

あなたの周りには何人もの仲間や大人たちがいるはずです。

その人たちと一緒に何度も粘り強く考え抜くことです。

今は休んで身体を回復させることに専念しなさい」

 

「うん……」

 

 高島校長に促されて結梨は目を閉じ、やがて深い眠りの底へと意識は沈んでいった。

 

(この子が人類の未来を左右するかもしれないリリィの一人……

佐々木藍と岸本・ルチア・来夢も、今後の覚醒次第では白井咲朱に匹敵するヒュージの姫となる可能性がある。

世界の行く末を決めるかもしれない少女たちの存在を、ほとんどの人々は知らない。

人々の知らないところで世界の運命は決していく……それが幸福か不幸か、私に分かるはずもない)

 

 結梨が眠りについたことを見届けて、高島八雲は病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後に結梨がエレンスゲでの休養を終えて百合ヶ丘女学院に戻り、季節が変わろうとする頃、ナノマシンを使った防衛軍の新戦術計画は、次の新たな段階に進もうとしていた。

 

 

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