アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第28話 運命の日(4)

 

 三浦半島の東岸に位置する旧米海軍横須賀基地、その正面ゲートから東京環状道路16号線へと伸びる広い道路の中央に、結梨と葵は立っていた。

 

 基地の中は人影も無く静まり返っている。

 

 ギガント級ヒュージ出現の情報が入った時点で、作戦は一時中断の命令が下され、基地要員の全員が地下深くの対爆シェルターに避難していた。

 

 二人の視線の先には、一柳隊の前に現れた時と同じく、黒いドレスのような戦闘服を着た『御前』こと白井咲朱と戸田琴陽が、ゆっくりと結梨と葵の方へ近づきつつあった。

 

 咲朱はR型のティルフィング、琴陽はトリグラフを携えているのも当時と同じ、もっとも今は相対するリリィは九人ではなく二人だけだったが。

 

 咲朱と琴陽は、10メートルほどの距離まで結梨たちに近づいたところで足を止めた。

 

「やはりここで待ち構えていたのね。

そちらのリリィは有名人ね。

初めましてかしら?石川葵さん」

 

 結梨の隣りに立つ葵の姿を見て、咲朱は余裕に満ちた表情で微笑んでみせた。

 

 それに対して葵は咲朱とは対照的に、仏頂面で咲朱に応じる。

 

「直接こうして顔を合わせるのは初めてかもね。

あんたのことは調べさせてもらったわ、『御前』」

 

「どうして私のことを知っているのかしら?

隣りにいる子から私のことを聞いたの?」

 

「いいえ、あんたが東京で一柳隊の前に初めて現れた時、私も同じ戦場にいたからよ。

後で一柳隊から聞いたわ――『御前』と名乗る謎のリリィが、白井夢結様を誑かそうとしたってね」

 

 咲朱の眉が僅かに動き、急に剣呑になった目で葵の顔を睨む。

 

 針のような視線を向けられた葵は、だが、全く動じる気配を見せずに話を続ける。

 

「まさか、あんたが夢結様の実の姉だったとはね。

百合ヶ丘女学院で将来を嘱望されていた生え抜きのリリィが、教導官赴任目前で戦死。

その後G.E.H.E.N.A.の技術で生き返り、今はヒュージの姫の頂点に君臨――なんて、とても世間一般に公開できる情報じゃないわね」

 

 黙って葵を睨みつけ続ける咲朱から、葵はその一歩後ろに控えている琴陽に視線を移した。

 

「そしてルド女の戸田・エウラリア・琴陽は、G.E.H.E.N.A.の密偵でありながら、『御前』と名乗る謎のリリィに情報を流していた。

スパイ行為が発覚した彼女はルド女を追われ、洗礼名も失って『御前』と共に地下へ身を潜めることとなった。

そして今、防衛軍のヒュージネスト討滅作戦を妨害するために、『御前』の腹心としてここに現れた……間違いないわね?」

 

 葵から事実を突きつけられた琴陽は、葵の視線を正面から受け止めながら問い返す。

 

「葵さんはどうやって私たちのことを調べたのですか?」

 

「結構苦労したのよ、あんたたちの正体を調べるのは」

 

 下北沢を始めとする東京での戦いに区切りがつき、相模女子に戻った葵は、『御前』の情報を求めて生徒会とガーデンの機密資料を漁るのみならず、防衛軍の付属機関である対ヒュージ戦略研究室に入り浸った。

 

 それは対ヒュージ戦略最高司令官である石川精衛の娘、という立場を最大限に利用した際どいものだった。

 

 だが、結果として葵は独力で第一級のヒュージ関連機密情報である『御前』の正体に辿り着くことができた。

 

「ヒュージの姫の力を使って人類の支配者になろうだなんて、陳腐な野望にも程があるってものよ」

 

 葵は手に持ったトリグラフの切っ先を咲朱に向けて糾弾した。

 

 一方の咲朱は、傲然とした表情で葵の指摘を受け止め、何が悪いのかといわんばかりの態度で自らの持論を述べる。

 

「ヒュージとヒュージの姫は、地球の新しい生態系に組み込まれ、現生人類に代わって食物連鎖の頂点に立つ存在。

最も強い力を持つ者が、生態系の最も高い地位に君臨する。

とても単純で、これ以上なく明快なルールだと思わない?」

 

「人間はヒュージの食べ物じゃないし、ヒュージの姫に支配される存在でもないわ。

あんたの身勝手な理想とやらに従ってたら、人類は皆ヒュージの姫に唯々諾々と従うだけの人生を強いられる。

そんな未来を受け入れられるわけないでしょう」

 

「これまでの歴史で数えきれないほどの生物を絶滅させ、野生動物を家畜として飼い馴らしてきた人類が、それを言うことこそ笑止だわ」

 

 諧謔と皮肉に満ちた嗤いを浮かべる咲朱に対して、結梨が葵の前に出た。

 

 結梨は、彼女には似つかわしくない憂いに満ちた表情で、咲朱の目を見つめて問う。

 

「咲朱、どうしてもヒュージのいない世界を創ることには反対するの?」

 

「私はヒュージの姫だから、ヒュージのいない世界では目指す『高み』に上ることはできない。

ヒュージの姫はヒュージの存在する世界でこそ、その存在理由を見出すことができる。

だからヒュージとヒュージの姫は、人類に卓越して人類を支配する存在でなければならないのよ。

それを邪魔しようとする者は、何者であっても私の力で排除するわ」

 

「リリィの力はヒュージと戦うためのもので、リリィ同士で戦うためのものじゃない。

こんな戦いはもうやめよう。

ヒュージのいない世界で、みんなで仲良く生きよう」

 

 だが、懇願に似た結梨の呼びかけにも、咲朱が耳を貸すことは無かった。

 

「言葉で私を説得できないことは、誰よりもあなた自身がよく分かっているはず。

だから、そんな完全武装で私が来るのを待ち構えていたのでしょう?」

 

「そんなこと――」

 

 上手く言い返すことができずに結梨は唇を嚙む。

 

 確かに今、自分が武装を解除したところで、咲朱は躊躇なく自分を倒して先に進む――結梨にはそれが分かっていた。

 

 それを見透かしたかのように、咲朱は畳みかけるように言葉を続ける。

 

「あなたたちに自分たちなりの正義や理想があるように、私にも実現したい世界がある。

それを希望と呼ぶか野望と呼ぶか欲望と呼ぶか。

そんなもの、それぞれの立場によって認識が異なる主観でしかないわ」

 

 咲朱はゆっくりと前に歩を進めながら、結梨たちとの距離を詰めていく。

 

「私たちはどちらも、自分の望みを叶えるためにリリィとしてこの場に立っている。

それなら、リリィとして能力の優れている方が望みを叶えるのは道理。

今こそ望みを実現するために雌雄を決する時、ここから先は言葉など無用。

防衛軍の作戦は私の手で阻止させてもらうわ」

 

 ティルフィングを正面に構えつつ、結梨に近づいてくる咲朱。

 

 その前に立ちはだかるべく葵が身を動かした時、突如として空気を切り裂く斬撃が横から襲い掛かってきた。

 

 葵は両手に持ったトリグラフでその斬撃を受け止める。

 

 襲撃者は葵と同じくトリグラフを得物とする琴陽だった。

 

 琴陽の頬は興奮で紅潮し、その瞳はこれ以上ない手合わせの相手を逃すまいとする、狂気にも似た輝きを帯びていた。

 

「流石です、石川葵さん。

スピード系ファンタズムの使い手にして、スキラー数値90オーバー。

『蒼き皇女』と呼ばれるあなたの力、存分にこの私に示してください。

あなたほどのリリィが相手なら、私のゼノンパラドキサS級も使い甲斐があるというものです」

 

「この戦闘狂が――そんなに手合わせがしたいのなら、手加減なしで相手してやるわよ。

そっちのゾンビリリィは金縛りみたいな術を使ってくるようだから、私向きじゃないわ。

ゆりに任せる」

 

 ゾンビ呼ばわりされた咲朱は憤然とした顔で葵を睨みつけたが、今は葵の相手をしている時ではなかった。

 

 エインヘリャルとトリグラフを同時に装備した結梨を見て、咲朱は油断なくティルフィングを正眼の位置に構えた。

 

「では、こちらもあの時の続きを始めるとしましょうか。

あの時は互いのマギが過剰に同調して空間転移を引き起こしたけど、それが分かっていれば未然に防ぐことは難しくない。

あの忌々しい川添美鈴の幻も、共感現象が起きないように私のマギをコントロールすれば、出ては来れない」

 

 事ここに至っては、最早咲朱との再戦は避けられないと結梨は決断した。

 

「私はヒュージのいない世界を創りたいから、咲朱を止めないといけない。

だから――ごめん、咲朱」

 

 言い終えると同時に結梨の姿は消え、瞬時に咲朱の直前に出現する。

 

 両手に持った結梨のトリグラフが一閃し、ティルフィングの刀身とぶつかり合って火花を散らす。

 

 結梨の初撃を難無く受け止めた咲朱は、満足げに頷いて笑みを浮かべた。

 

「そう、それでいいのよ。

生きることは戦うことであり、戦いに勝った者だけが己の望みを叶える。

力無き言葉は無力であり、力によって生き残った者が次の時代の覇者となる。

それこそが、この世界が生きとし生ける全ての存在に課した運命。

そして、私はあなたに勝って、私が目指す『高み』に上ってみせる」

 

 これ以上の言葉は無用とばかりに、咲朱は連続して斬撃を繰り出していく。

 

 大型のティルフィングによる斬撃を、分離させたトリグラフでまともに受け止めることはできない。

 

 結梨は紙一重で咲朱の攻撃を受け流しながら、エインヘリャルのマギビットコア全てを腰のユニットから分離させ、空中に飛翔させた。

 

(咲朱との距離を開ければ、空からマギビットコアで攻撃できる。

その隙を作らないと)

 

 単騎で一柳隊の全員を相手に渡り合った咲朱の技量は、一騎当千という言葉すら生ぬるく感じさせるものだった。

 

 その太刀筋は寸分の狂いも無く、必殺の軌道を描いてあらゆる方向から結梨に襲い掛かり、こちらから斬り返す隙を見出すことなど到底不可能に思えた。

 

 だからと言って前回の戦いのように、一撃に全てを懸けた攻撃を仕掛けることはリスクが大きすぎた。

 

 今は防衛軍の作戦を妨害させないために、つまり基地と弾道ミサイルの発射装置を防衛するために戦っている。

 

 戦いに敗れる事はすなわち基地防衛任務の失敗を意味する以上、一か八かの選択肢を選ぶことは許されるものではなかった。

 

 正面からの斬り合いで防戦一方の状態を続けていた結梨は一計を案じ、縮地S級を発動して咲朱から約20メートルの距離に後退した。

 

 同時に、上空に待機していた5機のマギビットコアが、直上の死角から咲朱に対してビームを発射する。

 

 その攻撃の全てを回避することはできず、5本のビームのうち少なくとも一つは咲朱に命中するはずだった――致命傷とならないようにビームの出力は抑えられていたが。

 

 だが、咲朱は難無く4本のビームを回避し、残る1本のビームをティルフィングの刀身で受け流した。

 

 マギビットコアの5本のビームはアスファルトの地面を溶かし、路面には直径数十センチの深い穴が穿たれた。

 

「悪くない攻撃だったけど」

 

 マギビットコアの攻撃を全て防ぎ切った咲朱は、結梨に向き直ってやや失望したように問うた。

 

「あなたは私には決して勝てない。どうしてか分かる?」

 

「……」

 

「あなたには私を殺してでも任務を遂行しようとする覚悟が無い。

さっきの攻撃も急所を狙ったものではなかったし、ビームの威力も最大出力ではなかった。

私を殺す気で攻撃していれば、ティルフィングの刀身を融解させ、私に命中させることもできたかもしれないのに」

 

「人を殺すなんて私にはできない。

できることなら、CHARMだけを壊して咲朱に戦いをやめさせたい」

 

「そう、それが私とあなたの決定的な違い。

私はあなたを殺しても、私と同じように生き返らせてヒュージの姫にしてあげられる。

だから、命中すれば致命傷となるような攻撃でも、私は躊躇なく繰り出すことができる。

あなたがいくら優れた戦技コピー能力を持っていても、この違いがある限り、あなたは私には決して勝てない――そういうことよ」

 

 咲朱の言葉に結梨は沈黙するしかなかった。

 

 もとより、結梨は咲朱が憎くて戦ってるわけではない。

 

 説得が無理なら、相手のCHARMを破壊して戦闘不能の状態にする――それが最善手だと信じてはいたが、咲朱はそれが通用する技量の相手ではなかった。

 

(私じゃ咲朱には勝てない。どうすれば……)

 

 葵と琴陽は50メートル程離れた場所で、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

 両者ともスピード系のレアスキル持ちであり、お互いに決定的な一撃を相手に与えることは困難な状態だった。

 

(このままロザリンデたちが戻るまで、持ちこたえられれば……)

 

 一対一での勝負に拘泥せず、ロスヴァイセとシグルドリーヴァがギガント級を含むヒュージの一群を討滅し、こちらへ合流すれば戦況は一変する。

 

 対人戦闘の能力に限定すれば、一柳隊と特務レギオンの間には圧倒的な差がある。

 

 特務レギオン二隊を同時に相手にしては、いかに『御前』といえど苦戦を強いられるのは間違いない。

 

(ロスヴァイセとシグルドリーヴァは、もうノインヴェルト戦術を始めてる?)

 

 結梨が咲朱から注意をそらさずに遠方を眺めると、北西の方角2キロメートル程の距離に、低空を飛び交う光の球体が目に入った。

 

 山の陰になって視認できないが、ギガント級がその付近にいることは推測できた。

 

(マギスフィアのパス回しが進んでる。

ギガント級にノインヴェルト戦術で攻撃しようとしてるんだ)

 

 結梨の視線に気づいた咲朱は、後ろを振り返って大して面白くもなさそうな口調で呟いた。

 

「ふうん、もうノインヴェルト戦術のパス回しを始めたのね。

流石に百合ヶ丘女学院が誇る秘蔵の特務レギオンだけあって優秀ね」

 

 そして何事かを考えるような素振りを一瞬だけ見せたかと思うと――

 

「ちょうどお誂え向きね。

あのマギスフィア、私がいただくわ」

 

 そう言って笑みを口元に浮かべた次の瞬間、咲朱の姿は結梨の前から消えた。

 

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