アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第28話 運命の日(5)

 

 巨人型のギガント級1体を含むヒュージの一群は、三浦半島西岸の葉山方面から逗子を経由して、旧米海軍横須賀基地へと進攻しつつあった。

 

 防衛軍の作戦に同期してヒュージの群れが出現し、かつそれが弾道ミサイルの発射予定地点である横須賀基地を目指している。

 

 この事実から、ヒュージ迎撃に向かったLGロスヴァイセとシグルドリーヴァのリリィたちは、このヒュージの出現と行動が人為的にコントロールされたものだと判断していた。

 

 ロスヴァイセとシグルドリーヴァは、横須賀基地から約2キロメートル離れた逗子インターチェンジ付近でヒュージの群れを迎え撃つ態勢に入っていた。

 

「ロスヴァイセが先にノインヴェルト戦術のパス回しを開始するわ。

パス回しの間、シグルドリーヴァはギガント級の動きを牽制しつつ、ラージ級以下のヒュージを攻撃してパスコースの確保を」

 

 ロザリンデがLGシグルドリーヴァ隊長の遠野捺輝に指示を出す。

 

「了解。ギガント級がマギリフレクターを展開した場合、シグルドリーヴァも直ちにノインヴェルト戦術を開始。

ロスヴァイセのマギスフィアが防がれた後、ギガント級にフィニッシュショットを発射します」

 

「よろしくね。もし不測の事態で二度目のノインヴェルト戦術も防がれてしまった時は、足止めの遅滞戦術に移行して増援を要請するわ」

 

「そうならないよう願っています」

 

 捺輝はロザリンデに軽くウィンクしてみせると、レギオンの指揮を執るために十時方向へと走り去っていった。

 

 LGシグルドリーヴァは捺輝の指示の下に、ヒュージの群れを半包囲する陣形を展開し、各リリィがデュエル戦闘で次々とラージ級以下のヒュージに襲い掛かる。

 

 ヒュージの群れはシグルドリーヴァとの戦闘によって、その進攻速度を大幅に落とさざるを得なくなった。

 

 それを確認した後方のロスヴァイセは、左右に分かれて群れの外縁をなぞるようにギガント級への接近を試みる。

 

「私たちはギガント級に可能な限り近づいてパス回しを開始。

できるだけ横須賀基地から離れた場所で、あのギガント級を仕留める」

 

 ロザリンデの指示に従って、石上碧乙と北河原伊紀を始めとするロスヴァイセのリリィたちは速やかに散開し、群れの左右に回り込むべく移動を開始した。

 

 ギガント級の前方に展開するラージ級以下の群れを迂回して、ロスヴァイセはギガント級を取り囲むように配置についた。

 

「特殊弾の装填、完了しました。

これより目標のギガント級ヒュージに対して、ノインヴェルト戦術を開始します」

 

 碧乙がアステリオンに装填したノインヴェルト戦術用特殊弾を射出し、ロスヴァイセによるノインヴェルト戦術のパス回しが始まる。

 

 自分のパス回しが終わったリリィ、あるいは自分にパスが回ってくるまで猶予のあるリリィは、ギガント級への牽制攻撃を間断無く続け、フィニッシュショットを撃つ伊紀へと順調にパスを繋いでいく。

 

 八人目の大島水蓮までパス回しが進み、浄水場の給水塔でラストパスを待つ伊紀へとマギスフィアが放たれた時、そのパスコースの中間地点に突如として人影が出現した。

 

 黒い人影は髪形や服装から女性のものであり、彼女はCHARMを使って空中でマギスフィアを受け止めた。

 

「えっ?」

 

 ロスヴァイセのリリィたちは目の前で起こった状況に一瞬面食らったが、それは自分たちと同じリリィによってパス回しがインターセプトされたのだと、すぐに理解した。

 

「あれは『御前』……私たちのマギスフィアを奪った?」

 

 『御前』すなわち白井咲朱と彼女のCHARMであるR型のティルフィングは、その刀身にマギスフィアを乗せ、重力による自由落下を始めている。

 

「マギスフィアの錬成ご苦労様。

これは私が有効に使わせてもらうわ」

 

 してやったりと言わんばかりの笑いを浮かべた後、咲朱とティルフィング、それに直前までロスヴァイセがパス回しによって作り上げたマギスフィアは消失した。

 

 咲朱が消えた虚空を見つめながら、碧乙が地団太を踏むかのように悪態をつく。

 

「何なの、あいつ。超むかつく。

見計らったみたいにノインヴェルト戦術の邪魔をしたってことは、あのヒュージを出現させたのは――」

 

「間違いないでしょうね。

防衛軍の作戦自体は事前に公表されていたし、当然彼女も情報は入手していたはず。

私たちも何らかの妨害が入る事態は想定していたし、『御前』が介入することも可能性の一つに入れていた」

 

「それにしても、マギスフィアを奪っていくなんて、一体何を考えてるんでしょうか?」

 

「マギスフィアを使ってすることと言えば……」

 

 顔を見合わせたロザリンデと碧乙の背筋を冷たいものが流れた。

 

 二人の所へ駆け寄ってきた伊紀が、切迫した様子で提案する。

 

「お姉様、横須賀基地へ向かいましょう。

基地には結梨ちゃんと葵さんがいます。

『御前』の目的が作戦の妨害なら、ヒュージではなく自らが行動して基地を襲うかもしれません」

 

 それを聞いたロザリンデは、すぐにシグルドリーヴァ隊長の遠野捺輝に通信端末で連絡を取る。

 

「捺輝さん、ロスヴァイセのマギスフィアが『御前』に奪われたわ。

でも、ギガント級への攻撃を妨害することが彼女の第一の目的ではないと思う。

 

だからシグルドリーヴァによるノインヴェルト戦術のパス回し自体は予定通り開始して。

私たちは二手に分かれて、一方はここに残ってシグルドリーヴァを支援するわ。

もう片方は横須賀基地へ向かって基地の直掩を支援する」

 

 ロスヴァイセのリリィはロザリンデ・碧乙・伊紀の三人が横須賀基地へ向かい、残る六人のリリィはシグルドリーヴァと共同で、ギガント級以下のヒュージとの戦闘を継続する。

 

 その方針の下に、ロスヴァイセの九人のリリィは、ギガント級に対する包囲を一旦解いた。

 

 ロザリンデたち三人は戦場を離脱、残る六人はギガント級を牽制しつつ、シグルドリーヴァと合流すべく陣形を再編した。

 

(『御前』はおそらく強奪したマギスフィアを使って、弾道ミサイルの発射を妨害しようとする。

結梨ちゃんと葵さんだけでそれを阻止できるかは分からない。

基地防衛の戦力差を、できるだけこちら側に有利にしておかないと)

 

 だが、咲朱が見せた先程の瞬間移動は、縮地S級のレアスキルと思われた。

 

 自分たちが全速力で駆けつけたとしても、おそらく間に合わないだろう――ロザリンデは心の中では分かってはいたが、それでも咲朱の行動を黙って見過ごすことは出来ようはずも無かった。

 

 もし横須賀基地の弾道ミサイル発射作戦が阻止された場合は、それに対応した別のオペレーションが発動される予定になっていた。

 

 それは石川精衛司令官から作戦に参加するリリィ全員にも伝えられてはいた――が、その結果がもたらす重大さゆえに、ロザリンデたちは押し黙って彼の説明を聞くのみだった。

 

(今はその事について考えていても仕方ない。

個々のリリィが事の是非を判断できるレベルではなかったのだから。

私たちが『御前』の行動を止めることこそ、現在の最優先目標として集中しなければ)

 

 ロザリンデたち三人のリリィは、横須賀基地へ向かって旧横須賀線の線路上を無言で駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マギスフィアをいただく、ですって……」

 

 結梨の前から忽然と消えた咲朱の言葉は、琴陽と戦っている葵にも聞こえていた。

 

 すかさず葵は琴陽から距離を取って周囲に目を配ったが、咲朱の姿はどこにも見えなかった。

 

「さすが咲朱様です。

相手の攻撃手段を我が物として自らの攻撃に使うなんて、並大抵のリリィでは思いもつかないことです」

 

 目を輝かせて自慢げに言う琴陽に対して、葵はこれ以上なく胡散臭そうに琴陽を一瞥した。

 

「偉そうなこと言っておいて、特務レギオンからノインヴェルト戦術のマギスフィアを横取りするなんて、本当にできるの?」

 

「咲朱様なら、その程度のことは朝飯前の日常茶飯事、赤子の手を捻るにも等しい児戯です」

 

「吹かしまくってくれるわね。

攻めあぐねた挙げ句に、あんたを残して撤退したかもしれないじゃない」

 

 葵は琴陽に揺さぶりをかけてみたが、当の琴陽はそのような可能性は微塵も想定していなかった。

 

「いいえ、そんなことは絶対にありません。

――ほら、あそこに現れなさいました」

 

 全幅の信頼を裏付けるかのように、琴陽は宙の一点を指さした。

 

 そちらの方を葵が仰ぎ見ると、基地の上空200メートル程の所に黒いドレスのリリィが浮かんでいた――いや、正確には突然空中に出現し、その身体は携えているCHARMとともに自由落下を始めていた。

 

 その姿を見た葵は、すぐに少し離れた路上にいる結梨にファンタズムのテレパスを送る。

 

(咲朱がマギスフィアを使って基地を……)

 

 結梨は空中で待機中のマギビットコアを即座に回頭させ、スラスターの出力を全開にする。

 

 咲朱は落下しながら射撃姿勢を取り、ロスヴァイセから奪ったマギスフィアを弾道ミサイルの発射装置が隠してあると思しき地点に向けて発射した。

 

 ティルフィングの砲身から射出されたフィニッシュショットは、一直線の軌道を描いて基地の道路上に着弾しようとする。

 

(――間に合って!)

 

 マギスフィアが路面に着弾する直前、超音速で飛来した5機のマギビットコアがそれを受け止める。

 

 無論、マギビットコアでノインヴェルト戦術のフィニッシュショットを受け止めることなど、仕様の範囲を遥かに逸脱した無謀な行為だった。 

 

 ヒュージのマギリフレクターの如く、マギスフィアのエネルギーをまともに受け止めたマギビットコアは、見る間に機体の外殻に亀裂が走り、各部のスラスターがオーバーロードに耐えられず次々と破裂していく。

 

「あっちに飛んでけ!」

 

 結梨はマギビットコアが完全に破壊される前に、受け止めたマギスフィアを最大出力で射出させた。

 

 マギスフィアの光球が放物線を描いて、北西の方角へ、すなわちギガント級ヒュージの存在する地点へと消えていく。

 

 役目を終えた5機のマギビットコアは、生き残った僅かな数のスラスターを使って、基地の敷地外の路上へと辛うじて不時着した。

 

(これでマギスフィアから基地を守れた……)

 

 結梨がほっとして息をついたその時、葵の声が結梨の耳に飛び込んできた。

 

「だめ、間に合わない。やられた」

 

 はっとして結梨が葵の見つめている方に視線を向けると、空中で再び射撃体勢に入っている咲朱の姿が視界に映った。

 

 フィニッシュショットを阻止された咲朱は、シューティングモードのティルフィングで、先程マギスフィアが目標としていた路面をめがけて砲撃した。

 

 比較的速度の遅いノインヴェルト戦術のフィニッシュショットと違い、CHARMによる砲撃の弾速は超音速であり、盾として使えるマギビットコアは既に全機が飛行不能となっていた。

 

 咲朱の砲撃は成功し、砲弾は直撃した路面を貫通して大爆発を起こした。

 

 深紅の爆炎が周囲を染め上げ、次いで濛々たる黒煙がきのこ雲のように立ち昇る。

 

 衝撃波が建物の窓ガラスを粉砕し、外壁を振動させながら爆発地点から同心円状に走り抜けていく。

 

 爆発地点の地下に弾道ミサイルが格納されていたかどうかは定かではないが、この状況下での作戦の続行が不可能なことは明らかだった。

 

「そんな……」

 

 呆然と基地の方を眺めるしかない結梨と葵の耳に、別方向の遠くからもう一つの爆発音が聞こえてきた。

 

 それは先程マギビットコアがマギスフィアを射出した方角、つまりギガント級ヒュージのいた地点からのものだった。

 

 そちらからも大きな黒煙が立ち上っており、それがノインヴェルト戦術によるものであることは結梨と葵にも分かった。

 

「ヒュージの討滅は成功したか……でも、こっちがこの有り様じゃ……」

 

 憮然とした表情の葵に、結梨が歩み寄って消沈した様子で呟く。

 

「ごめん、私の力が足りなかったせいで……」

 

「ゆりのせいじゃないわ。

『御前』の戦い方が私たちを上回っていただけのこと。

それに、これで全てが終わったわけじゃない。

『御前』は自分の手で時計の針を進めた――彼女の予期しない方向へと」

 

 気丈な面持ちで葵は結梨を気遣ったが、それを少し離れた所から見ていた琴陽は怪訝そうに葵に尋ねた。

 

「葵さん、防衛軍の弾道ミサイル発射は阻止されました。

あなたたちは任務に失敗したんです。

それなのに、時計の針がどうの、妙なことを言うのはどうしてですか」

 

「そうね、私も聞かせてほしいものだわ」

 

 いつの間にか三人の傍に近づいていた咲朱が、勝ち誇った顔で葵と結梨を見た。

 

 勝利を確信した咲朱に葵が口を開こうとした時、咲朱の背中越しに見覚えのある人物の姿が目に入った。

 

「この勝負、あなたの負けよ。『御前』」

 

「何ですって?」

 

 声が聞こえた来た方を咲朱が振り向いた先には、ロザリンデ・碧乙・伊紀の三人が、肩で息をしながら立っていた。

 

 

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