アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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最終話 ONE MORE FINALE

 

 旧米海軍横須賀基地に於いて、マギ代謝阻害ナノマシンを搭載した弾道ミサイルの発射作戦は、ヒュージの姫の頂点である白井咲朱の手によって阻止された。

 

 その事態に対して即座に、世界各地の主要なヒュージネストに対して、全面的な報復攻撃が実行された。

 

 それは米・英・仏・露・中・印などの核保有国がかつて配備していた、ICBMを中心とした数百発の長距離弾道ミサイルによるものだった。

 

 ただし、その弾頭には、いずれも超高圧で充填されたマギ代謝阻害ナノマシンの格納容器が搭載されていた。

 

 それらの弾道ミサイルは、戦略的攻撃目標として予め設定されていた各個のヒュージネストに正確に着弾し、極めて短時間の内にネストの内部をナノマシンで充満させた。

 

 マギ代謝阻害ナノマシンを体内に取り込んだアルトラ級以下の全ヒュージは、数日の内にその生命活動を停止し、ナノマシンはネスト構造体の崩壊と共に大気中へ放出されていった。

 

 弾道ミサイルに搭載されていたナノマシンの総量は、地球上に存在すると推定される全てのマギを無効化するに充分なものだった。

 

 核戦争によって放射性降下物があまねく地球を覆い尽くすように、ナノマシンは数週間で世界の全域に拡散し、ネストの外にいたヒュージの命を奪い、リリィの能力を喪失させた。

 

 ヒュージ及びそれに類する存在が、日本国に於けるヒュージネスト討滅拠点に対して致命的な攻撃を加えたため、相互確証破壊システムの発動によって、全世界のヒュージネストへの全面的報復攻撃を実行した――各国の軍と政府は、そうした内容の声明を相次いで発表した。

 

 ヒュージの絶滅と同時にリリィの能力が失われたことは、今後は各国の正規軍が保有していた軍事的リソースを、ヒュージ出現以前の時代の内容へ回帰させることを意味していた。

 

 日本国内に於いても、一定期間の経過観察を経た上で、ヒュージの絶滅が公式に確認されれば、対ヒュージ戦闘を絶対的な前提とした部隊編成は改変され、司令官である石川精衛は叙勲の後に予備役へ編入される予定となっていた。

 

 人類の存亡をかけたヒュージとの戦いが終焉に導かれ、世界は次の新たな段階へと進みつつあった――それが人類にとって幸福な時代となりうるか否かは、当の人類自身の叡智による選択に委ねられる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本国、鎌倉府に位置する百合ヶ丘女学院高等部では、国内外の他のガーデンと同じく、在籍する全てのリリィが能力を失っていた。

 

 要するに、彼女たちは一般の高校生と何ら変わらない存在となったのだ。

 

 当然のことながら、CHARMを用いた実技訓練は停止されたが、戦術理論などの座学に関しては、暫定的な措置として従来通り実施されていた。

 

 もっとも、ヒュージの絶滅が正式に確認されれば、ヒュージと戦うための戦術など、一般の高校生には不要以外の何物でもない。

 

 つい先日まで、異形生命体との命懸けの戦闘を強いられてきた少女たちは、突然の終戦を迎えた兵士のように、目の前の事態をどう受け止めたものか戸惑っていた――というのが正直なところだった。

 

 1年椿組の教室では、一柳隊の隊長である一柳梨璃の周りに、同じ一柳隊のリリィである二川二水、安藤鶴紗、郭神琳、楓・J・ヌーベル、そして梨璃と同室の伊東閑が集まっていた。

 

「半月ほど前から世界中で確認されている、リリィの能力喪失については、ヒュージネスト攻撃用の弾道ミサイルに搭載されていたナノマシンの影響によるものだそうです」

 

 二水が手元のタブレットに視線を落としながら現状の説明をすると、梨璃が不思議そうな表情で尋ねた。

 

「ナノマシンって何?」

 

「ウィルスと同じくらいのサイズで、ものすごく小さい人工の機械のことです。

弾道ミサイルにそのナノマシンが入っていて、それがヒュージに対して致命的に作用したと発表されています」

 

「そんなすごいものを防衛軍は作ってたんだ……」

 

「――で、ナノマシンの副作用としてリリィの能力にも同じく致命的な影響を与えた……それが現在の私たちの状況ということですのね」

 

 二水の話の先を読んだ楓が指摘し、二水はこくりと頷いて楓の発言を肯定した。

 

 楓に続いて神琳が、いつもの思慮深さを発揮して、現象の背後に隠れているであろう事情を洞察する。

 

「ヒュージを滅ぼせるなら、リリィがリリィとしての力を失っても構わない……おそらく、そのような判断を各国の軍や政府は下したのでしょう」

 

「まあ、私が政治家や軍人の立場でも、同じ判断をすると思いますわ」

 

「むしろ、その方が人間同士の戦争にリリィが動員されず好都合でしょうね……かつての軍事的地位を取り戻したい軍にとっては」

 

 一柳隊に混じって話を聞いていた閑は、顎に手を当てて得心したように頷いた。

 

 それまで黙って彼女たちの話を聞いていた鶴紗が、不意に思いついたように口を開く。

 

「……そのナノマシンとやら、まさかG.E.H.E.N.A.ラボが開発したものじゃないだろうな?」

 

 鶴紗の疑問に答えたのは楓だった。

 

「表向きは防衛軍が開発したことになってますが、真相が別であっても軍機の壁に阻まれて、数十年は情報開示されないと私は思いますわ。

私個人の考えでは、そのナノマシンを開発したのはG.E.H.E.N.A.ではないと考えていますわ――正確にはG.E.H.E.N.A.過激派ではない、と言うべきでしょうけれど」

 

「どうして、そう思う?」

 

「ヒュージが存在しなくなれば、これまでG.E.H.E.N.A.が開発してきた実験体の研究データが水の泡ですもの。

それに、ナノマシンの副作用でリリィの能力も失われるとなれば、強化リリィやブーステッドCHARMの成果も同じく水泡に帰すことになりますわ」

 

 楓の発言を裏付けるかのように、各地のG.E.H.E.N.A.ラボでは実験体のヒュージは全個体が死滅し、今後の組織運営に関して根本的転換を迫られる事態になっていた。

 

「確かにそうだな。

でも、その副作用のおかげで、私も忌まわしい強化リリィの呪いから解放された。

それを考えれば、ヒュージがいなくなった今、リリィの力もこの世界に存在しない方がいいのかもしれない」

 

 二人の会話を聞いていた神琳が、鶴紗の肩に手を置いて微笑む。

 

「それはそれで、今後の進路やら人生設計やら色々と考え直さないといけなくなって、悩ましいところでもあるのですが。

鶴紗さんが私と雨嘉さんと一緒にいることには何の変りもありませんから、御心配なさらずとも大丈夫ですよ」

 

「今はそういう話をしてる場合じゃないだろう……」

 

 少し照れくさそうに鶴紗は頬を赤らめて、表情を見られないように神琳から顔を背けた。

 

 その様子を見た二水が鶴紗に気を遣って、いささか強引に話題を転換する。

 

「ところで、今日は転校生がこの椿組に来るそうで、さっき吉阪先生から伺いましたよ、鶴紗さん」

 

「この半端な時期に、しかも事実上は単なる高校になった百合ヶ丘に転校してくるなんて、変な話だ」

 

「まあ、人にはいろんな事情があるでしょうから、そういうこともあるんじゃないですか」

 

 二水もそれ以上の細かい情報は持っていないようで、そうこうしている内に始業を告げるチャイムの音が校内に鳴り始めた。

 

 教導官の吉阪凪沙の影が廊下側の磨りガラス越しに映ったのを見て、梨璃の周りに集まっていた椿組の一柳隊リリィたちと閑は、慌ただしく自分たちの席に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、百合ヶ丘女学院の旧館寮では、2年生の白井夢結が机に向かってガーデンに提出する書類を書いていた。

 

 夢結が書類を八割方書き進んだところで、同室の秦祀が部屋に戻ってきて、その様子を目に留めた。

 

「あら、珍しく外出届を書いているの?

どこかへ遠出でも?」

 

「ええ、週末に実家に戻ろうかと思っているの。

どうしても帰っておかなければいけない用事ができて」

 

「理由を聞かせてもらっても構わないかしら?」

 

「――咲朱お姉様が戻られたの」

 

 夢結の言葉を聞いた祀は、一瞬金縛りにでもあったかのように身体を硬直させた。

 

 それを見た夢結は、複雑な表情で祀に事情を説明し始める。

 

「お父様から連絡があって、数日前の夜半に、突然咲朱お姉様が白井家に戻って来たと。

ひどく憔悴した様子で、琴陽さんに付き添われて……お父様が事情を尋ねても、その時は何も答えず、食事もほとんど口にしなかったと聞いているわ」

 

「そう……あの人がそんなことになっていたの。

全ての力を失って、目指していた『高み』に上ることもできなくなり、絶望したのね」

 

 それは人類にとっては僥倖と言う他なかった――が、一度は敵として自分たちの前に立ちはだかったとは言え、ルームメイトの姉である人物の凋落を、祀は喜ぶ気にはなれなかった。

 

「幸い、今は少しずつ落ち着きを取り戻しているようで、日常生活も支障なくなってきているそうよ。

事情はともかく、咲朱お姉様が生きて戻ってきてくれたのだから、それだけでも良かったと、お父様もお母様も喜んでいらっしゃったわ。

――もちろん、私も」

 

「……そうね、その通りね。

あの人だって、元々はとても優秀なリリィで、本来なら教導官として百合ヶ丘に着任する予定だったんですものね。

あまりにも度が過ぎた力が人を狂わせてしまっただけで、彼女の本当の人柄や人格は、夢結さんが尊敬して止まなかったお姉様なのだから」

 

 生徒会の用事を思い出したから、しばらく戻らないと言い残して、祀は部屋を出ていった。

 

(私も、昔の咲朱お姉様のように、梨璃や一柳隊の1年生から理想とされる存在にならないと……私が咲朱お姉様に教わることは、数えきれないほどある)

 

 祀の後ろ姿を見送り、夢結は書類の末尾に自分の名を署名するために、机の上に置いていた万年筆を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は、事情があって暫く別のガーデンに在籍していた生徒が戻ってくる。

あなたたちもよく知っているリリィだ。

――入りなさい」

 

 教導官の吉阪凪沙が教室のドアの向こうに声を掛けると、ゆっくりとドアが開き、百合ヶ丘の制服を着た一人の少女が姿を現した。

 

 少し戸惑ったような様子で、少女は教室の中を見回す。

 

「あの……」

 

 その少女を見るなり、教室内の全てのリリィが席を立ち、少女の周りに走り寄って人垣を作った。

 

 いや、正確には一人を除く全てのリリィが、だった。

 

 人垣の中心にいる転校生は、一柳結梨その人に他ならなかった。

 

「結梨、今までどこにいたんだ。生きていたなら早くそう言え。

戦死扱いになって霊園に墓まで作られたんだぞ」

 

 喧嘩腰のような口調で結梨に詰め寄る鶴紗だったが、その目からは大粒の涙がこぼれ、頬を伝っていた。

 

「ごめん……いろいろ理由があって、今日までみんなの前には出てこれなかったの」

 

「そうですよ、鶴紗さん、人には事情というものがあるんです。

ヒュージがいなくなって、リリィの力が無くなって、G.E.H.E.N.A.が強化実験をする理由が無くなったから、結梨ちゃんは百合ヶ丘に戻ってくることができたんです」

 

「そんなことは言われなくても分かってる。分かってる……」

 

 結梨に代わって一所懸命に理由を並べ立てる二水に、鶴紗は理性的に反論できず、言葉を詰まらせることしかできなかった。

 

 一方、人垣のすぐ外側では、腕組みをしている楓が、同級生に囲まれている結梨を見ながら微笑んだ。

 

「何となく、こんな展開じゃないかと思っていましたわ」

 

「楓さんは、結梨さんが生きている何かしらの証拠でも掴んでいたんですか?」

 

 隣りに立っている神琳に尋ねられた楓は、あっさりと首を横に振って肩をすくめた。

 

「いいえ、証拠と言うほどのことは何も。

ただ、ロスヴァイセの伊紀さんと霊園でお話をした時に、このお墓の下には誰も眠っていません、と言われただけですわ」

 

 神琳と同じく楓の横に立っていた閑は、それを聞いて心底から羨ましそうな顔をした。

 

「それが伊紀さんにできる最大限の情報開示だったというわけね。

あーあ、私も特務レギオンにコネを作っておかないと、裏で展開している真相に気づかずに置いてけぼりを食ってしまうわね」

 

 人垣の外側であれこれと裏の事情を考察する三人の会話など露知らず、結梨は席に座ったままの一人のリリィから目を離さなかった。

 

「みんな、ごめん。ちょっと通して」

 

 結梨は自分を囲む人の輪を抜け出して、目の前の現実に呆然として椅子から立ち上がれない梨璃へと近づいていく。

 

 梨璃の席のすぐ前まで来た結梨は、膝をかがめて目線の高さを梨璃と同じにした。

 

 まだ子供のような無邪気な結梨の瞳が、戸惑いに見開かれた梨璃の目をまっすぐに見つめる。

 

 そして結梨はにっこりと笑って、少しだけ誇らしげに、梨璃に呼びかけた。

 

「ただいま、梨璃。 私、できたよ」

 

 





 いつもよりかなり遅くなりましたが、今回投稿分にて完結となります。
 最後までご愛読くださり、本当にありがとうございました。
 あとがき的なことや次回作については、明日以降ここに追記していく予定です。


2023.7.12追記

・次回作は、本作中の番外編で1話のみ投稿したアサルトルベルム二次創作の続きになります。

・アサルトルベルムはアサルトリリィの公式パラレルワールドで、現在は若干の設定資料のみ公開されている状態です。

・第1話は番外編の内容に多少の設定変更を加えて再投稿する予定です。

・主人公は結梨ちゃん、楓さん、葵ちゃんの三人です。

・文体は葵ちゃんの一人称視点から、通常の三人称に変更するかもしれません。

・今月中に第1話を投稿、その後は月に1~2回の不定期更新を考えています。

・あまり風呂敷は広げず、ゲヘナ的な価値観と正面から対峙する構図になります。
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