このエピソードは戦闘回にする予定でしたが、導入部が長くなったので話数を分割することにしました。
変更前のタイトルは次話以降で使用する予定です。
「今朝、結梨ちゃんのIDカードが届いた連絡があったから、訓練に行く前に理事長代行から受け取ってきたの。
ちょっと見てくれる?一応バレないような偽名にしたつもりだけど」
そうロザリンデに言われた碧乙は、ローテーブルの上に置かれた結梨用のIDカードを手に取り、氏名欄を一瞥した。
そこに印字されていた名前は―――
『北河原ゆり』
「バレバレじゃないですか、即却下です」
碧乙はごくあっさりと言い放った。
「そうなの?本当はユリ・フリーデグンデ・フォン・オットーにするつもりだったんだけど、さすがに血がつながっているようには見えないから、断腸の思いで諦めたのに……」
心底から残念そうな表情で言うロザリンデ。
「それはもっと論外です」
碧乙は軽く目まいを覚えたように額に手をやった。
「でも、ちゃんとその名前で政府発行の正規IDカードとして使えるのよ。
これがあれば公的な身分証としてどこにでも行けるようになるわ。
しかもロスヴァイセは防衛軍の特務機関に準ずる扱いだから、軍や政府関連の施設にも問題なく入場できるし、このIDカードの名前も百合ヶ丘のリリィに見られない限りは不審に思われないはずよ。
それに加えて、戸籍情報も伊紀の父方の従姉妹として作成済みだし」
「本当ですか?凄いですね。
それにしても、よく死亡扱いのリリィのIDカードを偽名で正規発行してくれたものですね。
しかも戸籍まで作れるんですか。一体どんな手品を使ったんです?」
ロザリンデの説明を聞いた碧乙は目を丸くして驚きを隠せなかった。
「これは私の推測だけど、おそらくガーデンから内務省の反G.E.H.E.N.A.グループに協力を仰いだ結果だと思っているわ。
ガーデンと同じく、内務省にも親G.E.H.E.N.A.派と反G.E.H.E.N.A.派があるから、その対立をうまく利用したんじゃないかと考えられるの。
でも、仮にその推測が正しかったとしても、そこまでの情報はまず開示されないでしょうから、真偽を確かめることはできないけれど」
「なるほど、ガーデンとしても使えるものは何でも使う、ということですか」
そう言って碧乙はロザリンデの推論に感心しつつ納得した。
「ロザリンデ、私が伊紀の従姉妹になるの?」
ロザリンデの膝に頭を乗せて話を聞いていた結梨が、不思議そうな顔で尋ねる。
「ある意味ではそうね。でもそれはあくまでも対外的な形式でしかないし、本名も一柳結梨のまま変わらないわ。
ガーデンの外に出る時の名前は北河原ゆり、ガーデンの中にいる時は一柳結梨というだけのことよ」
「うっ、それちょっとサーヴァントの真名みたいな感じでカッコいい。私も世を忍ぶ仮の名前が欲しい!」
「碧乙様、それは論点がずれています……
では、これで面が割れている人に会わなければ、結梨ちゃんは堂々とガーデンの外に出られるようになったというわけですね」
伊紀は安堵した表情でほっと息をついた。
「ええ、あとは万が一の身バレを防ぐために、結梨ちゃんには外出時は原則としてサングラスを着用してもらうわ。髪型についてはポニテ一択とします」
「正体を隠すためにサングラスとか、クワトロ・バジーナ大尉みたいで素敵……もちろん表向きの理由は目に先天的な色素異常があるからですよね」
「誰ですか?その人。米軍か国連軍の軍人さんですか?」
「いえ、大尉はエゥーゴという反地球連邦組織の所属で……まあそれは後で詳しく説明してあげるから楽しみにしてなさい。
それで、サングラスはいいとして、なんで髪型がポニテ指定なんですか?」
「それは…………………………………………私の好みよ」
たっぷり十秒近くも長考してから、ロザリンデはようやく恥ずかしそうに返事を口にした。
「ふふっ」
それを聞いて碧乙と伊紀は思わず噴き出した。
「うまい建前が思いつかなかったので、本音を出さざるを得なくなりましたね、お姉様」
「何とでも言うがいいわ、碧乙。ばっさり短くすることも考えたけど、せっかく綺麗に伸ばした結梨ちゃんの髪を切ってしまうなんて、そんな勿体ない事とても私にはできない。たとえ公私混同と言われても」
「別に髪型うんぬんで見破られることもないでしょうから、あまり気にせずポニテでもツインテでもセイバー巻きでも、好きな髪型でいいんじゃないですか」
「そうね、でもツインテはともかくセイバー巻きって何?そんな髪型は聞いたことないけど」
「何か嫌な予感がするので深く追及しないことにしましょう」
これまでの経験に基づいて、伊紀はロザリンデの疑問を素早く制した。
「結梨ちゃんはポニテでいいの?他にしたい髪型とかないの?」
「うん、全然いいよ」
「こだわりないのね……まあ眞悠理さんみたいな妙にややこしい髪型にしたいと言われたら、それはそれで困るけど」
ロザリンデの膝に頭を乗せたままの状態であっさりと答える結梨に、碧乙は拍子抜けした感じになった。
「では、これでようやく結梨ちゃんが外に出られる環境が整ったということで、次の休暇にみんなで遠出しましょうか」
「遠出って、どのくらい遠くまでお出かけになるおつもりですか?」
と、伊紀がロザリンデに尋ねた。
「少なくとも鎌倉府の外までは出ようと思っているの。
できるだけ顔見知りがいなくて、あまりごみごみしてないような所がいいと思う」
「それなら首都圏よりも西日本の方がいいかもしれませんね。
でも、そうすると途中で陥落地域を横断しないといけなくなりますが」
「特務レギオン用にガーデンから支給されている車があるじゃない。
あれに各自のCHARMを積んでいけば、もし道中でヒュージに遭遇しても対処できるわ」
「自衛軍の車を魔改造した大型のオフロード車ですか。
あの車、シートが硬くて乗り心地はお世辞にも良いとは言えませんよ」
「元が軍用車両だから、どうしてもその辺は我慢しないといけないわね。
結梨ちゃんはどこか行ってみたい所はある?」
ロザリンデが視線を下げて自分の膝の上に乗せた結梨の顔を見ると、結梨は静かに寝息を立てて眠っていた。
「疲れて寝てしまったのね、無理もないわ。
では続きはまた今度にして、今日はもう解散しましょう」
ロザリンデは眠ってしまった結梨を慣れた動作で背負うと、碧乙と伊紀に先んじてミーティングルームを後にした。