自衛軍の車両に酷似した一台のオフロード車が、土煙を巻き上げながら無人の平野を疾走している。
周囲は一面に放棄された農地が広がり、人影は全く見当たらない。
結梨とロスヴァイセの一行を乗せた車は、かつての静岡県に相当する陥落指定地域を間もなく抜けようとするところだった。
「ああ、やっとまともな舗装道路が現れそうですね。これでパリダカールラリーなみの悪路から解放される……」
ロザリンデがハンドルを握っているその隣の助手席で、碧乙が辟易した様子でロザリンデに話しかけた。
それに対して、喋ると舌を噛むぞと言いたげに、ロザリンデはちらりと横目で碧乙を睨み、沈黙で応じた。
後部座席では結梨と伊紀が、ヒュージの姿が見えないか、絶え間無く周囲を警戒し続けている。
陥落指定地域と言っても、ヒュージの支配は面ではなく点の状態であるため、実際には陥落指定地域に進入しても、必ずしもヒュージに遭遇するというわけではない。
しかし、もしひとたび遭遇してしまった場合、対抗する武力を持たない普通の人間では、なすすべもなくヒュージの餌食になってしまう。
このため、陥落以前から現地に残って抵抗している一部のリリィや住民を除いて、通常は陥落指定地域に人が立ち入ることは無い。
幸運にも結梨たちはヒュージと遭遇することなく陥落指定地域を通過し、さらに西へと車を走らせ続けた。
濃尾平野を抜け、関ケ原を越え、琵琶湖を横目に見ながら、一行は正午前に京都盆地へと入った。
「旧市街地の少し手前で車を停めて、そこから歩きましょうか」
「そうですね、この車で洛中まで入ってしまうと、いかにも悪目立ちしてしまいそうですからね」
ロザリンデの提案に碧乙が頷き、伊紀と結梨も特に異論はなかった。
オリーブグリーンの車体は下半分が土と砂にまみれ、さながら戦場から戻ってきた軍用車両のような雰囲気を放っている。
確かにこの状態で旧市街地の狭い道を走行すれば、悪い意味で注目を集めることは間違いない。
車は鴨川の数百メートル東で国道1号線を外れ、適当な駐車場を探すために速度を落とした。
「ついに、はるばる京都までやって来てしまいましたね」
しみじみと感慨深げな口調で伊紀が言う。
「最後の方はほとんどその場の勢いで目的地を決めちゃったからね。これが若さか……」
日を改めて話し合われた場での妙な高揚感を思い出しながら、碧乙は目を閉じてうんうんと頷いた。
「この街ってすごく古いんだね。お寺と神社ばっかり」
「そうね、百合ヶ丘のガーデンがある鎌倉も相当に古い街だけど、ヒュージとの戦闘でほとんど廃墟になってしまったわ」
興味津々で窓の外を眺める結梨の言葉にロザリンデが答えると、碧乙が助手席から後部座席の結梨を振り返って話しかける。
「いいこと、結梨ちゃん。この辺りの人にお茶漬けを勧められても額面通りに受け取っちゃダメよ。それは早く帰れって意味だから」
「そうなの?そんなこと初めて聞いた」
「どこからそんな怪しげな知識を仕入れてこられたのですか……今時そんな人いませんよ」
呆れ顔で伊紀が碧乙に突っ込みを入れ、次いでロザリンデに話を振った。
「でも休暇とはいえ、私たちが鎌倉府の外に出るのって、広義の外征に相当する行為ですよね。よくCHARM込みでの私用外出許可が下りましたね」
「それについては、結梨ちゃんの一件でガーデンと生徒会は借りがあるから、大目に見てくれたんじゃないかしら。当然、この地域を管轄するガーデンには、その旨が連絡されているでしょう」
ロザリンデは先日の眞悠理との会話を思い出しながら、碧乙と伊紀にその時の事情を説明した。
「そう言えば、史房様と祀さんが結梨ちゃんの所まで来られて感謝なさっていたのを、私も目にしました。生徒会のトップを配下に置くとは、我々がこのガーデンを牛耳る日も遠くないようですね」
「またその流れですか。裏からガーデンの支配をもくろむ特務レギオンなんて、冗談にもならないですよ」
「もう、わかってるってば」
もちろん碧乙の言葉が本気のものではないと知っていても、伊紀はその生真面目さゆえに碧乙を諫めてしまうのだった。
国立博物館近くの駐車場に車を停め、四人のリリィは旧市街地がある西へと歩き始めた。
結梨はロザリンデと手をつないで並んで歩いていたが、数分も経たないうちに後ろを歩いていた碧乙と伊紀が相談を始め、碧乙がロザリンデに声をかけた。
「お姉様、できれば結梨ちゃんは伊紀と一緒に歩いてもらう方がいいと思います」
「どうして?何か問題でもあるの?」
「大ありです。お二人は何と言うか、器量が良すぎて人目を引きまくるんですよ」
もともと整った顔立ちの結梨がティアドロップ型のサングラスをかけると、普段のあどけない雰囲気とは一変して、急激にクールな印象が強まる。
加えて銀髪長身のロザリンデと並んで歩いているものだから、すれ違う人の大半が振り返って二人を見返している。
「言われてみると、確かにみんな私たちの方を見ているとは感じていたけど、そういうことなら涙をのんで結梨ちゃんと離れて歩くようにするわ」
「これだからご自分が美人の自覚がない御方は困る……」
ロザリンデに聞こえないように碧乙が小声でつぶやいたが、それに気づいた者は誰もいなかった。
結局、結梨は伊紀と、ロザリンデは碧乙と一緒に歩く形に変更し、結梨のサングラスも外した方が目立たないだろうという結論になった。
ただし髪型についてはロザリンデのこだわりもあって、当面はポニーテールを維持することとした。
「さすがに西日本まで来れば結梨ちゃんのことを知っている人はいないと思いますけど、髪型だけでも変えておいた方がいいのは間違いないですから、とりあえずポニテ継続で問題ないと思いますよ」
碧乙の判断に伊紀と結梨も賛成し、変更した組み合わせで食事を取れる所を探していると、突然街中にけたたましい警報音が鳴り響いた。
「ああ、これは不味いことになりましたね」
「まったく、無粋にも程があるわ」
腕組みをして渋面を作る碧乙と、うんざりした表情で相槌を打つロザリンデ。
「ロザリンデ、私たちでやっつけよう」
何の迷いもなく結梨がロザリンデに言う。
「ええ、道中の用心のためとはいえCHARM持参でやって来て、このまま一般人のふりをしているわけにはいかないわ。まず、この近くで出動中のリリィかマディックを見つけて、その部隊と合流しましょう」
「そうと決まれば、すぐに車に戻ってCHARMを持ち出しましょう」
そう言って踵を返した伊紀に続いて、結梨たちは先ほどまで歩いてきた道を引き返して、全力で走りだした。