「ここは……?」
まだ状況が分からない結梨に、ロザリンデは結梨の体をそれまでよりもう少し起こして、結梨が周囲の景色を見られるようにした。そして、
「百合ヶ丘のガーデンからかなり離れた海岸の砂浜よ。
あなたが波打ち際に倒れていたのを、私のシルトが見つけたの」
そう言い終えてから、ロザリンデは自分の隣に立っている一人の少女を見やった。
「ガラスの天才たるこの私にかかれば、裸で倒れている女の子の一人や二人、たやすく見つけてみせますことよ、えっへん」
ロザリンデとは別の、快活な声が誇らしげにそう言うのが結梨の耳に聞こえてきた。
そう言われてみて初めて、結梨は自分の体に衣服を着ている感覚がまったく無いことに気づいた。
結梨は首を曲げて声の聞こえてきた方向を見ようとしたが、体に力が入らず、声の主を見ることはできなかった。
「とんでもなく問題のある内容をごく当たり前のようにおっしゃらないでください、碧乙様。
それにガラスの天才って必ずしも褒め言葉じゃないと思いますけど……」
また別の、大人しそうな少女の声が、碧乙と呼ばれた少女の隣から聞こえた。
やはり結梨の視界にその姿を入れることはできない。
「ああ、私より先に結梨ちゃんを見つけられなかったから、伊紀は悔しがっているのね。大丈夫、あなたのシュッツエンゲルである私の心はこの海よりも広いから、あなたのその悔しさも全部受けとめてあげる。だから存分に悔しがるといいわ。さあ、好きなだけ悔しがりなさい、伊紀。私に気を遣って遠慮することなんて何もないのだから」
「……どうしてこの人のシルトになったんだろう、私」
伊紀と呼ばれた少女は今にも頭を抱えだしそうな声で独り言のようにつぶやいたが、すぐに気を取り直した様子で、
「ロザリンデ様、外傷は無いようですが、早く結梨ちゃんをガーデンへ運びましょう。搬送の手配は私から理事長代行にしておきます」
と提案した。
「ありがとう、私は医療搬送車が到着するまで結梨ちゃんを人目につかない場所まで背負っていきます。碧乙は周囲に人が現れないか状況予測を」
「分かりました、お姉様」
碧乙は一転して真剣な口調になると、静かに目を閉じてファンタズムのレアスキルを発動した。
誰も何も言葉を発しない。やがてロザリンデが小さく頷いた。
「分かったわ。では、早々に立ち去るとしましょう」
ロザリンデは自分の上着を脱いで結梨に着せると、過去の戦場で負傷した仲間に何度もそうしたように、結梨の体を自分の背中に乗せた。
そうして足下の白い砂を踏んでゆっくりと歩き始めた。
ロザリンデの背中に揺られながら、彼女の体の温かさを自らの体に感じていた結梨は、また強い眠気が襲ってくるのを感じ始めた。
「ロザリンデ、私、眠い……」
「もう大丈夫よ、結梨ちゃん。今はただ、お休みなさい」
そう優しくロザリンデに促されると、結梨は再び深い眠りに落ちていった。
次に結梨が目覚めると、見覚えのある白い天井が最初に視界に入った。
それで結梨は、いま自分が百合ヶ丘のガーデンの病室にいることを知った。
ただ前回と違うのは、部屋が完全な個室になっていて、室外の様子を窺うことが全くできないことだった。
体を少し動かそうとしたが、力が入らず、起き上がることはできそうにない。
どこも痛くも苦しくもないが、体を動かすための燃料がゼロになっているような感じがした。
ふと、結梨は誰かが自分の手を柔らかく握っていることに気がついた。
やはり首もまだ動かせない。
視線だけをできるだけ横に向けると、視界の端に銀色の長い髪の女性が映った。
その女性は質素な丸椅子に座り、ベッドに寝ている結梨の手を握ったまま、うつらうつらと居眠りをしていた。
ロザリンデ。
結梨が女性の名前を小さな声で呼ぶと、彼女は眠りからうつつに引き戻され、はっと目を開いた。