ロザリンデとの共闘でラージ級ヒュージを苦も無く斃した結梨は、日没直前にロスヴァイセの三人とともに百合ヶ丘のガーデンに帰還した。
その後すぐにロザリンデと一緒にガーデン内の医療施設で検疫を終え、その日のうちに特別寮に戻ると、結梨は吸い寄せられるようにベッドに倒れ込んだ。
「ロザリンデ、私まだとっても眠い。もう寝ちゃっていい?」
「ええ、一日で往復500キロ以上も移動した上にヒュージとの戦闘だから、疲れ果ててしまっても無理はないわ。好きなだけお眠りなさい。朝になったら私が起こしてあげるから」
「ありがとう、ロザリンデ。おやすみなさい……」
そう言って目を閉じると、いくらも経たないうちに結梨はすうすうと寝息を立て始めた。
いつもの結梨であれば、ロザリンデとの訓練で疲れて寝入ってしまっても、次の瞬間に目を覚ませば翌朝になっているはずだった。
しかし、その夜は様子が異なり、深い眠りの中で、『あの時』海の中で聞こえた声が再び結梨の意識に呼びかけてきた。
久しぶりだね、一柳結梨君。元気そうで何よりだ。
美しい声はあの時と何も変わらず、抑制の効いた理性的な印象を聞く者の心に与える。
結梨はそれを知ってか知らずか、いたって無邪気な声で返事をする。
あ、『そのまたお姉様』だ。ごきげんよう。
ごきげんよう。だが、その呼び名はちょっとね……『夢結のお姉様』でいいよ。
いや、そんな持って回ったような白々しい言い方は止めよう。
僕は川添美鈴、かつて白井夢結のシュッツエンゲルだったリリィだ。
美鈴っていうんだ、綺麗な名前だね。
でも、『だった』ってことは、今は夢結のお姉様じゃないってこと?
そうだ。今の僕は最愛のシルトである夢結を護ってやることはできない。
僕は既にこの世の人間ではないからだ。
二年前の甲州撤退戦で戦死し、それにもかかわらず、今こうして意識だけの状態で君の夢に現れている。
なぜ死んだはずの僕が君の前に二度も現れることになったのか、思い当たることが無いわけでは無いけれど、それはもう少し後で話すことにしよう。
君は僕に何か聞きたいことはあるかい?
今日はあの時と違って落ち着いて話ができそうだ。
僕が答えられる範囲のことであれば、君の期待に応えられるかもしれない。
美鈴の言葉を聞いて結梨はしばらく黙っていたが、やがて何かを思いついたように質問を口にした。
美鈴は自分のこと、『僕』って言うんだね。
私、知ってるよ。美鈴みたいな人のこと、『僕っ娘』って言うんでしょ?
それまでの深刻な発言をすべてひっくり返すかのような結梨の問いかけに、美鈴は絶句してしばらく答えを返せなくなった。
それでも狼狽を隠せない口調ながら、ようやく返事を口にする。
何なんだ、その質問は……いや、どうしてそんな聞くに堪えない俗っぽい言葉を知っているんだ、君は。
碧乙が教えてくれたの。昔は自分のことを『僕』って言う女の子を、そういう呼び方してたって。
今の百合ヶ丘にはとんでもない俗文化にかぶれているリリィがいるようだ……待て、碧乙というと、まさか石上碧乙か、ロザリンデのシルトの。
うん、碧乙のお姉様はロザリンデだよ。
何てことだ、あの石上碧乙ほどの才媛に、そんな通俗的な趣味嗜好があったとは。
人は見かけによらないものだ。まあ、誰であろうと本当の姿なんて簡単には分からないか。
僕も人のことは言えないな。
そう言った美鈴の声は、どこかしら自嘲じみているように結梨には聞こえた。
途中から二人ともネタキャラみたいになっていますが、ギャグ回ではありません。
次回から真面目に進行します。多分。