アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第7話 天気晴朗なれども波高し(3)

 

 

 夜明け直前のまだ薄暗い林の中の廃道を、一人の少女が疾駆していた。

 満月は西の空に没しようとし、それと逆の東の空は白み始め、日の出が間近に迫っていることを示していた。

 少女の右手には一振りのCHARMが握られており、それは彼女が一人のリリィであることを表している。

 

 先程から少女はしきりに後方を気にしていた。

 誰かが背後から自分を追跡している。

 内通者の手引きで、うまく『施設』を、すなわちG.E.H.E.N.A.ラボを抜け出したつもりだった。

 だが、どこかで不可視波長の光学センサーにでも引っかかったのか。

 

 CHARMを持って常人離れした速さで走り続ける自分について来ているということは、追跡者も自分と同じリリィ、正確には強化リリィだ。

 もし追いつかれれば、確実に『施設』に連れ戻され、手ひどい処罰を受けるだろう。

 おそらくは今までよりも段違いに過酷な条件での『実験』に『協力』させられ、いっそう心身を蝕まれていくに違いない。

 

 少女が知っているだけでも、これまでに十を越える数の『被験者』が姿を消した。

 脱走に成功したのか、『実験』に失敗して狂化の果てに処分されたのか、意識の戻らぬ廃人と化したのか、それは誰にも分からなかった。

 その想像は少女の心に戦慄を与え、心拍と呼吸を乱させるに十分な恐怖を引き起こした。

 あんな所に戻されてたまるものか。何としてでも逃げ切ってやる。

 

 やがて少女は廃道の終点に達し、開けた草原に出た。

 野球場が幾つも入るほどの広い草原は、夜明け前の薄明に照らされて朝霧に包まれている。

 この草原の向こう側に救出者との合流地点があると、内通者からは聞かされている。

 そこまで辿り着ければ、この窮地を脱することが出来るはずだ。

 

 深い霧が一面に立ち込めているため、ここから草原の向こう側は見えない。

 だが、立ち止まれば即座に追跡者に追いつかれる。

 少女はこれまでの進行方向を維持したまま、速度を落とさずに霧の中を走り続ける。

 視界は10メートルから15メートルほど、遠望は全く利かない。

 あとどのくらいでこの草原を抜けられるのか、視覚では見当がつかなかったが、ただ全力で走り続ける。

 早くここを抜けて助かりたい。もう絶対に、あそこには居たくない。

 

 おそらくは草原の半ばまで進んだであろう時、少女のCHARMを持たない左手を突然誰かが掴んだ。

 咄嗟に振り向く暇もなく、その手を強く引っ張られ、少女は体のバランスを崩す。

 もんどり打って地面に倒れ込んだが、かろうじてCHARMを手放すことは免れた。

 すぐに起き上がって体勢を立て直し、周囲を見回すが、人影は見えなかった。

 草原の終端までは、まだかなりの距離があることは明白だった。

 

 とうとう追いつかれた。

 追いつかれてしまった以上は、追っ手を返り討ちにして逃げるしかない。

 相手は霧の中に隠れて気配を消している。

 どこから攻撃が飛んでくるか分からない。

 全身に緊張を張り巡らせ、敵の攻撃に備えるが、依然として相手は姿を見せない。

 どこにいる、早く出て来い。

 こちらから姿が見えないということは、向こうからもこちらが見えていないということだ。

 しかし、このままでは進むことも退くことも出来ない。

 

 ならばこちらから動いてみるかと少女が思案した時、前方の霧の中から、ゆっくりと一人の女性が現れた。

 少女より少し年上に見えるその女性は、やはり右手にCHARMを携えている。

 間違いなく追っ手の強化リリィだ。

 細身の長身と長い黒髪を持つその女性の目には、氷の如く怜悧な光が宿っていた。

 

「まったく、手を煩わせてくれる。

大した戦闘能力も無いくせに、逃げ足だけは一人前と来ている。

くだらない鬼ごっこに付き合わされる方の身にもなってほしいものだ」

 

「私が絶対に戻らないと言えば、あなたはどうするつもり?」

 

「施設長からは、お前の生死を問わず連れ帰るように命令されている。

どうしても『施設』に戻ることを拒否するのなら、お前にはここで死んでもらう。

だが、お前の死体を担いで帰るなどまっぴらだ。

死体はここに置いて認識票だけ持ち帰れば、それで事足りる」

 強化リリィはごく事務的な口調で、少女の首に掛けられている金属製の小さなプレートを見ながら言った。

 

 少女はその発言を聞いて覚悟を決めたのか、CHARMを正面に構え、目の前の強化リリィとの戦闘態勢に入った。

「そうか。無駄な行為だとは思うが、せいぜい足掻いてみることだな。

案ずるな、すぐに諦めさせてやる」

 

 強化リリィはゆっくりとCHARMを振り上げると、次の瞬間、少女に向かって飛び込み、斬りかかった。

 その攻撃が手加減したものか全力のものなのか、少女にはそれを見極める余裕など皆無だった。

 上下左右のあらゆる方向から自分に襲いかかってくる斬撃を受け止め、隙あらば繰り出される蹴り技を防御することしかできない。

 こちらから攻撃を仕掛けることなど論外で、ひたすらに防戦一方の状態を続けるのみだった。

 

「やはりこんなものか、まだまだだな」

 露骨に失望の表情をあらわにして、強化リリィは斬撃の速度を一段階上げた。

 たちまち少女は強化リリィの攻撃を凌ぎきれなくなり、一歩また一歩と後ろに押されていく。

 そして少女の防御能力が限界に達した時、強化リリィの回し蹴りが少女の右手首を強打した。

 その衝撃で少女の手から離れたCHARMが宙を飛び、10メートル以上も離れた場所に落下した。

 

 CHARMを失い徒手空拳となって茫然とする少女を、強化リリィは無表情に眺めている。

「どうした?あそこに転がっているCHARMを拾いに行って、私に攻撃しても構わないぞ。

お前がCHARMを拾い上げるまで、私はここで待っていてやろう」

「そう言っておいて、私が背を向けてCHARMを拾いに行こうとしたら、即座に斬り捨てるつもりでしょう」

「自分を殺そうとしている相手を信用できるはずもない、か……ではここで大人しく私に殺されることを受け入れるのだな」

 

「あなたと戦って勝てないことはよく分かったし、逃げおおせることも出来ない。

でも『施設』に戻るくらいなら、死んだ方がまだまし。

もう疲れた。もういい、ここで死なせて」

 痛む右手首を押さえながら、地面を見つめて少女は諦めの言葉を吐いた。

 

「『施設』に居れば命だけは保証されるというのに、それ以上のものを求めて死に急ぐ馬鹿者が後を絶たない。お前もその一人だ」

「命を保証される代わりに、ブーステッドスキル付与の人体実験を受けさせられて、モルモットになれと?

『実験』が失敗して狂化してしまい、処分される者も珍しくないのに。

そんなのは人として生きているとは言えない。使い捨ての奴隷よ。

私を見下しているあなただって、ただの奴隷警備兵みたいな存在でしかない。

きっとあなたも、いつかはG.E.H.E.N.A.に使い捨てられる。消耗品のように」

 

「遺言はそれだけか?なら、そろそろお開きにさせてもらうぞ」

 少女の言葉に心を動かされた様子も無く、強化リリィは少女の命を絶つべくCHARMを少女の頭上に振り上げた。

 少女は死すべき己の運命を受け入れ、その場に立ち尽くして身動き一つしない。

 

 その時、強化リリィの視界の片隅に小さな赤い点が生じた。

 強化リリィはその輝点がCHARMの発砲炎であることを瞬時に理解した。

 すぐさま振り上げたCHARMを防御に回すべく、射線上に押し立てる。

 次の瞬間、超音速で飛来した弾丸がCHARMに弾き飛ばされ、飛び散った火花が周囲を白く照らし出す。

 その光に一瞬遅れて、弾丸の発射音が霧に包まれた草原に響き渡った。

 

 不意打ちの攻撃をしのいだ強化リリィが少女に視点を戻した時、既にその姿は元の場所には無かった。

「どこへ行った……?」

 強化リリィが周りを見回すと、10メートルほど離れた所に人影が目に入った。

 そこにはCHARMを右手に携えた黒衣のリリィが、少女を左手に抱きかかえて立っていた。

「遅くなってごめん。もう大丈夫だから」

 まだ幼さの残る声で黒衣のリリィは少女に謝ると、強化リリィの方へゆっくりと向き直った。

 

 

 

 

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