アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第7話 天気晴朗なれども波高し(5)

 

 空中で強化リリィのマギクリスタルコアを破壊した黒衣のリリィは、三度目の縮地を発動し、少女のすぐそばに現れ、着地した。

 少女を背にして強化リリィと対峙する構図は先程と変わらない。

 しかし相手の強化リリィは武装であるCHARMを失い、丸腰の状態である点が決定的に異なっていた。

 

 強化リリィは茫然とその場に立ち尽くしていたが、一度天を仰いだ後、気を取り直したように黒衣のリリィに向き直った。

「完敗か。これほど見事に一本取られたのは初めてだ。

こうなった以上、生殺与奪の権はお前にある。

煮るなり焼くなり好きにすればいい。

だが、その前に幾つかお前に聞いておきたいことがある。

気が向いたなら答えてほしい」

 強化リリィの言葉に、黒衣のリリィは黙ってうなずく。

 

「最初の射撃で、お前は視界の効かない霧の中から正確に私を狙って撃ってきた。

しかも 100メートル近い距離からだ。

それが出来たのは何故だ?そのゴーグルに赤外線を感知する機能があるのか?」

「違うよ、あなたとこの子のマギが分かったから」

「どういうことだ?」

「二つのマギの塊があって、一つがもう一つを追いかけて攻撃しようとしているみたいに感じたから。

それで、攻撃しようとしている方のマギに向けて撃ったの」

 

「お前は視覚によってではなく、マギを感知することで私の位置を正確に特定できたというのか。

にわかには信じがたい話だが……」

「うそじゃないよ。ほんとに分かるもん」

 黒衣のリリィは子供っぽい口調で、やや憤慨気味に反論した。

「そうか、面白いやつだ。

お前の身体にはマギを感知するレーダーが備わっているというわけか。

機能としては『この世の理』に似ているが、あれはマギというより力のベクトルを感じ取るものだ。

若干性質が異なっているようにも思われるな……」

 

 そこまで言って、強化リリィは少し考え込む様子を見せたが、すぐに気を取り直して、質問を続ける。 

「では、もう一つ聞かせてほしい。

私が縮地を発動した後で、お前は私の後から縮地を発動し、それにもかかわらず私を追い抜いて移動を完了させた。

お前の縮地はただの縮地ではないな。

少なくとも私より段違いに上のレベルであることは間違いない。

お前の縮地は『異界の門』と呼ばれるS級のレベルに達しているのか?」

 

「うーん、よく分からないけど、あれ以上は速く動けないと思う。あれが私の全力」

「……お前はもう少し自分の能力に対して意識的になるべきだ。

強すぎる力は使い方を誤れば、スピードを出しすぎた車のように自分を滅ぼしかねない」

「うん、それで一度死にかけて怒られた。それからは気をつけるようにしてる」

「やはりそうか。釘を刺してくれる者がそばにいるのなら、それでいい。

さて、丸腰になったとはいえ、私は無傷だ。

何とかして起死回生と行きたいところだが……」

「まだ私と戦いたいの?」

「ああ、正直なところ、まだわずかでも戦える可能性があれば、お前を倒したい気持ちはある。

だが―――」

 

 強化リリィの視線は、少女との戦闘で彼女の手から蹴り飛ばしたCHARMに向けられている。

(あそこに転がっている小娘のCHARMを拾って私と再契約すれば、まだ戦えるか?

しかし、果たして再契約する時間的猶予など作れるのか……?)

 強化リリィが逡巡したその時―――

 

「残念だけど、わずかの可能性も無いわ。今のあなたには」

 突然、強化リリィの背後から別の声が聞こえた。

 強化リリィが振り返ると、自分と同じか若干年上と思われる女性が、十歩ほどの距離を置いて立っていた。

「そこまでにしておきなさい。もう勝敗は決している。

これ以上抵抗しても意味は無い」

 その女性は、やはり黒衣のリリィと同じ漆黒の制服に身を包み、アステリオンを携え、ゴーグルを装着している。

 だが、銀色の長い髪と均整の取れた身体、一分の隙も無い身構え、明らかに先に現れた黒衣のリリィとは違う歴戦のベテランだと見て取れる。

 

「本当に危なくなったら戦闘に介入するつもりでいたけど、取り越し苦労だったようね」

 銀髪のリリィ―――ロザリンデ・フリーデグンデ・フォン・オットーは、強化リリィの向こう側にいる黒衣のリリィ―――一柳結梨に声をかけた。

「私、できたよ。ちゃんと見ててくれたよね」 

 結梨はロザリンデに向かって元気よくぶんぶんと手を振った。

 

「もう一人いたのか、気配を消して潜んでいたな。まあそうだろうな。

いくら腕が立つとはいえ、こんな新米を単独で現場に出すはずもない。

支援する仲間が控えていてもおかしくはないと思っていたが、どうやらお前がこの新米の上官のようだな」

「どちらかと言うと、保護者か母親代わりみたいなものだと周りは思っているようだけど」

「そうか。大した逸材だな、このひよっこは。

反G.E.H.E.N.A.主義者でなければ、私の部下に欲しいくらいだ」

「それは残念ね。私と同じく、その子は筋金入りの反G.E.H.E.N.A.よ。

天地がひっくり返ってもあなたたちの陣営につくことは無いわ」

 ロザリンデはあっさりと強化リリィの発言を袖にした。

 

「さあ、決着はついたし、長居は無用よ。もう帰りましょう」

 そう言ってロザリンデはそのまま強化リリィの脇を通り抜け、結梨と少女の方へ歩み寄った。

 ロザリンデは強化リリィに読唇されないように口元を手で隠して、結梨の耳元でささやく。

「合流地点で碧乙と伊紀が待機しているわ。早々に引き上げましょう。その子の右手も早く治療してあげたいし」

 ロザリンデは赤く腫れている少女の右手首を見やった後、後方の合流地点に向けて出発するよう二人に促した。

 それを見た強化リリィは三人に向かって問う。

「待て、このまま私を見逃すつもりか。この場で私を始末しておかないのか」

「あなたを殺める理由など、どこにもない。

私たちは戦争をしているのではないのだから」

 ロザリンデは迷い無く言い切った。

 

「その甘さは、いつかお前たちを滅ぼすぞ」

「その甘さを捨ててしまったら、私たちはG.E.H.E.N.A.と変わらない存在になってしまう。

目的のために犠牲を強いるG.E.H.E.N.A.の理想と、私たちの理想は違う方向を向いている。

どちらが正しいのかは、後の歴史が証明することになるでしょう」

「逃げ口上が上手いな。次に会うことがあったとしても、私は躊躇なくお前たちを殺そうとするぞ」

「どうぞご自由に。その時はまたあなたのCHARMをスクラップにしてあげるから」

 その言葉とともに、ロザリンデは強化リリィの足元に催涙グレネードを転がした。

 

 たちまちグレネードから噴き出した白い催涙ガスが両者の間を覆い、強化リリィの視界を遮断した。

 催涙ガスに巻き込まれないように強化リリィはじりじりと後ずさる。

 その間に、結梨とロザリンデは少女のCHARMを回収し、少女とともに草原を後にした。

 数十秒の後に催涙ガスの塊が風に流された時、強化リリィの視界に三人の姿は映らなかった。

 草原の霧は既に晴れ、雲間から覗く朝陽が朝露に濡れる草の葉を照らしている。 

 

「営倉入りと降格は免れんか。己の実力を過信した愚か者にふさわしい自業自得だな。

こうなったからには、覚悟を決めて一兵卒からやり直すしかないな」

 強化リリィは自分以外誰もいなくなった無人の草原を眺め、自嘲の笑みを浮かべた。

 そして自らを縛りつけると同時に拠り所でもあるG.E.H.E.N.A.ラボへの道を戻るべく、踵を返して歩き始めた。

 

 




追記
前回の後書きでの「諸々の説明」とは、今回の強化リリィと結梨ちゃんの問答部分のことです。
次回はエピローグ的な内容を投稿する予定です。
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