結梨に名前を呼ばれて目を覚ましたロザリンデは、少し恥ずかしそうな顔をしていたが、すぐに凛とした表情に戻ると、姿勢を正して結梨に向き直った。
「まず最初に、百合ヶ丘のすべてのリリィを代表して、あなたに心からのお礼を言わせていただきます。
あの時あなたがいなければ、百合ヶ丘のガーデンは無くなり、数多くのリリィが命を落としていたでしょう。
本当に、ありがとう。結梨ちゃん」
ロザリンデは、目の前のベッドに寝ている自分より何歳も年下の少女に、深々と頭を下げた。
仮に結梨がいなかった場合、あの長距離砲撃型ヒュージとの戦闘が困難を極めたであろうことは想像に難くない。
機動力が大きく落ちる海上で正面から攻撃すれば、マギの反射集光装置一つを破壊するためにレギオンの一つや二つは消える事を覚悟しなければならない。
本体を取り巻くあの装置は、全部でおそらく十基近くはあったはずだ。
さらにその後、ギガント級のヒュージ本体にノインベルト戦術での攻撃を行う必要がある。
撃破完了までに一体どれほどの犠牲が出ていたことか、考えただけでも空恐ろしくなる。
「うん、私、ちゃんとできたよ。あのヒュージ、やっつけたもん」
まだ弱々しい声で、しかしどこか得意気に結梨はロザリンデに言った。
だが、結梨のその顔を見ながら、ロザリンデは自身の複雑な感情を隠せなかった。
自分よりも何歳も年下の、そしておそらくその心は外見よりもさらに幼いであろう少女が、何のためらいもなく自分の命を惜しまずに敵を倒したという事実は、ロザリンデの心に少なからぬ動揺を与えていた。
一歩譲って、自らが覚悟の上でヒュージと刺し違えるのであれば、それはまだリリィの死に方として受け入れられるかもしれない。
しかし、おそらくはまだ死ぬということ自体をも十分に理解していないだろうこの少女が、危うく同じ「刺し違え」という死に方をしかけたことに対して、ロザリンデは強烈な違和感を覚えてしまうのだ。
そんな死に方は違うだろう、と。
たとえ生死を賭けた戦場においても、命は惜しむものだ。
命が惜しいから、生き残るために必死に戦うのだ。
自分が一人前だと認められるためなら死んでもいいなんて、そんな理由で戦って死ぬのは違うだろう、と。
たとえその時、彼女が明確にそれを意識していなかったとしても。
生き残るために必死に戦って、その結果として武運つたなく死ぬ。
それ以外の戦場での死に方を自分は認めたくない。
もちろんそれが自分以外のどのリリィであってもだ。
だから、
「でも、もう二度とあんなことはしないで」
ロザリンデはこれ以上なく真剣なまなざしで、結梨の目をまっすぐに見つめながら言った。
「どうして?」
結梨はきょとんとした顔でロザリンデを見つめる。
「あなたがヒュージを倒しても、あなたが還ってこなかったら、それは何の意味もないことなのよ」
「そうなの?」
「あなたが還ってこなかったら、みんなが悲しむ。
結梨ちゃんのためにみんなが悲しい顔をするのは、嫌でしょう?」
「うん、それはイヤ」
結梨は形の良い眉をひそめながら、はっきりと答えた。
「だから、結梨ちゃんが還ってこなくなるような戦い方は決してしないで、お願いだから」
「うん、分かった」
ロザリンデは結梨が納得できるように、できるだけ簡潔な理由付けで説明し、その結果、結梨はごくあっさりとロザリンデのその願いを受け入れた。
「私と約束してくれる?」
「うん、ロザリンデと約束する。必ず還ってくるって」
何一つためらうことなく、結梨はそう言い切った。
「ありがとう、結梨ちゃん」
ロザリンデは心からほっとした表情を、その端正な顔に浮かべた。
病室での結梨とロザリンデの対面は、なお続いていた。
戦いとは別に、この先の結梨の生活がどうなるのかについて、ロザリンデは頭を悩ませていた。
結梨が生きていたことが公になれば、再びG.E.H.E.N.A.や日本政府が前回以上の執拗さで身柄の引き渡しを要求してくるのは目に見えている。
彼女が人であることが既に証明されたにもかかわらず。
その理由は明白で、ノインベルトも使わずにギガント級ヒュージを一撃で倒せるリリィなど、その出生経緯がどうであれ、一柳結梨以外には誰一人として存在しないからだ。
彼女の人権を無視した非道な表現をするならば、極上の生体サンプルだと言える。
結梨の身の安全を確保するため、現時点ではガーデンの判断で、結梨の体が回復次第、特別寮でロザリンデたちロスヴァイセのメンバーと一緒に生活する予定になっている。
特別寮はその性質上、外部からの目を完全に遮断できる構造になっており、さらには特務関係者以外のガーデン内のすべての者からさえ遮断可能だ。
それゆえ、特別寮から出ない限り、結梨の存在が外部に知られることはない。
しかし、だからといって彼女にアンネ・フランクのような生活を一生させるわけにはいかない。
それでは余りにも結梨が気の毒だ。
ヒュージとの戦いを終結させ、自らの意思で自由に生きること、その願いを持つことが結梨だけに許されないのは、理不尽そのものだ。
彼女自身には何の責任もないのに、ただ生まれ持って背負わされた過酷な運命が、彼女の未来を救いの無いものにしようとしている。
ふざけるな。この子を運命の生け贄になどさせるものか。
それならば、神ならぬ人の手で、この私の手で、彼女の運命を変えてやろう。
それこそが、私が彼女にできる唯一の恩返しとなるだろう、とロザリンデは決意した。
「あなたの運命を、私が救ってみせます。
この私の命と名誉にかけて、そのことを今ここに約束します」
ロザリンデはもう一度結梨の目をまっすぐに見つめて、そうはっきりと宣言した。
「うん、ありがとう、ロザリンデ。私もがんばる」
いつもと何も変わらない屈託のない笑顔で、結梨はにっこりとロザリンデに答えた。