結梨が救出した少女との再会は、それから二日後に実現することになった。
面会の場所は特別寮のミーティングルームでも理事長室でもなく、特別寮の地下にある駐車場が指定された。
結梨はロザリンデと一緒に、地下に降りる階段を下りながら質問をした。
「駐車場ってことは、これからあの子がどこかに行くのを見送るの?」
「そうよ。彼女は中等部の三年生に相当する年齢だった。
だからこの高等部のガーデンではなく、鎌倉府の別の場所にある中等部のガーデンに移動するの」
「来年になったら、あの子はまたここに戻って来られる?」
「それはまだ分からないわ。
彼女が高等部への進学を希望したとして、原則的には他の入学希望者と同じ試験を受けて、それに合格する必要があるから。
でも、もし彼女の得点が基準に達していなくとも、百合ヶ丘で保護すべき特別な事情があれば、その限りではないわ」
「特別な事情……」
「たとえば家族がすべて亡くなっていたり、結梨ちゃんのようにG.E.H.E.N.A.から追跡される恐れが非常に高い場合などね」
「私は家族もいないし、G.E.H.E.N.A.からも追われるから、その両方なんだね」
結梨がいつもより少し低い声で言うと、ロザリンデは並んで歩く結梨の手をしっかりと握った。
「もちろん結梨ちゃんが成人するまでは、私たちとガーデンが親代わりを務めるわ。
その後は結梨ちゃんが希望すれば、梨璃さんの妹として養子縁組するという選択肢もあるでしょう。
私たちは決してあなたを見捨てたりしない。
結梨ちゃんが置かれた状況がどんなに過酷でも、あなたを運命の犠牲になどさせるものですか」
ロザリンデは目に見えない何かに宣言するように、力強く言葉を切った。
「ありがとう、ロザリンデ。もしあの子が来年ここに来たら、私があの子のお姉さんになって、あの子を護ってあげたい」
「そうね、元々のシュッツエンゲルの意義とは少しずれるかもしれないけど、そういう在り方もまた、私たちのようなリリィにはふさわしいのかもしれない。
――ああ、そろそろ駐車場に着くわね」
二人が階段を下り終えて、地下の広いとは言えない駐車場に出ると、一台の車の横に先日の少女と並んで一人の女性が立っていた。
あらためて見る少女の姿は、百合ヶ丘の制服を身にまとった、ごく普通のリリィに見えた。
背中まで伸ばした黒髪を後ろで束ね、やや大人びた端正な顔つきは、結梨よりも年上だと言われても違和感を感じさせなかった。
「先生、お待たせしてしまって申し訳ありません」
ロザリンデがその女性――教導官のシェリス・ヤコブセン――に声をかけると、
「いえ、まだ予定の時刻にはなっていないわ。早く来ておいた方がこの子と話す時間を長く取れると思って。さあどうぞ」
と、シェリスはロザリンデに答えた後、少女を促した。
シェリスの隣りに立っていた少女は結梨の前に進み出て、
「あの、このたびは本当に――」
と、結梨に深く頭を下げて、感謝の言葉を口にしようとした。
その言葉を少女が言い終えるよりも早く、結梨は少女に歩み寄り、少女の手を包み込むように握った。
「ごきげんよう、身体の調子はどう?痛い所とかない?」
結梨は少女の身体を気遣うように、口早に少女に尋ねる。
「ありがとうございます。おかげさまで、どこも問題ありません。
手首の負傷もあの後すぐに、ご一緒されていた御方に治していただきましたし」
保護された直後の、まだ茫然自失の状態だった少女の傷を、伊紀がZで瞬く間に治療したのだ。結梨はその時のことを思い出していた。
「あの時は、ちゃんと話ができなかったけど、今日は時間が来るまで話せるよ。
でも、お互いの名前とかは聞いちゃいけないんだって」
「はい、その説明は既に受けています。
それでも目の前で直接お話しできるだけで十分です。
あの時あなたが来てくれなければ、今この場に私はいないのですから」
「G.E.H.E.N.A.って、なんであんなことするのかな。
簡単に誰かを傷つけたり殺そうとするなんて、絶対だめだよね」
「それはG.E.H.E.N.A.にとっては、ヒュージに勝利するという目的のための些細な対価にすぎないからよ」
苦い表情でロザリンデが結梨の疑問に答えた。
「新しいブーステッドスキルやCHARM開発のための尊い犠牲、とでも言いたいのでしょうね、彼ら・彼女らは。
そして、それに従わない者は排除する、と」
「実験台にされる方は、黙ってそれを受け入れろというのですか?
こちらが望みもしていないのに拉致同然に身柄を拘束されて、まともな意思確認も無く、ほとんど脅されるような形で『協力』させられたのに」
「自分のしていることが正義だと無反省に思い込んでいる者ほど、他人の苦痛に対して信じられないくらい鈍感になるわ。
目的のためには手段を選ばなくなり、大を生かすために小を殺すような考えを平然と持ってしまう。
言うまでもなく、G.E.H.E.N.A.は大で、私たちは小ということね」
「G.E.H.E.N.A.の人は自分が弱い立場にならないから、そんなひどいことができるの?」
結梨は形の良い眉をひそめてロザリンデに尋ねた。
「その通りよ。残念ながら、社会の現状としては、G.E.H.E.N.A.が裏で行っている非人道的な実験に薄々気づいていながら、それを黙認する状態になっているわ。
G.E.H.E.N.A.が研究開発を止めたら、どうやってヒュージと戦っていくのか、と言わんばかりに」
「本当にそうなんですか?」
今度は結梨ではなく少女がロザリンデに質問した。
「いえ、G.E.H.E.N.A.の技術に頼らなくとも、CHARMの開発やマギの研究を行っている機関は他にいくらでもある。
現に百合ヶ丘で使われているすべてのCHARMは、G.E.H.E.N.A.由来の技術を完全に排除しているわ。
でも現実には各方面への様々な技術提供とロビー活動によって、簡単にはG.E.H.E.N.A.を社会から締め出すことができない構造になってしまっている。
それがこの問題の厄介なところよ。
だから現状では私たちのような特務レギオンが、あなたのような要救出者を個別に助け出す作戦を実施しているの」
「助けてもらった身で言うのも、おこがましいのですが――私のような者を一人ずつ救出していても、いたちごっこでしかないとは思われないのですか?」
「でも、私たちは現にあなたを助けることができた。
それはあなたを助けられなかった世界よりも良い世界でしょう?」
「それは――そうですけど、それって根本的な問題の解決にはならないと思います」
いかにも生真面目に問いかける少女に対して、ロザリンデはそれを好ましく思ったのか、少し表情を緩めて微笑んだ。
「そうね。根本的な解決には、もっと別の戦略が必要だわ。
それならいっそのこと、リリィと強化リリィだけの独立国家でも作ってみる?」
ロザリンデが悪戯っぽい微笑みをたたえながら少女と結梨に言うと、シェリスの大げさな咳払いが聞こえてきた。
「純真な子供たちに、あまり過激なことを吹き込まないように」
「冗談ですよ、先生」
「あなたの立場を考えると、その冗談は冗談に聞こえないのよ」
百合ヶ丘の数少ない三年生の生き残りで、かつ特務レギオンの最上級生。
単騎で戦局を変えられるほどの卓越した戦闘能力を誇る強化リリィ。
政治哲学の議論を好み、現時点における一柳結梨の実質的な保護者。
ロザリンデを形容するそれらの言葉をつなぎ合わせると、ある意味では危険極まりない重要人物と見なされても仕方ない。
「先生の言われる通りかもしれません。せいぜい自重するようにします」
ロザリンデは大人しくシェリスの指摘を受け入れ、結梨と少女に向き直った。
「ごめんなさい、せっかくの面会だったのに、深刻な話をしてしまって」
「いえ、私はG.E.H.E.N.A.の施設に囚われていた間、ずっと『どうして私がこんな目に遭わないといけないの』って考えていたんです。
だから、さっきのようなお話を聞かせていただいて良かったです」
「また来年、ここで逢えるといいね。私もその時までここにいられるように頑張るから」
「?」
結梨の言葉に怪訝な顔をする少女に対して、ロザリンデが補足の説明を入れる。
「この子にも少しばかり厄介な事情があって、事態が悪い方に転んだ場合、このガーデンを出なければいけなくなるかもしれないの」
「そうだったんですか。助けてもらったお礼は必ずさせていただきますので、私は絶対にこの高等部に進学するつもりです。
だから、それまで必ずここにいて下さいね」
「うん、ここでみんなと一緒に暮らそう。もう悲しい思いをしないように」
シェリスの運転する車に同乗した少女を見送った後、ロザリンデに促されるまで、結梨は何も言わずに車の去って行った出口をじっと見つめていた。
――こうして一柳結梨が参加した初めての救出作戦は、成功裏に終わりを告げた。
ようやく強化リリィ救出作戦のエピソードを終えることができました。
長かった……
分かっていたこととはいえ、ストーリーが重い・説明が長い・結梨ちゃんとロザリンデ様の台詞が相当に理想主義的なので、かなり読む人を選んでしまう形になりました。
重い内容と悪文にもめげず、今回の投稿分までお読み下さった方、本当にありがとうございます。
途中で読むのをお止めになった方も、次回からしばらく軽めの話が続く予定なので、気が向いた時に覘いてやって下さい。
次回は1年李組の設定を使って一話書いてみるつもりです。