このエピソード終了後は、アニメの時系列からラスバレの時系列に移行する予定です。
空に灰色の雲が厚く垂れ込めていた或る日のこと。
突然、聞き慣れない電子音が、廊下のスピーカーを通して部屋の中まで聞こえてきた。
「あれ?何この放送。こんなの今まで聞いたことないよ」
「これは避難命令の警報音だわ。ガーデンに極めて重大な事態が発生した場合、すべてのリリィは速やかに指定の避難場所まで移動しなければならない。それを指示するためのものよ」
特別寮の自室で、ロザリンデは突然鳴り響いたアラートについて、結梨に説明した。
「さっきの地響きと関係あるのかな?」
「その可能性が高そうね。ただの地震ではなさそうな揺れ方だったし、おそらくヒュージ絡みの現象でしょう」
「お姉様、私たちもガーデン裏側の高台まで避難しますか」
碧乙がロザリンデに避難場所の確認をする。
「そうね、命令には従わなければ」
「でも、結梨ちゃんを人目に付かせるわけにはいきませんよ」
「ええ、かと言って結梨ちゃんを一人でここに残すわけにもいかない。
ロスヴァイセの誰かが一緒にいて、状況の判断をする必要があるわ」
「それなら、お姉様がご一緒なさるのが一番良いかと」
「いえ、現状では何が原因で避難命令が出されたのかすら分からない。
今発生している不測の事態に対して、取るべき最善の選択をできるのは私ではなく、碧乙、あなたよ」
「私のレアスキルですか」
ファンタズム。無数に分岐する未来の可能性から、自分が欲する最適な結果に至るための行動を見い出すためのレアスキル。
「そう。必要と判断したら、地下の通路からガーデン外に出ても構わない。その判断はあなたが一番正確に出来るはず」
「そうですね。それが出来なければ、何のためのファンタズムか分からないですもんね。
では私と結梨ちゃんは状況が判明次第、この部屋から移動します」
その時、ドアをノックする音がした。
ロザリンデが返事をすると、ドアが開いて伊紀が顔を覗かせた。
「失礼します。先ほど由比ヶ浜ネストからラージ級とみられるヒュージが射出されました。
この後、地球上空を一周してここに戻ってくるとの予測です」
「大気圏を超える高度から降下するということ?」
「そうです。弾道軌道でそのまま落下してきた場合は、ヒュージ自体が質量兵器としての破壊力を持ちます。
もしガーデンに直撃すれば、おそらく建物は完全に破壊され、落下地点には直径100メートル以上のクレーターが形成されると思われます」
「では、やはりすぐにガーデンの外に避難するべきね。
私と伊紀は他の生徒と合流して指定の避難場所に向かうわ。
碧乙、結梨ちゃんをお願い」
ロザリンデが伊紀から碧乙の方に顔を向けると、碧乙はすぐに返事をした。
「はい。私は結梨ちゃんと一緒に、特別寮の地下通路を使って一番遠い隠し出口へ向かいます。
それが他の生徒に最も見つかりにくいルートですから。
その後は避難場所から十分に距離を取った地点で待機します。
結梨ちゃん、念のためにゴーグルを着けておいてね」
「分かった。あと、CHARMも持っていくんでしょ。用意してくる」
そう言って結梨は部屋の隅にあるCHARM収納庫の扉を開け、ケースに入った各自のCHARMを取り出し始めた。
「何か異常事態が発生したら、通信端末で連絡を取ること。特に碧乙と結梨ちゃんは他の生徒と離れて単独行動になるから、十分に注意して」
「はい、お姉様方もお気をつけて」
四人は部屋を出ると二手に分かれ、結梨と碧乙は地下へと降りる階段へ向かった。
「ごめん、碧乙。私がいるせいで迷惑をかけて」
「結梨ちゃんは何も悪くないわ。悪いのは全部G.E.H.E.N.A.なんだから、結梨ちゃんが気にすることなんて、これっぽっちもないの」
「ありがとう。……G.E.H.E.N.A.が私を見つけたら、やっぱり私の身体で実験するのかな」
「いい事をしてるつもりなのよ、あいつらは。
本人が望みもしないのに、人体実験で無理やりブーステッドスキルを付けたり、薬物を投与して人為的に肉体を強化したり。
中には上手くそそのかして、詐欺みたいに本人から進んで実験を受けるように仕向けるケースもあるみたいだし。
その結果、ヒュージに対して有利に戦えるようになれば、それで実験は成功。
副作用や拒否反応なんて薬で抑え込めばいい。
運悪く死んだり廃人になったりしても、それはヒュージに勝利するための尊い犠牲。
だからどんどん実験してデータを集めていくっていう考え方ね。
はっきり言って頭おかしいんじゃないの、って思うわ」
「怖いね、そういう人たち」
「盲目的に『正義』を振りかざす人間ほど残酷になると、お姉様は言っていたわ。
そして、決して私たちがそうならないようにと」
最後の方は、ほとんど独り言のように碧乙はつぶやいた。
二人は階段を下り終え、駐車場を経由して、一番奥にある通路の入口へ向かった。
通路内に設置されている照明の間隔は広く、光が届かない箇所が断続的に存在している。
その通路を数十メートル進んだところで、急に結梨が碧乙を制止した。
「碧乙、待って。この先に誰かいる」
「えっ?」
結梨の注意に驚いた碧乙が足を止め、前方を凝視した。
すると少しの間を置いて、通路の奥、照明の届ききらない暗がりの中から女性の声が聞こえてきた。
「こんなところに隠れていたのね。G.E.H.E.N.A.謹製の人造リリィさん」
その艶やかな声は、抑えきれない高揚感に満ちていた。