アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第8話 侵入者(2)

 

「出て来なさいよ、そこの不審者」

 アステリオンを構えた碧乙が結梨の前に出て、通路の先の暗がりに向かって呼びかける。

 すると、その暗がりの中から一人の女性が現れた。

 

 背格好から推測される年齢は、碧乙と同じくらいか少し上。

 長い黒髪と均整の取れた身体。

 黒いドレスのような服に身を包み、暗がりから出て悠然と二人に歩み寄ってくる。

 

「ごきげんよう、百合ヶ丘のリリィさんたち」

 優雅に挨拶をしたその女性は、一見して常人ではない雰囲気を漂わせていた。

 そもそもこのタイミングで、この場所にいること自体が普通の人間ではない。

 

 女性の頭には、丸みを帯びた三角形の髪飾りが二つ装着されていた。

(こいつも猫耳を付けてるのか……どうして私の前に現れる猫耳付きは曲者揃いなの?しかもご丁寧に首に鈴まで付けて)

 

 碧乙は警戒を微塵も緩めることなく、目の前の女性に問う。

「百合ヶ丘のリリィじゃないわね。どうやってここまで入ってきたの。

外部との出入口は植生でカモフラージュされていて、複数の監視装置が常時作動している。

出入口を見つけた上に、監視にも引っかからずにここまで来るなんて考えられない」

 

「さあ、どうやってでしょうね。聞けば何でも教えてもらえると思わないことね」

「それなら、多分これも無駄だと思うけど聞いてみるわ。

私のファンタズムでもあなたの出現は予知できなかった。これにも何か仕掛けがあるの?」

「仕掛けという表現が適当かどうかはさておき、それに相当する何かは当然あるわ。

でもそれが何なのかは自分でお考えなさい」

 

「そう言うと思ったわ。ということは、あなたの正体も答える気は無いというわけね」

「その子と一緒にいるのなら、あなたは『そういうことを担当するレギオン』のリリィでしょう?

少し気合を入れて調べれば、私の情報くらいそれなりに出てくるはずよ。このレベルのガーデンなら」

 

「さいですか。それじゃ後で調べさせてもらうとして、今は目の前の本人から直接喋ってもらうことにするわ」

「ふうん、どうやって?」

「もちろん、力ずくでよ。あなた、丸腰みたいだけど、CHARMは持ってないの?」

 碧乙は右手に持ったアステリオンを、正面に立つ女性に向けた。

 

「今日は必要無いと判断したから、持って来ていないわ」

 女性は平然と言い放った。

「手ぶらで敵地に侵入してくるとは、このガーデンも随分と舐められたものね」

「私はあなたたちの敵ではないつもりだけど」

「G.E.H.E.N.A.の関係者がぬけぬけとそんな事を言って、誰が信用するの」

 

「私はG.E.H.E.N.A.の関係者だなんて一言も言ってないわ。関係無いとも言ってないけど。

でも少なくとも、その子をモルモット扱いする輩の味方ではないつもりよ」

 そう言って、女性は碧乙の肩越しに結梨を見た。

 

 結梨はポケットから通信端末を取り出して画面を確認したが、今は地下通路の中ほどにいるためか、電波は圏外表示になっていた。

 この状態ではロザリンデに連絡を取ることはできない。

 

「この子が誰だか知ってるのね」

 碧乙はアステリオンを正面に構えたまま、あらためて女性に確認した。

 

「それはもう、鎌倉府や東京のガーデンでは誰一人として知らぬ者の無い有名人だもの」

「捕獲命令が出た時のことを言ってるの?」

「そうよ。逃亡中の凶悪犯同然に、手配書が鎌倉府と東京の全域に配布されていた。

何がしかのガーデンに所属しているリリィなら、誰でもその子のことを知っている」

 

 そこで一度言葉を切って、女性は結梨の顔を見つめた。

 

「人としての名前は一柳結梨」

「結梨ちゃんは人間よ。ヒュージじゃない」

「今この場で、その議論をするつもりは無いわ」

 女性は更に前へ進み、碧乙との距離が縮まる。

 

「止まりなさい。それ以上近づいたら攻撃する」

 碧乙が警告をしたが、女性の歩みは止まらない。

「くっ――」

 警告を無視された碧乙がアステリオンを振りかざそうとした時、結梨が碧乙の前に出て攻撃を制止した。

 

 碧乙に背を向けたまま、結梨は自分の考えを口にする。

「この人が敵かどうか、私には分からない。

でも、戦うためにここに来たわけじゃないことは分かる。

それに、今の私たちがCHARMを使っても、多分この人には勝てないと思う」

 

「あなたは本質を良く理解しているようね。私の前ではゴーグルは意味が無いから外しなさい。素顔を見せて」

 その言葉に従い、結梨は黙ってゴーグルを外し、女性と向き合った。

 

「良い目をしているわね。本来ならもっと早くここに来たかったけれど、なかなか機会が訪れなくて。

今日ようやく、あのヒュージのおかげで警備が手薄になってくれた。

さすがにこのガーデンのリリィが揃っている状態では、侵入したところで大立ち回りになってしまうから」

 

「私に用があったから、ここまで会いに来たの?」

「ええ、あなたが死んでいない可能性に賭けて、百合ヶ丘のガーデンに忍び込むチャンスをうかがっていた。見ての通り、結果は大当たりだった」

 自らの読みが的中した女性は、会心の笑みを浮かべた。

 

「あなたは藍や来夢とも違う、現時点でオンリーワンの存在。ぜひ私の力になって欲しい。いえ、なりなさい」

「ちょっと、藍とか来夢って誰のこと?結梨ちゃんをどこかへ連れていくつもり?」

 女性の不可解な発言に碧乙が口を挟んだ。

 

「いいえ、今はまだその時ではない。いずれしかるべき時機に、あらためてこの子を迎えに来る。

だから、それまではこの子をG.E.H.E.N.A.の下衆連中からしっかり護ってあげなさい。傷一つ付かないように」

 

「なんであなたにそんな事を指図されないといけないのよ。だいたい結梨ちゃんの意思はどうなるわけ?」

「無論、彼女の意思を無視して身柄を拘束するなどどいう事はしない。私の考えを充分に説明して、それに納得した上で私と行動を共にしてもらうわ」

 

「見た目通りの結構な自信家なのね。結梨ちゃんを連れて何をしでかすつもりなのか知らないけど、どうせろくでもない事でしょうよ」

「それを言うなら、あなたたちのガーデンが力を入れている強化リリィの救出も、私から見れば好事家の道楽のようなもの。

でも、それはあなたたちの自由であって、その行為に異を唱える気は無い。せいぜい一人でも多くの可哀想な強化リリィを救ってあげればいい」

 

「ふん、あなたのやろうとしている事は、さぞかしご立派な人助けなんでしょうね」

 できる限り皮肉っぽく碧乙は女性に言ったが、女性は歯牙にもかけない様子だった。

 

「そんな些末な事よりも――」

 女性は結梨に向かってさらに歩を進め、手を伸ばせば触れられるほどの距離にまで近づいた。

 

「結梨、今日はあなたの生存を確認し、こうして直接会えた。それだけでも望外の幸運だった。

だから私の事情が許す限り、特別にあなたの疑問に答えてあげる。あなたの知りたいことは何?」

 打算とも親しみとも判別しがたい微笑を浮かべて、女性は結梨に質問を許可した。

 

 女性の言葉を受けて、結梨は間を置かずに『最初に知りたいこと』を口にした。

「あなたの、名前を教えて」

 

 

 

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