「……今、何て言ったの?」
碧乙の理性は『御前』の発言を言葉通りに解釈しようとし、碧乙の常識はその内容を拒絶した。
その結果としての聞き返しが、碧乙の口から発せられた。
「言い方が回りくどかったかしら。では言い直しましょう。
あの時のギガント級ヒュージは、人為的に作り出された個体よ」
「作り出された、って……誰があれを作ったというの?」
「それが愚問だと、本当は自分でも分かっているでしょう?」
「G.E.H.E.N.A.……」
結梨が消え入りそうな声で小さくつぶやく。
「うそ、ありえないわ、そんなこと」
碧乙は自分の声が上ずって、心拍数が急上昇するのが分かった。
「そうかしら。あのギガント級が出現したタイミング、ネストのマギを利用した特異な攻撃方法、撃破後の異常な規模の大爆発、それらすべてが不自然だとは思わなかった?」
「それは……言われてみれば変なことばかりだったとは思うけど。
G.E.H.E.N.A.にそこまでの技術があるというの……」
碧乙は愕然とした様子を隠すこともできず、言葉を途切れさせた。
しかし、何とか気を取り直して『御前』に反論する。
「それでも、いきなりそんなことを言われても、頭がついて行かないわ。
第一、あなたの言葉を裏付けるだけの物的証拠はあるの?」
「無いわ。私の言葉をあなたが信じるかどうか、それだけよ」
「今日初めて会った、得体の知れない相手の言うことを信じろと?」
「信じたくなければ、信じなければいい。どこの誰とも分からぬ者の戯言と聞き流しておけばいい。
でも、その結果、取り返しのつかない事態を招くことになっても泣き言を言わないで」
「くっ――」
「そのつもりがなくとも、あなたたちは少しばかり、あの組織を侮っている部分がある。
G.E.H.E.N.A.は人権を無視した人体実験と、危険なCHARMもどきの開発だけしているわけではない。
ヒュージ細胞から人間が作れるのなら、ヒュージそのものも作れると考えるのが当然でしょう」
『御前』は伏し目がちに結梨の方を見ると、初めて申し訳なさそうな表情をした。
「結梨、ごめんなさい。あなたを傷つけるようなことを言ってしまって」
「ううん、平気。ヒュージの細胞から作られたとしても、今の私は人間だから。
でも、あのヒュージがG.E.H.E.N.A.の作ったものでも、何のためにそんなことをしたの?」
まるで教師に質問する生徒のごとく、結梨が『御前』に尋ねた。
「あなたと百合ヶ丘のすべてを、この世から消し去るためよ」
「G.E.H.E.N.A.が私を殺そうとしたんだ……」
「どうして結梨ちゃんを殺そうとするのよ、奴らにとっても最重要人物のはずなのに」
「鳴かぬなら殺してしまえ不如帰、ということでしょう。
結梨が人間であることが証明されて、その身柄は百合ヶ丘のガーデンが保護することが確定した。
しかし、G.E.H.E.N.A.は敵対勢力である百合ヶ丘に結梨を取られるくらいなら、いっそガーデンごと消し去ってしまおうとした。
無論、あなたたち百合ヶ丘のリリィも含めて」
「じゃあ、G.E.H.E.N.A.は結梨ちゃんを確保できなかった腹いせに、ヒュージを使ってガーデンごと私たちを皆殺しにしようとしたってこと?」
「簡単に言えば、そういうことね。
おそらく、査問委員会の連中が議論に勝てなかった場合の善後策として、用意しておいたのでしょう。
ネストの近傍に人工のケイブを発生させて、ネストからヒュージが出現したように偽装したものと思われるわ」
「まともじゃないわ、狂ってる」
嫌悪感を露わにして、吐き捨てるように碧乙は言った。
だが『御前』はそれには何も答えず、事務的な口調でさらに説明を続ける。
「あのギガント級の体内に蓄えられた膨大なマギは、砲撃のエネルギー源であるだけでなく、撃破された際には周囲を巻き込んで大爆発するための自爆装置でもあった。
百合ヶ丘のガーデンが灰燼に帰すまで海上から砲撃を続け、リリィに撃破されれば内部のマギに誘爆して大爆発する、一種の特攻兵器のようなヒュージ。
あなたたち百合ヶ丘のリリィが多大な犠牲を払った末に、ようやく撃破したと思ったら、その場で大爆発を起こして生き残りのリリィも大多数が戦死、というシナリオだったはず。
その後は――」
「もう充分よ。それ以上は聞きたくない」
青ざめた顔で碧乙は『御前』の説明をさえぎった。
「碧乙、大丈夫。あのヒュージは私がやっつけたから。私たちは生きてるから」
結梨が碧乙を支えるかのような言い方でなだめようとする。
「……ありがとう。ちょっと今の話は刺激が強かったわ。
こんな姿をお姉様や伊紀に見られたら、シュッツエンゲルの契りを解消されても文句は言えないわね。我ながら情けない」
碧乙は大きく深呼吸して落ち着きを取り戻し、『御前』に向き直った。
「まだあなたの話を鵜呑みにするわけにはいかない。
でも、もしそれが本当なら、G.E.H.E.N.A.は絶対に許せない。人の命を何だと思ってるの」
「何とも思っていないでしょうね」
あっさりと『御前』は言い切った。
「それはあなたたち自身が、これまでのG.E.H.E.N.A.との確執でよく分かっているはず。
だから強化リリィの救出作戦という慈善事業に精を出しているわけでしょう?」
今の碧乙は『御前』の皮肉に反論する気にはなれなかった。
「分かっていたつもりだったけどね。いざ自分たちが抹殺のターゲットにされてみると、とても冷静ではいられないものだと思い知らされたわ。
あれがG.E.H.E.N.A.の手によるものだと、あなたは知っていた。ということは、今回が初めてじゃないってことね」
「ええ、既に何度も、G.E.H.E.N.A.は自分たちが作ったヒュージにリリィを襲わせている。
特型に分類されるヒュージの一部は、G.E.H.E.N.A.製のヒュージだと考えられる」
「なんてこと……」
G.E.H.E.N.A.は自分たちの手でヒュージを作ることができ、それを道具として利用している。
自分の意思を持ち、反旗を翻しかねない強化リリィよりも、本能のままに破壊行動を行うヒュージの方がG.E.H.E.N.A.にとっては都合が良い。
戦闘能力でリリィを凌駕するヒュージの開発と量産化に成功すれば、この地球上でG.E.H.E.N.A.に対抗できる勢力は存在しなくなる。
いや、実際には見えないところで、既にそのような状況が出来上がりつつあるのかもしれない。
「ということは、G.E.H.E.N.A.がその気になれば、そう遠くない未来にヒュージを使って世界を征服できるってこと?」
まるで三文小説のような安っぽい話だと、碧乙は苦々しく思った。
事実は小説より奇なりというが、これはあんまりだ。
「このままG.E.H.E.N.A.を放っておけば、いずれそうなるでしょうね。
それは私にとっても実に望ましくない展開。
だからあなたたちのような反G.E.H.E.N.A.主義のガーデンには、この事実を認識してもらって、G.E.H.E.N.A.の目論見を妨害してもらわないといけない。
少なくともその点については、私とあなたたちは利害を共有する関係にある」
そこまで言って、『御前』は碧乙の隣りに立つ結梨の顔を見た。そして、
「それが結果的には、結梨の運命を救うことにもつながる」
と、半ば自分に言い聞かせるようにつぶやいた。