「それなら、いま地上にいるヒュージもG.E.H.E.N.A.が作ったものなの?」
結梨は不安になりそうな気持を押し殺して、天井を見つめた。
「それは何とも言えない。自分の目で確かめたわけではないから。
ここから分かることと言えば、あれが一種のジャミングを掛けていることくらい」
「ジャミング?」
「あなたたちの手にしているCHARMをよく御覧なさい」
「えっ?」
碧乙と結梨がそれぞれのアステリオンを見た。
どちらのマギクリスタルコアにも光は無い。
「CHARMにマギが入ってない。碧乙、これって……」
「CHARMのOSが起動できない。二つとも同じ現象ということは、CHARMの機械的故障じゃないわ」
「それが上にいるヒュージの影響。マギの固有波長に干渉する力場を形成して、レアスキルとCHARMを使用不能の状態にしている」
「何それ。そんな攻撃をしてくるヒュージなんて聞いたことないわよ」
「上にいるヒュージも特型?」
結梨が『御前』に尋ねる。
「攻撃の性質からすれば、特型に分類されてもおかしくない。
でも、それ以上のことは今この場では分からないわ。
それに、このジャミングもそう長くは続かないかもしれない」
「どうして『御前』はそう思うの?」
「一人だけCHARMを起動できているリリィがいるようだから。
そのリリィならヒュージの干渉を打ち消して、ジャミングを解除できる可能性がある。
それができれば、後はガーデンのリリィ総がかりで攻撃できるから、撃破は難しくないでしょう」
「それなら、地上のことはそんなに心配しなくてもいいわけね。
あ、言ってるそばから」
二人の手にしているアステリオンのコアが発光し、ルーン文字が表面に浮かび上がった。
「さあ、これで思う存分CHARMを振るえる状態になったわけだけど、どうする?
腕試しをしてみる?二人がかりでも私は構わないけど」
素手であるにもかかわらず、『御前』には全く動じる気配が無い。
「それじゃ、せっかくだからお言葉に甘えて、やらせていただきますか。結梨ちゃんも一緒に戦ってくれる?」
「うん……」
結梨はあまり気乗りしない様子だったが、『御前』の実力を実際に確認しておく必要があると考えたのか、アステリオンを構え直した。
二人はじりじりと間合いを詰め、攻撃範囲内に達すると同時に『御前』に斬りかかった。
二方向からの同時攻撃を受けた『御前』は、完全にその軌道を読み切り、難無く二つの斬撃をかいくぐって二人の背後に出た。
攻撃を回避された碧乙と結梨が振り返るよりも早く、『御前』は二人に対して同時に攻撃を仕掛ける。
碧乙と結梨は、かろうじてアステリオンを身体の前に出し、信じられないほどの速度で連続して繰り出される蹴りを防御する。
ラージ級と一騎打ちできるほどのリリィである結梨と碧乙が二対一で、しかも素手の相手に対して防戦一方で全く歯が立たない。
『御前』の攻撃と回避は、明らかに通常の戦闘行動の範疇から完全に逸脱していた。
(完璧にこちらの動きを見切った上に、私たち二人に対して同時に攻撃をしている。ファンタズムでもこっちの攻撃が命中する未来は視えない。間違いなく『この世の理』を発動している。それもS級の)
何十発目かの蹴りをCHARMで受け止め、勝機が無いことを悟った碧乙と結梨は、示し合わせたかのように後方に跳び下がって距離を取った。
もし『御前』がCHARMを持参していたら、最初の数秒間で勝敗は決していたと認めざるを得なかった。
「結梨、どうしてレアスキルを使わなかったの?まさか出し惜しみをしたわけでもないでしょうに」
『御前』は不思議そうな表情で結梨に問いただした。
「レアスキルを使っても、あなたには勝てないと思ったから」
「随分と謙虚なのね。あなたは少なくとも二つのレアスキルを同時に発動できるはずだけど、それでも私に勝てないと?」
「分からない。でも私の力は誰かを助けることや護ることに使いたいから。ただ誰かと戦うだけのことには使いたくない」
「……いいでしょう。私はその意志を尊重する。
あなたが本気で戦った時の実力は、あの海上での戦闘でよく分かっている。
あらためて無理強いする道理は無い。
あなたの持つ圧倒的な力は、あなたが背負わされた圧倒的な理不尽と闘うためにこそある。
だから、あなたが必要と思った時には、ためらわずにその力を使いなさい。
闘いなさい、自分の未来を切り開くために。
それができて初めて、あなたは本当に自分の人生を生きることができる」
『御前』の言葉は、運命を共にする朋友に語りかけているように、結梨には聞こえた。
「――さて、これで私を侵入者として拘束するのは不可能だと理解してもらえたと思う。
伝えるべきことは伝えたつもりだから、後はあなたたちのガーデンの問題として取り組みなさい。
今よりももっと状況が進展すれば、私がしようとしていることの具体的な形が、あなたたちにも見えてくるはず。
その時に再び私はあなたの前に現れるから、良い返事を聞かせてくれることを期待するわ、結梨」
「もし私たちの方から『御前』に連絡を取りたくなったら、どうすればいいの?」
思いがけない結梨の発言に、隣りにいた碧乙が驚いた顔をしたが、『御前』はそれを気にも留めていない様子だった。
「これは嬉しいことを言ってくれるわね。そう、その時はルドビコの戸田・エウラリア・琴陽というリリィにコンタクトを取りなさい。
彼女は私の第一の協力者だから、あなたの情報が漏れたりする心配は無い」
「ルドビコって、東京のルドビコ女学院のこと?
あのガーデンは親G.E.H.E.N.A.主義の代表みたいなところで、百合ヶ丘とは完全な敵対関係にあると言っても過言じゃないけど」
警戒感を露わにして、碧乙が『御前』に問いただした。
「そう、ガーデンとしてのルドビコは、確かにG.E.H.E.N.A.と癒着していた。
しかしガーデン内部での一連の事変を経て、一部のリリィはガーデンに反旗を翻し、独立した行動を取り始めている。
琴陽はレギオンには所属せず、表向きはルドビコのガーデンに従っているけれど、実際には私の協力者として行動している。
だから、あなたたちはルドビコのガーデン本体を通さずに、琴陽と直接接触するようにすればいい。もっとも、具体的な方法はそちらで考えてもらう必要があるけど」
「また無理難題を言ってくれるわね。まあいいわ、あまりにも手取り足取り教えてくれると、それはそれで気持ち悪いから」
「――上の方の戦闘もそろそろ決着がつきそうだから、その前に失礼させてもらうわ。
このガーデンに来たついでに、もう一人会っておきたいリリィがいたのだけれど、それはまたの機会にしましょう。あのCHARMも彼女に持ち出されてしまったようだし。
では、再会できる日を楽しみにしているわ。ごきげんよう」
そう言うと、『御前』は身を翻して二人に背を向け、通路の奥へと歩き去って行った。
結梨と碧乙は、その後ろ姿が通路の暗がりに隠れて見えなくなるまで、目を離すことができなかった。
「行っちゃったね」
「ええ、もし彼女が敵意を持った侵入者だったらと思うと、ぞっとするわ」
素手の『御前』相手に手も足も出なかったのだ。CHARMで武装した状態で襲われれば、ひとたまりも無かっただろう。
「とにかく、ひとまず上に上がってお姉様に報告しましょう。私たちだけでどうこうできる問題でないのは明らかだから」
二人が通路を戻り、地下駐車場を通り抜けて階段を上がっていたその時、轟音が響き渡って建物全体が激しい揺れに襲われた。
「これは、何かの爆発?」
「さっき『御前』が言ってた戦闘の決着がついたのかも」
「ガーデンのすぐ近くか、あるいは敷地内で撃破したみたいね。この衝撃だと、建物に結構な被害が出ている可能性がありそうね」
階段を上がり終えて特別寮の廊下に出ると、固定されていない物が倒れていたり、壁や床の一部が損傷していたが、建物が崩れるほどの被害は発生していなかった。
ただし、特別寮はガーデンの校舎に隠れるように奥まった所にあるため、深刻な被害を免れた可能性が高い。
「結梨ちゃん、ちょっとここで待ってて。外の様子を見てくる」
結梨を残して特別寮の外へ出て行った碧乙が戻ってきたのは、数分後のことだった。
「駄目だった、校舎は思ったより派手にぶっ壊れてたわ。爆発の衝撃をまともに食らったみたいね。当分は授業どころじゃなさそう」
「ロザリンデたちは大丈夫かな」
「外に出た時に見つけたリリィをつかまえて状況を聞いてみたけど、負傷者はほとんどいないとのことだったわ。どうもガーデンのリリィ全員でノインヴェルト戦術を実行したみたい」
「すごい、そんなことできるの?」
結梨は半信半疑で碧乙に尋ねた。
「参加したのは二十人程度って主張してるリリィもいたけど、実際にできたみたいだから、そうとしか言いようがないわね。理論上はあり得ないけど。
でも、その時の過負荷でほとんどのCHARMが全損状態になっているでしょう。
だから生き残りのヒュージが少しでもいたら、それがスモール級でも危険よ。
予備のCHARMってどのくらいあったっけ……」
碧乙がやきもきしながら今後の取るべき行動を考えていると、廊下の向こう側にロザリンデと伊紀の姿が見えた。
二人ともボロボロに損傷したアステリオンを手に持っている。
「良かった、二人とも無事だったのね。私たちの方は――」
近づいてきたロザリンデが結梨と碧乙に声をかけると、ロザリンデの言葉が終わらないうちに、碧乙が深刻な表情で答える。
「お姉様、私たちは避難の途中で『御前』と名乗る人物に遭遇しました。
そいつは結梨ちゃんを自分の仲間に引き入れるつもりで、恐ろしく強くて、何かとんでもないことをしようとしていて、G.E.H.E.N.A.がヒュージを作ってると言って――とにかく、すぐにガーデンに報告して、史房様たちと一緒に、早急に今後の対応を協議する必要があります」
大破した校舎のことなどまるで眼中に無いかのように、碧乙は一気にまくし立てた。