梨璃と夢結が由比ヶ浜ネストのアルトラ級討滅のため、輸送機に搭乗して出撃した翌日。
大きな被害を免れた特別寮のミーティングルームに、高松咬月・出江史房・秦祀・内田眞悠理・ロザリンデ・碧乙・結梨の七名が集合した。
「――以上が、私と一柳結梨さんが地下通路で『御前』と遭遇した内容の概要です。
なお、会話の内容は通信端末に、戦闘データはCHARMに記録されていますので、それらを遭遇時の証拠としてガーデンに提出しました」
石上碧乙は過日の『御前』と遭遇した一連の経緯を口頭で報告し終えると、ローテーブルを囲んで座る一同の顔ぶれを見渡した。
理路整然とした説明からは、『御前』に遭遇した直後の動揺は微塵も感じられず、碧乙はすっかり落ち着きを取り戻していた。
「あの時のギガント級がG.E.H.E.N.A.の差し金ですって……」
思いがけない内容に、愕然とした表情で祀が絶句する。
それに対して眞悠理は、以前から多少なりともその可能性を見越していたのか、冷静に自分の意見を述べる。
「にわかには信じがたい話だけど、それを否定できるだけの根拠を私たちが持ち合わせていないことも事実。
『御前』とやらの言ったことは確かに筋が通っている。
不本意ながら、私は彼女の考えに同意せざるを得ない」
「百由さんが『性格のひん曲がってそうな役人だか政治家だかを、けちょんけちょんに論破してやったわ』って、得意げに言っていたけど、それが余程頭に来たのかしら」
「いえ、彼らは単なる傀儡でしかなかった。その上にいる者が命令を出したのでしょう。
議論の場で敗れた場合のプランBが、結梨さんと私たちの抹殺、そしてガーデンの完全な破壊だったということです」
「よくそこまでドラスティックな選択ができるものね」
祀と眞悠理の会話を聞いていた史房が、嫌悪とも軽蔑ともつきかねる口調で嘆息した。
「G.E.H.E.N.A.が過去にも同様のことをしてきた可能性は充分あると、私は思います。
そうでなければ、あまりにも手際が良すぎる。
自分たちに歯向かう者を、ヒュージを使って排除する。
そのヒュージがG.E.H.E.N.A.の仕向けたものであると立証できない限り、奴らを法で裁くことはできない。完全犯罪の成立です」
眞悠理は苦々しげに自らの考えを述べ終えた。
生徒会長たちの第一の関心は、敵か味方かさえ判然としない『御前』よりも、直接的な脅威となりうるG.E.H.E.N.A.のヒュージに向けられていた。
「しかし、『御前』の言ったことは現時点では証拠の無い仮説にすぎません。今この仮説を事実として、百合ヶ丘の一般生徒に伝えるわけにはいきません」
「そうだな。その仮説を聞いて逆上したリリィが一方的にG.E.H.E.N.A.に攻撃を仕掛ければ、それこそ向こうの思う壺だ」
理事長代行の高松咬月が、眞悠理の意見に同意する。
「それに、その『御前』が意図的に我々をその仮説に誘導しようとしていることも考えられる。
その誘導によって彼女が我々とG.E.H.E.N.A.を全面的に争わせ、共倒れを狙っている可能性もある。
それゆえ、証拠を掴むまでは、これまで通りガーデンに襲来するヒュージの迎撃に徹するしかないだろう。
だが、白井君と一柳君が今まさに赴いているアルトラ級の討滅に成功すれば、その負担は劇的に少なくなる。今はそれに期待しよう」
咬月はヒュージネストがある海の方角を向いて、祈るように言葉を発した。
「では、次に『御前』なる人物についてですが――」
碧乙が咬月を見て、彼の言葉を待つ。
「君たちの会話と戦闘の内容は確認させてもらった。確かに石上君の言う通り、尋常な人物では無さそうだ。
監視カメラの映像にも彼女の姿が映っていたが、ある瞬間から忽然と出現したように見える。
地下通路から外部への出入口にも、扉を開閉した形跡は一切無かった」
「ということは、一種のテレポーテーションのような能力を使ったと考えられるのですね」
「それに該当するレアスキルは、S級レベルの縮地『異界の門』です。
これはワームホールによる空間移動なので、扉も壁も無視して移動することができます」
「つまり彼女がその気になれば、いつでも好きな時にこのガーデンに入って来れるというわけね」
「ただし、光学迷彩の能力までは持っていないようですから、人目につかずにガーデンの中を動き回るのは難しいはずです。
彼女自身の発言にもあるように、今回は全校避難でガーデンが無人に近くなったため、千載一遇の好機と見て侵入を決行したのでしょう」
三人の生徒会長が口々に『御前』の能力について言及し、その実力を見極めようとする。
「碧乙さんの報告では、『御前』は戦闘時に『この世の理』を発動していた。それに加えて侵入時に縮地も使用していたとなると、彼女は複数のレアスキルを使えることになる」
という史房の指摘を聞いて、「それではまるで結梨と同じではないか」と、その場にいた誰もが思ったが、口に出すことは控えた。
結梨は黙ったまま、表情を変えずにロザリンデと碧乙の間に座っている。
その結梨を気遣うように見てから、ロザリンデは自分の思うところを咬月に話し始めた。
「彼女の目的にしても、自らが望む世界を創りたいという漠然としたことしか語らず、具体的に何をするつもりなのかは不明です。
おそらくはリリィあるいは強化リリィによる理想の社会を実現しようとしているのだろうと思われますが、それ以上のことは何も分かりません。
その理想の社会が、周囲から孤立した閉鎖的な集団なのか、国家レベルで統治・支配するほどの野望を持っているのか、今のところは判断する材料がありません」
ロザリンデが発言を終えた後に、史房が言葉を続ける。
「彼女は自分の理想を実現するための重要な協力者として、結梨さんに目をつけた。
だから結梨さんの仲間である私たちに対して、今のところは敵対的な行動を取ることは無いと考えていいと思います。
だとしても、このまま『御前』を無視しておくわけにはいきません。
彼女について、可能な限り多くの情報を収集するべきだと思います」
二人の言葉を聞いた咬月は、彼女たちの意見を肯定することに抵抗は全く無かった。
「それについては、私も同じ考えだ。
まずは『御前』の言っていたルドビコ女学院の戸田・エウラリア・琴陽、彼女とコンタクトを取る必要がある」
「罠ではないのですか」
史房は警戒心を隠す素振りも無く咬月に問う。
「罠だとしても、他に確実な手掛かりとなるものが無い以上、選択の余地は無い」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、ですか」
「無論、虎に襲われても対抗できるよう、備えは当然しておく。
しかし、現実問題としてルドビコのリリィに直接コンタクトを取るのは難しいだろう。
ルドビコが親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの代表格であることに加えて、詳しい事情は不明だが、現在は組織としてのガーデンそのものが崩壊しているという情報もある。
当然、ルドビコの理事会が機能しているのかどうかも分からない」
「かと言って、無断でルドビコのガーデンに潜入するわけにもいきません。
それでは私たちが『御前』のような不法侵入者になってしまいます」
「それなら、百合ヶ丘と友好的な関係にある東京のガーデンに、伝手を頼ってみましょうか。
ルドビコのリリィと知己の関係にある生徒がいるかもしれません」
史房の指摘を受けて、代替案を提示したのは祀だった。
「たとえば?」
「御台場女学校とか……」
史房は祀に尋ねたが、その隣に座っていた眞悠理がぽつりとつぶやいた。
その校名を聞いて、祀が最初に反応した。
「そうね、あそこなら百合ヶ丘と頻繁に交流もあるし、私たちと面識のあるリリィも一人や二人ではない。候補としては最有力に違いないわ。
理事長代行から御台場のガーデンに、訪問の申し入れをお願いできますでしょうか?」
「それは構わないが、誰が御台場のガーデンに行くつもりかね?
ヒュージを討伐するための外征ではない以上、大人数での訪問は許可できかねるが」
咬月の問いかけに応じて、一人のリリィが間を置かずに挙手をした。
「私が行きます。このガーデンを代表するリリィとしては、私をおいて他に適任者はいないでしょう」
名乗り出た人物は、百合ヶ丘のレギオン統括職たるブリュンヒルデを務める出江史房だった。