「……その『御前』によれば、あの騒動のすぐ後で百合ヶ丘を襲ったヒュージはG.E.H.E.N.A.の手によるもので、彼女は自分の理想とする世界を実現するために結梨さんを仲間に引き入れようとした。
そして自分に連絡を取りたければ、ルドビコ女学院の琴陽というリリィに聞くようにと。そう申したのですね」
来賓室の中央に置かれた大きなテーブルの両側に、合わせて七人のリリィが革張りのソファーに座っている。
百合ヶ丘は結梨と史房、御台場は椛、楪、初、純、燈だ。
椛は百合ヶ丘から提供された情報を簡潔にまとめて、その内容に相違無いか史房に確認を求めた。
「そうです。荒唐無稽な話と思われるかもしれませんが、彼女の言ったことには一定の合理性があると認めざるを得ません。
鵜呑みにするわけにはいかなくとも、充分に吟味する価値のある情報だと、百合ヶ丘のガーデンは判断しました。
特にG.E.H.E.N.A.とヒュージの関連性に関しては、非常に現実的な眼前の脅威となりうる問題だと認識しています。
それを裏付ける物的証拠は何もありませんが、この件についての信憑性はいかがなものと思われますか?」
史房はテーブルを挟んで向かい合って座っている、御台場の五人のリリィに問いかけた。
いくばくかの沈黙の後で、船田姉妹の妹である純が、その美しい唇を忌々しげに歪めて口を開いた。
「ふん、そんな事だろうと思っておりましたわ。あの連中なら、邪魔者と見なせばガーデンの一つや二つは平気で潰してもおかしくありませんわ」
史房が説明した内容をごくあっさりと純が認めたため、結梨と史房は咄嗟に反応することができなかった。
その様子を見て、姉の初が言葉を継ぐ。
「百合ヶ丘のガーデンは鎌倉府の中心から離れた場所にあり、海上の由比ヶ浜ネストから襲来する少数の大型ヒュージを準備万端で迎え撃つのが主戦場。
だから正規戦には慣れていても、特型のヒュージが突発的に思いもよらぬ所から発生して襲ってくるような、非対称戦やゲリラ戦には不慣れなリリィが多いはず。
もちろん外征経験のあるレギオンのリリィなら、充分に対応する能力はあるでしょうけれど。
他方で、私たちのように東京を国定守備範囲とするガーデンは、自然現象というには余りにも不自然なヒュージの発生を一度ならず経験しています。
ルド女崩壊の件にしても、ガーデン内のラボでG.E.H.E.N.A.が秘密裏に危険な実験を繰り返した挙げ句に、実験用のヒュージが大量に外部に逃げ出したと言われていますわ。
東京エリアに出現する特型ヒュージのかなりの割合が、ルド女から逃げ出した個体だとする見方もありますの」
初の説明に続けて、今度は楪が発言する。
「しかも、G.E.H.E.N.A.がヒュージの研究をしているということは、当然ケイブの研究もしていると考えられる。
もしケイブが発生する仕組みを解明できれば、次はそれを人工的に発生させようと試みるマッドサイエンティストがいてもおかしくはない。
G.E.H.E.N.A.の障害となる邪魔者の近くにケイブを発生させ、ラボで培養した特型のヒュージをワームホール経由で送り込み、そのケイブから出現させる。
後はヒュージの攻撃本能に任せ、目に入った邪魔者を片っ端から殺させて一丁あがりってわけだ。
もっとも百合ヶ丘の場合は、あんたが奴らの予想以上に強かったために失敗したけど」
楪はそう言って結梨に軽くウィンクした。
結梨はそれに戸惑ったような照れたような表情を隠そうとしたのか、少し顔をうつむけて視線をテーブルに落とした。
「でも、これも所詮は私たちの考えた仮説に過ぎないのですわ。
さすがにそう簡単にはG.E.H.E.N.A.も尻尾を掴ませてはくれませんの」
と、純が溜め息まじりに現状を嘆いた。
「では、御台場の方々は既に、ヒュージの不自然な出現とG.E.H.E.N.A.の間に関連性があると考えておられてたのですね」
史房は御台場側の認識をあらためて確認しようと、椛に尋ねた。
「そうです。私たちは特型のヒュージがイレギュラーな出現をするたびに、裏で何かがうごめいているような得体の知れない気持ち悪さを感じてきました。
それは御台場に限ったことではなく、東京を国定守備範囲とするガーデンのリリィであれば、多かれ少なかれ誰もが気づいていると思います。
背後で策動する目に見えない何者か――おそらくはG.E.H.E.N.A.ですが――の悪意と殺意、それが誰の目にも見える形で顕現したのが、百合ヶ丘の方々が経験されたギガント級の襲来です」
「では私たちの認識は一致していると考えてよさそうですね。良かったわね、結梨さん」
史房は隣に座っている結梨の横顔を見て、安堵の微笑みを浮かべた。
そして史房は再び椛の方を向くと、
「実はここに来るまでは、私たちの被害妄想ではないかと疑われることも想定していました。
正体不明の人物の妄言に惑わされて、あさっての方向に考えを向けている愚か者と」
と、表には出さなかった心情を吐露した。
「そんなことはありませんよ。どこの誰とも分からぬ者の言葉を、みずからが経験した事実と照合して合理的に解釈し、私たちと同じ結論に至った。
百合ヶ丘の方々は正しく現実を認識なさっていると思います」
椛は素直に百合ヶ丘の判断を称賛し、両者の見解が一致していることが確認された。
話が一段落すると、それまで黙っていた燈がおもむろに口を開いた。
「ところで、結梨さん」
「は、はい」
突然、燈に名前を呼ばれた結梨は、背筋を伸ばして彼女の言葉を待った。
燈は妖しさを揺らめかせる瞳で結梨を見つめ、結梨が思ってもみなかったことを口にした。
「あなた、もし百合ヶ丘を落ち延びねばならなくなったら、御台場に来なさいな。
あなたを餌にすれば、G.E.H.E.N.A.製の活きの良い特型やギガント級がわんさか襲ってくるのでしょう?
まさしく飛んで火に入る夏の虫。返り討ちにする絶好の機会ですわ。
ヒュージの後ろに隠れて糸を引いているやつばらを逆に引っ捕まえて、手近なG.E.H.E.N.A.ラボの前で晒し首にして差し上げますわ」
「えっと……」
冗談にしては妙に力の入った口調で話しかける燈に、結梨はどう返事したものかと途方に暮れて史房の顔を見た。
史房は目を閉じて眉間にしわを寄せつつ、燈の言葉が聞こえなかった振りをしている……ように結梨には見えた。
心なしか、史房のこめかみがぴくぴくと痙攣しているようにも見える。
無視を決め込んでいる史房の代わりに、純が燈の勢いにブレーキを掛けようとした。
「燈、戯言は程々にしておきなさい。結梨さんが困ってますわよ」
「あら、純お姉様、私はいつだって大真面目ですわ。
おそらくG.E.H.E.N.A.は人工的にケイブを発生させて、そこから自前のヒュージを出現させている。
それならケイブを発生させるための装置が必ずどこかにあるはず。
その所在さえ突き止めれば、そこを百合ヶ丘の特務レギオンなり、私たちロネスネスなりが強襲して占拠してしまえばいい。
行く手を阻む奴らは根こそぎ血祭りですわ、うふふ」
臆面もなく物騒なことを言い放つ燈に、椛は少し離れた席で頭を抱えていた。
そしてついに燈の放言に我慢ができなくなったのか、椛が燈の方を向いて正論を語り始めた。
「とにかく、たとえG.E.H.E.N.A.が私たちの仮説通りの悪事を働いていたとしても、こちらが一方的に武力を用いて排除することは許されません。
彼らを裁くのはあくまでも国の法律です。
証拠となるものを押さえた上で、それをガーデンから防衛軍なり国の治安機関なりに報告し、裁判にかけるのが適切な方法です」
しかし燈は椛の発言を鼻で笑うかのように軽くあしらった。
「ふん、そんなお行儀の良い事をしても、どうせ裏から手を回して裁判所や検察を丸め込むに決まってますわ。
たとえば百合ヶ丘の理事長代行を査問委員会に呼び出した政府の役人ども。
あの連中がG.E.H.E.N.A.の息がかかった者だったと、御台場のガーデンも見抜いているではありませんか。
まともな順法主義が通用するような相手ではないことは明白。
それなら向こうから先に第一撃を撃たせて、正当防衛としてその場で片付けてしまう方が現実的なやり方ですわ」
交わることのない燈と椛の議論を止めるため、楪が二人の間に入った。
「まだ仮説に過ぎないことを前提にして、これ以上話を先走らせるのはよそう。
まずは始めに椛が話したように、G.E.H.E.N.A.の企みを百合ヶ丘に先んじて知っていた『御前』、彼女の情報をたどることを優先するべきだ。
彼女は私たちよりも遥かに深くG.E.H.E.N.A.の内部事情に精通している可能性がある。
それに、彼女がしようとしている事についても、手掛かりを集めていって、その全体像を推察するしか手立ては無いし」
話の方向性を建設的な方へ変えようとした楪に合わせて、初が後に続けて発言する。
「そこで『御前』から御指名があったルド女のリリィに会いに行く必要があるわけですね。
でも筋金入りの親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンであるルド女のリリィに、どうやって連絡を取るんですの?」
「ああ、それなら私の友人がルド女にいるから、彼女を通して琴陽というリリィに会わせてもらえばいい」
初の問いかけに対して、至極簡単に楪は答えを返した。