楪の発言に最初に反応したのは椛だった。
「ルドビコにいるゆずの友人って、ひょっとして――」
「御台場迎撃戦の第1部隊で一緒だった幸恵だ」
「やっぱり。確かに彼女ならルドビコのリリィでもトップクラスの実力と人望を兼ね備えている。ガーデン内で人探しをするには最も頼りになる人ね」
「幸恵って誰?」
結梨は自分の知らないリリィの名前を楪に尋ねた。
「福山・ジャンヌ・幸恵。ルドビコ女学院の二年生で、今はアイアンサイドっていう自主結成レギオンの隊長を務めてる。
確か、百合ヶ丘の白井夢結も私と同じ第1部隊だったから、幸恵を知っているはずだけど」
そう言って楪は史房の方を見た。
「夢結さんは一年生の一柳梨璃さんと一緒に、由比ヶ浜ネストのアルトラ級討滅に出撃中で、今は不在の状態です」
「二人だけでアルトラ級をやるんですの?ちょっと信じられない話ですけれど」
狐につままれたような顔で純が史房に質問する。
「現在は活動を停止している状態なので、討滅に戦力は必要ないのです。
必要なのは彼女が契約しているCHARMそのもので、それにアルトラ級を滅ぼすウィルスのような仕掛けを組み込んでいるのです」
「それはまた何とも凄い戦術を考案したものですわね。たった二人のリリィでアルトラ級を倒せるとは」
「いえ、この作戦は幾つかの特殊な条件が重なって可能になったもので、いわば今回に限り有効な方法です。
一般的な戦術として使えるようなものではありません」
「まあそんな旨い話が簡単に転がってるわけありませんわよね」
都合のいい期待を裏切られた純は、気を落とす素振りも無く肩をすくめた。
「それに、結梨さんの生存情報は百合ヶ丘でもごく限られた者にしか開示されていません。
結梨さんと同じレギオンだった夢結さんや梨璃さんでさえ、開示の対象には含まれていないのです。
それは迂闊に情報開示の範囲を広げてG.E.H.E.N.A.に嗅ぎつけられるわけにはいかないからです」
「ごもっとも。だとすると、結梨をルド女に連れて行くのは不味いんじゃないか?
百合ヶ丘はルド女のリリィに結梨のことを知られたくないだろう。
幸恵個人が信頼できるリリィであっても、ルド女自体はガチガチの親G.E.H.E.N.A.主義のガーデンだ。
どこでG.E.H.E.N.A.の目が光っているか分からない」
「ええ。この後で百合ヶ丘のガーデンに連絡を取るつもりですが、恐らくルドビコへは私しか行くことを許可されないと思います。
それも安全上の問題から、ガーデンの敷地内へは入れない可能性が高い。
必然的に、敷地の外で会う形に限定される。
残念だけど、結梨さんには百合ヶ丘へ戻ってもらうことになるでしょう。
結梨さん、あなたはそれを受け入れられる?」
「……うん、『御前』に会う前にG.E.H.E.N.A.に捕まったら意味が無いよね。私は一人で帰るから大丈夫」
少しの思案の後で、結梨は大人しく史房の言葉に従った。
「もう少しあんたと話したいこともあるし、途中までなら一緒に行っても構わないんじゃないか?
ルド女のガーデンは新宿御苑の近くにあるから、六本木あたりまでなら帰りもそう遠回りにはならないだろう?」
楪は結梨から史房に視線を移して尋ねた。
「そうですね。その方向でガーデンから許可が下りるように連絡してみますので、少し席を外させていただきます」
史房は席を立つと、来賓室の扉を開けて廊下へ出て行った。
「ゆず、あなたは幸恵さんに連絡を取ることは出来るの?」
椛が楪の方を見て確認を求める。
「ああ、できるとも。ちょっと待っててくれ」
楪はポケットから携帯端末を取り出すと、史房とは違って席に座ったまま幸恵に電話をかけ始めた。
「もしもし、御台場の楪だけど、今からそっちのガーデンに行ってもいいかな?
ちょっとルド女のリリィで会わせてもらいたい子が一人いる。
……うん、別にその子とのトラブルってわけじゃない。
こちらからは百合ヶ丘の出江史房様が私と一緒に行く予定になってる。
詳しいことはそっちについてから話すつもりだけど、それで構わないかな?」
楪は何度か頷いてから感謝の言葉を口にして、幸恵との連絡を終えた。
「オーケー。幸恵は来てもいいって言ってる。
ただし御台場の制服を着たリリィがルド女のガーデンに入るのは、いろんな意味で問題になりかねない。御台場のガーデンも認めないだろう。
だから正門の少し外側で待機するようにと」
「良かった。後は史房様の方だけど、上手くいくかしら」
楪が幸恵との連絡を終えてしばらくして、来賓室の扉が開いて史房が戻ってきた。
「お待たせしました。百合ヶ丘のガーデンは私がルドビコへ行くこと自体は許可しました。
しかしガーデンの敷地内には絶対に入らないようにとの条件が付けられました」
「やはりそうですか。結梨さんについてはどうでしたか?」
「途中まで私と一緒に行くことは構わないが、六本木までを目安にして百合ヶ丘への帰途につくようにとの指示です」
「それは仕方ないでしょうね。途中まで同道できるだけでも十分だ」
予想通りの内容に、楪は我が意を得たりとばかりに頷いた。
「では、今日のところはこれで解散します。
これ以降は楪さんがルドビコへ行った結果を確認してから、後日あらためて話し合いの場を設けることにします。
ロネスネスの皆さんも、ご退出をお願いします」
椛が会議の終了を告げると、ロネスネスの三人のリリィは各自の任務に戻るべく席を立つ。
「次に会う時まで、決してG.E.H.E.N.A.の手に落ちるのではありませんよ。
『御前』とやらが何を考えているか知りませんが、あなたの存在が全体の状況を左右する決定的な要素になりうることは確か。
あなたの行動次第で大勢の人の死活が決すると自覚しておきなさい」
船田姉妹の姉、初は去り際に結梨にそう言い残して、扉の向こうへ姿を消した。
結梨はその後ろ姿を黙って見送り、少しプレッシャーを感じたのか溜め息をついた。
「私って、いつからそんなに大したリリィになったんだろう」
その結梨の肩に楪が手を置いた。
「あんたは気負わずに、最低限の指示以外は自分がすべきだと思ったことをすればいい。
百合ヶ丘は世界でも屈指の優秀なガーデンだ。リリィが本質的な判断を誤るような教育はしてないだろう?
あんまりあれこれ考えを巡らせすぎると、直観的な判断が出来なくなる。
だから自分と周りの仲間を信じて、後は自分の中の正義に従って行動することだ」
「ありがとう、楪」
楪の言葉に安堵した結梨は、表情を緩めて楪に笑顔で答えた。
御台場のガーデンを出立して数十分の後、三人は地下鉄の六本木駅のプラットフォームに立っていた。
「結梨ちゃん、ここで私たちとは別れるけど、何かトラブルが発生したら、必ず理事長代行に連絡して指示を受けて。
もし途中で誰何されることがあったら、例のIDカードを提示すること。決して本名を名乗っては駄目」
「うん」
「あと、寄り道や買い食いをせずに、まっすぐ百合ヶ丘へ帰るのよ」
冗談にしては真剣すぎる表情と口調で、史房は結梨に念押しをしたが、結梨はそれに少々不満な様子だった。
「私、そこまで子供じゃないつもりだけど……それに何があってもガーデンに帰るための訓練はしてるから、一人でも大丈夫だよ」
「分かったわ。それではまた百合ヶ丘で会いましょう。楪さん、行きましょうか」
「ええ、この次に結梨に会える時は、百合ヶ丘の制服を着ているところを見れるといいな」
「是非それが実現できるようにしたいものです」
史房と楪は新宿方面へ向かう便に乗り込み、結梨は二人を乗せた列車が小さくなっていくのを見送った。
「えっと、ここから鎌倉まで直通の路線は無いから、横浜まで出て、そこから乗り換えで……」
そして自分の向かうべき方面へのプラットフォームへ移動すべく、一番近くにある階段へと向かった。
結梨と別れた史房と楪は、新宿御苑の近くにあるルドビコ女学院の正門近くに到着した。
ガーデンの中に入ることは出来ないが、正門の外側から敷地内をうかがう限りでは、建物に目立った損傷は無いように見える。
しかし、ガーデンを取り囲む塀の一部は崩落している箇所が幾つも見られ、実験用のヒュージが逃げ出したという情報を裏付けているかのようだった。
「ルドビックラボと呼ばれているメインの研究施設はガーデンの外にありますが、ガーデンの中にもラボに準ずる実験施設が存在していた可能性は高いと思います。
おそらく、ヒュージを培養していた施設はガーデンの最奥部にあって、ここからは見えないでしょう。
教導官も多数死亡したと聞いていますが、今はルド女の内情に首を突っ込むわけにはいきません」
「そうね。今日は琴陽さんを呼び出して話をすることが第一の目的。
それ以外の詮索は後回しにしましょう」
今一度、史房が正門から校舎へと続く道を覗き込むと、ルドビコの制服を着た一人の少女がこちらへ小走りに向かってくるのが見えた。
まだどことなく幼い感じを残した三つ編みの少女は、史房と楪を見つけると、二人の前まで走り寄って礼儀正しく一礼した。
「百合ヶ丘の出江史房様、御台場の川村楪様ですね。
幸恵様は会議が長引いていて、約束の時間には間に合いません。
申し訳ありませんが、今しばらくお待ちください。
私は幸恵様のシュベスターで、一年生の岸本・ルチア・来夢といいます」