場所の遷移時には連続した空白行で表現しますので、よろしくお願いします。
今回の内容はストーリー的には前回から連続していますが、独立したエピソードの性格が強いので、幕間の話としました。
(いずれ結梨ちゃんに主人公らしいCHARMを装備してもらいたい願望で書きました。今のところ伏線などはありません)
「あれ?電車が動いてない……」
史房たちと別れ、地下鉄六本木駅の横浜方面行プラットフォームに立った結梨は、電光掲示板に表示されている運行情報を見つめていた。
<架線トラブルのため、現在は上下線とも運転を見合わせています。運転再開の見通しは上り方面が二十分後、下り方面は未定です。お客様には大変ご不便・ご迷惑をおかけ致しますが――>
(ここでしばらく待って、それでも動かないようだったら、別の路線で迂回して帰ろう)
結梨は近くのベンチに腰を下ろし、ざわつく構内を見やりながら様子見を決め込もうとした。
と、その時、傍を通りかかった一人の少女が、結梨のすぐ近くで立ち止まった。
「隣に座らせてもらってもいいかしら?」
ごく自然な感じで少女は結梨に話しかけた。
「う、うん、どうぞ」
結梨はガーデンの外で面識の無い人から話しかけられることに慣れていない。
ぎこちない返事を返した結梨に頓着せず、少女は結梨の隣に座り、足下にCHARMケースを置いた。
(この人もリリィだ。見たことがない制服を着てる。鎌倉府や東京のガーデンの制服じゃない)
その少女は結梨よりも少し年上に見えた。夢結や梅と同じくらいか。
黒を基調とする、ゆったりとした独特な意匠の上着。
白銀のような美しい髪を腰のあたりまで伸ばし、悠然とした雰囲気を漂わせている。
結梨は一瞬、その少女がG.E.H.E.N.A.に関係しているリリィである可能性を考えた。
しかし、彼女から敵意や殺気は全く感じられなかった。
少女は先ほどから、ちらちらと結梨とその足下のCHARMケースを見ている。
結梨が横目で少女の方を見ると、ちょうどその少女と目が合った。
お互いの視線が絡み合い、一瞬の沈黙が流れる。
先に口を開いたのは、少女の方だった。
「こんにちは」
少女はにっこりと微笑んで、結梨に挨拶した。
「こ、こんにちは」
相変わらずぎこちない口調で結梨は挨拶を返す。
少女は興味津々といった目で結梨に話しかける。
「あなた、御台場女学校のリリィ?」
「えっ……」
結梨は咄嗟のことに返答に詰まった。
今の自分は御台場女学校の制服を着た百合ヶ丘のリリィだ。
YESと言うべきか、NOと言うべきか。
その結梨の沈黙を、少女は自分に向けられた不快感と受け取ったのかもしれない。
結梨の返事を待たずに、再び少女の方から言葉を口にする。
「ああ、ごめんなさい。こちらから名乗るべきね。不躾だったわ。
私は新潟の柳都女学館のリリィで天津麻嶺。さすらいのアーセナルと人は呼ぶわ」
「……」
「――あ、こいつ痛い奴だと思ったでしょ」
「そういうわけじゃ……」
どういうリアクションを返せばいいのか困り果てて、結梨は麻嶺と名乗ったリリィの顔を見た。
「あなた、どこか面白いリリィね。雰囲気が独特。
ね、ちょっとあなたのCHARMを見せてもらえるかしら?」
そんな結梨の困惑など気にかけることもない様子で、麻嶺は好奇心を隠さずに結梨に自分の希望を伝えた。
結梨は麻嶺から邪気を全く感じなかったので、素直にその求めに応じてケースからCHARMを取り出し、麻嶺に手渡した。
「ふーん、何の変哲も無いアステリオンね。これは何か特定の意図があってこの仕様で使っているの?」
奇しくも麻嶺は燈とよく似た内容の発言をした。
「これは作戦行動時の汎用性とメンテナンス性を考えて、わざとカスタマイズをしない仕様にしてるの」
と、結梨はロザリンデから以前に聞いた説明の受け売りで答えた。
「確かにそれはそれとして一つの運用思想ではあるけど、それだけじゃ物足りなくない?」
「それって、どういう意味?」
「そのアステリオンとは別に、バリバリのカスタマイズとキレッキレのチューニングを施した自分専用のCHARMを持っていても損はないんじゃない?」
その瞳にアーセナルらしい情熱を宿して、麻嶺は結梨に提案をした。
「今日、同じことを御台場の人にも言われた。
その人は強化リリィで第四世代のCHARMを使ってて、私も同じくらいのCHARMを使うべきだって」
「ふーん、やっぱり御台場くらいになると、結構な目利きのできる人がいるのね。
第四世代を使いこなしている時点で、並みの強化リリィではないでしょうけど。
ところで、あなたも強化リリィなの?」
「ううん、私は強化リリィじゃないけど……」
「けど?」
「……それ以上は言えない」
「訳ありってことね。リリィをやっていれば言いたくないことの一つや二つ、あってもおかしくない。無理に聞き出そうとは思わないわ。
ところで、まだあなたの名前を聞いてなかったわ。私の方は名乗ったのだから、あなたのことも教えて頂戴」
「わ、私は百合ヶ丘のリリィで、北河原ゆりっていうの。これがIDカード」
結梨は以前にロザリンデが設定した偽名を名乗り、その名前が印字された身分証を麻嶺に見せる。
それをまじまじと見た麻嶺は意外そうな顔をした。
「あなた、百合ヶ丘のリリィなの?それならどうして御台場の制服を着てるの?」
「……こ、これは趣味のコスプレ。御台場の友達から借りてきた制服で、これから百合ヶ丘に帰るところ」
結梨は碧乙から聞いたことがある過去のサブカルチャー知識を引っ張り出して、その場を苦し紛れの方便で切り抜けようとした。
「ふーん、変わった趣味があるのね。
まあいいわ。私の興味があるのはそんな事じゃないから。
ちょっと手を出してくれる?」
結梨は麻嶺の求めに応じて、素直に右手を差し出した。
差し出された結梨の手を麻嶺は握手するように握り、そのあと両手で揉みしだくように満遍なく触って行く。
「うんうん、いい感じじゃない。あなた、初心者みたいに見えるくせに相当できるわね。
それに、対ヒュージより対人戦闘に重点を置いた訓練を受けている」
「そんなことまで分かるの?」
「そりゃ分かりますとも。さすらいのアーセナルを舐めたらダメよ。
人とヒュージでは大きさも動きも全然違うから、CHARMの扱い方もそれに応じて変わってくる。
それが手のひらにできるタコの状態に表れるの。
今はスキャナが手元に無いから、三次元データの収集は無理か。
でも第四世代CHARMなら飛行型や分離型があるから、その場合はグリップのフィットよりもCHARM使用者との精神波適合性の方がより重要で……」
途中から自分独りの思考に没頭し始めた麻嶺は、しばらくぶつぶつと呟いていたが、やがて何度か頷くと結梨の方に向き直った。
「ゆりさん、少し時間はかかるかもしれないけど、あなた専用に一つCHARMを作らせてもらえないかしら?
もちろん、最終的にはカスタマイズやチューニングを追い込んでいかないといけないけど、とりあえず素の状態の試作品を作ってみるから、使用感を聞かせてほしいの。
そこから逐次フィードバックして、段階的に細部の仕様を詰めていくから」
「うん。それは構わないけど、本当にそんなことしてもらっていいの?
私はそんなに大したリリィじゃなくて、今日初めて会ったところなのに」
結梨はまだどこか確信が持てない気持ちを捨てられなかったが、麻嶺の方はこれまでの経験によるものか、自分の感覚に絶対的な自信を持っているようだった。
「私は今日ここで偶然にあなたと出会って、あなたに興味を持った。
直感やインスピレーションは、必ずどこかに必然性が隠れている。
だから、あなたは私の興味を引く何かを持っているに違いないと思う。
これが私の正直な動機、含むところは無いと信じてほしい」
「うん……じゃあお願いしてもいい?」
「よろこんで。と言っても、一から設計するのか、開発中の機種を大規模にカスタマイズするのか、まだ全然決めてないわよ。
これからじっくり考えるから、気長に待っていて。
そのうち百合ヶ丘にあなた宛ての荷物が届くと思うから、それを見てのお楽しみと言うことで」
「ありがとう。それまではこのアステリオンを使い続けるから、麻嶺のCHARMが届くのを楽しみに待ってる」
「あなたの期待を裏切らないことを約束するわ」
麻嶺は自信に満ちた明朗な笑顔で、結梨と握手を交わした。
ほどなくして麻嶺が向かおうとしていた上り方面の列車がホームに入線し、麻嶺はそれに乗車して結梨の視界から去って行った。
麻嶺を見送った結梨は、自分の乗るべき下り方面の電光掲示板を仰ぎ見た。
下り方面の運行状況は未定のままだった。
「今頃、史房と楪は琴陽に会えてるのかな……」
あと10分待っても運行が再開しなければ、海沿いを走る路線で帰ろうと決め、結梨は隣が無人に戻ったベンチに座り直した。