アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第10話 RETURN TO GARDEN(3)

 

 結梨から求められた出撃の許可に対して、咬月は即答することができなかった。

 紛れも無く、結梨にはリリィとしてヒュージと戦う義務と責任がある。

 

 その一方で、ヒュージとの戦闘によって彼女を失うリスクはゼロではない。

 また、白昼での戦闘時に、結梨の存在が露見するリスクも存在しないとは言えない。

 

 数十人あるいは数百人の民間人の命と、唯一無二の絶対的な能力を持つ一人のリリィ。

 今、咬月が判断しなければならない事は、その両者を天秤にかけることに他ならなかった。

 そして、その理想と現実の間で、咬月の判断に一瞬の逡巡が生じた。

 

 結梨は咬月からの返事を待たずに、切迫の度を増した口調で咬月へ言葉を重ねる。

 

「このままだと、ここで沢山の人がヒュージに襲われるかもしれません。

私はCHARMを持ったリリィで、私が戦えば、その分だけ犠牲になる人を減らせます。

私が戦わなければ、今ここに私がいる意味はありません。

だから、お願いします、戦わせてください」

 

 その純粋すぎる、あるいは単純すぎる正論を、咬月は拒否できなかった。

 

「……分かった。交戦規定に基づく戦闘を許可する。

ただし、必ず無事に戻って来なさい」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 短い返事の後で結梨は通信を終了し、六本木から西麻布方面へ延びる広い道路に出た。

 

 ケースからアステリオンを取り出すと、すぐにOSを起動させ、道路照明灯の上まで跳び上がる。

 避難する車で渋滞する車道を見下ろして、結梨は照明灯の間を跳躍して、戦闘が行われている地点へ向かった。

 すると約500メートル前方、見通しの良い大きな交差点で、マディックの小隊が防衛線の隊列を展開しているのが見えた。

 

 そこへヒュージの姿がビルの陰から現れた。

 数は全部で三つ。体長はいずれも5メートルから10メートル。

 ラージ級だ。マディックの火力では阻止できない。

 だが、マディックの部隊が後退する気配は無い。その命令が出ていないのだろう。

 

 ここから全力で走り、跳躍しても、あの場所まであと10秒は必要だ。

 既に先頭のヒュージは攻撃態勢に入っている。

 このままでは自分が到着するまでに、あの部隊は半壊する。

 おそらく10人、いや20人以上が死ぬ。

 

 自分が手に持っているアステリオンはブレードモードだ。

 シューティングモードに変形して射撃をする時間的猶予は無い。

 瞬時にあの交差点まで移動、三体のラージ級に攻撃を許すことなく撃破しなければならない。

 

 方法は――ある。自分にはそれができる力がある。

 あの三体以外に大型ヒュージの気配は感じられない。

 それならば、何をためらうことがある。

 全ての力を出し惜しみせず使い切ればいい。

 そのために自分は今ここにいるのだ。

 その後は、あのマディックたちを信じよう。

 

 そう決断した瞬間、結梨の姿はその場所から消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結梨が三体のラージ級を発見する少し前、その場所に向かって、あるガーデンから出撃を開始した一隊のレギオンがあった。

 その人数は五人、一般的なレギオンの編成である九人には満たない。

 

 そのレギオンは司令部からガーデンの防衛を命じられ、最前線への出撃が認められない状態をヒュージの出現直後から強いられていた。

 

 しかし、彼女たちはようやく司令部の説得に成功し、今こうして遅まきながら、対ヒュージ戦闘の最前線に赴くべく全速で移動している。

 

 そのレギオンのリーダーらしき少女が、隣を走る仲間のリリィに話しかける。

 

「防衛軍と現場のマディックからの情報では、この先に三体のラージ級が存在しています。

私たちがその三体を排除するべく出撃すれば、その分だけガーデンの防衛が手薄になります。

その場合、別方面から新手が現れた時に、ガーデンの防衛に充分な戦力が確保できなくなることを恐れたのでしょう」

 

 司令部はそのリスクを嫌って、ガーデンのトップレギオンである彼女たちに出撃を命令しなかったのだ。

 

「出現したヒュージがラージ級以上なら、撤退して防衛線を下げるしかありませんが……」

 

 おそらく司令部はマディックの撤退を許可しないだろう。

 これまでの経験から、自分たちが所属するガーデンの司令部が、そのような判断をすることは考えられなかった。

 

「馬鹿の一つ覚えの死守命令か。時間稼ぎのためだけの」

 

 ボブカットの紅い髪のリリィが、苦々し気な口調で吐き捨てるように呟いた。

 

「おそらく、その時間稼ぎをしている間に、他の場所にいるレギオンを向かわせるつもりなのでしょう。

でも彼女たちにしたって、それぞれの場所で戦闘を行っている。

簡単にその場のヒュージを排除して、別の戦場に向かえるとは限らない」

 

 現在の戦力だけでは戦線を維持できないことが明らかになってからでないと、自分たちの司令部は後退を認めない。

 しかしその段階というのは、その部隊の組織的戦闘が不可能になるほどの損耗率に達した状態なのだ。

 その段階に至って初めて、他の戦場から増援を回す決定をするというのが恒例のようになっていた。

 

「私たちがガーデンに所属するリリィである以上、その司令部の命令には従わなくてはならない。その中で最善を尽くすしかない。ですが――」

 

 その先の言葉をリーダーのリリィが口にするのを、紅い髪のリリィが押しとどめた。

 

「今その事を考えるのは適切じゃない。今はこの先で戦っているマディックの部隊と一刻も早く合流すること、それに集中するべき」

「……そうですね。私たちが間に合わなければ、何のためにしつこく司令部を説得したのか、意味が無くなってしまいます」

「受け取った情報だと、あと少しで目的の地点が見えてくるはずだけど」

 

 五人のリリィが全速で進んで行くその数百メートル前方に突然、青白い閃光が三つ連続して発生するのが、ビルの間から垣間見えた。

 そしてその光からわずかに遅れて、何かが炸裂したような衝撃音が周囲の建物に反響しながら聞こえてきた。

 次第にその響きが減衰していくのと同時に、青白い光も急速にフェードアウトしていく。

 

「今のはリリィによる攻撃?私たちより先に到着したレギオンがいた?」

「おそらくは。さっきの光は大量のマギを使用して攻撃した際のもの。

少なくとも三人がほぼ同時に、同じレアスキルで攻撃をしたみたい」

 

「あの光り方は、フェイズトランセンデンスね。あたしのレアスキルだから見間違えることはないわ」

 

 後ろから、別のリリィが少々軽い口調で、先ほどの閃光の正体を特定した。

 

「それにしてもフェイズトランセンデンス持ちが三人いるレギオンなんて、滅茶苦茶攻撃的な構成だね。早くこの目でメンバーを見てみたいな……あ、現場が見えてきたよ」

 

 五人が防衛線となっていた交差点に到着した時、すでに主要な戦闘は終了していた。

 布陣していたマディックの小隊は、小型ヒュージの掃討を進めており、大きな脅威は先ほどの攻撃で取り除かれた後だった。

 

 派手に破壊された広い道路の中央には、三体のラージ級の死骸が横たわっている。

 その死骸は、いずれも正確に急所のみをえぐり取られるように破壊されていた。

 それは最大効率での撃破と、その後の爆発の回避を目標としていたように、彼女たちには見受けられた。

 

 ふと、負傷者と思われる少女を背負ったマディックの姿が、五人の目に入った。

 マディックに背負われたその少女は、自分たちとは別のガーデンの制服を着ていた。

 

「一葉。あの子、御台場の制服着てるよ」

 五人の中でひときわ幼い外見のリリィが、一葉と呼ばれたリーダーのリリィに話しかけた。

 

「確かに、あの制服は御台場女学校のもの。どうして御台場のリリィがこんな所に?」

 首をかしげる一葉に、先ほどの軽い口調のリリィが疑問を口にする。

 

「ねえ、あの子の顔、どこかで見たことない?」

「そうですか?気のせいではないですか?恋花様」

「うーん、もう少しで思い出せそうなんだけどな。瑶はどう思う?」

「そう言われてみると、私も見覚えがあるような気がする」

「もっと近くまで行ってみましょう。戦闘の経緯などが聞けるかもしれません」

 

 五人のリリィが少女を背負ったマディックに近づくと、そのマディックは反射的に敬礼しようとして危うく少女を落としそうになった。

 御台場の制服を着た少女は意識を失っていて、目を覚ます気配は無い。

 一葉はマディックにこれまでの状況の説明と、その少女について分かっていることを尋ねた。

 

「この交差点で防衛線を張っていた私たちの部隊に、三体のラージ級が襲いかかりました。

しかし、その攻撃が届く寸前で、次々に青白い閃光が炸裂して、ラージ級が斃れていきました。

おそらくあの攻撃はフェイズトランセンデンスによるものだったと思います。

攻撃が止んだ後に私たちが目にしたのは、いま私が背負っている一人のリリィだけです」

 

「このリリィが一人で三体のラージ級を倒したのか。しかもほぼ同時に。そんなことが可能なのか」

 

 独り言のように呟く一葉の隣りで、彼女より年長の落ち着いた雰囲気のリリィが、マディックに問いかける。

 

「フェイズトランセンデンスということは、彼女はマギを使い果たして気を失っているの?外傷などは無いの?」

「はい、千香瑠様。彼女は気を失っているだけで、負傷はありません。体内のマギが自然回復すれば、目を覚ますはずです」

「そう、それなら一安心ね。まだ一年生みたいに見えるけど、すごい実力なのね」

 

 そう言って千香瑠は背負われているリリィの顔をのぞき込んだが、急に表情を引き締めた。

 

「分かりました。このリリィの救護は私たちが引き継ぎます。

あなたは原隊に復帰して、本来の任務を継続してください。

また、この件は口外無用とします。このリリィについての詮索は一切禁じます」

 

 口止めをしたマディックからリリィを預かると、千香瑠は一葉に向き直った。

 

「このリリィは私がガーデンまで後送します。

一葉ちゃんたちは、この子の使っていたCHARMを探してください。

回収しておかないと、後々面倒なことになりかねません」

 

「CHARMを探すのはいいけど、ガーデンって、まさかここから御台場まで運ぶつもり?ちょっと遠すぎない?」

 

 突然の千香瑠の発言に、恋花は驚いた様子で尋ねた。

 

「いいえ、エレンスゲのガーデンへ。ヘルヴォルのミーティングルームか私の部屋に運びます」

「マジで?どうやってバレずにガーデンに運び込むつもり?」

 

「途中で予備の制服を調達します。手に入らなければ、その辺りのマディックの上着を借りてでも。

いつも通りなら、戦闘の後は負傷者の搬送などで校内は相当にバタつきます。

エレンスゲの制服を着ていれば、部外者とは分からないはずです」

 

 ただならぬ雰囲気の千香瑠に、四人のレギオンメンバーは彼女の方針に従うべく、黙ってCHARMの捜索へと散開していった。

 

 

 





2022.9.16追記
 かなり前になりますが、本文中の「後送」という表現について誤字のご指摘がありました。
 あらためて確認したところ、「戦場で、前線から負傷者、捕虜などを後方へ送ること」の意味でした。
 このため、変更はせず、そのままの表記としました。
 ご指摘くださった方、ありがとうございました。
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