「結梨さん、どこに行ってしまったの……」
ヒュージの出現によって戦場となった六本木の市街地、その最大規模の戦闘が行われた交差点に史房は立っていた。
周囲の建物や道路には、戦闘の生々しさを物語るように、至る所にヒュージの攻撃による破壊の爪痕が残されている。
史房と楪がその場所に到着した時、既にリリィとマディックは現場から撤収し、防衛軍の工兵部隊が重機を使ってラージ級の死骸を撤去する作業の最中だった。
楪は史房から少し離れた所で、部隊長と思しき防衛軍の将校に聞き込みを行っている。
周囲は黄昏の気配が漂い始め、次第に薄暗さを増していきつつあった。
その数十分前、新宿でのヒュージとの戦闘の後、琴陽は史房たちの前に姿を見せなかった。
念のため、琴陽の安否について幸恵に確認してもらったところ、ルドビコのガーデンへは無事に帰還した記録があった。
戦闘そのものはギガント級の個体が出現しなかったこともあり、史房と楪の支援を得たルドビコのリリィたちは、大きな損害を出すこと無くヒュージの排除に成功した。
「そうすると、琴陽はあえて私たちを探してまで会う意思が無くなっていたのかもしれない」
「もしかしたら、あの後で『御前』に連絡を取って、結梨さんが直接会いに来たのでなければ、対応しなくていいとの指示を受けたのかもしれません。
彼女にそこまでの勘の良さがあればの話ですが」
「なら、今はこれ以上琴陽のことを追いかけるのは難しそうだ。
こちらに大きな被害が無かったとはいえ、戦いの後でガーデン内が騒然となっている。
とても人探しができる状態じゃない。今日はもう引き上げた方がいいんじゃないですか」
「そうですね。私は結梨さんに連絡を取ってみます。
何事も無ければ、今頃は横浜を過ぎて鎌倉の手前あたりまで行っているはずです」
しかし、史房からの通信は結梨の端末につながらなかった。
話し中ではなく、呼び出し自体が出来ない通信途絶の状態になっていた。
この状況で単なる端末の故障と考えるほど、史房も楪も楽観主義者ではなかった。
百合ヶ丘への帰還の途中で戦闘に巻き込まれ、その際に通信端末が故障したか破壊されたか、その可能性が最も現実的にあり得ると思われた。
「結梨さんの帰還ルート上で、ヒュージが最も大規模に出現したのは六本木。
考えられるのは、そこで結梨さんはヒュージと戦い、その際に通信端末が壊れた。
その場合、一般回線は盗聴されるリスクがあるから、結梨さんからは連絡できない。
それなら、私たちが現場に行って状況を直接確認するしかない」
「そうですね、私もこのままでは居ても立っても居られない。史房様に同行させてもらいます」
そう言うと、楪は少し離れた所で待機していた幸恵に声をかけた。
「幸恵、私と史房様はこれから六本木に行って人探しをする。
今日はきちんと話が出来なくてすまない。後であらためて事情を説明するから、今はこれで失礼させてもらう」
「まったく、勝手に琴陽さんと手合わせを始めようとしたり、もう少しお行儀よくしてほしいものね。
でも、今日はお二人がいらっしゃって、とても助かりました。本当にありがとうございました」
幸恵は史房と楪に深々と頭を下げた。
「今日お聞きする予定だった内容は、また日を改めて相談することにしましょう。
琴陽さんとは別に探さないといけない人がいるのなら、早く行ってあげてください。
私と来夢もガーデン内の取りまとめをしないといけないので、ここで別れましょう」
「ああ、それじゃ、なるべく近いうちにまた会おう」
「失礼します、幸恵さん」
「ごきげんよう、史房様、楪さん。今度はもっと落ち着いて話ができるといいですね」
史房と楪は幸恵と別れてルドビコを後にすると、すぐに六本木へと向かった。
しかし二人が六本木に到着した時には、主要な戦闘は終了した後の状態で、結梨の姿も見つけることはできなかった。
史房は百合ヶ丘のガーデンに結梨が戻っていないか連絡を取ってみたが、その結果は否だった。
交差点の反対方向から楪が史房の方に近づいてきたが、その表情は一目で分かるほど曇っていた。
「だめだ、この周辺にはいなさそうです。防衛軍の中には結梨の姿を見た者はいませんでした。結梨は既にここを離れている可能性が高い。
これ以上ここで捜索を続けても見通しは明るくない。
ひとまず私たちはそれぞれのガーデンに戻って、今後の方針を決めるのが賢明でしょう」
「……そうね、そうせざるを得ないわね。この状況では」
史房は感情より理性を優先させ、苦々しい表情で楪の進言を受け入れた。
二つのガーデンを代表する二人のリリィは、その場で別々の方向へと別れ、各自が所属するガーデンへの帰途についた。
六本木に位置する親G.E.H.E.N.A.主義ガーデン、エレンスゲ女学園。
そのトップレギオンであるヘルヴォルの一員、芹沢千香瑠の部屋に六人のリリィが集まっていた。
もっとも、その中の一人はベッドに横たわって深い眠りについていたが。
残る五人のリリィ、すなわちヘルヴォルを構成する相澤一葉、佐々木藍、飯島恋花、初鹿野瑶、芹沢千香瑠は、そのベッドから少し距離を取った所に椅子を置いて座っている。
「千香瑠、この子のこと知ってるの?」
「間接的にはね。多分、この子は藍ちゃんとよく似たリリィのはずよ」
「藍、この子とは全然似てないと思うけど……」
藍は昏々と眠る結梨の顔を見ながら、不思議そうに言った。
「私も思い出した。この子、以前に指名手配されてた例の訳ありリリィでしょ?なら黙っててあげないと。
この子が戦ってくれてなかったら、私たちが到着するまでにマディックが何十人も死んでたかもしれないし。恩を仇で返すわけにはいかないもんね」
自らの所属するガーデンに対する背信行為とも取られかねない発言を恋花がすると、瑶が同意の言葉を重ねる。
「そう。司令部に報告するわけにはいかない。私たちが、あの司令部にそこまで義理立てする理由はどこにも無い。
自校のマディックを使い捨てにしようとする司令部と、自らの危険も顧みずに見ず知らずのマディックを救ったリリィ。
どちらに正義があり、どちらの味方をするべきか、言うまでもない」
瑶は更に言葉を続ける。
「それに、この子の指名手配はとっくに解除されている。
私たちは逃亡中の指名手配犯を匿ってるわけじゃない。
ヒュージとの戦闘で人事不省になった一人のリリィを保護しているだけ」
「しかし三体のラージ級をほぼ同時に斃すとは、凄まじい戦闘能力ですね。
G.E.H.E.N.A.の関係者が因縁をつけてでも、強引に百合ヶ丘から奪い取ろうとしたのも頷けます」
一葉は率直に結梨の戦闘能力の高さを評価した。
「なぜか御台場の制服を着てたのが謎だけど。単なる変装か、それとも何か他の理由があるのかもしれないけど」
「もしかすると、反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの間で何らかの協力関係を結んでいるのかもしれません。
この子がG.E.H.E.N.A.の手に渡れば、反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンにとっては存亡の危機になりかねませんからね」
一葉の発言の後に、結梨の寝顔を黙って見つめていた千香瑠が、この後に取るべき行動についての方針を述べる。
「その辺りの事情は断定できませんが、この子が百合ヶ丘の一柳結梨さんなら、無事にガーデンに帰してあげる責任が私たちにはあります。
今日はこのまま寝かせてあげましょう。
フェイズトランセンデンスを使ったのなら、マギの回復には一晩かかると見ておく方がいいはずです。
明日彼女が目を覚ましたら、ここに運び込んだ時と同様、エレンスゲの制服を着せた上で、できるだけ他のリリィやマディックの目につかないようにガーデンの外に連れ出します。
もちろん、回収したCHARMも持たせて」
「せっかくだから、何かお土産も持たせてあげる方がいいんじゃない?千香瑠の作ったお菓子とか」
「恋花様、彼女は観光や物見遊山で鎌倉から東京まで出てきたわけではないと思いますが」
一葉が隣に座る恋花をジトッとした目で見ながら釘を刺した。
「堅いなあ。それなら、お土産じゃなくてマディックを助けてくれたお礼としてなら構わないでしょ?どうよ」
「う、それはまあ……そういうことなら、認めるにやぶさかではありません」
一葉の扱いを心得ている恋花は、易々と一葉を丸め込むことに成功した。
「そろそろ私たちは各自の部屋に戻ろうか。あまりここで長話しては、この子の眠りを妨げてしまうかもしれない」
「そうですね。続きはまた明日の朝にしましょう」
瑶の言葉に一葉が同意し、千香瑠と藍を除く三人が部屋から退出していった。
藍はその場に残り、ベッドの上の結梨の寝顔をじっと見ている。
「千香瑠。藍、もう少しこの子のそばにいてもいい?」
「ええ、いいわよ。気になるの?」
「うん、この子は何か不思議な感じがする。うまく言えないけど、普通のリリィとは違う感じがする」
「そう。この子が目を覚ましたら、お話してみましょうね」
しばらくして千香瑠が藍の方を見ると、藍は結梨の眠るベッドに膝を着いてもたれかかり、かすかに寝息を立てていた。
その背中に掛けるための毛布を取り出すべく、千香瑠は音を立てないよう静かに収納庫の扉へと歩いて行った。
今回投稿分で結梨ちゃんが百合ヶ丘に戻るところまで書きたかったのですが、力及ばず途中までしか書けませんでした。
これも最近ゲヘナ化した職場環境が悪いのです……
今のところは次回か次々回でアニメの時系列を終えて、以降はラスバレの時系列に入る予定です。