親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンであるエレンスゲの制服を着た結梨の姿を見て、その場に居合わせた誰もが複雑な表情を隠せなかった。
正確には一人、オルトリンデ代行の秦祀を除いて。
祀はエレンスゲの制服を気にかける様子も無く、ごくあっさりと結梨に歩み寄って、微笑みながらその両手を包み込むように握った。
「おかえりなさい、結梨さん。どこか怪我や具合の悪い所はない?」
「うん、大丈夫。どこも調子悪くないよ」
「良かった。それなら問題なく元通りの生活に戻れるってことね。
……あら、みなさん、変な顔をしてどうなさったの?
結梨さんはこうして無事に帰ってきたのに」
祀が後ろを振り返って尋ねると、史房が半ばあきれ顔で祀に理由を説明した。
「祀さん、あなたは地域第一主義者だから、よそのガーデンには興味が無いかもしれないけど、エレンスゲと言えば悪名高い札付きの問題校よ。
宣言無しに管轄外の地域に外征をするわ、自校のリリィやマディックを使い捨てにして戦績を稼ごうとするわで、はっきり言ってまともなガーデンとは呼べないような所よ。
おまけに親G.E.H.E.N.A.主義とくれば、百合ヶ丘や御台場とは潜在的な敵対関係にあると言っても過言ではないわ。
そんなガーデンの制服を着て帰って来たら、どんな事情があったのかと、誰でも気にせずにはいられないでしょう?」
「そうだったんですか。確かに私はその辺りに関してはあまり頓着しないので、それほどまでに問題のあるガーデンとは知りませんでした。
でも、結梨さんを見た限りでは、ひどい扱いを受けたようには思えませんけれど」
そう言う祀と結梨の隣りに眞悠理が近づくと、緊張した真剣な表情で結梨に問いかけた。
「結梨さん、単刀直入に聞くわ。変な薬を飲まされたり、変な注射を打たれたり、変な手術をされたりはしなかった?」
眞悠理の質問を横で聞いた祀は驚いて目を丸くしたが、結梨は特に気にすることも無く、自然な口調で答えを返した。
「ううん、そういうことは無かったよ。千香瑠たちは私のことを、エレンスゲのガーデンには内緒にしてくれたから。
だから私は無事にエレンスゲから帰って来られたんだと思う」
「千香瑠って、二年生の芹沢千香瑠さんのこと?」
「うん、千香瑠とヘルヴォルのみんながとっても親切にしてくれて、私がエレンスゲのガーデンに見つからないように、この制服を着せてくれたの。
あと、これは千香瑠が持たせてくれたお土産のお菓子」
結梨はソファーの上に置かれた白い紙袋を持ち上げて、中にぎっしりと入っている手製の洋菓子を眞悠理に見せた。
ソファーに置かれているもう一つの紙袋には、百合ヶ丘を出発した時に着用していた御台場の制服が入っていた。
それを見た眞悠理はようやく安心した様子で、その表情を緩めた。
「そうだったの。彼女なら百合ヶ丘の次期獲得候補リストに選ばれたほどのリリィだから、個人としては信用に足る人物と考えていいでしょうね。
ロザリンデ様、ひとまずは問題なしと判断してもいいと思いますが」
「そうね、もしエレンスゲが私たちを何かしらの罠に掛けようとするなら、わざわざ自校の制服を着せて結梨さんを帰すことはしないでしょう。
もし結梨さんに何かあった場合に、自分たちを疑ってくれと言わんばかりのことをするはずがない。
だから本当に芹沢千香瑠さんを含めたヘルヴォルのリリィたちは、ガーデンには内密に結梨さんを保護していたのでしょうね」
ロザリンデはゆっくりと結梨に歩み寄ると、自分より頭半分ほど小さいその身体に腕を回し、優しく抱きしめた。
「結梨ちゃん、無事に戻ってきてくれて、本当にありがとう。
あなたと理事長代行の選択は間違っていなかったと、今でも思っているわ。
目の前の市民を見殺しにして、戦わずにガーデンへ帰還していれば、確かに今回のような事態は回避できたでしょう。
でも、それと引き換えにあなたは自分を責め、私たちのガーデンは私兵集団と変わらなくなってしまう。
だから、もし私があなたと同じ立場だったとしても、やはり同じ選択をしていたと思う」
そこまで言ってロザリンデは一旦言葉を切って、小さく吐息をついた。
そして少し憂いを帯びた表情を見せ、半ば自分自身に言い聞かせるように話を続けた。
「ただ、それとは別に、あなたが単独で行動することは極力避けるようにしなければいけないでしょうね。
事実、一歩間違えば今回の事態は、あなたと私たち全員の命取りになりかねない危険があった。
今更だけど今回のようなケースなら、史房さんと別行動になる時点で、百合ヶ丘から結梨ちゃんの所へもう一人リリィを派遣するのが最善の形だったわ。
その判断が出来なかったのは、私たちの甘さが原因であり、結梨ちゃんの取った行動に問題があったわけじゃない。
それだけははっきり言っておきます」
「ありがとう、ロザリンデ。
もしあの時、出撃の許可が出なかったら、私は命令を無視してヒュージをやっつけに行ってたと思う。
それで罰を受けると分かっていても」
「いいえ、あなたにそんな決断をさせることがあってはならない。
あなたにそんな事をさせてしまったら、それは間違いなく私たちの責任に他ならない。
だから、あなたは自分の判断に自信を持っていいのよ」
そう言い終えたロザリンデは結梨から離れて振り返り、後ろに控えている一同にこの後の予定を告げた。
「今日は終日、結梨さんの休養日としましょう。
御台場やルドビコのことは、明日以降に改めて私たちで集まって内容を確認するわ。
できれば結梨さんにも同席してもらう形で。
それで構わないでしょう?史房さん」
「ええ、私は御台場とルドビコへの訪問結果について、先行して理事長代行に報告しておきます。
ここでは何ですから、理事長室へ戻ってお話しする方がよろしいかと思いますが」
ロザリンデの提案を受けた史房は、隣に立つ咬月に同意を求めた。
「そうだな、それがいいだろう。
一柳君、君一人に負担をかけてすまなかった。
君は正しい行動を取った。これからも君は君の信念に基づいて、進むべき道を選んでほしい」
咬月は結梨と握手を交わした後、史房と一緒にミーティングルームから退出して行った。
二人が出て行くのを見届けて、再び祀がいそいそと結梨のそばに歩み寄った。
「これでやっと結梨さんはいつもの生活ができるのね。
本当は私の部屋に来てもらって色々と話を聞かせてほしいけど、他のリリィの目に付いてはいけないから、このままここでお茶会にしましょうか」
「ロスヴァイセのリリィでもないくせに、なんであなたが仕切ってるのよ」
いつの間にかミーティングルームに入って来ていた石上碧乙が、どうにも釈然としない表情で祀に文句を言った。
「あの、祀様。私と碧乙様も同席させていただいて構わないでしょうか?」
伊紀が若干おずおずと祀に尋ねると、祀は即座に快諾した。
「もちろんよ。ただし結梨さんの隣りには私が座るから、それは承知しておいてね」
「そんな決定権があなたにあるの?」
まだ納得しきれていない碧乙は突っ込みを入れたが、伊紀は祀が場を取り仕切っていることは気にならないようだった。
「結梨ちゃん、アルトラ級の討滅に出撃していた梨璃さんと夢結さんも、無事に戻ってきましたよ」
伊紀の手元には、今日の日付で発行された週刊リリィ新聞があった。
それを伊紀から受け取った結梨は、すぐに文面に目を通し始めた。
「……梨璃と夢結が二人でアルトラ級をやっつけたんだ。すごいね」
「梨璃さんに少しお話を聞いたところでは、海岸に漂着するまでの間に、夢の中で結梨ちゃんが現れたそうです。
自分が二人を必ず帰してあげると、梨璃さんに言ったと」
「そうなんだ……私って梨璃の中では結構頼りにされてるのかな」
「結梨ちゃんは芯がしっかりしていますから、リーダーシップを取るタイプかもしれませんね。
もし結梨ちゃんが二年生や三年生だったら、きっとみんなを引っ張っていくリリィになっていると思いますよ」
「なれるのかな、そんなリリィに」
「なれますとも。G.E.H.E.N.A.が手出しできないほどのリリィになって、いつか一柳隊のみなさんに、立派に成長した結梨ちゃんを見てもらいましょう」
伊紀はきらきらと目を輝かせて、同じ一年生の結梨の手を強く握りしめた。
「伊紀さん、お茶会の支度をするから、こちらに来て手伝っていただけるかしら。
結梨さんは主賓だから、ソファーの真ん中に座って用意ができるのを待っていてね」
祀がミーティングルームの簡易キッチンの方から伊紀を呼び、伊紀は「失礼します」と結梨に軽く会釈して、そちらの方へ行こうとする。
「待って。千香瑠がお菓子の他に紅茶の葉もお土産に持たせてくれたから、それを淹れよう」
そう言って結梨はソファーに置いた白い紙袋の中から、紅茶の葉が入った缶を探し始めた。
前回の予告通り、今回投稿分でアニメの時系列を終えることになります。
次回投稿分からラスバレの時系列でのストーリーとなります。
いよいよ情報のインプットと消化が間に合わなくなってきたので、今後は週1回、日曜日の更新とする予定です。
更新頻度が少なくなってすみませんが、今後ともよろしくお願いします。