結梨がエレンスゲのガーデンから帰還した翌日、特別寮のロスヴァイセ用ミーティングルームに、昨日の面々が集まっていた。
参加者は理事長代行の高松咬月、出江史房、秦祀、内田眞悠理、ロザリンデ、結梨の六人。
ソファーの中央に座る結梨の両隣りには、ロザリンデと祀が姿勢正しく腰を下ろしている。
祀は、さすがにこの場で結梨を膝の上に乗せることは控えたが、隙あらばあれこれと結梨の世話を焼こうと余念が無かった。
「結梨さん、昨日はゆっくり休めた?朝食はいつもと同じ量を食べられた?
もし途中で体調が悪くなったら、我慢せずに私に言ってね。
すぐに医務室に連れて行ってシェリス先生に診てもらうから」
その様子を横目でちらりと見たロザリンデは、何か言おうとして唇を動かしかけた。
しかし口出ししても詮無しと思ったのか、諦め顔でそのまま口をつぐんだ。
別の一人掛けのソファーには、咬月と史房と眞悠理がそれぞれ座っている。
その中で眞悠理だけは足を組んで左手の肘を肘掛けにつき、学内の風紀を司るジーグルーネとしてはいささか行儀の悪い姿勢を取っていた。
しかし結梨以外の四人は既にそれを見慣れているのか、特に眞悠理をたしなめるようなことはしなかった。
一方、珍しいものを見るような目で眞悠理の方をつい見てしまう結梨に、祀がこれ見よがしに結梨の耳元でささやく。
「結梨さん、眞悠理さんの真似をしてはダメよ。
あれはきっと『デカダンスとニヒリズムを気取って政治哲学に耽溺する自分』を演出してるだけだから。いわゆる中二病というやつね」
その言葉は眞悠理の耳には届いていないはずだったが、眞悠理は察しがついたのか、じろりと祀を一瞥するとそれ以上の発言を制した。
「祀さん、結梨さんに妙なことを吹き込まないで。
今は内輪の集まりだから砕けた姿勢を取っているだけで、外部の人がいる場では、それに応じた振る舞いをするくらいは私もわきまえているわ。
それに結梨さんが私の真似をするかしないかは、結梨さん自身が決めること。
祀さんがあれこれ過保護に接する必要は無いと思うけど」
ある意味もっともな眞悠理の指摘を受けた祀は、少し頬を膨らませて眞悠理に言い返す。
「もう、眞悠理さんも昔は梨璃さんや結梨さんみたいに素直ないい子だったのに、今ではこんな煮ても焼いても食えない面倒なリリィになってしまって……いえ、よくよく考えてみると、元々あなたは今と大して変わらなかったわね。
ロザリンデ様はともかく、先代のジーグルーネも相当に癖の強い人だったから、ことさらあなただけにどうこう言っても仕方ないのかもね」
「千華さんは私とは別次元の存在だから、あの人のことを常人の物差しで推し量るのは不可能よ」
「それについては私も全く同感ね」
「珍しく意見が一致したわね。雨が降らなければいいけど」
二人の益体も無いやり取りを聞いていた史房は、いい加減にしなさいと言わんばかりに、わざとらしく咳払いを一つした。
「あなたたち、今日は御台場とルドビコへ訪問した結果を踏まえて、今後の方針を決めるために集まっているのよ。
結梨さんが無事に戻って来られたことを喜ぶ気持ちは理解できますが、だからと言って本題をおろそかにしてはいけません。
理事長代行、私から説明を始めさせていただいてよろしいでしょうか」
咬月が無言でうなずくのを確認して、史房は先日の経緯をまとめた内容を話し始めた。
その内容には、あらかじめ先行して史房と咬月が話し合った結果まとめられた個人的な見解と方針も含まれていた。
史房が説明した概要は以下のようなものだった。
第一に、G.E.H.E.N.A.がヒュージを使って敵対勢力を亡き者にしようとしている可能性については、訪問先の御台場女学校でも既に同じ認識を持っていた。
この点については、百合ヶ丘の特別寮地下通路で『御前』が碧乙と結梨に話した内容と一致している。
東京エリアではこれまでにも、自然現象としては不自然なヒュージの出現がたびたび確認されており、何者かが人為的な操作によってヒュージを出現させている疑いがあると御台場のリリィたちは考えている。
その容疑者あるいは重要参考人として真っ先に挙げられるのが、対ヒュージ研究の第一人者的存在であると同時に、過激な思想を持つ多数の研究者を擁する組織、すなわちG.E.H.E.N.A.である。
もっとも、今の段階ではG.E.H.E.N.A.がヒュージの行動そのものを操ることは実現できていない可能性が高い。
たとえそれが特型の個体で、攻撃や回避のパターンに一定レベル以上の知能を感じさせることがあったとしても、その攻撃対象は無差別的であり、大型の肉食獣が人を襲う行動と本質的には変わらないからだ。
従って、ヒュージ自体を意のままに操ることは、おそらく現在のG.E.H.E.N.A.には不可能である。少なくとも今のところは。
では、どのようにしてG.E.H.E.N.A.はヒュージに敵対勢力を襲わせているのか。
それについて、御台場の川村楪と司馬燈が指摘したのがケイブの存在だった。
本来であれば発生因子となる特殊粒子の偏在によって自然発生するケイブを、G.E.H.E.N.A.は人工的に発生させることに成功した。いや、したと思われる。
その基になった基幹技術は、おそらくはエリアディフェンスの原理であると考えられる。
G.E.H.E.N.A.は特殊粒子の抑制によってケイブの発生を阻害するエリアディフェンスの技術を応用して、逆にケイブの発生を誘発する技術を確立した。
その技術によって任意の場所にケイブを発生させ、あらかじめラボで用意しておいたヒュージをワームホール経由で送り込むことを可能にした。
これが今のところ考えうる、最も可能性の高い仮説である。
以上のことから、第一に目標とするべきは、ケイブの発生装置を発見し、それをG.E.H.E.N.A.関与の物的証拠として確保することである。
次に、正体不明の人物である『御前』については、その実質的な代理人であるルドビコ女学院の戸田・エウラリア・琴陽と直接対面することは実現した。
しかし、彼女から『御前』の情報を聞く前に、ルドビコの周辺を含む地域にヒュージが突如出現した。
それに対応するため、出撃時に琴陽とは離れ離れになり、その後は再会できなかった。
ヒュージとの戦闘終了後に、琴陽が史房や楪と会う意思があったかどうかは不明である。
現在、楪とルドビコの福山・ジャンヌ・幸恵に仲介してもらう形で琴陽に連絡を取ろうと試みているが、まだ回答は得られていない。
一つの推測として、結梨本人がルドビコを訪問しなかったため、『御前』から琴陽に「対応不要」の指示が出された可能性が考えられる。
だが、親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの代表格であるルドビコを、現時点で結梨が訪れることは極めて危険であり、その危険を冒して得られる見返りも不透明である。
このため、『御前』および琴陽の件に関しては一旦棚上げとし、新しい情報が入るまでは積極的な調査は行わない方針とする。
以上の内容を史房が説明し終えると、最初にロザリンデが発言を求めて挙手した。
「『御前』よりもケイブの発生装置を優先して探すことには、私も賛成するわ。
相手の出方をうかがうだけではなく、G.E.H.E.N.A.にとって命取りになるカードをこちらが手に入れることは、決定的に重要だから。
その場合、由比ヶ浜の海上で結梨さんが戦ったギガント級ヒュージ、あれを出現させたケイブの発生元が探索の第一候補として適当ではないかしら」
ロザリンデの提案に対して、すぐに賛同の意見を続けたのは眞悠理だった。
「そうですね。いきなり百合ヶ丘の国定守備範囲の外で探索を行うのは、いくつもの点で問題があります。
まずは鎌倉府の中で、百合ヶ丘に最も近い候補地を最初に調べるべきでしょう」
「あの時、G.E.H.E.N.A.は自然に出現したヒュージが百合ヶ丘を襲おうとしたと、私たちに思い込ませようとした。
でも、今思えば由比ヶ浜のネストからあのギガント級が出てくるところは、誰も目撃していなかった」
ロザリンデが当時の状況を改めて確認すると、史房はそれに基づいて自分の考えた推論を説明し始めた。
「そう、あのギガント級は由比ヶ浜の西方、稲村ヶ崎の向こう側から現れたのが複数のリリィによって目撃されている。
もしかしたら、ネストではない場所からヒュージが出現するのを、直接見えないように隠蔽する意図があったのかもしれない。
では、稲村ヶ崎の向こう側にあるのは何か。それが手掛かりよ」
「……江ノ島か。確かにあそこなら、普段は防衛軍も百合ヶ丘のリリィも立ち入ることはありません。島へ渡る唯一の橋も平時は封鎖されています。
G.E.H.E.N.A.の人間が船で接岸して上陸し、秘密裏にケイブの発生装置を設置するには絶好の場所です」
史房の意を汲んで解答を口にした眞悠理に、史房が会心の笑みを浮かべる。
「では決まりね。ケイブ発生装置の最初の探索対象地域は江ノ島の島内全域、いえ、おそらくは装置は対岸から見えない島の裏側に設置されている可能性が高い。
任務の内容としては、どう考えても特務レギオンの仕事になりそうね」
史房は、既に心構えが出来ているロザリンデと結梨の顔を頼もしげに眺めた。
作中では前回のラストから一日しか経過していませんが、一応今回からラスバレ時系列のストーリーに入ったものとして記述しています。
今後の展開は今月10日に更新予定のラスバレメインストーリーを見てから考えるつもりです。