アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第11話 江ノ島探索任務(3)

 

 かつては江ノ島岩屋と呼ばれ、観光客でにぎわっていたであろう洞窟の中は、今は結梨たち四人以外の何者も存在していないはずだった。

 

 白いヘッドライトの光だけを頼りに、結梨たちは真っ暗な空間の奥へと慎重に歩を進めていく。

 

 洞窟は人がすれ違える程度の幅しかなく、高さもCHARMを振り上げれば天井に届いてしまいそうなほどだった。

 

 ここではCHARMを振り回してヒュージと戦うことはできない。

 

 かと言ってCHARMをシューティングモードにすれば、ヒュージが先制攻撃してきた時に、CHARMを盾にして防御できなくなる。

 

 先頭を歩くロザリンデは選択の結果、アステリオンをブレードモードにして正面に構えつつ前進することにした。

 

 洞窟内は湿度が高くじめじめしているが気温は低く、生物は小さな昆虫が時おり地面や壁面を這っているのが、ヘッドライトの光に捉えられるのみだった。

 

 

 

 

 

 洞窟に入ってから数十メートル進んだあたりで、結梨は前方に微小なマギの偏りを感じた。

 

 ヘッドライトの光は、ただ足元の岩だらけの通路を照らし出すだけで、生物の姿は今はどこにも見えない。

 

 だが、その光の届かない真っ暗な闇の先に、確かにマギの密度が周囲より高くなっている部分がある。

 

 洞窟に入る前に確認した地図では、その部分はほぼ最奥部にあたる場所だった。

 

 結梨の第六感としか表現できない感覚で捉えた、そのマギの偏りが、わずかに揺らめいたように感じられた。

 

 すると、マギの偏りは急速に一点に収束するかのような動きを見せ、結梨は反射的にロザリンデに向かって叫んだ。

 

 「ロザリンデ!」

 (前方から撃ってきます!防御してください!)

 

 結梨が声を発するのと、碧乙がファンタズムのテレパスを飛ばすのとは同時だった。

 

 その直後、暗闇の一点が白く光ると、それは一瞬の内に結梨たちに向かって襲いかかるエネルギー弾となった。

 

 先頭のロザリンデは即座にアステリオンを前面に押し出して盾とし、エネルギーの塊を弾き返す。

 

 アステリオンのブレードに弾かれたエネルギー弾は、一瞬だけ周囲を白く照らし出し、跡形も無く消滅した。

 

 洞窟内を再び暗闇が支配する。

 

 敵の姿はなお見えない。ヒュージか、G.E.H.E.N.A.の強化リリィか。

 

 その判断をする暇も無く、立て続けに弾が飛んでくる。

 

 発射間隔は毎秒数発程度で、機関銃ほどの連射速度ではない。

 

 しかしアステリオンをシューティングモードに変形して、こちらから撃ち返す余裕は無い。

 

 しかも狭い洞窟内では、左右に動いて回避することもできない。

 

 敵は正面に向かって先制して撃ち続けるだけで、一方的にロザリンデたちに攻撃を加えることができる。

 

 ロザリンデは、この攻撃パターンを予想していたがゆえに、アステリオンをブレードモードにしておいた。

 

 しかし、だからと言って防戦一方となることを強いられるのに変わりは無かった。

 

 飛来するエネルギー弾の全てを弾き続けるロザリンデのアステリオンは、見る見るうちに熱を帯び、ブレードには刃こぼれが増えていく。

 

「全員、後退して。洞窟の外に出る」

 

 絶え間なく続く射撃を防御するロザリンデの指示を受けて、最後尾の伊紀が向きを変え、注意深くアステリオンを構えながら洞窟の入口へ戻り始めた。

 

 もし敵が洞窟の入口からも入って来れば、前後から挟撃される形になる。

 

 それは最も恐れるべき事態だったが、進入前の哨戒で、洞窟周辺に敵の気配が無いことは確認済みだった。

 

 念のために碧乙がファンタズムで直近の未来を予知したが、やはり洞窟の外に敵が出現する可能性は無かった。

 

 その結果を受けて、碧乙は伊紀と結梨に指示を出す。

 

「伊紀、洞窟の外に敵はいない。

最短時間で結梨ちゃんと一緒に外に出て、B型兵装とノインヴェルト戦術用特殊弾の準備を。

もちろん、いざという時の攻撃手段としてだけど。

私はお姉様が被弾した場合に備えて、お姉様と一緒に後退するわ」

 

「分かりました。結梨ちゃん、先に行きましょう」

「うん」

 短く言い終えると、伊紀と結梨は入口に向かって全力で走り出した。

 

 

 

 

 

 後退を始めてから数分後、結梨たち四人は背後からの攻撃を受けることなく、洞窟の入口まで全員が後退することに成功した。

 

 先行して脱出した伊紀と結梨に続いて、ロザリンデと碧乙は洞窟の外に出ると、すぐに数メートル下の岩場に展開する。

 

 そしてシューティングモードにアステリオンを変形させて、敵が洞窟から現れるのを待ち構えた。

 

「のこのこ出て来ますかね。今度は自分が狙い撃ちになると分かっていて」

 

 碧乙が数メートル離れた場所にいるロザリンデに問いかけた。

 

「少なくとも、あの洞窟の中に敵がいることは確定できたわ。

それだけでも情報としては充分に有益よ。

もし敵が出て来なければ、こちらが攻め手として洞窟戦の攻略を考えればいい。

このアステリオンは情報を得た代償としてボロボロになってしまったけれど」

 

 ロザリンデのアステリオンはブレードの至る所が傷つき、刃こぼれを起こしていて、本格的な近接戦闘には耐えられそうにない状態だった。

 

(射撃なら何とか持ちこたえられるか……)

 

 ロザリンデはアステリオンの消耗度を確認して、洞窟の入口に狙いを定めた。

 

(あと5秒で出現。姿が見えた瞬間に全員で一斉射)

 

 碧乙のテレパス通り、正確に5秒後に黒い影が洞窟の入口から飛び出した。

 

 間髪を入れずに、四つのアステリオンの銃身から同時に発砲炎が上がる。

 

 四つの弾丸は寸分の狂いも無く目標に殺到したが、それらは全て目標の表面で跳ね返された。

 

 斉射が止むと、目標は動きを止め、ロザリンデたちはその姿をはっきりと目にすることができた。

 

 その姿は紛れも無くヒュージそのもので、丸みを帯びたその形は、以前に真島百由の管理下から脱走したミドル級の個体に酷似していた。

 

 ただし、大きさはミドル級とスモール級の中間くらいのサイズで、それは幅2メートルほどの洞窟内に不足なく収まるものだった。

 

「ルンペルシュティルツヒェンと工廠科で呼んでいたヒュージによく似ているわね。

今あそこにいる個体は、一回り以上小さいけれど」

 

「あいつ、ブレード状の腕を盾にして、弾丸を弾きました。

しかも弾丸の軌道に対して斜めの角度で受け流すように」

 

「まるで戦車の避弾経始装甲ですね。

あの個体は一定レベルの知能を持つ特型ヒュージと考えた方がよさそうです」

 

 ロザリンデ、碧乙、伊紀が、数十メートル先に立つヒュージを視界に捉えながら、その特性を見極めようとする。

 

「射撃がだめなら、斬りかかってみてもいい?」

 

 結梨が今にも飛び出しそうな体勢でロザリンデに尋ねたが、ロザリンデは首を横に振った。

 

「いいえ、あのヒュージはこれまでにない行動パターンを取ってくる可能性が高い。

接近戦をするのであれば、負傷した場合を考えて、リジェネレーターがある私か伊紀が最初に仕掛けるのが適切だわ」

 

「ロザリンデ様のアステリオンではブレードモードでの戦闘は無理です。私が行きます」

 

 伊紀はアステリオンをブレードモードに変形し終えると、前方のヒュージに向かって全速力で走り出した。

 

 ロザリンデたち三人は左右に展開して、ヒュージの動きを封じるための掩護射撃を始める。

 

 射撃に対して防御姿勢を取るヒュージの至近に伊紀が迫ると、三人は同時に掩護射撃を停止した。

 

 そしてヒュージが防御姿勢を解く前に、伊紀はすかさず斬りかかる。

 

 アステリオンのブレードがヒュージを両断するかと思われたその時、ヒュージは瞬時に加速して伊紀の横をすり抜け、その背後に出た。

 

「えっ?」

 

 予想を超えたヒュージの機動に、伊紀が一瞬その姿を見失った時、彼女の右肩から鮮血が飛び散った。

 

 切り裂かれた制服の裂け目から出血が見る見るうちに広がって行き、制服の右半分を真紅に染めていく。

 

 伊紀は右肩に殴りつけられたような衝撃を感じ、思わず足元の岩場に片膝をついた。

 

 伊紀の攻撃を回避して背後に回り込んだヒュージは、とどめの一撃を叩き込もうと伊紀の頭上にブレード状の腕を振り下ろす。

 

 しかし、その致命的な攻撃が伊紀に届くことは無かった。

 

 ヒュージの腕は突然出現した別の物体に衝突し、金属質の鈍い打撃音が周囲に響き渡る。

 

「やらせないよ」

 

 振り下ろされたヒュージの腕は、伊紀とヒュージの間に縮地で瞬間移動した結梨のアステリオンによって受け止められ、その動きを制止させられていた。

 

「伊紀、そのヒュージから離れて!距離を取りなさい!」

 

 碧乙の叫びが伊紀の耳に届き、伊紀はほとんど反射的に、転がるようにしてヒュージの攻撃範囲から離脱した。

 

 その伊紀の傍に碧乙がすかさず駆け寄り、自らが盾となる位置にアステリオンを構えて立ちふさがった。

 

 一方、ヒュージの攻撃を受け止めた結梨は、伊紀がヒュージから離れたのを確認すると、再び縮地を発動して後方へ転移した。

 

 それを見たロザリンデが、ヒュージに対して続けざまに射撃を行い、ヒュージの追撃を封じる。

 

 戦況は再び、一体のヒュージを四人のリリィが距離を置いて包囲する形へと戻った。

 

 碧乙は自分の後ろで荒く息をついている伊紀に、背中を向けたまま振り返らずに問いかける。

 

「伊紀、怪我の度合いはどの程度?」

「ご心配なく。もう傷は塞がっています」

 

 伊紀が立ち上がった時、強化リリィ固有のブーステッドスキルであるリジェネレーターの発動によって、出血は既に止まっていた。

 

 右半身を朱に染め、伊紀はやや青ざめた顔で碧乙の方を見た。

 

「油断したつもりは無かったのですが……」

「ええ、後ろで見ていたからよく分かるわ。あのヒュージの動きは尋常じゃなかった」

 

 伊紀の太刀筋を初見で見極め、驚異的な瞬発力で斬撃を回避、そして伊紀の右側をすり抜けざまに、その肩に一撃を叩き込んだのだ。

 

 ヒュージから攻撃を受けた伊紀の傷は深手だった。

 リジェネレーターを持たない普通のリリィなら、出血多量で失血死する可能性さえあった。

 

 運よく失血死を免れたとしても、戦闘を継続することは確実に不可能になっていただろう。

 

 碧乙は前方のヒュージを見据えたまま、苦々しげに言葉を吐き出す。

 

「あいつ、まるで居合い斬りの達人みたいな体捌きをしていたわ。

到底、野生の生物にできる動きじゃない。

明らかに何らかの学習能力がある特型の個体に間違いない」

 

「過去にリリィと戦って生き延び、ヒュージネストに戻ってレストアされたのでしょうか?

それともG.E.H.E.N.A.が人工的に作り出したヒュージなのかも」

 

「さあね、そこまでは分からない。

でも、あの個体は、ただマギに支配されて暴れまわるだけのヒュージとは全くの別物よ。

対人戦闘に特化した殺人マシーンだと考えるべきだわ」

 

「こんなことなら、水蓮様や瑳都さんたちも一緒に来てもらった方が良かったですね。

リリィがヒュージに物量戦を仕掛けるのも変な話ですが」

 

 伊紀はガーデンの特別寮で待機しているであろう、ロスヴァイセ所属の強化リリィの名前を挙げた。

 

「フルメンバーだとボートも大型のものが必要になるし、何かと人目につきやすくもなる。

だから、軽々に全員を出撃させるわけにはいかなかったのでしょうね、ガーデンも」

 

「これほど厄介な敵が目的地に居座っているとは……と考えるのは私たちの想像力不足なのでしょうね」

 

「予想外の事態なんて、これまでにも数え切れないほどあったし、それが一つ増えただけと開き直るしかないわ。

さて、今の状況で私たちが切ることの出来る手札はと言うと……まずはあなたのポケットに入っている『それ』かしら」

 

 碧乙が言及した『それ』を確かめるように、伊紀は制服の胸元を細い指先で触れた。

 

「ロザリンデ」

 少し離れた場所でシューティングモードのアステリオンを構える結梨が、ロザリンデに視線を送って合図する。

 

 それを見たロザリンデは、黙って小さく頷くと伊紀に向かって指示を出した。

 

「伊紀、あなたが持っている特殊弾を私に預けなさい。

これより、目標のヒュージに対してノインヴェルト戦術を開始します」

 

 

 

 

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