「伊紀、私たち三人が今から掩護射撃をする。その隙にこちらへ走って来て」
ロザリンデは碧乙の後ろにいる伊紀に呼びかけると、碧乙と結梨にハンドサインで射撃開始のタイミングを指示した。
ロザリンデ、碧乙、結梨が各自の配置からアステリオンを構える。
そして伊紀が碧乙の傍から離れて走り出すのと同時に、三人のアステリオンから弾丸が射出された。
ロザリンデに向かって走る伊紀に向けて、ヒュージはエネルギー弾を発射しようとする。
が、それよりも早く飛来した三つの弾丸がヒュージの眼前に迫った。
ヒュージはやむを得ず防御の姿勢を取り、そのブレード状の腕で弾丸を跳ね返す。
ロザリンデたちはそれに構わず、伊紀がロザリンデの背後にたどり着くまでアステリオンのトリガーを引き続けた。
「ロザリンデ様、ノインヴェルト戦術用の特殊弾です。お受け取り下さい」
伊紀は胸元のポケットからケースに入った一発の弾丸を取り出すと、そっとロザリンデに手渡す。
一般的なライフル弾によく似た形のそれは、薬莢の一部にルーン文字が刻印され、弾頭と薬莢の間には幅1cmほどの透明な部分がある。
その部分にはマギスフィアを形成するための源となる、粒子の塊のような球体が封入されている。
「ありがとう。私のアステリオンはブレードの損傷が激しくて、マギスフィアのパス回しには耐えられそうにない。
私がノインヴェルト戦術の起点になるから、あなたと碧乙でパスを回して。
フィニッシュショットは結梨ちゃんに撃ってもらうわ」
「結梨ちゃんがフィニッシュショットを撃つのは、何か理由があってのことですか?」
「ええ。あのヒュージが特型なら、マギリフレクターを使ってくる可能性がある。
既にラージ級やギガント級では、マギリフレクターを使ってノインヴェルト戦術のマギスフィアを防御した事例が複数確認されているわ。
あの個体はそれらよりも遥かに小さいけれど、だからと言ってマギリフレクターが使えないとは限らない。
もしマギリフレクターにマギスフィアが防がれて、ノインヴェルト戦術が失敗した場合、私たちは決定的な攻撃方法の一つを失うことになる」
「結梨ちゃんなら、マギリフレクターを突破できるんですか?」
「そのための訓練は重ねてあるわ。
実戦で使うのはこれが初めてだけど、今のところ、この方法が最もマギリフレクターに対抗できる可能性が高いはずよ」
「分かりました。では結梨ちゃんのお手並み拝見といきましょう。
私たちはそのお膳立てをするわけですね」
「そういうこと。あのヒュージはラージ級やギガント級に比べて遥かに小さい。
フィニッシュショットの前に動きを封じておかないと、マギスフィアを回避されてしまうわ。
だから、今から全員で、あのヒュージが動き回れないように攻撃を仕掛ける」
再びロザリンデは結梨たちにサインを出した。
今度は伊紀も含めて、ロザリンデ以外の三人はアステリオンをブレードモードに変形して突撃の態勢を取る。
ロザリンデのみがアステリオンをシューティングモードのまま、ヒュージに照準を定める。
そしてロザリンデが射撃を開始すると同時に、他の三人がヒュージに向かって全速力で走り出した。
先程と同じく、ヒュージは射撃から身を守るために防御態勢を取る。
その間に結梨たちはヒュージとの距離を詰め、三方向から同時にヒュージに向かって斬りかかった。
フレンドリーファイアを防ぐため、ロザリンデは射撃を停止し、アステリオンの弾倉に弾丸を補給する。
ヒュージの防御能力を超える三方向からの同時攻撃を仕掛けた三人の斬撃は、だが、その全てが空を切った。
アステリオンを振り終えた結梨たちが上を見上げると、直上数十メートルに跳び上がったヒュージの姿が目に入った。
そのヒュージに向かって、ロザリンデは再び射撃を開始した。
ヒュージはこれまでと同様に、そのブレード状の腕でアステリオンの弾丸を弾き飛ばす。
しかし、踏ん張る足場となる地面の無い空中では、弾丸の運動エネルギーを全て受け流すことはできず、ヒュージの体勢がわずかに崩れる。
ロザリンデはヒュージに体勢を立て直す時間的余裕を与えずに、休むことなく弾丸を発射し続けた。
その弾丸を防御するたびに、空中にあるヒュージの体は傾きの度合いを増していく。
アステリオンの弾倉が空になるまでロザリンデが撃ち終わった時、結梨たち三人は空中のヒュージに向かって跳躍し、またしても三人同時に斬りかかった。
体勢を完全に崩したヒュージは、かろうじて防御姿勢を取って、その攻撃に耐えようとする。
しかし三人がヒュージを叩き落とす形で斬りつけたため、ヒュージは眼下の岩場に向かって真っ逆さまに落下した。
激しい衝撃音が響き渡り、ヒュージの体は岩を砕きながら、その半分以上が地中にめり込んだ。
(これでヒュージが動き出すまで時間の猶予ができた。ノインヴェルト戦術を開始できる)
ロザリンデはアステリオンの弾丸を撃ち尽くすと、すぐにノインヴェルト戦術用の特殊弾を装填していた。
「碧乙、伊紀にパスを回して!」
まだ地面に落下している途中の碧乙に向かって、ロザリンデは特殊弾を発射した。
発射された特殊弾は、瞬時に球体のマギスフィアへと形態を変化させる。
「伊紀、行くよ!」
碧乙は自分に向かって飛んでくるノインヴェルト戦術のマギスフィアをキープせずに、同じく落下中の伊紀に向けて即座に弾き飛ばす。
「結梨ちゃん、お願いします!」
伊紀は碧乙からパスされたマギスフィアを結梨に回すべく、碧乙と同じように空中でアステリオンを振り抜いた。
ただし、そのラストパスは直接結梨に向けたものではなく、地面にめり込んだまま起き上がれないヒュージの真上に向かってだった。
ヒュージ直上の空中高くに向けて飛ぶマギスフィアに対して、落下中の結梨は縮地を発動して、マギスフィアの至近に転移した。
既に結梨のアステリオンはブレードモードからシューティングモードへ、その姿を変形し終えている。
結梨はアステリオンでマギスフィアを受け止めると、そのまま空中でチャンバーに装填し、真下のヒュージにアステリオンの銃口を向ける。
ヒュージまでの距離は約100メートル、倒立状態の姿勢で急降下しながら結梨は照準を微調整する。
「――捉えた」
照準の修正完了と同時に、結梨の華奢な白い指がアステリオンのトリガーを引き絞り、ノインヴェルト戦術のフィニッシュショットが発射された。
発射完了後、すぐに結梨はアステリオンを再びブレードモードへ変形させる。
結梨のアステリオンから放たれたマギスフィアは、眼下のヒュージをめがけて一直線に飛んでいく。
そのマギスフィアがヒュージに命中する寸前で、突然ヒュージとマギスフィアの間に魔法陣のような円盤状の障壁が出現した。
マギスフィアは障壁を貫通できず、その表面で停止する。
後方で待機しているロザリンデは、眉一つ動かさずにその光景を見つめていた。
(やはりマギリフレクターを使える個体か。ここからが勝負ね)
マギリフレクターの発生を確認すると、即座に結梨は縮地を再発動し、マギスフィアの直前まで移動、フェイズトランセンデンスを発動した。
結梨の身体とアステリオンの周囲に、青白い燐光にも似たマギの粒子が無数に舞い上がる。
「これで――決める」
フェイズトランセンデンスが可能にする最大マギ出力で、結梨はマギスフィアにアステリオンのブレードを叩きつけた。
その瞬間、威力を劇的に増したマギスフィアによって、マギリフレクターはわずかにその形を歪めた後、ガラスが割れるかのように破壊され、消失した。
同時にアステリオンのブレードも衝撃のエネルギーに耐えられず、粉々に砕け散る。
マギリフレクターを突破したマギスフィアは、その勢いを落とすことなくヒュージの中心部に命中した。
炸裂したマギスフィアの閃光が、周囲を一瞬だけ青白く染め上げる。
結梨はフェイズトランセンデンスが体内のマギを使い果たす直前に、三度目の縮地を発動して安全圏へ離脱した。
ロザリンデのすぐそばに現れた結梨は、マギが尽きて力が入らず、地面に倒れ込みそうになる。
その細い身体をロザリンデが咄嗟に支え、抱きかかえた。
マギスフィアの直撃を受けたヒュージは、その体がラージ級やギガント級に比して遥かに小さかったために、爆散せずにマギスフィアのエネルギーによって跡形も無く消滅していた。
「ご苦労様、上手くいったみたいね」
「うん、でもCHARMが……」
「私のアステリオンも、ブレードは形を保っているに過ぎないわ。
二人とも、これ以上の戦闘は無理ね」
大破した結梨のアステリオンをロザリンデが見やっていると、伊紀と碧乙が二人の所へ駆け寄ってくる。
「何とか仕留められましたね。
でも、この後はどうしますか?
もう一度あの洞窟を探索するのは……」
伊紀の問いかけに、ロザリンデは即座に否定の言葉を返す。
「論外ね。現時点での損耗が大きすぎる。
人とCHARMの両方とも無傷なのは碧乙だけでしょう?
そんな状態であそこに入って、同じヒュージがもう一体いたら、今の戦力では間違いなく全滅するわ」
ロザリンデのアステリオンはブレードが全損寸前、結梨はフェイズトランセンデンスの発動でマギが尽き、CHARMも大破。
伊紀は傷が塞がったとはいえ、多量の出血で休養が必須の状態だった。
「では、これ以上の任務続行は不可能なため、帰投するとガーデンに連絡します」
伊紀は通信端末を取り出して発信を始めたが、回線に接続することはできなかった。
「駄目です。対岸から見て、ここは島の裏側にあたるため、電波が届かないようです。
島の北側まで移動して通信を試みますか?」
「いえ、現有戦力で島内を進むリスクを冒したくない。
すぐにでもボートを出す準備をして、出発を急ぎましょう。
ガーデンへの連絡は海上に出てからすればいいわ」
「分かりました。私と碧乙様は先行してボートの確認をしてきます。
ロザリンデ様は結梨ちゃんを護りながらボートに向かってください」
伊紀と碧乙がボートを係留してある場所へ走り去って行くのを見届けて、ロザリンデは苦い表情で言葉を吐き出す。
「フルメンバーでないとはいえ、このロスヴァイセが小型ヒュージ一体にこれ程てこずるとはね。
同じタイプの個体がもう一体出現していたら、敵を倒すどころか、命がけで撤退しないといけなくなるところだったわ」
「ロザリンデ、ガーデンに戻ったら、あの洞窟で戦うための作戦をみんなで考えよう」
ロザリンデに背負われてボートのある場所へ向かいながら、結梨は洞窟の方を口惜し気に見つめていた。
「そうね。暗視装置、ヒュージサーチャー、耐久性と防御力を優先したCHARM、作戦に参加する人員の見直し、いろいろと準備するものがあるわね」
洞窟探索の障害となっていたヒュージの排除には成功したが、まだ洞窟内にケイブ発生装置があるかどうかは確認できてない。
必然的に、再び洞窟内部への探索を行わなければならないが、同種のヒュージが洞窟内に残っている可能性は否定できなかった。
その場合に備えて、ロザリンデたちは一度百合ヶ丘へ戻り、CHARMの修理と人員の休養、装備と作戦の変更などを行う必要があった。
やがて四人が乗ってきたボートのすぐ傍まで、ロザリンデと結梨はたどり着いた。
碧乙と伊紀はボートのエンジンを始動し、二人が乗り込むのを待っていた。
「防御重視のCHARMというと、1年生の郭神琳さんの媽祖聖札があるけれど、あれは一機だけのユニーク機体だし、あとは私が知っている限りではシャルルマーニュくらいかしら。
百合ヶ丘でシャルルマーニュを使っているリリィは……」
ロザリンデの発言を引き継いで、出発の準備を終えた伊紀が言葉を続ける。
「シャルルマーニュは、汐里さんが使っている防御用の方のCHARMです。
あれはグランギニョル社製のCHARMなので、楓さんに一機融通してもらえないか、私が掛け合ってみます。
楓さんが承諾してくれればメーカー直送になるので、ガーデンに申請するより早く調達できるかもしれません。
首尾よくシャルルマーニュを入手できたら、汐里さんに使い方の手ほどきをお願いしましょう」
「ええ、そうさく倶楽部で顔を合わせた時に、私から汐里さんに相談しておくわ。
でも、そうすると、今度はどうやって洞窟の中でヒュージに攻撃するかという問題が出てくるけれど」
防御機能に特化したCHARMであるシャルルマーニュを、先頭で進むロザリンデが装備した場合、ヒュージからの攻撃は防御できても、こちらから攻撃することが困難になる。
狭い洞窟内では、ロザリンデの後ろで碧乙や結梨がアステリオンを構えて射撃するには無理がある。
今回と同じようにヒュージが洞窟の外に出てきてくれればいいが、そうならなかった時には、攻略の手段が存在しなくなってしまう。
「その点もガーデンに戻ってから検討しなくてはならないわね。
とんだ伏魔殿だったようね、あの洞窟は」
往路と同じくボートの操舵を担当するロザリンデは、次第に遠ざかる江ノ島を見つめながら、苦々しい口調で呟いた。
満身創痍と言っても過言ではない状態で百合ヶ丘に戻った四人を、特別寮のミーティングルームで待っていたのは、伊紀のルームメイトの小野木瑳都とオルトリンデ代行の秦祀だった。
二人は部屋に入ってきた結梨たちを見ると、すぐに顔色を青ざめさせて駆け寄ってきた。
「伊紀さん、その怪我は――」
右半身を血に染めた伊紀の姿を見て、瑳都が愕然とした表情で尋ねる。
「心配させてごめんなさい。ヒュージに一撃もらってしまったの。
リジェネレーターで傷は治っているから、後は失った血を回復するための休養を取れば問題ありません」
「そうだったの。大事に至らなくて良かったわ。
こんな事になるなら、無理を言ってでも私も参加させもらうべきだった」
悔しそうに言う瑳都の隣りで、祀がロザリンデに背負われた結梨を気遣わしげに見ている。
「ロザリンデ様、結梨ちゃんはどこか負傷しているんですか?それとも――」
「大丈夫、フェイズトランセンデンスで体中のマギを使い尽くしてしまっただけよ。
一日休めば普通に動けるようになるわ。
それより祀さん、あなたが座っていた所に置いてある大きな荷物は何?
あなたのCHARMが入ったケースなの?」
ソファーの上に置かれた楽器ケースのような物体に視線を送りながら、ロザリンデは祀に尋ねた。
「あの荷物は、結梨ちゃん――いえ、正確には『北河原ゆり』さん宛てに今日届いた物です。
結梨ちゃんが戻ってくるまで、私が一時的に預かっていました。
もちろんX線検査をして、危険物でないことは確認してあります」
「宛て名が本名ではないということは、結梨ちゃんが外部で出会った人が送ってきたのね。
一体、誰から送られてきた物なの?」
「送ってきたというか、正確には、このガーデンまで送り主本人が直接持ってきたんです。
あいにく結梨ちゃんが任務中で不在だったので、応対した私が代理で受け取る形になりました。
その人は確か――柳都女学館の天津麻嶺と名乗りました」