アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第11話 江ノ島探索任務(6)

 

 最初の探索任務から二週間後、結梨たちは再び江ノ島の南側海岸に立っていた。

 

 海はあの日と何も変わらず、平らな岩場に緩やかに波が打ち寄せている。

 

 まだ朝日は水平線の下にあり、周囲はようやくわずかに薄明るくなってきたところだった。

 

 「日の出を待って洞窟の探索を開始します。洞窟に入る者は装備の最終確認、それ以外の者は洞窟周辺の哨戒任務にあたるように」

 

 前回の作戦に加わらなかったロスヴァイセの六人のリリィたちが、哨戒につくため、ロザリンデの指示に従ってそれぞれの持ち場へ散っていく。

 既に島の地形は隅々まで各自の頭に入っている。

 

 結梨たち前回参加組の四人は、洞窟へ向かう前に各々の装備と戦術の最終的な確認を始める。

 

 四人のうち、碧乙と結梨は少し離れた場所で、洞窟内での戦闘時のコンビネーションについて打ち合わせをしている。

 

 その頭上には、作戦開始前の慣らし運転なのか、五つのマギビットコアがゆっくりと旋回している。

 

 ロザリンデと伊紀はその様子を見ながら、結梨の装備しているエインヘリャルについて思うところを口にしていた。

 

「ロザリンデ様、結梨ちゃんはエインヘリャルの操作には、もうすっかり慣れたみたいですね」

 

「ええ、あれから毎日私と一緒に訓練して、ビットのコントロールとビームの出力制御、どちらも実戦で使えるレベルまで慣熟できているわ」

 

「洞窟の中であの飛行ユニット――マギビットコアを使って攻撃するんですよね」

 

「もちろん。前回と同じタイプのヒュージがいた場合、私が先頭でシャルルマーニュを使って防御に徹するから、結梨ちゃんは私の後ろからビットでヒュージを撃つ。

碧乙にはファンタズムで結梨ちゃんの攻撃を補佐してもらうわ。

今あそこで二人が打ち合わせているのは、その最終的な擦り合わせね」

 

「すごいですね。でも、何のチューニングも無しに、あれほど高度な脳波コントロールのシステムをそのまま操れるなんて、そんなことが本当にありえるんですか」

 

「これは結梨ちゃんには話さないでほしいのだけど」と前置きした上で、ロザリンデは自分の考えた推論を伊紀に説明し始めた。

 

「以前、結梨ちゃんの捕縛命令が出た時に百由さんが調査した結果では、結梨ちゃんの遺伝子情報は不自然なくらい余りにも平均的だと報告されていたわ。

もしかしたらヒュージの幹細胞から結梨ちゃんの身体を培養する時に、最大限の安定性を確保するために、G.E.H.E.N.A.の研究者がそのような遺伝子操作を行ったのかもしれない。

その結果、きわめてフラットに初期設定されたエインヘリャルの脳波コントロールシステムに、偶然にもぴったり適合した……とは考えられないかしら」

 

 結梨にとってG.E.H.E.N.A.が生みの親であることは否定できない事実だ。

 

 しかし、生みの親がG.E.H.E.N.A.であっても、記憶を持たない彼女を育てたのは一柳梨璃であり、百合ヶ丘女学院のリリィたちだ。

 

 ロザリンデは、G.E.H.E.N.A.から生まれた存在であることに結梨が囚われて、結梨自身の人生を生きづらいものにしてほしくなかった。

 

 だから必要以上に結梨の存在とG.E.H.E.N.A.を結び付けて考えさせてしまうようなことは、結梨に聞かせたくなかったのだ。

 

「あるいは強化リリィと同じく、人工的にヒュージの力を付加されたリリィの脳波は、一般的なリリィよりも第4世代の精神直結型CHARMに馴染みやすいのかもしれません。

麻嶺様の話を拡大解釈すると、そういうことも充分考えられると思います。

どちらにしても結梨ちゃんの耳に入れたくはない話ですね」

 

 ロザリンデの示した推論に対して、伊紀は別の可能性を口にしたが、それもやはり結梨に聞かせたい内容ではなかった。

 

「私たちのように似ても焼いても食えない開き直った強化リリィとは違って、結梨ちゃんは繊細で傷つきやすい女の子だから、その辺りは充分に配慮しないとね」

 

「似ても焼いても食えない側に、私も入れられてるんですね……」

 

 伊紀はロザリンデの発言に少なからず異議申し立てをしたげな様子だったが、その事については置いておき、ロザリンデの手に握られているCHARMに視線を落とした。

 

 それに気づいたロザリンデは、

「そう言えば、このシャルルマーニュ、すぐ私の手元に届いたのだけど、やはり楓さんが根回しをしてくれたの?」

 と、右手に持った真新しいシャルルマーニュを目の高さまで上げて、伊紀に尋ねた。

 

「はい、前回任務の翌日に私が楓さんに相談したところ、二つ返事で快く引き受けて下さいました」

 

 椿組の教室までやって来た伊紀の前で、楓は次のように事も無げに言ってのけた。

 

 

 

『構いませんわ。CHARMの一つや二つ無償提供したくらいで、グランギニョルの経営が傾くわけではありませんもの。

すぐにお父様に連絡して手配してもらいます。

それに特務レギオンのあなたが直々に依頼してくるということは、G.E.H.E.N.A.絡みの作戦にシャルルマーニュが必要なのでしょう?

あの連中の事は私もいい加減腹に据えかねていますので、あなたたちの手助けができるのなら、お安い御用ですわ』

 

 

 

「さすがに世界規模のCHARMメーカーの御令嬢ともなると、出来ることの次元が違ってくるのね。

エインヘリャルも天津重工から百合ヶ丘女学院への完成サンプル寄贈という形で、やはり内々に無償提供されたし、CHARMメーカー恐るべしね」

 

 そう言ってロザリンデはシャルルマーニュを軽く一振りした。

 

「あ、碧乙様と結梨ちゃんの打ち合わせが終わったみたいですね」

 

 伊紀の見ている方をロザリンデが振り向くと、結梨と碧乙が並んで二人の方へ歩み寄ってこようとしているところだった。

 

 その後ろからエインヘリャルの五つのビットが、二人を追うように空中を飛んで来る。

 

 そして鳥が木の枝に停まるような滑らかさで、ビットは結梨の腰に装着されているベースユニットに次々と収まった。

 

 伊紀はその様子を感心した表情で眺めていた。

 

「もうすっかり自分のものにしてしまったみたいですね。

問題はヒュージがまだ洞窟内に存在しているとして、こちらの予想通り動いてくれるかどうかですが」

 

「前回と同種のヒュージなら、個体が違っても同じ反応をする可能性が高いと考えていいわ。

もし違う行動を取ったとしても、今度は装備も人員も十分な量を確保している。

最悪の場合、ヒュージがマギ切れを起こすまで持久戦を継続しても構わない。

無論、そうならないことを願うけれど」

 

「碧乙様と結梨ちゃんの連携は――」

 

「攻撃の確実性を高めるために、碧乙のファンタズムで結梨ちゃんの射撃タイミングと目標の座標を正確に誘導してもらうわ。

結梨ちゃんが私の後ろにいると、直接ヒュージを目視できないから。

ヒュージがエネルギー弾を撃っている間は、敵の防御はお留守になる。

私が先頭でシャルルマーニュを使って防御に徹するから、結梨ちゃんは私の後ろからエインヘリャルのビットを操ってヒュージを撃つ。

もし攻撃に失敗してヒュージが洞窟の外へ出てきたら、レギオンの全員で包囲して群狼戦術で攻撃、最終的にノインヴェルト戦術へ移行。でも――」

 

「できる限りヒュージが自由に動き回れない洞窟の中で勝負をつける、ですね」

 

「そう。洞窟の外で取り逃がした場合、視界の利かない森の中に潜まれると厄介なことになるから」

 

 ロザリンデが伊紀にそこまで説明した時、結梨と碧乙が二人のすぐ隣りまで来ていた。

 

「結梨ちゃん、もうエインヘリャルは思い通りに動かせるようになったみたいですね」

 

「うん、毎日一生懸命練習したんだよ。

『鍛錬あるのみです。血反吐を吐くまで頑張りましょう』って、前にエレンスゲで一葉が言ってたから、私もそのくらい頑張らないといけないと思って。

でも、まだ血反吐は吐いたことないから、私の頑張りが足りないのかな……」

 

「血反吐、ですか……」

 

 無邪気な顔で物騒な言葉を口にする結梨に、伊紀は思わず絶句する。

 

「一体どんな指導をしているの、あのガーデンは……」

 

 ロザリンデは頭痛を覚えたかのように、額に手を当ててため息をついた。

 

「碧乙、アーセナルの子は、もうエインヘリャルの整備には慣れたの?」

 

「はい、お姉様。整備を開始した初日は絶望の余り床に突っ伏して号泣していたのが、昨日は半泣きのレベルでしたから、何とか物になりそうです」

 

「それは一安心していいものなんでしょうか……確かに整備自体はきちんと出来ているみたいですが」

 

 一抹の不安を覚えた表情で、伊紀は結梨の身体に装着されているエインヘリャルを見た。

 

「整備が終わったエインヘリャルを受け取りに行くたびに、泣き言を聞かされてきたから、始めはどうなることかと思ったけどね」

 

 碧乙は結梨の代わりに、ケースに入ったエインヘリャルを工廠科の専属アーセナルに届けるのが日課のようになっていた。

 

 整備を開始した当初、碧乙とアーセナルのやり取りは以下のようなものだった。

 

 

 

 

 

 

『調子はどう?エインヘリャルは問題なく整備できてる?』

 

 碧乙の呼びかけに、まだあどけなさを残した顔立ちのアーセナルが、目に涙を浮かべて答える。

 

『こんなの無理ですよぅ。いつも整備してるCHARMと全然違うじゃないですかぁ。

アステリオンは2機ともブレードの全交換だけで済んだのに。

ユニット一つに四つも五つも付いてるスラスターを一つずつメンテするなんて、日が暮れちゃいますよ。

いえ、日が暮れるどころか、既に毎日徹夜に近い生活なんですけど』

 

『麻嶺さんは標準レベルのアーセナルなら誰でも整備できるって言ってたわよ。

整備マニュアルも手元にあるし、できないわけないわ』

 

『麻嶺様や百由様は正真正銘の天才だから、簡単にそんなこと言うんです。

天才には凡人のレベルがどれくらいのものか分かってないんですよ』

 

『これも天才に近づくためのスキルアップの一環だと思って、頑張ってみなさい。精進あるのみよ』

 

『うぅ、鬼だ……特務レギオンの専属アーセナルなんて引き受けるんじゃなかった……

前任のアーセナルが引き継ぎの時に妙に晴れ晴れとした表情だったのは、こういうことだったんですね』

 

『まあ、前の人は伊紀のアステリオンにB型兵装を組み込む時に、かなり無理をさせてしまったからね。

普通は特注仕様のCHARMを用意するのが当たり前だけど、あの時はノーマル仕様のアステリオンを強引に改造してB型兵装を取り付けられるようにしたから。

たぶん途中で何度か血反吐を吐いたんじゃないかしら』

 

『ちへど……ちへどですか……』

 

『あなたも1年生で特務レギオンの専属アーセナルに任命されたんだから、それにふさわしい能力の持ち主だとガーデンが判断したのよ。自信を持ちなさい』

 

『そんなこと言って、本当は特務レギオンの専属アーセナルがブラック環境すぎて、上級生が逃げ回ってるだけなんじゃないんですか?』

 

『……それは邪推よ。歪んだレンズには歪んだ像しか映ってないのよ』

 

『どうして後ろめたそうに目を反らしながら言うんですか』

 

『とにかく、今エインヘリャルの整備を任せられるのは、あなたしかいないんだから、血反吐を吐いてでもよろしく頼むわよ。それじゃ』

 

『鬼。悪魔。人でなし。訴えてやるぅ』

 

 後ろで恨み言を口走るアーセナルを置き去りにして、碧乙は工廠科の校舎を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

「……そんなわけで、いたいけな1年生アーセナルの尊い犠牲のもとに整備されているこのエインヘリャルで、必ずあの洞窟を攻略しなければならないのよ、結梨ちゃん」

 

「うん、頑張ってヒュージをやっつける。血反吐を吐くまで整備してくれるアーセナルのために」

 

 またしても無邪気な笑顔で頷く結梨。

 

「アーセナルに血反吐を吐かせるのも、正直どうかと思いますが……今度差し入れでも持って行ってあげましょうか」

 

 ため息まじりに伊紀がアーセナルを気遣う発言をした時、朝日が水平線の上に現れ、オレンジ色の太陽光線が周囲を照らし出した。

 

「そろそろね。伊紀は哨戒に出ている六人に、洞窟の入口付近に集合するよう連絡を」

 

「はい、ロザリンデ様。了解しました」

 

「全員が揃い次第、私たち四人は洞窟への進入を開始。

内部にヒュージがいた場合は排除した上で、最奥部まで探索を続けるわ」

 

「ところで、このヒュージサーチャー、使うのは私でいいんですか。

結梨ちゃんはエインヘリャルの頭部ユニットを着けているから無理ですが」

 

 通信端末をトランシーバーモードにして集合の連絡を始めかけた伊紀は、見慣れた猫耳型の髪飾りを手に取って碧乙に確認した。

 

「その猫耳を上級生が着けるのは羞恥プレイでしょ。他のガーデンだって、着けてるのは1年生ばかりじゃない」

 

「『御前』は着けてたけど……」

 結梨が控えめな口調で碧乙に突っ込みを入れる。

 

「あいつは頭のネジが何本か吹っ飛んで無くなってるタイプだから、議論の対象外よ。

まかり間違って私やお姉様がこれを着けている姿を週刊リリィ新聞にでもすっぱ抜かれた日には、しばらく教室に顔を出せないわ」

 

「分かりました。では私が装着させていただきます。――皆さん、哨戒を中断して洞窟の前に集合してください」

 

 伊紀が哨戒に出ていた六人のリリィに連絡を取り、やがて結梨を含めて十人のリリィが洞窟の入口に集まった。

 

「水蓮さんたち六人は、ヒュージが外に出てきた場合に備えてここで待機。

私たち四人は前回と同じく洞窟の中を最奥部まで探索する。

何か質問はある?」

 

 ロザリンデの確認に、1年生の小野木瑳都が手を挙げた。

 

「もしケイブ発生装置が洞窟の中にあった場合は、その後どうするんですか?」

 

「私たちがいきなり装置を操作することはできないから、その場に装置があったことを確認して、ガーデンに報告するまでが私たちの任務になるわ。

その後の対応については理事会と生徒会の判断次第だけど、おそらくは解析科と工廠科に調査を引き継ぐことになると思われるわ」

 

「分かりました。中にヒュージがいたら、ぶちのめして一番奥まで探検するわけですね。単純明快で実に結構な話です」

 

「そういうこと。ではそろそろ中に入りましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 ロザリンデ、結梨、碧乙、伊紀の順で、四人が洞窟の中へと入って行く。

 今回はヘッドライトの代わりに軍用の暗視装置を全員が装備している。

 

 暗闇の中で慎重に歩を進めること数分、伊紀が前を進む三人に小声で呼びかける。

 

「ヒュージサーチャーに感有り。洞窟内のため数は判別できませんが、やはりこの先に潜んでいるようです」

 

「このままの速度で前進して、ヒュージから仕掛けてくるのを待つ。

その後は予定通りの作戦行動に入る。結梨ちゃん、碧乙、よろしくね」

 

「うん、練習通りやってみせる」

 

「テレパスで送られてくるイメージに合わせるだけでいいから、難しく考えないでいいわよ。今度はこっちが目に物見せてやるわ」

 

 そこから十歩も進まない内に、ロザリンデが足を止めた。

 前方数十メートルの所に、前回遭遇した時と同じヒュージのシルエットが、暗視装置の緑色の視界に浮かび上がった。

 

 ロザリンデはシャルルマーニュを持っていない左手で、後ろにいる結梨たちに合図する。

 結梨はそれを見て、エインヘリャルのマギビットコアを二つだけ分離させ、洞窟の左右の地面すれすれに配置した。

 

「向こうもこちらに気づいたようね。この後の展開はおそらく――」

 

 前方で閃光がひらめき、ヒュージがエネルギー弾を発射する。

 その攻撃を待ち構えていたロザリンデは、シャルルマーニュで防御しながらゆっくりと後退を始めた。

 後ろの三人もロザリンデに歩調を合わせて後退する。

 

 ヒュージはエネルギー弾による射撃を継続しつつ、後退するロザリンデたちを追いかけるために前進を開始した。

 

 結梨は二つのマギビットコアをその場に固定したまま、自身は隊列に合わせて洞窟の入口方向へと下がって行く。

 

 前進するヒュージと位置を固定されたマギビットコアの間の距離は、次第に縮まっていく。

 

 その距離が10メートルほどにまで縮まった時、結梨の頭の中に発射のタイミングと照準の座標がテレパスで流れ込んできた。

 それが碧乙のファンタズムによる合図だった。

 

(撃って)

 

 次の瞬間、二つのマギビットコアがわずかに向きを変えると同時に、左右からヒュージの中心をめがけてビームが発射された。

 

 ロザリンデに向かってエネルギー弾を連射していたヒュージは、攻撃に対して全く無防備な状態になっていた。

 

 その発射口にマギビットコアの二本のビームが直撃し、ヒュージの体を貫通して洞窟の天井まで届いた。

 

 ビームの出力は先日の試射と違って正確に制御されていたため、天井が崩落するようなことは起こらなかった。

 

 ビームの直撃を受けたヒュージは動きを止め、糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。

 

 その姿は、紛れも無く前回と同じルンペルシュティルツヒェンに似た個体だった。

 

 ロザリンデはまだ注意深くシャルルマーニュを構え続け、警戒を解いてはいない。

 

「ヒュージサーチャーの反応が消えました。目標ヒュージの排除完了を確認しました」

 

 伊紀の声が後ろから聞こえてきて、ようやくロザリンデはシャルルマーニュを下ろして一息ついた。

 

「この間、あんなに苦労して倒したヒュージと同じ種類とは思えないほど、あっさり倒せましたね」

 

 碧乙が拍子抜けした顔で言うと、ロザリンデが先ほどの戦闘について説明する。

 

「自由に動き回れない相手の注意を一点に向けさせ、こちらが別方向から虚を突いたり不意打ちできれば、一方的に攻撃を成功させることができる。

今回は一本道の狭い洞窟とエインヘリャルの遠隔攻撃という条件を利用できたから、上手くいったのよ」

 

 そしてロザリンデは碧乙のすぐ後ろにいる伊紀に向かって確認する。

 

「伊紀、もうヒュージサーチャーに反応は無いのね」

 

「はい。この洞窟内のヒュージは、今倒した個体で最後だったようです」

 

「念のために、引き続き私が先頭で進むわ。このまま最奥部まで行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 一行はヒュージの死骸の横を通り過ぎて歩き続け、やがて洞窟の突き当りに到達した。

 

「これか……」

 

 突き当りと左右の壁面に沿うように、大型のコンソールが複数台設置されている。

 

 装置の背面からは何本かの太いケーブルが出ていて、洞窟の壁に開けられた穴の中へ通されている。

 

「いかにも、って感じですね。このケーブルは電源の供給と通信用でしょうか」

 

「おそらくは。でも今は通電されていないし、このままでは装置を動かすことはできそうにないわ」

 

 ロザリンデたちが発見した装置は、筐体のカバーが開けられている箇所が存在した。

 

 その中をのぞき込むと、制御基板や電装部品の一部が取り外されていて、装置は使用できない状態になっていた。

 

 それを見た碧乙は特に驚く様子も無く、両肩をすくめて苦笑した。

 

「まあ、放棄する設備をそのままの状態で残していくわけありませんよね。

作動しないことには、これがケイブ発生装置かどうかも確認できないわけですし。

やっぱり実際に装置を動かしている現場を押さえないと、決定的な証拠にはならなさそうですね」

 

「たとえ不完全な形であっても、物的証拠になりうるものを発見できたこと自体は、一歩前進には違いないし、全くの無駄足だったわけではないわ。

装置を破壊しなかったのは、これを再び使用する可能性を見越してのことでしょう。

必要とあればいつでも部品を戻してケイブを発生させ、百合ヶ丘を攻撃できるようにしておくために。

それをさせないためにも、G.E.H.E.N.A.が気付かないうちに、この装置を百合ヶ丘へ運び出してしまう必要がある」

 

「今回の私たちの任務は、ひとまずここまでということですか」

 

 伊紀は肩の荷が下りた安堵感を覚えながら、ロザリンデの顔を見た。

 

「ええ。私たちはガーデンに装置発見の報告をして、その後の搬出と分析については解析科と工廠科に引き継ぐことになるでしょう。

場合によっては防衛軍の電子装備研究所と協力して調査を進めることもあるかもしれない」

 

「でも、現時点で誰の物かも分からない物を、勝手に持ち出していいんでしょうか?」

 

「これを置いて行ったのがG.E.H.E.N.A.かどうかは、まだ分からないんだよね?」

 

 それを聞いた碧乙は顔をしかめて、伊紀と結梨に諭すように話し始めた。

 

「またそんなお行儀の良いことを。よく聞きなさい、伊紀、結梨ちゃん。

こんな物騒なヒュージのいる洞窟のドン詰まりに正体不明の装置が置いてあるのよ。

しかもここは橋が封鎖された無人の江ノ島。どう考えてもまともな代物じゃないわ。

G.E.H.E.N.A.だって、『これは自分たちの所有物だから返せ』なんて名乗りを上げるわけにはいかないでしょう。

そんな事をしたら墓穴を掘るにも程があるってものよ」

 

 碧乙の発言を補足するようにロザリンデが説明を続ける。

 

「所有者の看板が立っているわけでもないし、搬出の是非についてはガーデンが決めることだから、私たちが気にする必要は無いわ。

報告用の資料として使う写真を撮り終わったら、速やかに洞窟の外に出て帰還の準備を始めましょう」

 

「賛成です。こんな暗くて狭苦しい所には長居したくありません」

 

 

 

 

 

 

 写真を撮り終えたロザリンデたちが洞窟から出てきた時、太陽は既に高く昇り、待機組の六人が入口の周りに散開して、状況の推移を見守っているところだった。

 

「お待たせ、首尾は上々よ。不完全な状態だったけど装置の存在は確認できたわ。

これからガーデンに帰投して報告を上げるから、ボートを出す準備をして」

 

「了解しました。すぐに出航の用意を始めます。みんな、行きましょう」

 

 2年生の大島水蓮の指示で、待機組のリリィたちはボートを係留している海岸へ向かって駆け出していく。

 

 ロザリンデたち探索組の四人は、屋外で不要となった暗視装置を外し、海上に不審な船影やヒュージの姿が無いか目視で確認をする。

 

「海上には特に変化は無いようね」

 

「ヒュージサーチャーにも反応はありません」

 

「では、私たちもボートに向かいましょう」

 

 数分後に、十人のリリィを乗せた暗灰色の軍用ボートが海岸を離れ、江ノ島の沖に出た。

 

 空は雲一つ無い快晴で、先ほどまでの暗闇の中での探索とは対照的な景色が広がっている。

 

「前回と違って、今回は予想外の深刻な問題が起こらなくて助かりましたね。

これでしばらくは大きな問題が発生しなければいいですけど」

 

「伊紀、フラグを立てるのは止めておきなさい。

そんなことを言ってると、舌の根の乾かぬうちに碌でもない問題が勃発するに決まってるじゃない」

 

「そんな、考えすぎですよ。今は由比ヶ浜のヒュージネストも無くなったし、洞窟で見つけた装置も、すぐにガーデンが対応してくれます。

そうそう大きな問題が起きるとは思えませんが……」

 

「だといいけどね」

 

 数十分後にボートが由比ヶ浜の外れの海岸に近づくと、そこに一人の人影が見えた。

 

 砂浜に立って、誰かがこちらを見つめているようだ。

 

 一瞬、ボート上の全員に緊張が走ったが、その人影は出江史房のものであると分かり、警戒を解いて肩の力を抜いた。

 

「史房様なら作戦内容の詳細をご存知なので、この場所にボートが接岸することも分かっておられます。特に気にするようなことではないかと」

 

「いや、史房様がわざわざ私たちの帰りを待ち構えてるってことは、きっと何か無理難題を吹っかけてくるに違いないわ」

 

 碧乙の予感が杞憂であることを伊紀が願っているうちにボートは砂浜に接岸し、結梨が真っ先にボートから砂浜に飛び降りた。

 

「史房、私たち、ヒュージをやっつけて洞窟の奥で機械も見つけたよ。

これでG.E.H.E.N.A.がヒュージを使って百合ヶ丘を襲うのは出来なくなるんだよね」

 

 自信満々で成果を報告する結梨に、史房は結梨の手を握ってねぎらいの言葉を掛ける。

 

「ご苦労様、結梨さん。百合ヶ丘についてはこれで一安心できそうね。

――でも、それとは別に困ったことが起きてしまったの」

 

 そら来た、と言わんばかりの表情で碧乙が伊紀をじろりと見る。

 

「あの、史房様、その困ったこととは一体――」

 

 おずおずと伊紀が史房に質問すると、史房は一同を見回した後、はっきりと宣言するように言葉を発した。

 

「今しがた、東京のエリアディフェンスが崩壊したという情報がガーデンに入ったわ。

あなたたち特務レギオンのリリィにも、特別に外征の直命が出される予定よ」

 

 

 

 




 投稿後に読み返してみると、アーセナルの1年生が気の毒に思えてきたので、後で何かフォローというか埋め合わせの描写をするかもしれません。

 現在は半泣きレベルまで腕が上達している設定なので、文中の描写よりは大幅にストレスは減っているものとお考え下さい……

 次のエピソードでは、ラスバレメインストーリーの裏側で、結梨ちゃんとロスヴァイセが色々と暗躍(?)します。
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