「お姉様、このリリィが『あの』琴陽なんですか?」
碧乙が驚きを隠せない表情でロザリンデの方を見た。
「史房さんの記憶に間違いが無ければね。いきなり手合わせを挑んでくるところと言い、何一つ疑う余地は無いわ」
結梨を含めて、その場にいる百合ヶ丘の十人のリリィ全員が、琴陽の姿から目を離すことができない。
それに対して、見ず知らずの相手からいきなり名前を呼ばれた琴陽は、きょとんとした顔でロザリンデたちを見ていた。
「私のことを御存じなんですか?自分がそんなに有名だとは思いませんでした」
「ここで会ったが百年目、ってね。不用意に私たちの前に現れてくれて、どうもありがとう。感謝するわ」
挑戦的な視線を送ってくる碧乙に対して、琴陽は動じる様子も無く十人のリリィを見回した。
「その制服は、鎌倉府の百合ヶ丘女学院のものですね。
不思議ですね、私はあなたたちとは面識が無いはずなんですが」
「そっちに無くても、こちらにはあなたに色々と聞きたいことがあるの。
あなたは私たちに指名手配されているみたいなものよ。
泉・ローザ・莉奈っていうルド女の教導官と同じように」
その言葉に琴陽がぴくりと眉を動かして反応した。
無邪気さすら漂わせていた可憐な表情が、一転して凛と引き締まる。
「あなた方は、ただのリリィではありませんね?
ルドビコ女学院の何をどこまで知っているんですか?」
「ルド女の内情ももちろん調べておきたいところだけど、あなたというリリィが現れたからには、それよりも優先して確かめておかなければならないことがあるわ」
碧乙は一度そこで言葉を切って間を置いた。
そして、ゆっくりと息を吸い直して、琴陽の目の奥まで見るような視線を投げかける。
「あなたは『御前』を知っているわね?
彼女と連絡を取るために、あなたに取り次ぎをしてもらいたいんだけど」
『御前』の名前を聞いた刹那、琴陽の身体が強張るのがはっきりと見て取れた。
だが、琴陽はすぐに冷静さを取り戻し、渋い表情で碧乙に反問した。
「一面識も無いリリィから、そんな不躾な頼み事を押し付けられても『はい』と言えるわけがありません。
逆に問いますが、あなたたちはなぜ『御前』の存在を知っているんですか?その情報源はどこですか?」
碧乙は小気味よく「ふっ」と笑った後、一歩後ろに下がって結梨の肩に手を置いた。
「私とこの子が、その『御前』に直接会ったことがあるからよ。
わざわざ向こうから百合ヶ丘まで押しかけてきてね。
だから、情報源は『御前』本人よ。
彼女、結構なラスボス感を漂わせていたけど、あなたが彼女の手下というわけ?」
碧乙の返事を聞いた琴陽は、急に肩の力が抜けたように緊張を解いた。
「……そうですか、そういうことだったんですね。
では、そちらの第4世代CHARMを装備しているリリィが、一柳結梨さん本人なのですね」
琴陽は一歩前に出て、ゴーグルを掛けた結梨の顔を正面から見据えた。
「『御前』からあなたのことは聞き及んでいます。
もちろん、あなたの存在を第三者に口外するのは『御前』から固く禁じられていますので、ご心配なく」
そして結梨が身に纏っているエインヘリャルの各ユニットを、興味津々の様子で眺め始めた。
「さすがにあの御方が目をお掛けになるだけのことはありますね。
いまだ本格的な実戦運用の目途さえ立っていないとされる第4世代の精神直結型CHARM。
それを易々と自分の手足のように使いこなしている。
その一事だけで、あなたがヒュージの細胞から生まれたという情報は間違いではなかったと、いま私は確信しました。
あなたは来夢さんすら超える潜在的能力の持ち主かもしれません。
ますます私自身の手で、その実力を確かめたくなりました」
とびきりの宝物を見つけた子供のように琴陽の目は爛々と輝きを増し、グングニル・カービンを握っている手が小刻みに震え始めるほどだった。
「では、『御前』に取り次ぐ条件として、結梨さんに私と手合わせをしてもらうということで、どうでしょうか。この際、勝敗は関係ありません」
「『御前』は、あなたにそんな条件付けを認めていないと思うけど。
あなたの独断で勝手にそんなことを決めてもいいのかしら?」
「後で『御前』からお叱りを受けてでも、今この場で結梨さんと手合わせしてみたいということです」
「根っからの戦闘狂なのね、あなた」
碧乙はあきれた顔で琴陽を一瞥してから、ロザリンデの方を振り向いた。
「お姉様、どうしますか?本来の任務以外でリリィ同士が戦うのは……」
「目的のためには手段を選んでいられない、か。
ここは彼女の申し出に付き合ってあげましょう。
結梨ちゃん、申し訳ないけれど、彼女の相手をしてあげて。
ただし、彼女に怪我をさせないように戦って」
「分かった。訓練用のレーザービームを使うから、もし琴陽の身体に当たっても何ともないよ」
特に気負った様子も無く、結梨はロザリンデに軽く微笑みかけた。
「お願いね。それから、琴陽さん、あなたも必ず攻撃は寸止めにすること。
もし、この子の身体にCHARMの攻撃が当たった場合は、その時点で即、手合わせは中止とします。
それが守られない場合は、私が強制的に介入してあなたたちを止めます」
「承知しました。私のわがままを聞いてくださって、ありがとうございます」
「それから、この道路上に留まっていると、今度は私たちの方が前後からヒュージに挟撃される恐れがある。ひとまず新宿御苑に戻りましょう。
琴陽さんも、それで構わないわね?」
「はい、異論はありません。おっしゃる通りだと思います」
結梨を含むロスヴァイセの全員は、琴陽を同行させて再び新宿御苑の東側ゲートを通り、見通しの利く広い整形式庭園に戻った。
「一対一の勝負だと、私のファンタズムのサポートが無くなるけど、大丈夫?」
碧乙が若干の心配を込めて結梨に尋ねたが、結梨は全く気にしていないようだった。
「うん、相手も条件は同じだから。私だけハンデをもらうわけにはいかないよ」
琴陽は実弾から模擬弾に換装したグングニル・カービンを構え直し、戦闘態勢に入った。
「それでは結梨さん、そろそろ始めましょうか」
それを見た結梨はマギビットコアをベースユニットから分離し、自身はロスヴァイセのリリィたちから離れて一人になった。
30メートル程度の距離を置き、一対一で結梨は琴陽と対峙する。
その前方上空の高度10数メートルには、5基のマギビットコアが等間隔で浮かび、琴陽を包囲する形でビームの発射口を向けて旋回している。
琴陽は自分に狙いを定めるマギビットコアを冷静に意識しながら、結梨の戦術を見定めようとしていた。
(やはり、あなた自身はそれ以上近づいてきませんね。
CHARMの使用者本人は直接攻撃しないため、攻撃目標に接近する必要が無いから。
その代わりに敵の近接攻撃が届かないアウトレンジの死角から、複数の飛行ユニットで同時攻撃を仕掛ける。
しかも敵の運動能力を圧倒的に上回る飛行ユニットの機動性と速射性で、敵からの反撃を一切許さない。
使いこなすことさえできれば、これほどリリィの生残性を高めてくれる機体は無いでしょう)
「どうぞ、そちらから先制攻撃してください。
攻撃は最大の防御、それがそのCHARMの本領でしょうから」
「――うん、行くよ」
その言葉を合図にして、琴陽をめがけて五つのマギビットコアから一斉にビームが発射された。
同時に琴陽は自身の身体を射線上から外すべく、直ちに自らのレアスキルを発動させる。
(お優しいことですね。もし私にビームが命中しても怪我をしないように、模擬戦用の可視光レーザーを発射している。
もちろん私もあなたを負傷させるつもりはありません。
ただし、手加減するつもりも毛頭ありません。
第4世代CHARMの性能と私のレアスキル、どちらが上か、この場で勝負させてもらいます。
さあ、この私に攻撃を当てられるものなら当ててみなさい)
驚くべきことに、琴陽に向かって発射されたビームが、その身体に触れることは全く無かった。
逃れるスペースを全て塞ぐ形で発射されるマギビットコアのビームの、その包囲の外側に琴陽の身体が現れる。
琴陽は全方位から絶え間なく降り注ぐビームを間一髪のタイミングで避け続け、一瞬たりとも動きを止めることなく回避運動のステップを踏み続ける。
琴陽の異常とすら言える回避能力は、彼女の体捌きによるものだけではなく、明らかに一瞬その身体自体が消えているように見えた。
離れた場所から二人の手合わせを見守っているロザリンデたちは、予想を上回る琴陽の戦闘能力に目を見張った。
「何、あの子の動き……後ろに目が付いているみたいに五方向からの同時攻撃を全部かわしてる。
どう見ても物理的には絶対に避け切れないはずなのに」
独り言のように呟く碧乙に、その隣にいたロザリンデが琴陽の能力を看破する。
「瞬間移動を伴う驚異的な回避能力……あれは『縮地』と『この世の理』のサブスキルを複合させたレアスキル『ゼノンパラドキサ』。
しかも並みの使い手ではないわ。
あれほどの動きができるなら、S級のレベルに到達している可能性も十分にあると思う」
「本当ですか?百合ヶ丘でもゼノンパラドキサS級の保持者は、現時点では確認されていないはずですよ。
私が知っているS級保持者は御台場女学校の菱田治、ただ一人だけです」
「彼女はただの戦闘狂ではなかったということね。
S級のレアスキルを使われたら、同じくS級のレアスキルで対抗しない限り、相手に攻撃を命中させることはできないでしょう」
「たとえそれが第4世代CHARMであってもですか?」
「それは、この後の展開を見れば分かることよ」
自分と結梨の戦いを見つめるロザリンデたちの視線を感じながら、琴陽は回避から攻撃に転じるタイミングを作ろうと、虎視眈々とそのきっかけを狙っていた。
(確かに、護衛のリリィが何人も傍についている状態では、いくら私でもあなたの懐に飛び込むことはできなかったでしょう。
でも、今の一対一の状況なら、それができる。
この飛行ユニットとあなたの間には、何も障害となるものは無い)
間断無く襲いかかってくるエインヘリャルのビームをことごとく紙一重で回避しながら、琴陽はその動きの中で、グングニル・カービンから一発の弾丸を結梨めがけて発射した。
(回避運動の途中で射撃を仕掛けてくるとは、あのリリィ、やはり非凡なセンスをしている)
琴陽の攻守連動の戦闘モーションを目の当たりにしたロザリンデは、内心で驚きを隠せなかった。
琴陽が発射した弾丸は、結梨の手にあるエインヘリャルのビームブレードで容易く弾き返せる程度の照準精度でしかなかった。
しかし、琴陽が狙っていたのは弾丸を結梨に命中させることではなく、防御によって生じるごく一瞬の攻撃のタイムラグだった。
そして、結梨がブレードで弾丸を弾いたその一瞬を、琴陽は決して見逃すことは無かった。
琴陽の姿がその場から掻き消えたと思った瞬間、マギビットコアが方向を転換するよりも速く、琴陽は結梨との間合いを瞬時に詰めていた。
ゼノンパラドキサが可能にする超越的な高速移動によって、琴陽は結梨の懐に潜り込むことに成功した。
そしてグングニル・カービンの柄を結梨の胸元に打ち込まんと全速で突き出した――無論、結梨の身体の寸前で打撃を止めるつもりで。
だが、その一撃は空を切り、一瞬前の琴陽と同じく結梨の姿もまた、その場から忽然と消え失せていた。
入魂の攻撃が空振りに終わったにもかかわらず、琴陽は動揺する様子を見せず、落ち着いた声で自分に言い聞かせるように呟く。
「……そうですよね。あれほどの練度で第4世代CHARMを使いこなせるリリィが、レアスキルに覚醒していないわけありませんよね」
振り返った琴陽の視線の先に、こちらをじっと見返して静かに佇む結梨の姿があった。
「レアスキル『縮地』ですか。
しかも一切の予備動作無しにテレポートとは、相当に高いレベルで発動できるようですね。
S級まであと一歩というところでしょうか」
気を取り直してグングニル・カービンを構え直す琴陽と、その頭上をいつの間にか悠然と包囲旋回しているエインヘリャルのマギビットコア。
先程の攻防が再び展開されようとしたその時、周囲の空気を鋭く切り裂くように、女性の澄んだ声が響き渡った。
「そこのリリィ二人、何をしているの!? 今すぐにCHARMを収めなさい!」
その声が聞こえた方向、整形式庭園の並木の陰から二人の少女が現れた。
二人とも琴陽と同じルドビコ女学院の制服を着ている。
ただし、制服の上に黒いジャケットを羽織っている点が琴陽とは異なっていた。
二人のうち年長と思われる方の少女は、両手にそれぞれ別のCHARMを携えている。
それは彼女が『円環の御手』のレアスキルを保有していることを示していた。
「幸恵様でしたか。ごきげんよう。……また見つかってしまいましたね」
ばつの悪そうな顔をする琴陽に向かって、福山・ジャンヌ・幸恵はその上品な顔立ちに似つかわしくない憤然とした表情を浮かべていた。
2022.9.16追記
作中で「ハンデをもらう」という表現について、要訂正のご指摘がありました。
あらためて確認したところ、主にゴルフの時などに「ハンデを与える/もらう」と表現することがあるようなので、変更はせず、そのままの表記としました。
ご指摘くださった方、ありがとうございました。