都庁舎の最上部を占拠していた新種の特型ヒュージ・エヴォルヴは、一柳隊を始めとする3隊のレギオンによって激戦の末に討滅された。
戦いの中で一柳隊隊長の一柳梨璃は、カリスマの上位スキルであるラプラスのレアスキルに覚醒し、3隊のレギオンのリリィ全員によるノインヴェルト戦術を見事に成功させた。
そして戦闘終結直後に都庁へ向かっていた結梨・ロザリンデ・伊紀の三人は、結梨が発動した四度目の縮地によって、都庁舎の西側へと瞬間移動した。
移動先の周囲に人影は無かったため、一柳隊を発見するべく、三人は注意深く都庁舎の東側へ回り込んだ。
巨大な都庁舎の陰に隠れて都民広場の方をうかがうと、十九の人影が集まっているのが目に入った。
結梨たちからその集団までは100メートル近くの距離があったが、結梨はすぐにそれらの人影が誰であるか見分けることができた。
(一柳隊とヘルヴォル、それに知らない制服のリリィが5人……グラン・エプレっていうレギオンかな。 ……よかった、みんな無事だったんだ)
結梨は全員の無事を確認すると、胸を撫で下ろして安堵した。
その結梨の肩にロザリンデが手を置いて声をかける。
「結梨ちゃんと伊紀はここで待っていて。私が一柳隊と話をしてくるわ。
ゴーグルを着けているとはいえ、建物の陰から顔を出さないでね」
二人をその場に残してロザリンデが建物の陰から姿を現し、一柳隊の方へ歩き出す。
その姿に最初に気づいたのは夢結だった。
「誰かがこちらへ近づいてくるわ。あれは百合ヶ丘の制服……私たち以外にも東京へ来ていた百合ヶ丘のリリィがいたのね」
夢結に続いてロザリンデを視界に捉えた楓は、わずかばかり訝しげな視線で、自分たちの方へ歩いてくるロザリンデを見つめていた。
「あのリリィは3年生のロザリンデ様ですわ。でも、なぜお一人でここへ?
妙ですわね。何かしらの事情があるのでしょうか」
「もしかすると、この一件に百合ヶ丘のガーデンが疑問を持って、調査のためにリリィを派遣したのかもしれませんね」
「疑問って何だよ、神琳。まさか――」
「いえ、私の勇み足かもしれません。気にしないで下さい、鶴紗さん」
「途中で話を止められると余計気になるって。まあ何となく察しはつくけど」
「ロザリンデ様がどうかしたんですか?楓さん」
しだいに近くなるロザリンデの姿から目を離さず見つめている楓に、不思議そうに梨璃が尋ねる。
「いいえ、何でもありませんわ。きっと防衛軍から百合ヶ丘に支援の要請があって、それに応じる形でロザリンデ様のレギオンが派遣されたのだと思います。
梨璃さんは何も気になさらなくて構いませんのよ」
(……と言い切れないのが困ったところですが。これは百合ヶ丘に戻ってから色々と調べてみる必要がありそうですわね。お父様にも連絡を入れておかなくては)
梨璃に余計な負担を掛けさせまいと、楓は内心をおくびにも出さず笑顔を作ってみせた。
その楓を横目で見ながら、神琳は何か言いたげな表情をしていたが、彼女の口が開く前にロザリンデが一柳隊に声をかけてきた。
「ごきげんよう、一柳隊の皆さん。それにエレンスゲ女学園と神庭女子藝術高校の方々も」
「ごきげんよう、ロザリンデ様。ロスヴァイセも東京へ来られていたのですか?」
ロザリンデの挨拶に夢結が最初に答えた。
「ええ、そうよ。でも移動手段のトラブルがあって、今は私を含めた三人がロスヴァイセの本隊とは別行動を取っているわ。
エリアディフェンスが機能停止した時点で、百合ヶ丘の外征レギオンが全て不在だったために、ロスヴァイセに出撃するよう命令が出されたの。
でも、少しばかり厄介な足止めを食って、ここへ来るのが遅れてしまった。
結果的にあなたたちの役に立てなくて申し訳なく思っているわ」
「お気になさらないで下さい。私たちが会議への出席のために新宿に来ていた時に、偶然にも爆発事故が発生してエリアディフェンスの機能が停止しました。
その時点で、その場に居合わせたリリィは私たちの他にはいませんでしたので、私たちがケイブから出現したヒュージとそのまま戦闘に突入せざるを得ませんでした。
私たちはリリィとして当然の義務を果たしたまでです」
「そう……それは立派な心構えね。これからも後輩たちの良き手本となるようにお願いするわ」
エリアディフェンス崩壊の裏事情を知っているロザリンデは、夢結にお仕着せの褒め言葉を発している自分に、少なからず嫌悪感を覚えていた。
(ごめんなさい、夢結さん。あなたたちばかりに負担を掛けてしまって。
本来なら私たちが先んじてG.E.H.E.N.A.の謀略を察知して、未然に予防措置を取らなければいけなかったのに)
その思いを表情に出さないように注意しながら、ロザリンデは十九人のリリィを見渡した。
「ところで、あなたたちの中に怪我をしてる人はいない?
この近くに伊紀が待機しているから、負傷者がいればレアスキルのZですぐに治療できるわ」
「ありがとうございます。幸い、レアスキルでの治療が必要なほどの負傷者はいません。
私たちは出発の準備が出来しだい、それぞれのガーデンに戻る予定です」
「くれぐれも気をつけて。ケイブに撤退しつつあるとはいえ、まだ都内には各所にヒュージが残っているから」
「お気遣い痛み入ります」
ロザリンデと夢結の会話に区切りがつくのを見計らって、全く物怖じしない態度で神琳がロザリンデの前に進み出た。
「私からも質問させてください。なぜ特務レギオンのロザリンデ様がここへいらっしゃったのですか?」
「私はガーデンの指示で、都庁舎で起きた爆発の現場を確認しに来たのよ」
ロザリンデの言葉を耳にした神琳の目が、興味深げに光を宿す。
「現場の検証ですか?設備の技術的なことならアーセナルを派遣するものだとばかり思っていましたが。
それに、まだ戦闘が終わったばかりなのに、こんなにすぐに現地に入れるなんて、随分と段取りがいいことですね」
神琳の頭の中で様々な推測が目まぐるしく考えられているのは、ロザリンデにはすぐに見て取ることができた。
(1年生の郭神琳さん。楓さんと二人で司令塔を務めているだけあって聡明な子ね。下手な小細工で煙に巻くようなことは言わない方がいい)
「そのあたりの事情も含めて、私を含めたロスヴァイセのリリィが派遣されたと考えてもらって構わないわ。
もちろん百合ヶ丘のアーセナルも後日現地入りして、爆発の状況を調査するでしょう」
「分かりました。ロザリンデ様にも特務レギオンのリリィとしてのお立場があることは承知しています。
これ以上野暮な質問をしてロザリンデ様を困らせるようなことは慎みます」
「ありがとう。そうしてもらえると助かるわ」
そう言い終えたロザリンデは、百合ヶ丘女学院所属ではない十人のリリィに向き直った。
「エレンスゲと神庭女子の方々も、このたびは新宿での防衛戦にご協力いただいて、本当にありがとうございました。
百合ヶ丘女学院のガーデンを代表してお礼を言わせてもらいます」
折り目正しく頭を下げるロザリンデに、グラン・エプレの隊長である今叶星が慌てて返事をする。
「とんでもありません。夢結さんが言われたように、私たちはリリィとして当たり前のことをしただけです。
どれほどの難敵であっても、力なき人々をヒュージから守れるのはリリィしかいないのですから。
ここにいる全員が最後まで全力で力を合わせて、その結果、エヴォルヴを倒すことができました。
私はその事実を誇りに思います」
「あなたたちのようなレギオンが一柳隊と一緒にいてくれたことを、神様に感謝するわ」
ロザリンデはエレンスゲと神庭女子の十人のリリィに向かって微笑むと、その視線を再び一柳隊のリリィたちへと向けた。
「もうそろそろ都庁舎の中に入らないといけないわ。
最後に、一柳隊の隊長に一言お礼を言っておきたいのだけれど」
「わ、私ですか?」
夢結のすぐ後ろに立っていたリリィが、あからさまに驚いた様子で自分を指さしている。
一柳梨璃。この子がラプラスに覚醒したのか。
戦死した川添美鈴を除けば、現時点では世界にまだ三人しかいないラプラスの使い手。
その姿は結梨と同じように、リリィとしてはまだ未熟な半人前に見える。
だが、その半人前のリリィが、この場にいる誰よりも絶大な効果を持つレアスキルに覚醒したのだ。
そう言えば、梨璃の髪の色がわずかに紫がかっているように見える。
これはラプラスの発動に伴う副次的な現象なのだろうか。
既にラプラスの効果は消えつつあるのか、ロザリンデが自身の身体にその影響を感じることは無かった。
考えに耽るうちに、いつの間にかロザリンデは梨璃の顔をじっと見つめていた。
「私の顔に何か付いてますか?ロザリンデ様」
「……いいえ、何でもないわ。今回の戦いは大変だったみたいね。
梨璃さん、一柳隊の隊長としてよく頑張ってくれたわ。本当にありがとう」
「そんな……夢結様と叶星様が言われたとおり、リリィとして当たり前のことをしただけです。
みんなが心を一つにして力を合わせてくれたから、あのエヴォルヴを倒すことができたんです。
私一人だけの力だと、何もできなかったと思います」
(確かにそうかもしれない。でも、あなたの力が無ければエヴォルヴを倒すことは決してできなかった。G.E.H.E.N.A.によって、そうなるべく仕組まれていたことを私は知ってしまった)
その言葉をロザリンデは飲み込み、代わりに感謝と別れの言葉を一同に告げて、その場を後にした。
一方、ロザリンデと十九人のリリィがいる広場から離れた都庁舎の陰では、伊紀が結梨に申し訳なさそうに謝っていた。
「結梨ちゃん、ごめんなさいね。本当は梨璃さんたちと直接対面して話ができるようにしてあげられればいいんですが」
「ううん、私は気にしてないから大丈夫だよ。
生きていれば、きっとまた逢える日が来るから。
そうなれるように、私が自分の力で道を切り開くから」
結梨は気丈にそう言った後、軽く握りしめた自分の右手を黙って見つめている。
伊紀は結梨の真剣な表情を見て、気遣わしげに声をかける。
「もしかして『G.E.H.E.N.A.が私に手出しできないくらい、私が強くなればいいんだ』なんて思ってたりします?」
「……やっぱりそんな感じに見えてるの?」
図星を指された結梨は、少し上目遣いになって伊紀の表情をうかがった。
伊紀はあくまでも柔和な態度を崩さず、しかしはっきりと結梨に釘を刺した。
「あまり無理をしては駄目ですよ。G.E.H.E.N.A.は力押しだけでなく、様々な搦手から罠を仕掛けてきますから。
彼らは目的達成のためには手段を選びません。それはこの東京が今回の事変で、どれほどの混乱と被害を被ったかを見れば分かるでしょう?」
「うん。私一人で先走って、それでG.E.H.E.N.A.の罠にかかってみんなを悲しませたら、取り返しがつかないよね」
結梨が伊紀の言葉にうなずいた時、ロザリンデが二人のいる所に戻ってきた。
「二人とも、待たせたわね。都庁舎に入りましょう」
「ロザリンデ、エリアディフェンス設備のある階まで縮地で移動する?」
結梨の問いにロザリンデは首を横に振った。
「いえ、非常階段から徒歩で上がりましょう。
庁舎内部に何らかの罠が仕掛けられているかもしれないし、既に敵が待ち構えているかもしれない。
建物内の状態を確認しながら進まないと、敵の真っただ中に縮地で移動してしまう可能性もあるわ」
三人は一柳隊がいた都庁舎の東側とは反対の西側から庁舎内に入った。
停電した庁舎内を警戒しつつ進み、非常階段を伝ってエリアディフェンス設備のある階へ近づいていく。
薄暗い庁舎内は静まり返っており、人の気配は全く感じられなかった。
庁舎内に入って暫くの後、三人のリリィは目的の階に到達した。
エリアディフェンス設備のある部屋の扉は爆風で吹き飛び、変形して、廊下の離れた所に転がっていた。
廊下には至る所に瓦礫が散乱しており、壁にも亀裂が縦横に走っている。
ロザリンデたちは爆発前に扉が存在していた出入り口から、注意深く部屋の中に目を走らせた。
内部には人の姿は無く、一面に機器の破片が散らばっている。
窓ガラスも扉と同様に爆風ですべて割れ、窓の外から不規則に強風が吹き込んでくる。
そのために、爆発による火災の焦げ臭い匂いは、大半が風に流されて気にならないレベルだった。
しかし、その空気の中に硝煙のような匂いが、わずかに残っていた。
爆発箇所も室内の複数に存在しており、それは設備を確実に機能停止させるために、爆発物を人為的に設置した可能性をうかがわせた。
「やはり何者かがここを爆破したのは間違いないようですね。
あちこちに爆発物を仕掛けた形跡があります」
部屋の中に入った三人は室内の状態をくまなく確認し終え、都庁舎のエリアディフェンス設備は人為的に破壊されたという結論に達した。
「予想していた通りだけど、この場所の爆発が人為的に起こされた爆破テロだという確認はできたわ。
後は記録を残しておきましょう。伊紀、爆発箇所の写真を撮っておいて」
「はい、ロザリンデ様。少しお待ちください」
ロザリンデの指示を受けた伊紀が、携帯式の写真機を取り出そうとしたその時。
「残念だけど、写真撮影は控えてもらえるかしら」
突然背後から聞こえてきた声にロザリンデたちが思わず振り返ると、白衣の女性が部屋の入口に立っていた。
見間違えようも無い。御台場女学校校医の中原・メアリィ・倫夜だ。
その手には見慣れない形のCHARMが握られており、それは既に起動状態にあった。
CHARMのマギクリスタルコアには見たことの無い紋様が浮かび上がり、紅い光を放っている。
彼女がここから自分たちをただで帰してくれるとは到底思えない。
ロザリンデは結梨と伊紀をかばうように二人の前に立ち、眼前に現れた白衣の女性を睨みつける。
一戦交えるしかないのかと、ロザリンデは右手に持ったアステリオンを両手で持ち直し、身体の正面に構え、倫夜と対峙した。
67回目の投稿にして、ようやく一柳隊の登場を実現できました。
しかしゲヘナ絡みのストーリーゆえに、楓さんや神琳さんのような参謀タイプのセリフが中心になり、9人全員にセリフを用意することができませんでした。無念。
それと、御台場のスクールカウンセラーの稲葉先生は怪しすぎる……なんで右手にアンプル持ってるんですか。