「随分早かったわね。もっと時間がかかるものと思っていたのだけど」
ロザリンデたちにとって未知のCHARMを携えた倫夜は、その目に好奇心と警戒心の両方を宿らせて三人のリリィを見つめている。
「まさか私より先に都庁舎に入るとはね。あなたたちの力を過小評価してしまったわ」
CHARMを持っていなければ、彼女は知性と美貌を兼ね備えた才媛の医師にしか見えない。
その倫夜に向かって油断なく間合いを計りつつ、ロザリンデは苦々しく噛みしめるように問いただした。
「中原先生は、ここへ証拠の隠滅を図るために来られたのですか?」
だが、ロザリンデの推測に反して倫夜の答えは否だった。
「いいえ。ここには隠滅を要するほどの証拠は残っていないわ。
この爆発が人為的なものであっても、それがG.E.H.E.N.A.の手によるものだという痕跡はどこにも無いもの。
ごく一般的な火薬やリード線しか使用されていなければ、爆発物から持ち主を特定することなんて不可能だと思わない?
どれほど入念にこの現場を検証しても、何者かによる爆破テロだという事実以外の物的証拠は見つけられないでしょうね」
「では、なぜわざわざここに足を運んだのですか?
私たちと違って、あなたたちはこの事件を仕組んだ側の人間です。
犯人が犯罪の現場を訪れることは相応のリスクがあるはずなのに」
「まだ分からない?あなたたちがここに来ることは自明だった。
そして本来なら私の方が先にここへ到着して、あなたたちが来るのを待ち構えるつもりだった」
倫夜は生徒に講義を行う教師の如く、自分から距離を取って対峙しているロザリンデに説明を始めた。
「私はエヴォルヴとの戦闘が終わるのを待たずに御台場のガーデンを出立したわ。
あなたたちへの戦闘終了の連絡は、ガーデンの外から実行したのよ。
でも実際には、私より先にあなたたちの方が先に都庁にたどり着いた。
私より早くここへ来ることができるなんて、一体どんな手管を使ったのかしらね。
ぜひ教えていただきたいものだわ」
「先生の目的はこの現場での証拠隠滅ではなく、私たちだったというのですか」
「そう。そして私は今、武装している。この意味をよく考えてみなさい」
「私たちを殺害して、爆破テロの現場を目撃した者を消す……」
息苦しさを覚えたかのように、ロザリンデが押し殺した低い声で答えた。
だが、倫夜はロザリンデの答えを一笑に付しただけだった。
「まさか。G.E.H.E.N.A.がこの事件の実行犯だと特定できる証拠は何も無い。
それなら現場検証でも何でも好きにさせておけばいいわ。
それが反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンのリリィやアーセナルであろうと、防衛軍の憲兵であろうとね。
さっき写真撮影を制止したのは、万が一のことを考えてよ。それ以上の意味は無いわ」
「それでは、先生は私たちとCHARMを突きつけ合って戦うために、ここに来たというのですか。
私たちの戦闘能力がどれほどのものか、自分自身の手で確かめるために」
「あなたたちが新宿御苑付近の戦闘で記録した戦果は素晴らしいものだった。
ロネスネスやヘオロットセインツでも、あれほどのスコアは簡単に達成できるものではないわ。
戦術、兵装、それ以外の未知の要素……一般的なレギオンには無い何かしらの特別な優位性が、あなたたちのレギオンにはあるはずよ。
私はそれが何なのかを自分の目で知りたいの」
倫夜は自らの知的好奇心を抑えられずに、無遠慮に三人のリリィを眺めまわした。
その目がロザリンデと伊紀の後ろに隠れるように立っている結梨に留まった。
「そちらのゴーグルの子は1年生のようね」
伊紀がさらに一歩横に動いて、倫夜から結梨の身体を完全に隠すような位置取りをする。
「この子は私の従姉妹です。所属レギオンが未定なので、私が主将を務めているLGロスヴァイセが暫定的に預る形になっています」
「ふうん……素顔を隠しているということは、何かしらの事情があるのね。
まあ、反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの強化リリィなんて、ほとんどが訳ありですものね。
どこかのラボから『救出』されたか、それとも司馬さんのように自力で脱走したか……いちいち気にかけていたらきりが無いわ。
その様子だと、どうせ内務省の反G.E.H.E.N.A.派閥あたりに手を回して、過去の経歴も抹消済みなんでしょう?」
全員が強化リリィで構成されているロスヴァイセと行動を共にしていることから、ゴーグルの少女もまた強化リリィであろうと倫夜は決めつけていた。
ロザリンデと伊紀はその誤解をあえて訂正せずにおくため、何も返答をしなかった。
その沈黙を消極的な肯定と解釈したのか、倫夜は更に結梨のエインヘリャルに目を留めて、舐めるように観察した。
「それにしても、変わった形のCHARMを装備しているのね。とても興味深いわ。
私がここに来たのは、このブーステッドCHARMの性能を改めて実戦で確認しておくことも兼ねているの。
何なら、あなたから先に相手してあげても構わないわよ。それとも三人まとめてかかってくる?」
倫夜の挑発めいた言葉に、ロザリンデはきっぱりと否定の返答をする。
「この二人は私の大事な後輩です。
得体の知れない改造CHARMの試し斬りになど付き合わせるわけにはいきません。
あなたの相手は私一人で充分です」
「そう、ではあなたがこのCHARMの性能テストの被験者になってくれるのね。
先に言っておくけど、くれぐれも手加減なんてしないことね。
これはとても強力なCHARMだから、並のリリィ相手ではうっかり殺してしまいかねないの。
強化リリィのあなたなら、私が本気で戦っても簡単に死んだりしないでしょう?」
「それは私の戦闘能力のことを言っているのか、それともリジェネレーターのブーステッドスキルのことを言っているのか、判断がつきかねます」
「両方よ。あなたほどの強化リリィなら、このブーステッドCHARMの相手にとって不足無し。
あの船田姉妹が二人掛かりでようやくコアを破壊できたほどのCHARMですもの。
半端なリリィが相手では性能の限界を確認するどころか、気がついたら息をしていなかった、なんてことになりかねないわ」
「あなたと戦うことなく、私たちがこの場を去ることは叶わないのですか」
「部屋の出口は私の後ろにある。あなたたちは私を倒さない限り、外には出られないわよ」
出口を塞ぐように立ちはだかる倫夜に向かって、今一度ロザリンデは揺さぶりをかけてみることにした。
「教導官でもある校医とリリィがCHARMで戦えば、重大な問題と見なされますよ。
事が公になれば、あなたも御台場を去ることになるかもしれない」
だが、交戦に関する規則など、倫夜は一顧だにしていない様子だった。
「交戦規定なんて気にする必要は無いわ。
表沙汰にならないように私が全部揉み消してあげるから、遠慮なく全力でかかって来なさい。
そうでなくてはあなたたちの実力テストにも、このCHARMの性能テストにもならないもの」
倫夜はCHARMをロザリンデたちに向けて、戦闘態勢に入ろうとする。
(あれが例のガラテイアというブーステッドCHARMか。確かにコアが妙な光り方をしている。
それに腰のベルト、あれはおそらくヴァルキュリアスカート・マギ・リンカネーションシステム。
ブーステッドCHARMの使用で発生する負のマギを、リンカネーションシステムで浄化する仕組みだ。
準備万端でここに乗り込んできたというわけね)
相手は一人とはいえ、得体の知れない改造CHARMとヴァルキュリアスカート・マギ・リンカーネーションシステムを装備している。
それに加えて、ロザリンデたちが調べたところでは、倫夜は鷹の目S級のレアスキル保持者だ。
実際に鷹の目S級持ちのリリィと戦ったことは無いが、鷹の目S級は相手の弱点を見抜くことができるという。
これらの点を考えると、倫夜が現役を退いているとはいえ、簡単に押し通らせてくれそうにないことは明らかだった。
また、倫夜がその気になれば、いつでも増援を呼べるのだろうが、幸い今の所その気配は全く感じられない。
いずれにせよ、退路に立ち塞がられている以上、この場を脱するためには倫夜と戦い、彼女を退けるしかない。
覚悟を決め、倫夜に応じてアステリオンを構え直そうとするロザリンデ。
その手を後ろから結梨が強く握った。
驚いたロザリンデが思わず振り返って結梨の顔を見る。
その表情はゴーグルに隠されて、うかがい知ることはできない。
結梨はもう一方の手に伊紀の手を握っていた。
ささやくような小声で、しかし迷いの無い口調で結梨が短く言う。
「そんなことする必要ないよ。もう行こう、ロザリンデ」
結梨が言い終えると同時に、倫夜の前から三人の姿が一瞬にして掻き消えた。
倫夜は咄嗟に後ろを振り返ったが、背後の廊下にも人の気配は全く感じられない。
もしやと思って倫夜は窓辺に駆け寄り、ガラスの無くなった窓から外を見下ろした。
すると、自分のいる階から100メートル以上隔たった地上に、点のように小さい三つの人影が目に入った。
それらの人影が、先程まで自分と対峙していた三人のリリィであることは明らかであり、倫夜はロザリンデたちが既に庁舎の外に出たことを理解した。
「……何よ、百合ヶ丘にS級の縮地持ちがいるなんて聞いてないわよ。
あの1年生リリィ、とんだ食わせ者ね。G.E.H.E.N.A.の情報部も存外あてにならない」
倫夜はその理知的な表情をわずかに乱れさせたが、すぐに落ち着きを取り戻し、誰に向かってでもなく独り言をつぶやいた。
「このまま彼女たちの実力を再確認できずに、まんまと鎌倉府へ戻られるのも口惜しいわ。
せっかく想定外の面白いレギオンが東京まで出てきたのだから、もう一度その力を見せてもらうわよ」
倫夜は白衣の懐から通信端末を取り出すと、いずこかへ連絡を取り始めた。
回線の向こうにいる相手が電話に出ると、努めて冷静な声で、ごく手短に自分の意思を伝える。
「御台場女学校の中原です。至急、作戦部長に取り次いでもらえるかしら」
エリアディフェンス設備のある階から一瞬で都庁前の地上に降り立った三人は、倫夜が追って来ないことを確認して、その場から離れつつ碧乙に連絡を取った。
一柳隊を始めとする十九人のリリィは、既に広場から撤収を完了して姿は見えなくなっていた。
今はもうそれぞれのガーデンへの帰途についているのだろう。
一方、ロザリンデたちに遅れて御台場女学校を出立したロスヴァイセのリリィたちは、あと10分ほどで新宿に到着するところまで来ていた。
各所で道路が寸断されているため、碧乙たち七人は自力でビルの屋上や高速道路を移動して都庁に近づきつつあった。
通信端末のスピーカーから碧乙の声が聞こえてくる。
「さっきはいきなり目の前から姿が消えたから、びっくりしましたよ。
やっぱりあれは結梨ちゃんのレアスキルだったんですか?今は都庁に?」
「そうよ。しかも都庁舎で例の校医と鉢合わせしたわ。
このまま都庁付近に留まってあなたたちを待つのはリスクが大きすぎる。
合流地点を都庁から新宿御苑に変更、それで構わない?」
「分かりました。では進路を変更して新宿御苑に向かいます。
御苑内のランデブーポイントは、昨日の整形式庭園でいいでしょうか」
「ええ、そこで落ち合いましょう。爆発現場の確認はできたけれど、中原先生に邪魔されて写真は撮れずに終わったわ」
「とんでもないトリックスターでしたね、あの先生は」
「後は、私たちがこれ以上トラブルに巻き込まれずに百合ヶ丘に帰還できるかどうか……」
「それ以上のお話しは顔を合わせてからにしましょう、お姉様。
その仰り方はフラグを立てているようにしか聞こえませんよ」
「そうなの? ではこれで通信を終わるわ。また後でね」
新宿御苑の西側から進入したロザリンデたちは、合流地点の整形式庭園が見えてきた時、そこに数人の人影を視認した。
人影はこちらに背を向けて、何事かを話し込んでいるように見える。
「先客がいるみたいですね。人数は四人。全員がルドビコ女学院の制服に黒いジャケットを羽織っています」
「LGアイアンサイドのリリィかしら。ヒュージがケイブに撤退を始めたので、その追撃にガーデンから出てきたのかもしれないわ」
「あの二人、幸恵と来夢じゃない?後ろ姿でも見覚えあるよ」
三人が足早に近づいて行くと、四つの人影もロザリンデたちに気づいた様子で、こちらを振り返った。
その四人の中に、確かに福山・ジャンヌ・幸恵と岸本・ルチア・来夢の姿があった。
他の二人には面識が無く、着ているジャケットからLGアイアンサイドのリリィであることしか分からない。
幸恵は姿勢を正してロザリンデたちに軽く会釈し、品の良い笑顔で挨拶する。
「ごきげんよう、ロザリンデ様。今日もロスヴァイセは新宿方面に出撃ですか。
私たちアイアンサイドは二手に分かれて、撤退するヒュージの掃討をひとまず終えたところです。
私たちはこれから別動隊と合流してルドビコのガーデンに戻る予定ですが、ロザリンデ様たちはこれから何かの任務があるのですか?」
ロザリンデが幸恵の質問に答える前に、幸恵の傍にいたルドビコのリリィが先に質問を重ねる。
「幸恵さん、この方たちと面識があるの?」
「ええ、この方々は鎌倉府の百合ヶ丘女学院から支援要請に基づいて派遣されたLGロスヴァイセのリリィよ。
昨日はこの付近でヒュージの一群を掃討していただいて、とても助かったわ。
あの群れがルドビコのガーデンに向かっていたら、相当の戦力を割いて対処しなければならなかったはず」
「ごきげんよう、幸恵さん。まず、そちらのお二人に自己紹介させてください」
ロザリンデと伊紀と結梨は見知らぬ二人のリリィの前に立った。
「幸恵さんが説明されたように、私たちは鎌倉府の百合ヶ丘女学院に所属するリリィです。
私は3年生のロザリンデ・フリーデグンデ・フォン・オットー、こちらの二人は1年生の北河原伊紀と彼女の従姉妹のゆりです」
幸恵と来夢以外には結梨のことを知られたくなかったため、ロザリンデは偽名で結梨の名前を紹介した。
無論、結梨は素顔を隠すためのゴーグルを着用したままだ。
そのロザリンデの言葉を聞いていた幸恵と来夢は、結梨の事情を察して沈黙を守っている。
「はじめまして。私はLGアイアンサイドの2年生、黒木・フランシスカ・百合亜。
この子は私のシュベスターで1年生の――」
美しい顔立ちながら、どことなく人形めいた無表情で自己紹介をする百合亜。
その発言の途中で、ショートカットの髪型のリリィが百合亜の言葉を引き継いだ。
「俺は天宮・ソフィア・聖恋。百合亜様のシュベスターで来夢の幼馴染だ」
「女の子なのに自分のこと俺って言うんだ……」
思わず結梨がぽつりと言葉を漏らすと、聖恋が鋭い視線を結梨に向けた。
「何だよ、文句あるのかよ」
「やめて、聖恋ちゃん。この人たちは昨日、ガーデンから離れられないルドビコのリリィを支援するために戦ってくれたんだよ。だから喧嘩しないで」
結梨に食って掛かろうとした聖恋を、慌てて来夢が引き留める。
「そんなつもりは無いよ。ちょっと気に障っただけだ。
まあ、百合ヶ丘なんてお嬢様学校にいたら、みんな『ですわ』とか『なさいませ』なんて言葉遣いで喋ってるのかもしれないけどさ」
聖恋が指摘したとおり、確かに百合ヶ丘の一部のリリィには、育ちの良さからそのような言葉遣いをする生徒もいるのは事実だ。
「言われてみれば、百合ヶ丘には俺っ娘はいませんね。ゆりちゃんが驚くのも無理は無いです」
伊紀は碧乙から聞いたことのある「俺っ娘」という単語を無意識に口にしたが、聖恋はそれが気に入らないようだった。
「その俺っ娘っていう言い方は気持ち悪いからよしてくれ。虫唾が走りそうだ。
それで、鎌倉府の百合ヶ丘のリリィが、どうして二日続けて新宿御苑なんかに来てるんだ?」
「昨日は戦力支援で、今日は別行動になってしまったレギオンメンバーと、ここで落ち合う予定になっているんです。
もう間もなくここに到着すると思います」
そう言って伊紀が周りを見渡すと、整形式庭園の向こうにあるプラタナスの並木の奥に、百合ヶ丘の制服らしきシルエットの人影が目に入った。
「あ、碧乙様たちが到着されたようです。並木道の向こうに姿が見えました」
伊紀が碧乙たちに手を挙げて所在を知らせようとしたその時、緊迫した聖恋の声が五人の耳に届いた。
「ヒュージサーチャーに感有り。かなり遠いな。場所はここから東に約15キロメートル、旧都県境の辺り。ギガント級を含む大きな群れだ」
聖恋がヒュージの出現を告げ終えると同時に、ロザリンデの通信端末に着信を知らせるバイブレーションが生じた。
ロザリンデがすぐに電話に出ると、端末のスピーカーからは昨日から何度も耳にしてきた声が聞こえてきた。
できれば今は最も聞きたくなかった声が。
「ごきげんよう、LGロスヴァイセの皆さん。
あなたたちのために、わざわざ特別に追試験場を用意してあげたわ。
今度こそ存分にあなたたちの実力を見せてちょうだい」
今回の投稿をした日の夜にルド女の舞台を配信で視聴しました。
ゲヘナはいつも通り安定の鬼畜ぶりでとても満足……いえ憤慨しました。
予定より大幅に内容が膨らんでしまいましたが、次回の戦闘で本当にエリアディフェンス崩壊のエピソードは終えるつもりです。
もちろんメインアタッカーは結梨ちゃんですが、百合亜様が戦術上のキーパーソンになる予定です。