アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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 ようやく今回でエリアディフェンス崩壊のエピソードが終わります。

今回投稿分は
①ギガント級との戦闘パート
②ゲヘナの中の人パート
③結梨ちゃん百合ヶ丘に帰るパート
の3本立てで構成されています。

 ①と②は登場人物がほとんどモブキャラです。
 また、②は非常にくどい内容になってしまっています。

 読みにくい場合は、③の「結梨ちゃん百合ヶ丘に帰る」パートだけ読んでいただいても問題ないと思います。

 また、セリフの読みやすさを優先するために、やたらと改行が多くなっていることをご了承ください。



第12話 エリアディフェンス崩壊(13)

 

 地上に展開するリリィたちがノインヴェルト戦術のパス回しの準備に入ると、ギガント級を牽制しつつ包囲していたマギビットコアは一斉に攻撃を開始した。

 

 5機のマギビットコアがそれぞれ独立した飛行パターンでギガント級に照準を定め、前後左右から手足と胴体に向けて同時にビームを発射する。

 

 ギガント級は五方向からの同時攻撃をすべて回避することはできず、マギビットコアの一斉射ごとにいずれかの箇所に命中弾を食らい、ダメージを蓄積させていく。

 

 クジラを襲うシャチにも似た、マギビットコアの執拗な波状攻撃によって、ギガント級の肉体はわずかな時間の間に満身創痍の状態になりつつあった。

 

 ギガント級は延べ数十回に渡るビットからの攻撃を受け、通常兵器では傷つけることができない体表面の至る所から青い体液が流れ出ている。

 

 それらの傷の一つ一つは致命傷に至るものではなかった。

 

 しかし体の奥深くまで貫通したマギビットコアのビームによって、四肢を動かす筋繊維は至る所で断裂されて、ギガント級はほぼ動きを止めていた。

 

 今や立っているのがやっとのギガント級に、リリィたちを攻撃したり、マギリフレクターを展開するだけの余力が残されていないことは明らかだった。

 

 その様子を見た隊長は、パス回しを開始したレギオンメンバーたちに大声を張り上げて呼びかけた。

 

「あれだけボロボロの状態なら、未熟な私たちのノインヴェルト戦術でも止めを刺せる。

マギインテンシティを確保するために、もっとギガント級の近くでパスを回して。

ギガント級の動きは全てあの無人機が引き付けてくれている。

思い切って接近しても攻撃は来ない。

みんな、落ち着いて確実にパスを回して」

 

 マギビットコアの援護を受けて、レギオンのリリィたちはギガント級の周囲で悠々とパス回しを重ねていく。

 

 副隊長を起点とするパス回しを開始して数十秒で、フィニッシュショットを担当する隊長にラストパスが回った。

 

(よし、ギガント級は棒立ちの状態。体の中心にマギスフィアを命中させれば確実に仕留められる。落ち着け、しっかり狙いを定めれば外すことは無い)

 

 全員のマギを載せたマギスフィアが隊長のCHARMにキープされている。

 

「私がフィニッシュショットを撃つ。全員、ギガント級から離れて距離を取れ」

 

 隊長は動きを止めたギガント級の真正面に立ち、シューティングモードのCHARMをギガント級の中心に向けてトリガーを引き絞った。

 

 CHARMの先端から勢いよくマギスフィアの青白い球体が発射され、一直線にギガント級をめがけて飛んでいく。 

 

 誰もが、このマギスフィアが狙い通りにギガント級に直撃し、その巨体が爆発四散するものと信じて疑わなかった。

 

「――えっ?」

 

 しかし、ノインヴェルト戦術のフィニッシュショットが放たれた直後、ギガント級は大きく前のめりに体勢を崩し、フィニッシュショットの弾道から体の位置が完全に外れた。

 

 その動きは回避行動ではなかった。

 

 全身の負傷の程度が限界に達し、直立姿勢を維持できなくなった結果であり、それはリリィたちにとって最悪のタイミングで起こった。

 

(フィニッシュショットを外した。あのギガント級を仕留めそこなってしまう。私たちに二発目を撃つだけのマギはもう残っていない)

 

 全員の顔が青ざめ、レギオンに動揺が走る。

 

 マギスフィアはそのまま無情にギガント級の頭上を通り過ぎ、地面に落下して消滅すると思われた。

 

 だが、体勢を崩したギガント級の背後から一機のマギビットコアが現れ、その先端部でマギスフィアを受け止めた。

 

 碧乙のファンタズムでギガント級の動きを予知していた結梨が、マギビットコアをバックアップの配置に回していたのだ。

 

 マギビットコアはマギスフィアを保持したまま、機体の角度を変えて急上昇する。

 

 そして上昇を終えた後、今度は真下を向いてホバリングに移行、ギガント級の直上約100メートルで照準を定めた。

 

「――シュート」

 

 遥か十数キロメートルの後方からマギビットコアを操る結梨が、思念によってフィニッシュショットを発射するように命じる。

 

 マギビットコアの先端から放たれたマギスフィアは、そのまま真上からギガント級の頭部に命中し、炸裂して大爆発を起こした。

 

 「全員、目と耳を塞いで地面に伏せろ。決して頭を上げるな」

 

 隊長の指示で爆風と衝撃波から身を守るために、レギオンの全員がその場にうつ伏せに突っ伏して、爆発のエネルギーをやり過ごす。

 

 しばらくして嵐のような爆風と朦朦と立ち込める砂塵が収まってくると、リリィたちは顔を上げて周囲の状況を確認した。

 

 既にギガント級の姿は跡形も無く、上空を舞っていた5機の無人機も見えなくなっていた。

 

 全身に被った砂埃を手で払いながら、空を見上げて隊長のリリィが呟く。

 

「あの無人機がいない。もう帰投したのか?」

 

「隊長、あそこを見て下さい」

 

 副隊長が指さした東の方角へ数百メートル離れた所で、五本の白い光が空中から地上へ一直線に走った。

 

 その直後に、地上と光線の接点で青白い閃光が浮き上がるように現れ、すぐに消えるのがリリィたちの目に入った。

 

「ケイブを破壊したのか。後始末まで任せて手間を掛けさせてしまったわね」

 

「ヒュージサーチャーに反応は全くありません。この戦場における全てのヒュージ討滅を確認しました」

 

「よし、私たちはガーデンに戦闘終了の連絡を入れましょう。

現時刻をもって、出現したヒュージ全個体の討滅を完了。

特記事項として所属ガーデン不明の飛行型CHARMによる航空支援あり。

当レギオンの戦果への貢献、極めて大なり――とね」

 

「分かりました。すぐに私からガーデンへ通信回線を繋ぎます」

 

 副隊長が通信の準備に入ると、隊長のリリィは再び上空を見上げた。

 

 雲一つ無い蒼穹の中を、かろうじて視認できる大きさの機影が五つ、東から西へと急速に移動していくのが確認できた。

 

 それが先程までここでヒュージを駆逐し、ケイブを破壊した無人のCHARMであることを知っているのは自分たちだけだろう。

 

「あれの使い手は余程の強化リリィか、それとも名だたる名門ガーデンの天才か、そんなところでしょう。

できれば直接会って一言お礼を言わせてほしいものだけど……」

 

 五つの機影が消えていった西の空を、地上のリリィたちは飽くことなく眺め続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その数時間後、都内某所にある高層ビルの一室で、少壮の研究者然とした一人の女性が、彼女の上司と思しき年上の女性の前で報告を行なっていた。

 

「――以上が、西新宿一帯を対象区域として実施された新型ヒュージ・エヴォルヴの性能確認実験と、一柳梨璃のラプラス覚醒実験の報告となります。

 

総括としては、いずれの『実験』も所期の目的を達成し、概ね期待された結果を得ることができたと言えます。

 

次に、都庁舎でのエリアディフェンス設備の爆発的事象については、反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンである鎌倉府の百合ヶ丘女学院をはじめ、防衛軍や警察など幾つかの組織によって現場検証を実施する動きが確認されています。

 

その中にはG.E.H.E.N.A.を爆破テロの容疑者と見なしているものもあると思われますが、これを刑事事件として立件する動きは今のところ見られません。

 

おそらく証拠不十分で捜査令状を出すことが叶わないものと思われます。

 

また、それらの組織に先立って現地入りした御台場女学校の校医からも、G.E.H.E.N.A.が関与した物的証拠が現場に残っていないことは確認済みです。

 

これらの事実から、今回の『実験』に関して司法の手がG.E.H.E.N.A.に及ぶ可能性は極めて低いと結論づけることができます。

 

次に、今後のロードマップとしては、現在開発中の特型ヒュージを工程計画の前倒しによって、当初の予定より1ヶ月以上早く『実験』への投入を実現します。

 

それと並行して、次のラプラス覚醒候補者として名前が挙がっているルドビコ女学院の岸本・ルチア・来夢の現状確認作業を進め――」

 

 整然と説明を続ける女性を、年上の女性が遮った。

 

「そのあたりのことはもういいわ。既に概要は頭に入っているから。

それよりも私が気になっているのは、新宿での『実験』終了後に、旧都県境に発生させたヒュージとの戦闘のことよ。その説明をしてちょうだい」

 

 部下の女性はすぐに手に持っていた書類を入れ替え、気を取り直して報告を再開した。

 

「――では、本日の新宿での『実験』終了後に都内東部の旧都県境にて発生した、ヒュージ群との戦闘についてご説明します。

 

この戦闘における特筆すべき点として、当該の戦域において複数の無人攻撃機による空爆が行われた事が挙げられます。

 

この航空支援と、それを受けた地上のレギオンによって、ギガント級以外のヒュージ約300体は短時間のうちに全て駆逐されました。

 

残った1体のギガント級も、空爆による致命傷こそ免れたものの、この無人機が放ったノインヴェルト戦術のフィニッシュショットによって撃破されました。

 

これらの情報から、旧都県境での大規模戦闘において、第4世代の精神直結型CHARMが使用されたものと考えられます。

 

なお、該当するCHARMの使用者は百合ヶ丘女学院の特務レギオン、LGロスヴァイセのリリィであると推測されます。

 

これは先程の御台場女学校の校医からの情報に基づくものです」

 

 部下の報告を聞いて、上司の女性はいぶかしげな表情を隠せなかった。

 

「どういう事? なぜ隠密行動が主体の特務レギオンに、そんな派手な飛び道具が配備されているの?

大体、精神直結型CHARMはまだ実用化の目処がついていなかったはずよ」

 

「現時点では、何らかの技術的なブレイクスルーがあって実用化に成功したとしか言えません」

 

 部下の女性はそこで一度言葉を切ると、改まった態度で上司の女性に向き直った。

 

「少しばかり進言をさせていただいても構いませんでしょうか」

 

「何? 言ってみなさい」

 

「あのような遠隔操作による空爆が可能なCHARMを、反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンが特務レギオンに配備したという事実、これはG.E.H.E.N.A.にとって極めて憂慮すべき事態であると考えます」

 

「あのCHARMが私たちの脅威になると?」

 

「そうです。一つの可能性として、百合ヶ丘はあのCHARMをG.E.H.E.N.A.の要人暗殺に使うつもりかもしれません。

 

あの機体サイズゆえレーダーでは捕捉困難、その上に超音速飛行可能でラージ級を容易く仕留められるほどの攻撃力です。

移動中に目を付けられたら一溜りもありません。

 

たとえ複合装甲の重戦車に乗っていても、被弾した瞬間に車体ごと跡形も無く蒸発するでしょう。

 

あるいは今回の実戦配備はG.E.H.E.N.A.に対する示威行為の可能性もあります。

 

自分たちに危害を加えるなら、この新兵器で報復すると。

自分たちがその気になれば、いつでもお前たちを始末できるぞ、と。

 

何も組織の全てを潰す必要はありません。

トップと数人の幹部を暗殺するだけで、その組織は簡単に機能不全に陥ります。

少なくとも戦略レベルでの意思決定は、長期間に渡って不可能になります」

 

 上司の女性は無言で部下の発言を聞いていたが、ふと口を開いて質問を返す。

 

「確かに、『一つの可能性としては』否定できないわ。

でも、だとすれば、なぜ百合ヶ丘は急にそんな過激な方針に転向したのかしら?

まるで20世紀の核抑止論や相互確証破壊の概念が復活したみたいじゃない」

 

「人造リリィの一件で、G.E.H.E.N.A.との対決姿勢を鮮明にしたのかもしれません。

おそらく由比ヶ浜ネストの近くに突如出現したギガント級も、G.E.H.E.N.A.の手によるものと勘づいたのでしょう」

 

「人造リリィか……あれは惜しいことをしたわね。

査問委員会の無能連中がしくじったばかりに強硬手段に出た挙げ句、ギガント級もろとも彼女を失ってしまった。

グランギニョル社の協力が得られなくなった今、もう一度あの人造リリィを作るのは事実上不可能になったと言えるわ」

 

「しかし、御台場の校医の報告では、LGロスヴァイセの中にゴーグルで素顔を隠していたリリィがいたそうです。

しかも、見たことの無い形のCHARMを装備していたとのことです。

 

もしやそのリリィ、G.E.H.E.N.A.とグランギニョル社が共同で開発し、捕縛命令解除後の戦闘で死亡したはずの人造リリィではないのですか?」

 

 部下の指摘に、上司の女性は少しの間を置いてから、少し疲れた様子で答えを返した。

 

「もちろん、その可能性を考えなかったわけではないわ。

彼女の遺体を確認した者は誰一人いない。

出撃後、ギガント級の爆発に巻き込まれて未帰還だから戦死扱いになっているだけ。

 

実は生還しているにもかかわらず、その事実を百合ヶ丘が隠蔽しているのかもしれない。

 

その場合、政府か内務省の反G.E.H.E.N.A.シンパに協力を仰いで架空の戸籍を用意し、個人情報は官報レベルの情報共有に限定する。

 

もし私が百合ヶ丘の人間だったとしても、それと同じことをするでしょうね。

隠し持っておけば、これほど強力な切り札は無いもの。

 

複数のレアスキルを同時に発動でき、単騎でギガント級を撃破したほどの人造リリィに、第4世代の精神直結型CHARMを装備させる。

 

現時点でこれに対抗できる戦力は、アルトラ級ヒュージ以外には存在しないでしょう」

 

「G.E.H.E.N.A.が保有している戦力では、その人造リリィを上回ることはできないと考えておられるのですか?」

 

「不本意ながら、その事実は認めざるを得ないわね。

しかも、あの航空兵器がCHARMであるという一点において、百合ヶ丘は唯一無二の空軍力を獲得したと言える。

 

あのCHARMを撃墜できる通常兵器は存在しない。

できるとすれば、同等の性能を持った第4世代のCHARMしかない。

 

そしてそのようなCHARMは私たちの知る限り、未だに実用化されてはいない。

この事実が意味するところは何か分かる?」

 

「……今や戦力的に優位に立っているのは、G.E.H.E.N.A.ではなく百合ヶ丘だということです」

 

「そう。百合ヶ丘は首都圏のいかなる場所へも即時展開し、CHARMでの空爆を可能にする戦力を手に入れた。

 

G.E.H.E.N.A.がどれほど百合ヶ丘を追い詰めようとも、トップや幹部の居所を知られた時点でゲームオーバーよ。

もちろん、この私も例外ではないわ。

 

私は自分の命を賭けのチップにする趣味は持ち合わせていない。

私以外の幹部も同じ考えでしょう」

 

「その人造リリィをG.E.H.E.N.A.が取り返すことは……」

 

「仮にゴーグルのリリィが人造リリィだったとして、極めて困難だと思われるわ。

 

以前に一度、G.E.H.E.N.A.は政府機関を傀儡として、彼女を人ではなくヒュージとして捕縛しようとした。

 

結果は失敗。彼女がG.E.H.E.N.A.に決定的な敵愾心を抱いたことは想像に難くない。

 

しかも遺伝子情報の分析結果から、彼女は法的に人間だと認められてしまった。

 

再び彼女の身柄引き渡しを要求する法的根拠は失われたのよ」

 

「それなら、いっそのこと力ずくで彼女を奪還するのは……」

 

「冗談でしょう? 複数のレアスキルを同時に発動できて、第4世代の精神直結型CHARMを使いこなせる人造リリィを相手に、誰が力ずくで彼女を拘束できるというの?」

 

「CHARMを装備していない時に不意を突けば、あるいは可能かもしれません」

 

「あるいは、ですって?

彼女は既に縮地S級に覚醒し、都庁舎の上層階から地上まで瞬間移動したのよ。

たとえ丸腰の状態でも、彼女を捕縛できるとはとても思えないわ」

 

「……」

 

「それに、もしそれが失敗に終わった時、こちらがどのような報復を受けることになるか想像できる?

旧都県境で発生した大規模戦闘の記録は、あなたが報告した通り。

数百体のヒュージを10分程度で殲滅可能な航空戦力を持つ相手に、決闘状を叩きつけるに等しい行為よ」

 

「……」

 

「幸い、今のところ彼女はG.E.H.E.N.A.に対して積極的な攻撃の意思を持っていない。

都庁で御台場の校医と遭遇した際にも、仲間のリリィと一緒に縮地でその場から逃亡しているわ。

 

触らぬ神に祟りなし、今は彼女には手を出さない方が得策よ。

くれぐれも軽挙妄動は慎み、早まった真似をしないこと。いいわね」

 

 部下の女性はまだ釈然としない表情だったが、それ以上の反論は口にせず、上司の前から退出していった。

 

(しかし、この戦闘の記録はG.E.H.E.N.A.内部で共有されることになる。

勘のいい馬鹿者が、功名心に駆られて独断専行しようとしてもおかしくない。

大事に至らないように、色々と根回しをしておく必要がある……)

 

 自分以外誰もいなくなった部屋の中で、上司の女性は机上の電話機に手を伸ばし、アドレス帳を見ることなく番号をプッシュし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結梨ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!お帰りなさい!」

 

 旧都県境での戦闘を終え、その日の夕刻に百合ヶ丘に戻ったロスヴァイセと結梨を特別寮で出迎えたのは、三人の生徒会長だった。

 

 その一人、オルトリンデ代行の2年生、秦祀は結梨の姿が目に入るや否や、他のリリィを押しのけて結梨に駆け寄り、その身体を強く抱きしめた。

 

「苦しいよ、祀」

 

 いきなり祀に抱きしめられた結梨は、少し息苦しそうに手足をばたつかせる。

 

「ごめんさない。嬉しくて、つい力が入ってしまったわ。

結梨ちゃんがいない間、心配でたまらなかったから。

 

補給が不足してお腹を空かせてないか、瓦礫につまづいて転んで膝を擦りむいたりしてないか、ガラの悪いリリィに因縁を付けられて襲われたりしてないか、それから――」

 

「大丈夫だよ。みんなと一緒だったし、ルドビコのリリィもいい人たちだったよ」

 

「そうよ、私たちが付いていたんだから、心配する必要は無いでしょうに。

それに結梨ちゃんも自分の身は自分で守れるだけの力はあるわ。

少々過保護が過ぎるんじゃない? 祀さん」

 

「碧乙さん、あなたには子を思う親の気持ちが分からないの? なんて薄情な人。

 

やっぱり私も東京行きに同行すべきだったかしら……でも私は地域第一主義者として、この鎌倉府を離れるわけにはいかないし。

 

かと言って結梨ちゃんの意思を尊重せずに、外征に行かないでとも言えないし。

ああ、このジレンマをどう解決したらいいのかしら」

 

 そう言いながら祀はまだ結梨の身体を離さずに、愛おしげに抱きしめ続けていた。

 

「解決する必要は無いから、好きなだけ悩んでいなさい。

――お姉様、そろそろ本題に入りましょう」

 

 ハムレットの台詞のごとく頭を悩ませる祀を横目に、碧乙はロザリンデの方を向いて話を本筋に戻そうとした。

 

「そうね。――史房さん、感動の再会はこのくらいにして、東京で遭遇した事態についての説明をしておきたいのだけど。

概要は帰投前にガーデンへ報告ずみだから、生徒会にも情報は伝わっているはずよ」

 

「それは、都庁での爆発がG.E.H.E.N.A.の仕業だったこと?

それとも御台場にG.E.H.E.N.A.の関係者が入り込んでいたこと?

それぞれ理事長代行から手短に話は聞いているわ」

 

「両方ね。東京では鎌倉府よりも遥かに深い所までG.E.H.E.N.A.の勢力が浸透しているわ。

 

その気になれば、G.E.H.E.N.A.は都内のどこにでもケイブを発生させて、ヒュージに都民やリリィを襲わせることができると考えるべきね。

 

都庁だけではなく親G.E.H.E.N.A.ガーデンや反G.E.H.E.N.A.ガーデンも含めて、G.E.H.E.N.A.は都内のあらゆる場所を実験場にすることも辞さない。

 

そして被験対象リリィのレアスキルや特型ヒュージの能力を、より高いレベルに引き上げようとしているわ」

 

「研究熱心なことね。できればその情熱を自分たちの権力拡大ではなく、平和な世界の実現に向けてほしいものだけど」

 

「より強い力を持つヒュージとリリィを自分たちの道具として意のままに操る。

それによって、この世界の支配者となることがG.E.H.E.N.Aの最終的な目標。

 

そして、行き過ぎた権力欲と支配欲は、必ず独裁政治や恐怖政治へとつながる。

それがリリィの命を犠牲にした上で成立するものなら尚のこと、私たちは断固としてG.E.H.E.N.A.と闘わなければいけない」

 

「その考えに異論は無いわ。

でも今のところ、エリアディフェンス崩壊事変のように、私たちはG.E.H.E.N.A.が一方的に仕掛けてくる『実験』に振り回されている。

事実、一柳隊も梨璃さんのラプラス覚醒のために、新宿までおびき出された形になっていたのだから」

 

「何かこちらから対抗手段は取れないものかしら」

 

「G.E.H.E.N.A.の施設や人を直接攻撃するのは論外。

でも、こちらがやられっぱなしというのも癪に障るわね」

 

 その時、生徒会長の一人でジーグルーネの内田眞悠理が、史房とロザリンデの会話に割って入った。

 

「それでしたら、私に一つ考えがあります。

まだ試案の段階なので、この後で色々と協議していく必要がありますが」

 

「本当に? この場で聞かせてもらうわけにはいかないの?」

 

「いささか自信が無いので、人の多い所では恥ずかしいですね。

近いうちに場を改めてご相談させていただきます。

――それとは別に、東京では結梨さんが大した活躍をされたようですが」

 

 眞悠理の発言を聞きつけた祀が、すかさず目を輝かせて口を挟んでくる。

 

「そうなのよ。二日間で合計600体以上ものヒュージを倒して、その上ギガント級まで結梨ちゃんが撃ったノインヴェルト戦術のフィニッシュショットで撃破したんだから。

本来なら聖白百合勲章ものの大戦果よ」

 

「あれは、碧乙とルドビコの百合亜が私をサポートしてくれたから出来ただけで、私ひとりの力じゃないから……」

 

「そんな謙遜しなくてもいいのよ。結梨ちゃんはあそこにいる人と違って『ガラスの』なんて冠を付ける必要のない、正真正銘の天才リリィなんだから」

 

「いちいちトゲのある言い方をするわね。そんな調子だから、あなたのレギオンは周りじゅう敵だらけになるのよ」

 

「出る杭は打たれるという諺はご存じよね? 碧乙さんは私の立ち位置を羨んでいるのかしら」

 

「私があなたの立場になったらギスギスした人間関係に耐えられなくて、三日で胃に穴が開くと思うわ」

 

「さすがに『ガラスの天才』と呼ばれるだけのことはあるのね。見た目はそれほど繊細に見えないのに」

 

「……祀さん、ちょっと後で屋上まで来てもらえるかしら?」

 

「おやめなさい、二人とも。くだらない戯言を交わしている場合ではないでしょう。

確かに結梨さんの挙げた戦果は赫々たるものと言えるわ。でも――」

 

 言葉を途切れさせた史房に代わって、ロザリンデがその後を引き継いで発言する。

 

「――でも、その突出した戦果を挙げたがために、G.E.H.E.N.A.に目を付けられた可能性があるわ。

少なくとも、御台場の校医は結梨ちゃんが目の前でS級の縮地を使うのを見たために、強い興味を持ったに違いない。

 

それに加えて、旧都県境での戦闘に関しては、間違いなくG.E.H.E.N.A.に内容をモニタリングされているわ。

その結果、あのCHARMをあのレベルで扱えるリリィは、今の百合ヶ丘には存在しないことが分かるはず。

 

現アールヴヘイムの番匠谷さんでさえ、開発中の試験機を一度実戦で使用しただけで、その後は全く進展なしだもの」

 

「でも、エインヘリャルを使わなかったら、あのリリィたちはみんな死んでたかもしれない。

だから私は後悔してないよ。それで私のことがG.E.H.E.N.A.に知られても。

同じことがもう一度あったら、やっぱり私は同じやり方を選ぶと思う」

 

 毅然とした迷いの無い表情で、結梨はロザリンデと史房にきっぱり言い切った。

 

 結梨の発言を聞いて二人は顔を見合わせ、ロザリンデが複雑な感情をにじませながら結梨にうなずいた。

 

「ええ、それでいいわ。結梨ちゃんの判断は何も間違っていない。

人の命よりも大切なものは無いという、あなたの考えを私は否定できない。

それを否定したら、私たちはG.E.H.E.N.A.と同じになってしまうから」

 

「でも、結梨ちゃんとエインヘリャルの戦闘能力を知った上でG.E.H.E.N.A.が手出しをしてくるなら、命知らずもいいとこだと思いますよ。

こっちは専守防衛を大前提としていても、正当防衛で反撃することまでは禁止されていないですからね」

 

 妙にやる気満々の様子な碧乙に、隣りに立っている伊紀が気遣わしげに声をかける。

 

「お姉様、くれぐれもこちらからG.E.H.E.N.A.を挑発するような行動は控えて下さいね。

G.E.H.E.N.A.との間に何事も起きなければ、それに越したことは無いんですから」

 

「まだそんな生ぬるい事を言ってるの?

あいつらは『実験』のやり過ぎで親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンのルド女を丸ごと使い潰して、今度は御台場に手を出してくるような連中よ。

うかうかしていたら百合ヶ丘にだって間者を紛れ込ませてくるかもしれないわ」

 

「それについては、既に理事長代行の指示で全生徒と教導官の身元を改めて確認する作業に入っているわ。

相応の時間と人手が必要になるけれど、御台場の状況を鑑みると躊躇している余裕は無いわ」

 

 そう言ってから、史房はロスヴァイセのリリィたちを見渡した。

 

「今日はひとまず解散して、あなたたちはゆっくり休んでちょうだい。

明日またここに集まって、今後の対応を協議しましょう。

 

結梨さんも、今回は本当にお疲れ様。

あなたの行動によって多くの命が失われずに済んだことは事実よ。

 

あなたのことは百合ヶ丘の威信にかけて必ず守り抜くと約束するわ。

だから、これからもその力を、守らなければならない人々のために使ってほしいの」

 

「ありがとう、史房。私の力が誰かの命を守るための役に立つなら、私は迷わずに力を使うよ。

そのために私はこの力を持って生まれてきたんだ、って思うから」

 

 それは同時に、この先に待ち受けるであろう幾多の困難を乗り越えていく力でもあった。

 

 史房を見る結梨の目に迷いは無く、実力に裏打ちされた言葉は力強くリリィたちの心に刻み込まれた。

 

 結梨にとってのエリアディフェンス崩壊事変は今、この言葉をもって終止符が打たれた。

 

 

 






 当初何となく考えていた内容より大幅に長くなりましたが、一応これでラスバレのメインストーリーに追いついた形になりました。

 メインストーリー第2章または1月の一柳隊舞台までは、枝葉の部分というか細かい部分の話を、百合ヶ丘とその周辺で展開してみるつもりです。

 御前が登場したあたりから舞台のノリに影響されすぎた嫌いがあるので、もう少し緊張感を緩めて日常感が出るようにしてみたいとも考えています。

 また、いただいた感想への返信で、意図せず失礼な事を書いてしまっているかもしれません。
 すべて私のコミュ力不足のせいですので、気にしないで下さい。
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