アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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 タイトルからも分かるように、今回投稿分には物理的に残酷な描写がありますのでご注意ください。
 最終的には不快な展開にはしないつもりです……



第14話 凶刃(1)

 

 霊園での一件から数日後、ガーデンの配慮で平日に休暇を取ることができた結梨と伊紀は、東京の杉並区にある大田黒公園を訪れていた。

 

 平日の午前中ということもあって、晴天の下、園内は閑散としており、ほとんど貸し切りのような状態だった。

 

 二人は日本庭園の端にある小さな東屋のベンチに腰を下ろしていた。

 

 東屋は全周100メートルほどの小さな池に面しており、その水面下では十数匹の大きな錦鯉がゆっくりと泳いでいる。

 

「平日に休暇を取らせてくれるなんて、百合ヶ丘のガーデンも粋な計らいをしてくれるものですね。

これなら他のリリィの目を気にすることも無くて済みますね」

 

 念のために結梨は伊達眼鏡を掛け、髪型を変えて変装していたが、今のところそれが効果を発揮する機会は訪れていなかった。

 

「この公園は、今は私たちの他には人がいないみたいだね。すごく静か」

 

「そうですね。たまには誰もいない所で、のんびり景色を眺めるのもいいものですね」

 

 休暇の前日に伊紀は梨璃に会い、あらためて結梨のことを聞いてみた。

 

 すると、夢の中に結梨が現れたことはこれまでに何度かあったと梨璃は伊紀に答え、伊紀はその事実を結梨に伝えた。

 

「それに、梨璃さんが一柳隊の人たちと一緒に結梨ちゃんのお墓に行った時に、結梨ちゃんがすぐそばで呼びかけてくれたみたいな感じがしたって言ってましたよ」

 

「ふふ、変なの。私はちゃんとここにいるのに」

 

 知らない自分が知らない時に梨璃と接している姿を想像した結梨は、どことなく気恥ずかしそうな様子だった。

 

「結梨ちゃんが美鈴様の姿を見たのも霊園でしたし、やはりあの場所には何かしらマギの特異な偏りのようなものがあって、それがリリィの知覚に影響しているのかもしれませんね。

 

そうであれば、他にもそういう感覚を経験したリリィがいてもおかしくないですね。

死んだはずの人の姿が見えたら、普通は死者の霊か幻だと思うのでしょうけど……

 

ロザリンデお姉様の解釈では、特定の条件下でマギがリリィの精神と知覚に作用して、そのリリィの記憶から人格と姿をエミュレートさせているとお考えのようです。

 

それが当人には幻覚や幽霊として認識されるのだと」

 

「ロザリンデは幽霊やお化けはいないって考える性格みたいだから……」

 

「そうですね。ロザリンデお姉様は科学的・論理的思考と理性を、人にとって不可欠な価値のあるものだと仰っていました。

そして、それらを放棄して安易にオカルト的な考えに傾倒するのは、非常に危険なことだとも」

 

「マギって、いろんなことに関係してるんだね。

生き物がヒュージになるのも、リリィがレアスキルを使えるのも、その場にいない人の幻を見せるのも……」

 

「はい。まだマギについては、それが一種の魔法エネルギーとでも呼ぶべきものとしか分かっていません。

 

でも、そのマギを使って、物理的な兵器であるCHARMのエネルギーとして利用しているのだから、科学的に説明できるものであることは確かだと思います。

 

かつては未知のエネルギーだった核分裂・核融合エネルギーのように。

 

だから、生物がヒュージ化するプロセスも、リリィがレアスキルを使える仕組みも、いずれは科学で解明されるでしょう。

 

問題は、その科学的知見や技術がG.E.H.E.N.A.のような組織に悪用される可能性があることです。

 

今でも既に一部の特型ヒュージは、G.E.H.E.N.A.の技術を使って開発された個体だという未確認情報もあります」

 

「私たちはそれをさせないように頑張らないといけないんだね」

 

「そうです。ヒュージのこともG.E.H.E.N.A.のことも、みんな解決したら、胸を張って梨璃さんたちに逢いに行きましょうね」

 

 そこに至る道程は今のところ、皆目見当がつかない。

 

 だが、そのためにこそ自分たちの力はあるのだと、伊紀は前向きに考えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと伊紀が視線を動かした時、東屋から伸びている道の向こうから、CHARMケースを背負った一人の少女が歩いてくるのが見えた。

 

 少女は伊紀や結梨と同じくらいの年頃に見え、遠目にも分かるほど整った顔立ちをしていた。

 

 CHARMケースを背負っていたため、彼女がリリィであることは明らかだったが、着ている制服は伊紀の知らないものだった。

 この近隣のガーデンのリリィだろうか。

 

 少女はベンチに座っている伊紀と結梨の方へ近づき、その容姿に相応しい澄んだ声で一つの質問をした。

 

「すみません。ある人を探しているんですが、もし何かご存じだったら教えていただけませんか?」

 

「はい。どのような方でしょうか?」

 

 伊紀と結梨はベンチから立ち上がり、伊紀が少女に確認の反問をした。

 

 少女の答えは、二人の全く予期せぬものだった。

 

「鎌倉府の百合ヶ丘女学院に在籍しているリリィで、一柳結梨さんという方を探しています。

今日この辺りにいらっしゃると聞いて、少しお話をさせていただこうと思ったのですが」

 

 伊紀は一瞬虚を突かれたが、可能な限り平静を装って少女に答える。

 

「……申し訳ありませんが、そのような人は知りません。他を当たっていただけますか」

 

「そうですか。それでは失礼します。どうもありがとうございました」

 

 少女は軽く会釈して、ゆっくりと二人の横を通り過ぎていった。

 

 ――その直後、結梨の身体がぐらりと前方に崩れ落ち、そのまま地面に倒れこんだ。

 

「えっ? ど、どうしたんですか」

 

 倒れた結梨の身体を伊紀が慌てて抱き起すと、手にぬるっとした暖かいものが触れる感覚が生じた。

 

咄嗟に伊紀が手の平を自分の方に向けると、それは真っ赤に染まっていた。鮮血だ。

 

伊紀の心臓が激しく拍動し、一瞬で精神が混乱する。

 

――何が起きた? 血はどこから出ている? 自分はどうすればいい?

 

 定まらぬ視線が結梨の身体を視界に収めた時、その脇腹の辺りが自分の手と同じく真紅に染まっていることに伊紀は気がついた。

 

 結梨の服には長さ数センチメートルの細長い裂け目が入っており、出血はその部分を中心に今も広がり続けていた。

 

 何かの刃物で刺されたのか。一体、誰に?

 

 その答えが一つしかないことに、すぐに伊紀は思い至った。

 

 伊紀が視線を転じて周囲を見回すと、先程の少女はまだ二人の近くに立って、こちらを静かに見下ろしている。

 

 その右手にナイフのようなものが握られているのを、伊紀の目は確かに見た。

 

 それは刃の根元まで血に濡れており、足元の石畳には刃先から落ちた数滴の血が点々と跡をなしている。

 

「あなたが、やったんですか……」

 

 伊紀は、かろうじてそれだけの言葉を口にするのが精一杯だった。

 

 少女は伊紀の質問には答えず、全く表情を変えることなく落ち着き払った口調で伊紀に言葉をかける。

 

「あなたは百合ヶ丘女学院の特務レギオン、LGロスヴァイセ主将の北河原伊紀。

そして倒れている子は、あなたの従姉妹の『北河原ゆり』……で間違いないわね」

 

「……どうして私たちのことを知っているんですか?」

 

「さあ、どうしてでしょうね。それにしても、あなた嘘が下手ね。

そんな調子じゃ、特務レギオンの主将なんて務まらないわよ」

 

 少女は右手に持ったナイフを目線の高さまで持ち上げて、刃に付いた血を一瞥した。

 

「ふうん、ヒュージの細胞から生まれた人間でも、血は赤いのね。

青い血が出るのかと思ったけど期待外れだったわ。

それとも、もしかしたら本当に人違いだったのかもしれないけど、どちらにしてもがっかりね」

 

 少女はいかにもつまらなさそうに、ナイフを無造作に池に投げ込んだ。

 

 ナイフは放物線を描いて水面に落ち、幾つかの波紋を作り出した後、すぐに水底へ沈んで見えなくなった。

 

 その様子を見ながら、伊紀は今目の前で起きている状況を理解しようと、必死に考えを巡らせていた。

 

 G.E.H.E.N.A.の刺客? こんな白昼堂々と? なぜ自分たちの居場所が分かった? 百合ヶ丘のガーデン内に疑わしい者は見つからなかったはずなのに。

 

 自分の足元で結梨を抱きかかえている伊紀を見下ろして、少女は淡々と説明する。

 

「心配しなくても急所は外してあるわ。その子に死なれては元も子も無いから。

でも放っておいたら、いずれ失血死するわよ。

一刻も早く救急医療施設に搬送する方がいいと思うけど」

 

「ぬけぬけとよく言ったものですね。

傷の治療にかこつけて、G.E.H.E.N.A.ラボへ収容する腹積もりなんでしょう?

致命傷を負ったリリィに強化処置を施す手口と同じ、G.E.H.E.N.A.の常套手段」

 

「よく分かってるじゃない。その子が私の探している一柳結梨かどうかは、ラボに搬送して調べればすぐに分かる。

今から近傍のG.E.H.E.N.A.ラボに連絡して、ここに輸送機を回してもらうわ。

 

一柳結梨が行動不能の重傷でここにいる、と私が言えば、G.E.H.E.N.A.は血相を変えて飛んでくるでしょう。

目の前に人参をぶら下げられた馬のようにね」

 

「――ふざけないでください! そんなこと、させるわけないでしょう!」

 

 激昂した伊紀が思わず声を荒げると、自分の腕に抱いている結梨が苦しげに呻く声が、伊紀の耳に聞こえてきた。 

 

「う……」

 

「ゆりちゃん、しっかりしてください。こんな傷なんか、私がすぐに治してあげます」

 

 伊紀は結梨をベンチに寝かせると、傷口に両手を当ててレアスキルを発動した。

 

 見る間に青白いマギの微粒子と光が二人の周囲に漂い始める。

 

 それとともに数秒で傷口からの出血は止まり、血に濡れた服の下で結梨の傷がたちどころに治癒していく。

 

 伊紀は結梨の傷が消えたのを確認して、手を傷のあった箇所から離し、ほっとした様子で声をかけた。

 

「これで傷は完全に無くなりました。

でも、痛みが消えるまではしばらく時間がかかるはずなので、苦しいでしょうけど我慢してくださいね……ゆりちゃん?」

 

 伊紀の呼びかけに結梨は目を閉じて返事をしなかった。

 

 青ざめた伊紀がすぐに結梨の呼吸と脈拍を確認する。

 

 そのどちらもが途切れていないことを確かめて、伊紀は大きく安堵の息をついた。

 

 その様子を見た少女が、意識を失った結梨の姿をじっと眺めている。

 

「痛みで気を失ったのね。今まで戦闘でそのレベルの負傷をしたことがなかったのかしら。

化け物じみた戦闘能力の割には、意外と脆いものね」

 

 そして少女は結梨から伊紀に視線を転じて、その美貌を皮肉げに歪めながら言葉を吐いた。

 

「レアスキル『Z』か……衛生兵が随伴しているとは結構な御身分だこと。

これがマディックなら、自力で原隊まで戻らなければ失血死するしかないのに」

 

 傲然とした態度を隠しもせず、伊紀と結梨に宣言するかのように少女は言い放つ。

 

「これでその子の自由は奪った。御自慢の第4世代CHARMもここには無く、休暇中のあなたたちは二人とも丸腰の状態。俎上の鯉も同然よ」

 

 勝者の余裕に満ちた顔をする少女に対して、伊紀は先程と同じく、目まぐるしく思考を走らせ続ける。

 

 ――落ち着け。まずは相手が何者なのかを見抜けるかどうかだ。

 

 CHARMケースを背負っているということは、フェイクでない限り彼女がリリィであることは間違いない。

 

 だが、制服までフェイクでないという保証は無い。

 少女が着ている制服は伊紀の全く知らないものだ。

 

 そして、少女は眼鏡やメイクなどで変装らしきことはしておらず、堂々と素顔を晒している。

 

 身元が分からないと思っているのか、それとも分かったところでどうということはないと踏んでいるのか。

 

 何が偽装で、何が正しい情報なのか、判別するための手がかりとなる情報は、やはり今の状況では人相しかない。

 

 鎌倉府と東京の主要なガーデンなら、反G.E.H.E.N.A.、親G.E.H.E.N.A.を問わず、主だったリリィの顔と名前と所属レギオンくらいは特務レギオンの基礎情報として頭に入っている。

 

 目の前にいる少女に該当するリリィは誰か。

 それが分かれば、この襲撃に隠されている情報を明らかにする糸口になる。

 

 伊紀は頭の中でデータベースを検索するかのごとく、記憶にある限りのすべてのリリィの顔写真を目の前の少女と照合していく。

 

 そして何百人目かの照合の末、伊紀は遂に該当する人物に行きついた。

 

 伊紀は感情を押し殺して顔を上げ、自分を見下ろしている少女の美しくも傲慢な表情に事実を突きつける。

 

「――あなたの正体が分かりました。

あなたは親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンであるエレンスゲ女学園の序列2位レギオン、LGクエレブレの隊長、松村優珂。間違いありませんね?」

 

 





 今回は結梨ちゃんには大変申し訳ない展開になっています。
 エレンスゲのLGクエレブレは相当な外道レギオンのようなので、隊長の松村さんに外道リリィとして登場してもらいました。
 そのうちラスバレにもサブキャラで登場しそうですが、意外と真人間だったらどうしよう……

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