アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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 奇跡的に順調に書き上げることができたので、従来の時間帯に投稿できました。
 前回に引き続き今回も流血シーンがありますが、次回からは多分ありません。


第14話 凶刃(2)

 

 目の前の少女の身元を見破った伊紀は、意識を失ったままの結梨をかばうように、油断無く松村優珂と結梨の間に立った。

 

「その制服はエレンスゲのものではありませんね。

わざわざフェイクの制服まで用意するとは、念の入ったことですね」

 

「これは半分趣味みたいなものよ。自分でデザインした制服をオーダーメイドで作らせるの。

もっとも、今回みたいな使い方をしたのは、これが初めてだけど」

 

 優珂は細い指先で胸元のタイを軽く撫でた後、興味を隠しきれない目で伊紀の顔を一瞥した。

 

「でも、全く面識の無いリリィの顔を情報として記憶していることまでは想定していなかったわ。

その点は素直にあなたの能力を認めましょう。

だからといって見逃してあげるわけにはいかないけど」

 

「傷が完治した以上、この子をG.E.H.E.N.A.ラボへ搬送する大義名分は無くなりました。

あなたの企ては失敗に終わったんです。潔く諦めてエレンスゲに帰ってください」

 

「いいえ、まだ終わっていないわ」

 

 おもむろに優珂は背中のCHARMケースを地面に降ろし、中に収められているCHARMを取り出した。

 

「あなたを排除した後で、もう一度その子を傷つければ――やり直せる」

 

 悠然と、だが一分の隙も無い動作で、優珂は伊紀に向けてCHARMを正面に構える。

 

「正気ですか? そこまでして、あなたがこの子に執着する理由は何ですか」

 

「その子が本当に一柳結梨なら、身柄を確保できれば値千金の戦功に勝る大手柄よ。

 

ヒュージネストの一つや二つを討滅するよりも、よほど価値のある実績としてG.E.H.E.N.A.内部で評価されるに違いないわ。

 

階級の三つや四つは簡単にスキップして昇進できるでしょう。

教導官だって私には頭が上がらなくなるはず」

 

「出世欲……ですか。誰かの命を踏み台にしてまで、あなたは自分が上に上がりたいんですか。

 

あなたはそんな身勝手な考えで、この子から幸せに生きる権利を奪おうとしているんですか。

 

――それが武人であるリリィたる者のすることですか! 恥を知りなさい」

 

 思わず声を荒げた伊紀の言葉にも、優珂が心を動かされた気配は微塵も無かった。

 

「衛生兵風情が大きな口を叩くものではないわ。

死にたくなければ黙って大人しく引っ込んでいなさい」

 

 眼前にCHARMの刃を突き尽きられた伊紀は、一歩後ずさり、後ろを振り向いて優珂に背中を見せた。

 

 伊紀の視線の先には、先程から意識を失ってベンチに横たわる結梨の姿があった。

 

 伊紀は数メートル先にいる結梨のすぐそばまで近づき、膝をついてかがみこんだ。

 

 穏やかに眠っているかのような結梨の顔を手の平で撫でながら、伊紀は優しく結梨の耳元で呼びかける。

 

「ゆりちゃん、もう少しここで待っていてくださいね。

すぐにあの人を追い払って、戻ってきますから」

 

 結梨は目を閉じたまま、規則正しく呼吸を続けている。

 

 結梨の容態が安定していることを確認した伊紀は、静かに立ち上がって優珂の方を振り返った。

 

 そのまま歩を進めて前に出て、再び優珂の前に立ちはだかる形になる。

 

 優珂は伊紀の目を正面から見据えて、伊紀の次の行動を待っている。

 

「……で、この後あなたは私をどうするつもり?」

 

「この場から今すぐに立ち去ってください。そして二度と私たちの前に現れないでください」

 

「私が素直に『はい』と言うと思う?」

 

「言わなければ、力ずくで言わせてみせます」

 

 伊紀の言葉を聞いた優珂は思わず失笑した。

 

「意外だわ。あなた、冗談も言えるのね。

悪いことは言わないから、その子を置いて失せなさい。

丸腰のあなたに何ができるというの?」

 

「私はここを動きません。どうしてもゆりちゃんを連れ去りたいなら、そのCHARMで私を倒してからにしなさい」

 

「……何を考えているのか知らないけど、私は本当にやるわよ。

痛い目を見たくなければ、大人しくそこをどきなさい」

 

 優珂の警告を受けても、伊紀は一歩もその場から動かなかった。

 

 その瞳はまっすぐに優珂の目を射るように見つめ、それによって優珂は伊紀の意思を正確に理解した。

 

「――そう、馬鹿ね」

 

 優珂はゆっくりとCHARMを振り上げ、一切の躊躇なく伊紀の肩口に振り下ろした。

 

 CHARMの刃は伊紀の着ている服と、それを纏っている身体を易々と切り裂いた。

 

 左肩から右脇腹にまともに斬撃を受けた伊紀の身体はその場に崩れ落ち、石畳には真紅の血溜まりが広がり始める。

 

「一応、即死しない程度に手加減はしておいたわ。

でも、このままここに放置して死なれると後始末が厄介ね。

予定外だけど、この子も一緒にラボに搬送するしかないか……何?」

 

 地面に倒れていた伊紀の身体がわずかに持ち上がり、優珂は信じられないものを見る目をした。

 

「まさか、あの傷の深さで動けるはずは無い。手応えは間違いなくあったのに」

 

「……ええ、ものすごく痛かったですよ。

それにしても、非武装の相手をよくも簡単に斬り捨てられるものですね。

これまであなたがどういう戦い方をしてきたのか、よく分かりました」

 

 伊紀はぎこちない動作でふらつきながらも起き上がり、またしても優珂の前に立ちふさがった。

 

 血に染まった伊紀の服は大きく袈裟懸けに切り裂かれていたが、その下に見えている素肌には傷は無く、出血も完全に止まっていた。

 

「忘れていたわ。百合ヶ丘の特務レギオンは全員が強化リリィだったわね」

 

 リジェネレーターによってごく短時間で傷が治癒した伊紀の身体を見て、思い出したように優珂はつぶやいた。

 

 一方、立ち上がった伊紀の手にはヨートゥンシュベルトに似た形の、真っ赤なCHARMらしき物体が握られている。

 

 それは伊紀のもう一つのブーステッドスキルであるアルケミートレースによって、自らの血で形成された疑似CHARMだった。

 

「あなた、自分の血を流すために、わざと私に斬らせるように仕向けたわね」

 

 伊紀の手元を見た優珂は、舌打ちとともに伊紀を睨みつけた。

 

 対する伊紀は、普段の彼女に似つかわしくない不敵な笑みを、その顔に浮かべている。

 

「あなたが挑発に乗ってくれて助かりました。

これで私もCHARMを持って、あなたと戦える状態になることができました」

 

「そんな急造のCHARMもどきで、この私と戦うつもり? 随分と舐められたものね」

 

「新興ガーデンの序列2位ごときに後れを取るつもりは毛頭ありません。

あなた程度の相手には、このくらいでちょうどいいハンデです。

さあ、かかって来なさい。マディック上がりの二等兵」

 

 我ながら安っぽい煽り文句だと伊紀は内心で苦笑したが、優珂は大いに自尊心を傷つけられたようだった。

 

「言ってくれるわね。どうやら、さっきの一撃では足りなかったみたいね。

それなら見せてもらいましょうか、百合ヶ丘の特務レギオンの実力とやらを」

 

 憤怒の感情に満ちた目でCHARMを構え直した優珂に対して、伊紀は結梨を巻き込まないように注意深く立ち位置を移動した。

 

 結梨から10メートルほど離れた場所に移った二人は、慎重に間合いを計りつつ、互いに攻撃を繰り出すタイミングをうかがっている。

 

 わずかに伊紀のCHARMの刃先が動いた瞬間、優珂が先制の一撃を浴びせた。

 

 優珂の斬撃は威力・スピード・軌道のいずれもが、序列2位のランクに相応しい水準のものであり、彼女の自信は決して慢心ではなかった――相手が百合ヶ丘女学院の特務レギオンでなかったなら。

 

 伊紀は優珂の斬撃を防戦一方で受けながら、彼女の攻撃が自分の頭の中のデータベースにある、いずれのパターンに該当するかを分析している。

 

 対人戦闘においてリリィが可能なあらゆる攻撃パターンは、伊紀の頭に叩き込まれている。

 

 事実上無限と言っていい肉体的な形態のバリエーションを有するヒュージとは違い、人であるリリィが可能な身体のモーションは有限のパターンに限定される。

 

 どれほど独創的な戦闘スタイルを持つリリィであろうとも、その一つ一つの動きは人としての身体構造によって制限されている。

 

 いかに変幻自在に見える攻撃であっても、個々の動作は人の筋肉と関節が可能にする限りのパターンから構成されている。

 

 相手の連続した動きを個別の要素に分解し、次の動きを予測すると同時に、自分が望む動きへと誘導する。

 

 これが対人戦闘における伊紀のドクトリン、すなわち戦闘教義だった。

 

 優珂が攻撃を繰り出すたびに、伊紀の中のデータベースと優珂の攻撃パターンが対比され、分析されていき、太刀筋を見抜く精度が上がって行く。

 

 十数合の斬り合いを経て、伊紀は優珂の攻撃をほぼ見極めることに成功していた。

 

 優珂がCHARMを繰り出すタイミングと軌道を見切った伊紀は、攻撃を最小限の動作で回避しつつ、自らのCHARMの刀身を優珂のCHARMに絡みつけるような動きをした。

 

 攻撃をかわされた優珂が体勢を立て直すより早く、伊紀は自身のCHARMを使って彼女の手からCHARMをもぎ取った。

 

 CHARMを握った優珂の手が、強烈に何かに引っ張られるような感覚を覚えた時、既に彼女のCHARMは手から離れ、十数メートル先の地面に転がって行った。

 

 何が起こったのか優珂が理解しようとした時、その喉元には真紅のCHARMが突きつけられていた。

 

「勝負ありですね。あなたには色々と尋ねたいことがあります。答えてくれますね?」

 

「……私が本当のことを答えると思っているの?」

 

「嘘でも構いません。真偽は私が判断します。

その結果次第では、少々痛い思いをしてもらうかもしれませんが」

 

「果たして、人道主義者のあなたにそんなことができるのかしら?」

 

 皮肉げに歪められた唇から吐き出される優珂の言葉を聞いても、伊紀の表情は変わらなかった。

 

「ゆりちゃんを守るためなら、あなたを傷つける覚悟はあります。

私にとって、ゆりちゃんの命はあなたの命よりも重い。

この言葉を嘘だと思いますか?」

 

「……分かったわ。何でも訊きたいことを訊きなさいよ」

 

「ありがとうございます。でも、その前に一つ言っておかなければならないことがあります」

 

 伊紀は優珂に向けた視線を動かさず、大きく息を吸い込んで張りのある声を出した。

 

「近くの茂みでCHARMを構えている狙撃手。

おかしな真似をしたら、この人が二度とCHARMを握れない身体にしますよ。

これは脅しではありません」

 

 伊紀は警告の言葉とともに、CHARMの切っ先を優珂の喉元から右手首へと移動させた。

 

「目的のためには手段を選ばないあなたのことです。

不測の事態に備えて、あらかじめ狙撃手を配置している可能性は察しが付きました。

何だったら、試しに撃たせてみても構わないですよ」

 

 図星を突かれた優珂は内心で舌打ちをしながらも、その額には脂汗が浮かんでいた。

 

 一か八かで伊紀を狙撃させることはリスクが大きすぎた。

 

 撃てば発砲炎と発射音で狙撃手の潜んでいる位置が露見してしまう。

 

 相手はリジェネレーターのブーステッドスキルを持つ強化リリィだ。

 一発の弾丸で伊紀を戦闘不能にできる保証はどこにも無い。

 

 先程の伊紀の警告がブラフでないことは承知している。

 

 それゆえ、優珂には自分の右手を賭けのチップにすることはできなかった。

 

 優珂に抵抗の意思が無いことを見て取った伊紀は、攻撃態勢を維持したまま優珂に話しかけた。

 

 自分が倒れれば結梨を守る者は誰もいなくなる以上、それは当然の対応だった。

 

「これでようやく落ち着いて話ができますね。

――まず、あなたはどうやって私たちが今日ここに来ることを知ったんですか?」

 

 優珂から襲撃の真相を聞き出すまで、伊紀は一歩たりとも退くつもりは無かった。

 

 

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