松村優珂からCHARMを引き離し、彼女を強制的に武装解除した伊紀は、思い直したように質問を変更した。
「……いえ、質問の順序が適当ではなかったかもしれません。
最初にすべき質問は『あなたはエレンスゲのガーデンあるいはG.E.H.E.N.A.からの指示で、この襲撃を実行したんですか?』の方が適切ですね。
これについてはどうなんですか?」
優珂は伊紀の問いかけに対して特に言いよどむことも無く、淡々と返答を始める。
「この計画の立案と実行にはエレンスゲのガーデンもG.E.H.E.N.A.も一切関わっていないわ。
私が個人レベルで考えて決行したのよ。
現に大人数であなたたちを包囲したりはしていないでしょう?」
「……いいでしょう、ひとまずその発言に基づいて質問を続けます。
では、なぜあなたは私たち、いえ、正確にはゆりちゃん――北河原ゆりを一柳結梨さんとして目を付けるに至ったんですか?」
「……そうね、どこから話しましょうか」
優珂は少し考えこむ素振りを見せた後、おもむろに口を開いた。
「東京のエリアディフェンス崩壊事変が一段落した頃、私は当時の都内各所で展開された対ヒュージ戦闘のデータ――リリィスタッツを分析していたわ。
あなたも知っての通り、スタッツは特に秘匿されている情報ではなく、何らかのガーデンに在籍しているリリィなら誰でも閲覧できる。
今後の参考になるものがあればと思って、大規模な戦闘の後は、いつもスタッツの分析は欠かさないことにしているの。
そして、私はそれらの中に際立って特異な戦闘データがあることに気づいたわ。
それは百合ヶ丘女学院のLGロスヴァイセのもので、第4世代、それも精神直結型のCHARMが使用されたと思われるものだった。
考えられる使用者として最も可能性が高いのは、LGロスヴァイセ預りの形で配属されていた1年生リリィ――そこで気を失っているあなたの『従姉妹』よ。
でも、その子の情報はごく限られた範囲しか開示されていなかった。
まるで私のガーデンの相澤一葉さんみたいに。
これって、その子が一葉さんと同じくらい訳ありのリリィってことじゃない?
あれこれ調べられると困る事情があるとしか思えないんだけど。
まだどこのガーデンでも実用化の目処が立っていない精神直結型の第4世代CHARMを実戦で使いこなし、かつ具体的な個人情報はほとんど公開されていない。
ここまで来れば、思い当たる人物の候補は、あの人造リリィが最初に思い浮かぶでしょう?」
「それだけでは、少しばかり根拠としては弱いように思えますが」
伊紀は表情を全く変えずに、優珂の問いかけに事務的な口調で反論した。
その伊紀の反応を見た優珂は、更に説明を続けることにした。
「では、もう少し推理を補強する材料を話しましょうか。
あなたの『従姉妹』である『北河原ゆり』は、一柳結梨の捕縛命令が出た一件から一月も経たないうちに百合ヶ丘女学院に転入してきたことになっている。
あの人造リリィの一件の後で、百合ヶ丘に転入または編入したリリィは何人かいるけど、『北河原ゆり』以外のリリィは情報が極端に隠されている形跡は見られなかったわ。
そして『北河原ゆり』は百合ヶ丘の特務レギオンであるLGロスヴァイセ預かりの身分となったため、レギオンの性格上、その作戦行動は一切表には出てこなかった――東京のエリアディフェンスが崩壊するまでは。
なぜ『北河原ゆり』は、全員が強化リリィで構成され、事実上の対G.E.H.E.N.A.特殊部隊に位置付けられているLGロスヴァイセの預かりとなったのか。
まさか、彼女があなたの『従姉妹』だからという理由ではないでしょう?
無論そうではなく、百合ヶ丘は『北河原ゆり』の存在を可能な限り隠しておく必要があった。
だから、彼女を秘匿性の高い特務レギオンの保護下に置く措置を取った。
それほどの慎重な対応を百合ヶ丘のガーデンが取らなければならなかった理由は、『北河原ゆり』なるリリィが一柳結梨と同一人物だから、というのが私の推理。
あながち牽強付会とは言えないと思うけど、これで納得してもらえたかしら」
「あなたの考えは理解しました。では次の質問をします」
「私の推理が当たっているかどうかは教えてくれないの?」
「教える必要はありません。あなたには私の質問に答えることだけをしてもらいます」
ごく素っ気なく伊紀は優珂に言葉を返し、新しい質問を投げかける。
「最初に出した質問に戻ります。あなたはどうやって私たちが今日ここに来ることを知ったんですか?」
「……国定守備範囲をまたぐリリィの外出には、事前の申請が必須でしょう?
その情報は統合サーバー上のデータベースに保存され、各ガーデン間で共有されている。
そのデータベースを参照すれば、どのガーデンの誰がいつどこへ外出するか知ることができるわ」
「しかし、ガーデンの正規職員、それも少なくとも教導官以上の職位でなければ、データベースへのアクセス権限は付与されていないはずです。
ガーデンの一生徒に過ぎないあなたが、そのレベルの情報にアクセスする権限を持っているわけはありません。
まさかあなたは、自校の情報管理システムに不正侵入して、統合サーバー上にある他ガーデンの外出許可情報を盗み見たんですか?」
「いいえ。工廠科でも解析科でもない私にそんなスキルは無いわ。
私のガーデンには脇の甘い教導官が居てね。隙を見て彼女の端末を覗かせてもらったのよ」
「――何てことを。それが発覚すればただでは済みませんよ」
「もちろんリスクは承知しているわ。
でもサーバー上のデータベースを覗こうが、独断専行で動こうが、一柳結梨の身柄を確保したという既成事実さえ作ってしまえば、そんなことは些事でしかなくなる。
言い換えれば、それだけのリスクを冒すほどの価値が一柳結梨にはあるということよ」
「……」
優珂の言葉を伊紀は否定できなかった。
それが事実であること自体は認めざるを得なかったから。
伊紀の返事を待たずに、優珂は更に説明を続けた。
「一柳結梨の可能性がある人物――この場合は『北河原ゆり』だけど――の情報を探して、私はガーデンの情報管理システムに入り込む機会をうかがっていたわ」
「それで、教導官が端末から離れた隙をついて、統合サーバー上のデータベースにある百合ヶ丘女学院の情報を覗き見たわけですか」
「そう。そこで百合ヶ丘の特務レギオンLGロスヴァイセのリリィ二名が、東京への外出許可を申請した情報に運良く行き当たった。
しかも、うち一名は一柳結梨の可能性が最も高いリリィである『北河原ゆり』だった。
これは千載一遇の好機だと思ったわ」
ろくでもない相手に目を付けられたものだと伊紀は苦々しく思ったが、優珂の説明によって事の経緯が把握できたことは確かだった。
「いいでしょう。今のところあなたの説明にこれといった矛盾があるようには思えません。
では次の質問に移ります。
あなたは組織的にではなく個人的に一柳結梨さんの身柄を拘束しようとしたとのことですが、それとは別にG.E.H.E.N.A.が組織として彼女を捕えようとする動きはあるんですか?」
「いいえ、私がエレンスゲの学内データベースを調べた限りでは、そうした兆候は全く見られなかったわ。
それどころか、学内データベース上に存在する一柳結梨の生死に関する情報には、ことごとく厳重にプロテクトが掛かっていて、全く知ることができないようになっていた。
これはおそらくエレンスゲだけではなく、他の親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンでも同様の措置が取られているはずよ。
このことから、『北河原ゆり』が一柳結梨であろうとなかろうと、そもそも一柳結梨が生存しているかどうかを調べること自体が一種の禁忌のような扱いになっていると感じたわ。
まるで、一切それに触れてはいけないかのごとく――これはあくまでも私が情報アクセスのプロテクトレベルから推測した結論だけど。
彼女が生きているのか死んだのかの情報すら封印されている状態なのだから、彼女の生存を前提とした捕縛命令なんて出るわけはないわ」
「では、少なくとも現時点では、G.E.H.E.N.A.は一柳結梨さんが生きていたとしても手出しするつもりは無いと?」
「さあ、そこまではどうかしら。G.E.H.E.N.A.の上層部が何を考えてそんな対応を取っているのか、末端の一リリィには知る由も無いのだから。
でも、防衛軍を動員した上で政府に捕縛命令を出させた時と比べると、G.E.H.E.N.A.の認識が大きく変化しているのは間違いないでしょうね」
ここからはほとんど私の憶測になるけど、と前置きした上で優珂は話を続けた。
「当初、G.E.H.E.N.A.は一柳結梨を世界初の人造リリィの貴重な生体サンプルと認識していたけれど、リリィとしての能力は未知数だった。
おそらくは、一般のリリィの損耗を軽減するための代替的な戦力として利用することを考えていたのでしょうね。
でも、その後の海上での戦闘によって、その認識は一変した。
複数のレアスキルを同時に発動し、更にはヒュージネストのマギを自らのエネルギーとして攻撃に使用した事実までも確認されている。
はっきり言って人間業じゃないわ。
使い捨てにできる代替的な人造リリィという兵器から、世界中のどのリリィよりも絶対的な戦闘能力を持つ『特異点のリリィ』へと、G.E.H.E.N.A.は一柳結梨に対する認識を根本的に変更した。
海上で特型ギガント級ヒュージの爆発に巻き込まれて、彼女は戦死したものと思われたけれど、その遺体は未だに確認されていない。
一柳結梨が常識では全く測れない能力を有していたことから、G.E.H.E.N.A.は彼女が生存している可能性を完全には否定していなかったんでしょう。
極端な話、細胞の一片からでも身体を再生したり、あるいはヒュージネストでレストアされた可能性すら想定しているかもしれないわ。
でも、彼女の生死を決定づける証拠は何も見つからないまま、時間だけが過ぎて行った。
それに加えて捕縛騒動の後、グランギニョル社は人造リリィに関するG.E.H.E.N.A.との技術提携を解消。
おそらく一柳結梨が人間だと認められたことで、社内で倫理面での問題が取り沙汰されたのでしょうね。
これらの経緯を経て、G.E.H.E.N.A.は一柳結梨の生死についての調査と判断を保留し、他のプロジェクトへの対応に組織のリソースを割くことにしたんじゃないかしら。
それに伴って一柳結梨の生死に関する情報収集についても、事実上封印される形で彼女の存在は過去のものになろうとしていた。
ところが、東京で起こったエリアディフェンス崩壊事変をきっかけに、突如として一柳結梨が生存している可能性が浮上したというわけ。
――ここまでの説明で、私の話にどこかおかしい点はあるかしら?」
「……いえ、内容の整合性は取れていると思います。
東京でエリアディフェンスが崩壊した際にロスヴァイセが現地に派遣され、二度の戦闘で突出した戦果を挙げた。
それがG.E.H.E.N.A.の目に留まったというわけですね?」
「ええ。並のリリィでは到底扱えない次世代CHARMが実戦で使われ、その使用者と目されるリリィは、人造リリィ捕縛命令の一件後に百合ヶ丘女学院に『転入』した1年生の『北河原ゆり』。
しかもその個人情報はほとんど非公開。いやが応でも興味を引くわね」
「……」
「同時に、ここでG.E.H.E.N.A.にとって重大な懸念事項が持ち上がった。
一柳結梨であるかもしれないリリィ――『北河原ゆり』が反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの特務レギオン預かりの身で戦闘に参加していることが判明した。
しかも彼女は最新鋭の精神直結型第4世代CHARMを装備している可能性が極めて高い。
これはG.E.H.E.N.A.にとって充分な脅威となるわ。
『北河原ゆり』が一柳結梨である場合、自分を人間扱いせず、軍を動員して強制的に身柄の引き渡しを要求した組織に対して、彼女が好意的であるはずが無い。
いつ彼女が復讐心に駆られてG.E.H.E.N.A.を襲撃してもおかしくないと、G.E.H.E.N.A.の上層部は考えているでしょう。
想定される事態として、G.E.H.E.N.A.の敵対者となった彼女が先制攻撃を加えるケースでは、G.E.H.E.N.A.側に正当な反撃の理由が生じる。
当たり前だけど、この正当防衛を成立させるには、決してG.E.H.E.N.A.から先に手を出してはいけない。
あるいは、彼女に対抗できる新兵器や特型ヒュージを開発する時間を稼ぐために、彼女に対するアクションを一切起こさないようにしているのかもしれないわ。
今のところG.E.H.E.N.A.が彼女に対して表立った動きを全く見せていないのは、そういった目算があるんじゃないかと思うの」
「――よく分かりました。
裏が取れない以上、あなたの話を鵜呑みにするわけにはいきませんが、内容そのものに不自然な点は見受けられません」
「……で、結局のところ、その子が一柳結梨なのかどうか教えてはくれないの?」
『北河原ゆり』が一柳結梨であるか否かに優珂が固執するのは無理からぬことだったが、伊紀はそれに付き合う気は全く無かった。
「一柳結梨さんのことよりも、あなたは自分が今置かれている立場をよく考えた方がいいですよ。
さっきあなたが言ったように、一柳結梨さんの生死についての情報は、G.E.H.E.N.A.関連の組織内で禁忌の扱いなんでしょう?
ゆりちゃんが一柳結梨さんであってもなくても、その可能性のある人物に接触すること自体が実質的に厳禁されているんですよね。
あまり深入りして詮索すると、最悪の場合、あなたがG.E.H.E.N.A.から処分されかねませんよ」
「そう言われると耳が痛いわね。
そのリスクも込みで勝負に出たつもりだったけど、万事休すか……」
「今回の襲撃が失敗に終わった以上、あなたは金輪際、私たちに関わらない方がいいと思います。あなた自身の身の安全のためにも。
……これで私からの質問は終わりです。
私たちは休暇の予定を変更して百合ヶ丘へ戻ります」
「何の報復もせずに私を見逃すつもり?」
「あなたから聞き出すべき情報は既に得られました。
私はこの内容を百合ヶ丘のガーデンに報告して、今後の対応については理事会と生徒会で協議することになるでしょう。
――最後に、私個人としてあなたにしておかなければいけないことがあります」
伊紀は優珂に突き付けていたCHARMを足元に下げると、空いていた左手を顔の高さまでゆっくりと上げた。
次の瞬間、伊紀は優珂の頬を手の平で思い切り打った。
破裂音のような乾いた音が周囲に響き渡る。
「――っ!」
打たれた勢いで優珂の上半身が揺らいだ。唇の端からは血が滲んでいる。
優珂は伊紀を睨み返そうとしたが、その前に再び伊紀の手が優珂の頬を打った。
「痛いですか? ゆりちゃんはこの何十倍、何百倍も痛かったんですよ」
伊紀は怒りを表情に出さないまま、繰り返し優珂の頬を打ち続けた。
その度に、乾いた音が静寂な空間に響き続ける。
「――調子に乗るな、強化リリィ」
何度目かに振り上げた伊紀の左手を優珂は右手で掴み、左手で伊紀の頬を打ち返そうとした。
その時。
「やめなさい! 何をしているんですか、あなたたち」
二人が突然に声の聞こえた方を向くと、白を基調とした制服に身を包んだ一人の少女が、張り詰めた面持ちで立っていた。
その制服と少女の顔を、優珂は見間違えようも無かった。
「かず……は……さん?」
優珂の目は信じられないものを見たかのように大きく見開かれていた。
今回のストーリーはゲヘナ側の認識を一定程度、百合ヶ丘が情報として知るための展開として書きました。
内容は以前ゲヘナの中の人が語っていたのと大体同じで、優珂さんの独演会みたいになってしまいましたが……
結梨ちゃんが意識を回復するのは次回になります。
申し訳ありませんが、それまでしばらくお待ち願います。