「G.E.H.E.N.A.への報復攻撃――ですか」
松村優珂による襲撃から一週間が経とうとする頃、百合ヶ丘女学院の特別寮にあるLGロスヴァイセのミーティングルームでは、とある話し合いが持たれていた。
そこに集まっていたリリィの一人であるロザリンデは、複雑な感情にとらわれていた。
生徒側の出席者は、ロザリンデの他に結梨・碧乙・伊紀と、生徒会のオブザーバー名目で同席している秦祀の計五名。
ソファーの真ん中に座っている結梨の両隣には、伊紀と祀が結梨を挟むように座り、幾分緊張した面持ちで結梨の手を握っている。
ローテーブルを挟んでロザリンデたちの正面には、理事長代行の高松咬月が一人掛けのソファーに座っている。
これまでに彼から告げられたことの無い類の直命に、ロザリンデは戸惑いを隠せなかった。
「……エレンスゲ女学園は親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの主要な一角であり、そこに在籍するリリィが休暇中の結梨さんと伊紀さんを襲ったことは事実です。
ですが、伊紀さんの報告によれば、襲撃はガーデンの指示に基づくものではなく、リリィ個人の独断専行だったとのことです。
そのリリィの行為自体は明らかに違法であり、その罪に対する罰を受ける必要があることは理解できます。
そうであれば、エレンスゲのガーデンに彼女を罰するべく要求するのが適切ではないかと思いますが」
「無論、襲撃事件の翌日には百合ヶ丘からエレンスゲ女学園へ、この件についての質問状を送っている。
だが、エレンスゲからは『そのような指摘は当ガーデンの関知するところではない』という趣旨の回答が返ってきただけだった」
咬月の言葉を聞いたロザリンデは、舌打ちしたい気持ちを抑えて考えを先に進めた。
「……エレンスゲは、しらを切るつもりですか。
エレンスゲの内部にもG.E.H.E.N.A.からの出向者は相当数いると思われます。
それらの人間が今回の襲撃について何も知らないはずはありません。
にもかかわらず、そのような回答を百合ヶ丘に返したということは、元締めであるG.E.H.E.N.A.自体も知らぬ存ぜぬを貫く方針だと、理事長代行はお考えなのですね」
「そうだ。G.E.H.E.N.A.とエレンスゲにとっても、今回の事件は想定外だった可能性が高い。
だが、彼らはそれを逆手に取って、百合ヶ丘がどのような対応に出るかを試しているのかもしれない。
もし今回の襲撃とエレンスゲ側の対応に対して、百合ヶ丘が何の反応もしなければ、彼らはより大胆な行動に出てくる可能性も考えられる」
「お互いに相手の出方をうかがっているという点では、これまでの膠着状態と変わらないわけですね。
ですが、手札を切らなければならないのは、今や百合ヶ丘の側だと」
「君の言う通りだ。こう言っては何だが、先に攻撃を仕掛けてきたのは相手側であるがゆえに、こちらには反撃――より正確には正当な報復の権利がある。
そして今回の襲撃が一人のリリィの独断で行われたものであっても、エレンスゲのガーデンには生徒の監督責任がある。
ひいては、ガーデンの母体であるG.E.H.E.N.A.にもだ。
ましてや、襲撃の事実が存在することを認めないのであれば、百合ヶ丘に対して彼らが敵対的な態度を取っているのは明らかだ」
「しかし報復と言っても、エレンスゲのリリィやG.E.H.E.N.A.の構成員を私たちが直接攻撃することはできません。
人を傷つける目的での攻撃、あるいは人を巻き込む恐れのある攻撃をすることは、教育機関でもあるガーデンにとって許されない行為です」
「君の指摘はもっともだ。それについては、相手方に一切の人的被害を出さない形での作戦を考えている」
「そんな事が可能なのですか?
人の命が失われていたかもしれない攻撃への報復としては、相当な規模の損害を与える必要があります。
ただし、攻撃対象として無人の施設を破壊するとしても、ラボを始めとして一定規模以上の施設では、維持管理のために何らかの人員が施設内に常駐していることがほとんどです。
完全な無人状態の施設は、せいぜい小規模な観測機器が設置されている所くらいではないでしょうか」
ロザリンデの懐疑的な言葉を聞いた咬月は、一つ咳払いをして間を取った。
「――それについては、ちょうどいい攻撃目標がある。
この作戦が成功すれば、単にG.E.H.E.N.A.に相応の損害を与えるだけではなく、百合ヶ丘のガーデンにとって頭の痛い懸案事項を取り除くことも同時にできる」
「そんな都合のいい無人の施設が存在するのですか?」
「エリアディフェンス崩壊事変が収束して君たちが東京から帰還した際に、内田君が考えがあると君たちに話したそうだが、憶えているかね?」
「そう言えば、眞悠理さんがそんなことを言っていたような気がします」
ロザリンデは当時の会話を思い出そうと記憶をたどった。
『それでしたら、私に一つ考えがあります。
まだ試案の段階なので、この後で色々と協議していく必要がありますが』
確かに眞悠理はこちらからの対抗手段について、案を持っていると言っていた。
「あの時の眞悠理さんの案を今回の作戦に採用するわけですか。
具体的な内容は、あの時点では眞悠理さんは何も口にしていませんでしたが」
「それについては今、生徒会室で出江君と内田君がこの作戦に参加するレギオンのリリィに説明をしているところだ。
君たちには今から私が作戦内容を説明する。
この作戦は通常の対ヒュージ戦とは異なり、本来であれば特務レギオンの担当する領域に近い内容となる。
このため、13レギオンの代表による軍令部作戦会議は行わず、例外的にガーデンからの直命による作戦実施とする。
本作戦に参加するレギオンは、君たちロスヴァイセ以外に一柳隊とアールヴヘイムの計3レギオンとなっている。
ただし、ロスヴァイセは本作戦において他の2隊とは別行動を取り、2隊を間接的に支援する任務に当たってもらう」
「私たちが支援任務ということは、この作戦の主体となるレギオンは一柳隊とアールヴヘイムなんですか?」
伊紀の質問に対して、咬月は軽く頷いてから答えを返した。
「そうだ。作戦の内容を考慮した結果、攻撃目標を破壊するために必要な戦力として、ガーデンはこの2隊を選抜した」
「お話は分かりました。では理事長代行のおっしゃる攻撃目標は、一体どこにあるんですか?」
今度は碧乙が質問をし、咬月は黙って右手の人差し指で真上を指差した。
「……上の方……空?」
ミーティングルームの白い天井を見上げた結梨が、ぽつりと不思議そうに呟いた。
「G.E.H.E.N.A.の人工衛星を撃墜する? 本気ですか?」
その頃、生徒会室では出江史房と内田眞悠理が、招集された一柳隊とアールヴヘイムのリリィたちに作戦内容の説明を始めたところだった。
正月明け早々、デスマーチとパワハラが襲いかかって来て、あまり書き進められませんでした……
今回は前回のエピソードに比べると、わりと軽い内容になる予定です。
誰かが傷ついたりする場面はありませんので、ご安心下さい。